第59話 <<御前会議  ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 ◇◆◇


 ドメナス王国は、東の大陸ニルアナにおける最大最強の国である。その版図は、美しい南東海岸から北の荒れ果てた大ハラッパ砂漠にまで及んでいる。


 人口は5千万人ほどで、人種的にはほぼ人族が占めている。そもそも東の大陸では人口の9割以上が人族で、少数民族としては、妖精族や亜人種、高地に住む小柄なインムト族が知られているが魔族はほとんどいない。十年ほど前までは、港町で中央大陸バザスから貿易に来た魔族の姿を見かけることもあったが、中央大陸の人族の国がことごとく滅んだ現在は航路が閉鎖され、魔族と呼ばれる人々が訪れることも無くなって久しい。


 ドメナス王国の王位継承権第一位の美しき姫、サティナ・サク・トゥユ・ドメナスは、肥沃なドメナス平野を流れる美しき大河のほとりに広がる王都ドメナスティの生まれである。


 父は、リヒダス二世・ルーゲダッツ・ドメナス。

 英雄王と呼ばれ、かつての勇者の血をひくと言われる。西方諸国最大の危機と呼ばれた火山竜を討伐し、王国の繁栄をもたらした名君である。


 母である第一正王妃は、ミナィ・サク・トゥユ・リヒダルティア・ドメナス。かつて西の大陸一の美女と称えられた方で、西方諸国の土地神エポキ神に仕える闇巫女であった。火山竜討伐メンバーの一人でリヒダス王とはそこで出会った。王妃の特徴は膨大な魔力と美しい黒髪である。


 サティナ姫はわずか14歳ながら、英雄王の武力と王妃の美しさと膨大な魔力、そしてその黒髪を見事に受け継いだ。


 その美貌は既に神の領域とすら讃えられ、今や絶世の美少女として知らない者はいない。婚約者がいると公表されてるにも関わらず、未だに大陸中の王侯貴族が次々と求婚を申し出ているほどである。



 ーーーーーーーーーー


 「サティナ姫さま! お待ちくださーーーーい!」


 侍従のソチフォばあやだ。

 姫が生まれる前から王妃に使えていた古株の一人で、サティナを自分の娘や孫以上に可愛がっている。


 そのばあやが、皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして、スカートをたくし上げながら、今にも心臓まひで死にそうな面持ちで、必死で姫を追いかけてきた。


 「この先は立ち入りできません、姫様!」


 姫の前に曇り一つない輝く鎧を着た衛兵が大きな扉の前に立ちふさがった。


 「姫、ここはダメです! たとえ姫様でも通すわけにはいきません! 今は重要な会議中であります。あっ、お待ちください!」


 「いいえ、待ちませんわ!」


 「姫様! ここはダメです!」

 「おやめください! 姫っ!」

 衛兵たちは姫を引き止めようとするが、衛兵の手を振りほどいた毅然とした態度と表情が変わらないのを見て、衛兵は思わず互いに顔を見合わせた。


 「これは国家の重大事なのです! どきなさい!」


 「あっ! お待ちください! ダメです!」

 だが、サティナは振り返ることもなく、制止を振り切って厳つい巨大な扉を押し開けた。



 突然の思いがけない闖入者ちんにゅうしゃに、一斉に視線が集まり、ざわめきがさざ波のようにホールに広がった。



 「こ、これは……サティナ姫、なぜこのような所に?」


 左右に分かれて居並ぶ騎士たちの先頭に立つ宰相のダナクシーが眉をひそめた。


 彼は王の信頼する側近で頭の切れる男である。

 中流貴族の家柄で、大貴族からはその身分を下げすさまれ気味だが、自ら派閥を作って大貴族と敵対するようなこともない、忠義心の厚い王の腹心である。


 「………………」

 サティナは、煌びやかで可憐なドレスのすそを持ちあげ、何も言わず宰相ダナクシーの前までズカズカと進んだ。その背にはドレスには相応な黒い大剣を背負っている。


 その美麗で優雅な姿に周囲の目が集まる。


 多くはその美への賛辞と称賛だが、中には値踏みするような視線も混じっている。


 まだ未成熟ながら、あまりにも美しいそのドレス姿からは、東の大陸ニルアナの覇者であり最強国であるドメナス王国最強の騎士だとはとても思えないだろう。


 ロングヘアの黒髪をなびかせ、流れるように敵をなぎ倒す姿から、黒い旋風、漆黒の乙女と呼ばれ、王国一の魔法騎士でありながら大陸随一の美しき女神と称えられているのだ。


 しかし、姫が背負う愛剣、通称 “黒光り丸” からは、目を反らす者も多い。

 見るからに邪悪で淫靡な雰囲気は、姫とは真逆である。その剣こそ、かつて世界を混沌に陥れたという最強最悪の魔王が鍛えさせた呪いの邪剣、別名 “勇者殺しブレイブスレイヤー”という。


 「ダナクシー殿、お退きください!」

 姫の可憐で凛とした声がホールに響き渡った。


 「姫、今は国家の重大な会議の最中なのですぞ!」

 ダナクシーが、王前に進み出ようとする姫を止めていた。


 「これでも私も王国騎士の一人です! 魔獣ヤンナルネがハラッパに現れたと言うのに、作戦会議にも呼ばれず、なぜ私だけが呑気に毎晩毎晩舞踏会に出ていなければならないのです?」


 危機は間近に迫っていた。

 そのための御前会議である。名のある貴族や王国騎士団の主要メンバーがこの謁見の間に集められていた。

 その事を姫に漏らしたのは誰なのか、宰相ダナクシーは苦い顔をした。


 できれば姫には知られたくなかったのである。


 「そ、それは、舞踏会の主賓は王女としての役目でありまして……」


 「宰相殿!」

 ダナクシーも姫の剣幕にたじたじになる。


 美少女が怒った顔は普通の者とはインパクトが違う。男であればその美しさに動揺してしまうため、真正面から見つめあうことはさらに難しい。


 サティナ姫は強い意志を秘めた瞳で壇上の王を見上げた。


 魔獣ヤンナルネはそこいらのザコ魔獣とは違うのだ。

 姿は死肉に集まる太長虫と似ているが、砂漠大砂虫の亜種で全長は10mメルテを越え、巨大な顎で砂地を掘り進み周辺の生物を丸飲みにする。


 普通の砂漠大砂虫に比べて分裂増殖速度が速く1カ月も経たずにその数は数千匹に達する。だが、砂漠地帯ではその密集度と巨体が仇となり放置しておいても共食いが始まり1年ほどで自然終息するのだが、その間の被害は甚大なものとなる。


 特に今回のように人の住む街の近くで異常発生した場合は、最悪、街が壊滅することも考えられる。国を挙げて駆除を行う必要があるのだ。


 「お父様! 今回の討伐隊にはこの私にもご命令を! 必ず仕留めてまいります」


 玉座から見ていた王はため息をついた。

 「姫よ、少しはおしとやかさというものをだな」


 「父上! 我が国はおしとやかさでは統治できません! 英雄王と呼ばれる父上なら十分ご承知のはずです。王位を継ぐ者が国の危機に赴かず、お飾りの人形として舞踏会の席でぼんやりしているのは、我慢がならないのです」


 パチパチパチ……と騎士の間から拍手が漏れた。


 「さすがは我らが王女様、ご覚悟が違います」

 「敬服いたします」


 そんな声が聞こえる。

 本気でその勇気に感心している者もいれば、嘲笑いを浮かべている者もいる。前者は主に騎士たち、後者は主に大貴族である。


 会議で今回の軍団の編成がどうなったかは、大貴族たちの他人顔を見ればわかる。サティナは整然と居並ぶ貴族たちを見回した。


 大貴族にとっては、自領から遠く離れた辺境の砂漠でいくら虫が騒ごうが知ったところではないというのが本音だろう。

 他国相手の戦と違って得られるものは名声程度で見返りは少ない。うまく討伐軍に組み込まれないように立ちまわっていたに違いない。


 王から指令官としての杖を授けられているのは、王家直轄の騎士団を率いる将たちだ。その配下に付くのは功績をあげて少しでも上の階級に登りたいと願う中級、下級の貴族だろう。


 「姫様、我儘わがままはおっしゃらずに。戦場は危険なのです。御身にもしもの事があればどうなさいます? それに舞踏会には、各国の王子たちも一目姫のお姿を見ようと集まっておられるのですよ……」


 「もとより私は騎士の一人です。危険は承知しております。それに各国の王子などに興味はありません。前々から申しているように、私にはもう心に決めた方がいるのですから」


 ダナクシーは、毅然とした態度を貫く姫を見つめた。姫が自分勝手な我儘で言っているのでないことは十分わかる。


 偉大な父の背を見て育ち、姫でありながら騎士にあこがれて剣の技を磨いてきたのは知っている。幼き頃より父の英雄譚を聞かされて育ったのだ。それに母親譲りの魔術の腕にも自信があるのだろう。


 だが、それでも一国の姫である。


 王子がいない以上、王座を引き継ぎ、いずれは王国の後継ぎを産んでもらう必要があるのだ。その義務は騎士の職よりも重い。戦で怪我をして子を成せぬ体になったり、死んだりしたらそれこそ大ごとなのである。


 王と第一正王妃の間にはサティナ姫しかいない。百人近い妃や妾との間にも女の子しか生まれてこなかった。サティナ姫が万一亡くなれば、後継者争いで国が乱れる可能性が高い。


 ダナクシーは頭を振る。


 つい、姫の婚約者、美的センスのない貧素な服ばかり着ていた女顔の男を思い出した。

 あんな小国の貧乏貴族、何の取柄もなさそうな男が姫の相手とは神も残酷な事をするものだ。姫とあの男ではまったく釣り合わない。太陽とゴミ虫ほどの差がある。


 むしろ、あの男が今、消息を絶っているのは僥倖ぎょうこうだったとさえ言えるだろう。姫の未来に一筋の光が見えたとすら思っているのだ。


 「ですが、その方は現在、行方不明でしたな? 婚約者が死ぬか、行方知れずで5年が経てば婚約は正式に解消できます。今のうちに次のお相手を探しておくことも、王家の血筋を絶やさぬためには必要なことでありましょう?」


 「あの方は生きております! ここにその証がありますわ」


 サティナ姫は突然スカートをめくりあげ始めた。

 白い美脚が露わになった。




――――――――――――――――――――

お読み下さり、ありがとうございます。

一口メモです。

タイトルが<<>>でくくられているものが、サティナ姫中心の物語になります。

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