第35話 セシリーナの呪い

 「あともう一つの問題は、彼女の呪いなんじゃろう?」

 ナーヴォザスはおもむろにセシリーナを見た。


 「さすがだな、見ただけでわかるのか?」

 今のセシリーナの状態では遠い街への旅は無茶だ。

 ちらりと見ると、セシリーナは少し複雑な表情をしている。リサを助けたいが、彼女もそんな長旅では自らの命がもたないとわかっている。


 「うむ、わしもバルカもとうに気付いておるぞ」


 「それは死の宣告の呪いよね? 恨みか、それとも嫉妬によるものなのかしら? こめられているのは独善的で一方的な酷い悪意だわ」

 二人はセシリーナを見上げ、バルカがその手を握って目を閉じる。


 「まさか! バルカ、彼女の呪いを解呪できるのか!」

 これでもこの二人は元神官だ。セシリーナを助けられるかもしれないと思うと、一気に期待が膨らむ。

 誰でもいい、どんな方法でもいいんだ。俺は何としても彼女を救いたい。


 「どうじゃな? バルカ? 解呪できそうか?」

 

 ーーーーーーーーーー 


 「これは……」

 バルカはちょっと間をおいてため息を深くつくと、「無理ね」と残念そうに首を振った。


 「いや、すまん。今のわしらの力ではこの呪いを解呪するのは無理のようじゃな」


 「でも解呪の手がかりなら分かったわ。それくらいなら教えられる」

 「何でもいい、教えてくれ!」


 「この手の呪いの鍵として良く使われるのはね、ある種の”差”なのよ。身分の差、男女の差、そしてこの場合は多分、種族差ね」

 「種族差だって?」


 「ええ、この手の解呪にはにえが必要。種族差だから魔族以外の者の”何か”を解呪のためのにえにするのよ」


 「何かっていうのは?」

 「最悪命でしょうね。生贄ってやつ。それか、大量の血液だったり、腕一本だったりね」


 「魔族以外の種族が解呪の鍵、しかも、もしかすると命がけってことか」


 「軽い解呪例もあるけどね。例えば手をつなぐだけとかキスだけというのもあるけど?」


 「いずれにせよ彼女を救えるのはこの中で唯一純粋な人族のお前だけってことじゃぞカイン! つまりお前が解呪の鍵になるなのじゃ!」

 ナーヴォザスが俺の鼻に向かって指を突き出した。これで決まりだ! という感じ。


 「お、俺が鍵になるって? もしかしてキスでもすれば治るとか? 試してみる?」

 がばっとセシリーナの両肩を掴んで、驚く彼女の顔にむにゅううと突き出した唇を近づける。


 バチーーン!!

 派手な音を立てて平手打ちを喰らった。

 「バカですか! 急に!」

 セシリーナの顔が赤い。


 「人の話を最後まで聞かぬか愚か者め」

 「まったくよ」


 「つつつつ……お前らが、あんな風に言うから……」

 王子様のキスでお姫様が目覚めるというよくあるパターンだと思うだろ?


 「だが、嘘ではないぞ。おそらくお前と一緒にいるだけでも、呪いの効果は弱まっているはずじゃ」

 その顔は真面目そのもの、神官の表情だ。


 「そうなのですか?」

 セシリーナが俺を叩いた右手を掴んで振り返った。


 「それは考えられるわね」

 「うむ、間違いない。この男が人族なのが幸いだったな。半年は寿命が延びているはずじゃ。ーーーーこの呪いの解呪方法じゃが、デッケ・サーカの街に行けばに、この手の呪いに詳しい元神官が住んでいたはずじゃ。わしと同じ穴熊族の爺だから目立つじゃろう、探すといい」


 「!」

 セシリーナと目が合って俺は微笑んだ。

 彼女の一つ目の呪いを解く手掛かりがわかった。それだけでかなり嬉しい。


 「そこでお願いじゃ。デッケ・サーカで彼女の呪いを解いたら、そのあと王女をアパカ山脈の神殿まで連れていってほしいのじゃ」


 「なんだか人任せだな? リサを助け出した後の手筈は用意周到に整えていたんじゃないのか? 他の仲間はどうした? 俺はこれでも色々とやらなければならないことがあるし、早く東の大陸に戻らないとならないんだぞ」


 「不測の事態が起きておる。外の仲間との連絡が数日前から途絶えておってな。おそらく何かまずい事が起きたのじゃ。今頼れるのはお前だけだ」


 「私からも頼むわカイン。ーーーーそれに、東の大陸に戻るって言うけど彼女はどうするの? 連れて行くの? 東の大陸で魔族は迫害されない?」

 バルカがセシリーナを見て俺に言った。


 「うーん……」

 確かに東の大陸では魔族はほとんど見かけない。バルカが心配するように迫害される恐れがないとは言えない。


 「んんん……確かにセシリーナを向こうに連れて行くのは今はまずそうだな。ーー俺の国は基本、妻問い婚だから、こっちに家をみつけなくちゃならないか……」


 「つ、妻、妻問い婚ですって! 急に何を言い出すの、バカじゃないの? ただ愛人眷属紋が出たってだけじゃないの」

 そうは言うが、気のせいかどことなく嬉しそうだ。


 「セシリーナ、俺は真剣に君を大切にしたい……この気持ちは本当だ」

 俺は真面目な顔をして、その手をぎゅっと握った。


 「その言葉、まるで求婚じゃない! 冗談にしても!」

 賭けひきなしの言い方! 

 バカなのか、恐れをしらないのか。彼女を前にしてそんな事を言った男は二人目だ。


 セシリーナの顔がみるみる真っ赤になった。


 「冗談じゃないんだけどな……」

 「まあ、顔は別にして、あんたは正直者なんだ!」

 バルカがバン! と俺の背を力強く叩いた。


 「しかしな、いくらこっちに家をと言っても、逃亡兵と脱獄囚だしのう。それに昔のように人族と魔族が共存する社会なら、魔族と人族が結婚していても目立たないだろうが、今は魔族至上主義じゃからな」

 ナーヴォザスが言った。


 「そうね。人族の国が再興でもして、魔王国とは別の国ができれば二人が暮らす家も持てるかもしれないわよ」

 バルカがニヤリと笑う。

 「うむ、人族の国の再興じゃな。まあ、それには王国の正統後継者であるリサ王女を戴くのが一番近道じゃろうがな」

 そう言いながら俺をチラリチラリと見る。


 なんだかこの二人変な方に話を持っていこうとしている。

 冗談なのだろうが、なんという大げさな話か。彼女と結婚するために、まさか国を再興しろとでも言うつもりか? 


 アホか、というレベルだ。話は単純なのだ。何か問題が起きるとしても、二人ともそれを承知の上で結婚すれば良いだけの話だろう?


 「またまた、そんなご冗談を。国を再興するなんて大事、俺に出来る訳がないじゃないか。はははは……」

 俺の作り笑いだけが響く。

 おいおい、誰も冗談だと言わんぞ。


 「俺はただの貧乏貴族だぞ、そんな大物じゃないぞ」

 そんな大事はどこかの勇者様にでもお願いすべき案件だろう。俺など子犬に噛まれても死ぬくらいのレベルなのだ。


 「まあいい、無理を言うつもりはない。なに、王女の呪いを解くまででも十分じゃ。王女の存在が知れれば、魔族に滅ぼされた国々の人々の力が集まってくる機会もあるだろう。帝国だって一枚岩ではないし、今のやり方に不満を持っている良識派の魔族もまだまだ残っている。うまくすれば国の再興も夢ではないかもしれんぞ」


 ああダメだ。こいつら冗談を言っている顔じゃない。ナーヴォザスもバルカも最初から国の再興を考えていたようだ。


 しかし、言っている内容は根拠も何もない妄想レベルの話である。まったく現実性がない。元々滅ぼされた国の神官だから、夢よもう一度で、国を再興したいだけという可能性が高い。


 こうなれば、今は話を合わせて、あまり深入りしない方が賢明だろう。


 「国がどうこうって事は俺には良く分からない。でも、リサの呪いを解いてやりたいとは思うよ」


 「そうじゃろう?」


 「でも、お前たちの仲間の代わりに、俺がリサを遠くまで連れて行けるかというと……」

 じっとリサがうるうるの目で見た。これは物凄く断りづらい。


 「王女と一緒に行かぬと言うなら、この街を出る方法は教えんぞ。このままこの街で死ぬ、それで良いのじゃな? ここを出なければ、この美人さんを助けることも、ツガイになることもできんのだぞ?」

 ナーヴォザスがセシリーナのお尻をじろりと見る。このエロじじい! 俺はその視線を遮ってナーヴォザスの前に立つ。


 「うむむむむ…………」

 「さあ王女と共に街を出るんじゃ! 彼女の呪いを解いてツガイになれ! 今こそ、やる時じゃ!」

 ナーヴォザスが親指を中指と人差し指の間にぐいっと挟んで、俺の肩をぽんぽんと叩く。


 「つがいとか、ヤルとか、お前は本当に元神官か?」


 「へっへっへっ……元だ、元……。今は生臭いただのじじいじゃからな。それに……」

 ナーヴォザスが急に小声で「魔族の女はな、最高なんじゃぞ」と耳元でつぶやく。


 ごくり…………。


 「わかった。わかったよ。ヤレばいいんだろう? こうなったら、このまま流されるだけ流されてやる。ただし、どうなるかは知らんぞ。失敗した後でお前の責任じゃ、とか言うなよ」


 「えらいわよ、カイン!」

 バルカが拍手した。

 場の雰囲気が一気に緩み、リサに笑顔が戻った。


 「リサをアパカ山脈のアプデェロア大神殿って所まで連れて行けばいいんだろ?」


 「うむ。頼んだぞ、わしのような年寄りには長旅は無理だからな。リサ王女を頼んだ。ーーーーそれで、まずはこの囚人都市を脱出する方法だが、まずはわしの仲間の一人、広場で露天商をしているサンドラットという男なのじゃが……」


 「サンドラット? お前はサンドラットの仲間だったのか?」

 「なんじゃ? サンドラットを知っておるのか? ならば都合が良い。ここを逃げ出すために彼の手を借りるのじゃ、良いな?」


 「そうか、そうだったのか」


 「それではリサ王女、長旅になりますので、できるだけのことはやりましょう。さあ、こちらへ」

 バルカがベッドの上へリサを座らせ、解呪の儀式の準備を始める。

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