第36話 解呪の代償
「カイン、後の事は頼んだぞ」
ナーヴォザスが軽く言って杖を手に取った。いつもの小指くらいの杖ではなく、初めて見せる本物の神官杖だ。その顔もいつになく真剣で、本気度がわかる。
「では、やるか?」
「ええ、いいのね?」
「もちろんじゃ。この時のために力を温存していたようなものじゃからな」
バルカにむかってニヤリと笑うナーヴォザスがやけに男前に見える。見つめあった穴熊族の二人は息ぴったりに同時にうなづいた。
「それでは、今から半解呪の儀式を行う。これが成功すれば精神年齢だけは徐々に回復に向かうはずじゃ! ゆくぞ! バルカ!」
「補助はまかせて、ナーヴォザス!」
バルカとナーヴォザスは手を取り合った。
二人の間から光が発せられ、リサの周囲に魔法陣が描かれていく。おお、なんだか神聖な儀式に見えてきた。ナーヴォザスが神官に見える!
その青白い光をセシリーナは苦手らしい。
俺にはまったく普通の明るさだが、彼女は既にかなりまぶしそうにしている。おそらく俺には見えない魔力光を見ているからなのだろう。
「※※△×□※※○○△……」
二人の神官呪文が重なり合っていく。
しだいに声が甲高くなり、声が声ではなくなる。これはもう高周波音だ。耳が痛い!
「!」
強い光とともに、硬い何かが破裂するような音が響いた。
ーーーー光と音が消失し、俺は手で覆った目を開いた。
リサ王女がベッドに倒れ、黒い指輪が砕け散っているのが見える。バルカとナーヴォザスの姿は……どこにも無い。
「おい、バルカ! ナーヴォザス!」
返事はない。
俺の声は、石造りの部屋にむなしく反響した。
「カイン。あれを見て!」
セシリーナが部屋の隅を指差した。
部屋の隅に発生した歪みから光の粒が現れた。
それは壁を照らす魔法灯の前をすうっと横切り、金色の光の粉となって部屋中を舞い、やがて、俺の目の前に集まって来ると見る見る凝縮し、半透明の小さな金色の球体となった。
「こ、これって、もしかして二人の魂なのか?」
「違いますよーーーー」
「うわっ! しゃべった!」
「彼らの肉体は消滅し、違う世界へと
なんだか間延びした言い方で、光の玉は目の前でまたたく。
「違う世界へだって?」
「死んだ? まさか二人は死んだの?」
セシリーナが口を押えて唖然としている。
「いいえ、死んでませんよーー。入れ替わったのでーーす。どう説明すればわかりませんが、人間には理解できない
新規会員とは何だ? と言いたいが今はおいておく。
「会話できるなら、彼らと話をしたい」
俺は光に向かって言った。
「どうぞーーーー」
そう言うと、光は俺の頭を包み込んだ。
「あーあーあーー、聞こえるか? カイン?」
「その声はナーヴォザスか?」
「いかにも。そっちはまだわし等が消えた直後なのか? こっちでは既に数カ月も経っておるぞ」
「どうやら無事のようだな? バルカも無事なのか?」
「うむ、わしらは無事だから気にしなくて良い。リサ王女のことは頼んだぞ。もはやそっちには帰れない。部屋にある物で使えるものは自由に持っていけ、それくらいしかできんのでな。祭壇に飾ってある一族の宝、伝説級のアーマーもお前に託そう。頼んだぞ」
「ナーヴォザス……俺はお前を少し誤解していたようだ」
さすがは元神官、身を犠牲にしてまで王女を救わんと……俺の目が潤む。
「何、カッコつけてんのさ。帰れないんじゃなくて、帰りたくないんだよ。この人」
ふいに脇からバルカの声が割りこんだ。
「ん?」
「こっちに来たら、何だか新しい体をもらって若返っちゃってねー。二人とも20代のぴちぴちで。元気一杯なもんだから、励んじゃって、励んじゃって」
「ん? 何を?」
「子作り……んぐ」
「静かにせんか。痛ッ! 指を噛むな! カイン、お前はヤレば、ヤレる男だ!」
急に真面目な声をだして取り繕うナーヴォザスの声。
「おまえなーー、そういうことかよ。俺の心配を返してくれ」
「はっはっはっ……。わしもバルカもこのとおりじゃから、わしらの心配は無用。こっちはこっちでよろしくやってるから、お前も頑張って子づくり……とにかく魔族の彼女とよろしくヤルんだぞ……」
ぷちっと回線が切れた。
俺と目が合ったセシリーナの顔が少し赤い。
「あー残念。今の力ではこれが限界でーす。じゃ、またーー」
やる気の感じられない調子で言うと金色の光はぽわんと消えた。
「うーむ、あの光る奴、実はあまり使えない奴なのでは?」
手のひらを見ると例の蜘蛛の呪いは消えていた。
ーーーーーーーーー
リサはベッドに横になって眠っている。急にセシリーナと二人きりになったような気がした。そんな俺の視線を感じたのか、セシリーナがちょっと首を傾げた。
「ええと、セシリーナ、これから一緒に旅をするわけなんだが、その前に俺の事を話しておくよ。俺がどんな奴か知っていた方が良いだろ?」
「カインが悪い人間では無いということはわかりますよ」
セシリーナはくすっと笑った。
俺はセシリーナの隣に座って、隠すことなく俺の出自やこの大陸に来た理由、そして重犯罪人地区やコロニーでの出来事を話した。俺の帰りを待っている二人の妻と婚約者のこと、そしてもちろん身を挺して俺を逃がしたエチアのこともである。
「そうなの……その、エチアさんは残念だったわね」
獣化した人間を元に戻す方法は帝国軍でも知られていないということだった。ただ、人体実験の噂は兵士の間でも時折話題になることがあるらしい。
あの鬼の仮面を被った魔族の言動からすると、おそらくそれが事実だろう。
セシリーナが寝返りをうったリサの様子を見た。
「リサはどうだ? 解呪は上手くいったのかな?」
「明日の朝になればわかるでしょうね。……深夜ですから、私たちもそろそろ寝ましょうか?」
「そうだな。寝るとするか?」とあたりを見渡す。
リサ王女が寝ているベッドがひとつ。
後は、さっきまでナーヴォザスたちが子づくりに励んでいたとおぼしきベッドしかない。床は石なので寝たら体がバキバキになりそうだ。
「ははは……ベッドは残り一つかぁ。どうする?」
「そうですね、一緒に寝ましょうか?」
「い、いいのか?」
「どうして? あとは大人が寝られる場所なんかないわよ」
セシリーナは当たり前のようにうなずいた。その仕草に俺の鼓動が早鐘のように鳴った。
そわそわしながら俺が先にベッドに入ると、服を着替えるような気配がしてセシリーナが横から布団に潜り込んでくる。
ふわっと良い匂いが鼻孔を一杯にする。
何というか、男を虜にする芳しい香り。
狭いベッドの上である。
彼女の良い匂いがたまらなく男の本能を刺激する。自制のため、壁の方を向いて寝ているが興奮してきてなかなか寝付けない。もう色々とヤバい。
「眠ったか?」
ーー返事はない。既に寝ているようだ。
同じ方向を向いて寝ていると苦しくなってくるし、意識するほどますます苦しい気がする。我慢の限界だ、ごそごそと寝がえりを打って彼女の方を向く。
うわっ、セシリーナの艶やかな髪に顔が埋まった。
青っぽい黒髪も良い匂いだ……だが息苦しい。
息をするため少し布団から出ると、彼女の背中が俺の胸にくっついた。
美しい背骨のラインがまる見えだ。
裸……? その時俺は初めて、セシリーナが全裸で寝ていることに気付いた。
うおおおお! なんで裸? 全裸? 俺の隣で? 俺と一緒なんだぞ! 身の危険を感じないのか?
セシリーナは寝ぼけているのか、わざとなのか、寒いのか。
ぐいぐいと俺の方にさらに身体を寄せてきた。
その背中から腰ラインがあまりにも……、さらにまずいことにその魅惑のお尻を振ってぴったりと俺の股間に寄せて来た。
この状況、ここが東の大陸なら結婚しなければ死罪という状況ではないか。こっちではどうなのだろう。人肌が温かい。しかも刺激的な良い匂い。やばい、妙なところがどんどん熱くなってきた。セシリーナのお尻の感触、これが特にヤバい。
ごくりと喉が鳴る。
身を起こして覗いてみる。
ぐおおおおお! 物凄くかわいい……神のように美しいのに、このかわいい寝顔は反則だ!
鼻息が荒くなる。
色っぽい鎖骨が見えるが俺は紳士なのだと悶える。
その時、俺はチクチク刺さるような視線を感じた。
「!」
向こう側のベッドの布団の隙間から丸い目が俺とセシリーナを見ている。その目には好奇心と一抹の嫉妬の色が浮かんでいる。
リサである。
「むーーーー!」
彼女はさっきからじっと俺の行動を見ていたらしい。
まずい、これは教育上良くない。
「リサ、起きてないで寝なさい」
そう言うと、俺は賢者のような顔をしてセシリーナの体に布を戻す。
ばさっと拗ねたように布団が翻ってリサは向こうを向いたようだ。俺は体を冷やすため、再び反対側の壁を向いて寝たふりをした。背中にセシリーナの温もりを感じる。
もぞもぞしていると、ふいに俺の背中に柔らかいものが押し当てられた。今度はセシリーナが後ろから裸で抱きついてきたのだ。もはやこれは誘っているとしか思えない状況だ。
しかも、その胸の感触が背中に……、これは生だ! 破壊力抜群だ! ヤバい! 耐えねば!
動揺していると、彼女の手が優しく俺の腹に回ってきた。
「……好きです」
しかも突然、甘い声でささやかれた。
心臓の鼓動が早くなる。
そしてセシリーナの温かい手がいきなり俺のパンツに潜り込んだ。や、ヤバい、これは本気でヤバい!
「バニュナ……」
「!」
激しく動揺しているうちに、その手がすっと離れた。
「むにゃむにゃ……」
どきどきしていたが、背中からすぅすぅと優しい寝息が聞こえ始めた。
あれ? 寝てる? もしかしてずっと寝てた?
うおおお、どんな罰ゲームだよ!
ーーーー俺は何度か優しく抱きつかれ、その度に悶々としながらも、睡眠不足のせいでいつのまにか意識を失い、そのまま何事もなく朝を迎えたのであった。
「紳士なのですね……」
どこからかそんな幻聴が聞こえたような気がした。
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