第37話 脱獄準備

 「おはよう、昨日はよーーく眠れたわ。カインはどうだった、よく眠れた?」

 俺が目覚めると、セシリーナが微笑みながら上から覗き込んでいた。朝からうっとりしてしまう至福の笑みだ。


 「おう、おはよう」

 俺は目をこすった。

 全裸のセシリーナと一緒に寝て、よく眠れる方がおかしいんじゃないか? まあ、結局、ずっと寝不足だったからいつの間にか爆睡したが、気を失う前まではリサが近くにいて見張っているような気がしたから狼にならずに済んだようなものだ。

 

 「呪いの夢にうなされなかったのは久しぶりだったわ。人肌に触れて安心できたのかしら? 父の領地で好物のバヌナ狩りをした時の夢をみたのよ」


 「へぇー、バヌナね」

 あの棒状の果実か。俺は股間の巨大なバヌナモドキを見る。それに、安心したって? 俺は全然安心できなかったんだけどな。


 「ん?」

 セシリーナは小首をかしげた。

 「いや、何でもないよ。着替え早いな、もう済んでる」


 「ナーヴォザスが言ったとおり、なんだか呪いの効果が弱まっているみたいなの。活力が戻ってきたのよ」

 セシリーナは既に準備万端のようだ。

 その服は、軽装備ながら動きやすく防御力もそこそこある、狩りをするときに魔族が着るやつだ。

 網タイツにミニスカート風というところも良い。スタイル抜群なだけに、ばっちり決まっている。もう、形容しがたいほどキレイだ。


 魔法のポシェットに入れていたのだろう。頭の上には少し大きめの花をかたどったリボンをつけ角を隠している。


 その傍らにベッドに座るリサの姿。なんだか昨日までとちょっと違い、少し仕草が成長している気がする。


 「やっと起きた! カイン、私の王子さまーー!」

 リサがにっこりと笑う。


 「え? ちょっと雰囲気が変わったか?」


 「昨日の解呪は成功したらしいわ。精神年齢逆行が解け始めている。徐々に14歳の精神に戻るのかもよ。まあ、回復するまでは、振り子のように日によって幼児だったり、少女だったりするでしょうけど、それは仕方ないわ。それに体は8歳のままだけどね」


 「セシリーナ、ありがとーー。あなたも好きーー。でも」

 そう言って、トトト……と歩いてきてリサは俺に抱きつく。


 「カインが一番好きーー! カインは私と結婚するーー! これは決まりーー!」

 俺を見上げる純真な瞳が可愛い。


 「あのーー。少しカインから離れましょうね」

 そう言う頬がひくついている。


 「ん、いやっ。昨日はセシリーナがくっついてた! しかもハダカで! 今度は私の番ですぅ。一人占めはダメですーう!」

 リサはゴロゴロと甘える。


 「リサ王女、これから脱出する準備なんですから。離れてくださいね」

 セシリーナが張り合って俺の手を引く。何というか両手に花だ。


 俺は身動きが取れない。

 「ああん、カインを取っちゃだめー」

 「カインは私のものですよ!」

 セシリーナが言いきった。


 俺はきょとんとしている。

 「ひっぱっちゃ、ダメーー!」

 「リサ、離しなさいって」


 ビリリリリっ!! 俺のパンツはズボンと運命を共にした。俺の左右でズボンとパンツの半分ずつを握ったセシリーナとリサが尻もちをついた。


 ひゅーーと隙風に揺れる。


 「わわわわ…………何をしてるんだ!」

 俺の下半身には丈夫な紐だけが残っている。

 とっさにベッドの布で下半身を隠す。


 「おーー! 見た! 見えた! やっぱりリサとはちがーーう!」

 リサが目を丸くして俺の股間を指差す。


 「カイン、見て、それって私の紋?」

 セシリーナが俺のへそ下を指さした。

 愛人眷属紋が上位紋に変化している。昨日彼女が全裸で抱きついたせいだ。これはもう婚約紋と言っていいレベルだ。


 「うわっ、こ、これって……、良いのか?」

 思わず胸の鼓動が早くなった。

 彼女の笑顔がその答えだ。昨日の俺のセリフに対する答えがこれだったら嬉しい。顔が赤くなる。


 「もう、仕方がないわねえ。部屋の中からカインが身につけられるものを探しましょうね」

 セシリーナは照れ隠しのように立ち上がると、破れた俺のパンツとズボンをベッドに置いて、あちこち探し始めた。家探しと言っても元々荷物は少ない。


 「そう言えば、伝説級のアーマーがあると言ってたな」

 

 祭壇とはあの壁際の星の祭壇だろう。


 「あー。あれですか」

 セシリーナが言いにくそうだ。


 「どうした? あれと言うことは、もう見つけてあるのか?」

 「あれですよ。あれ」とセシリーナが指差した先には、ピカピカ光る鎧がある。胸飾りには太陽のシンボルの黄金の宝珠が彫刻されている見事なものだ。流石は伝説級のアーマー。


 「こ、これは……」

 俺は絶句し、鎧に手をかける。


 「ちっせえええ! こんな小さいの着れるかよ!」

 俺は鎧を床に投げ捨てた。子どもサイズかと思うような鎧だ。


 「まあ、まあ。穴熊族のアーマーなんですから、人に合わないのは当たり前ですよ」

 セシリーナが拾い上げた。


 「うむむ……ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった」

 「ちょっと待っててね。これをこうすれば」

 俺の体格を測って、何かもそもそ小細工している。

 「ほら、こうすれば良いじゃないですか。どう? カイン!」


 じゃーん。俺の股間でピカピカ光るアーマー。

 しかもちょうど聖なる太陽の宝珠が良い具合の場所に……。

 「ぷっ」

 自分でやっておいてセシリーナが噴き出す。


 「ま、間抜けすぎるだろ!」

 胸あてを股間につけて胸を張るその姿、どこからどう見ても変態に見えてくる。


 「か、カッコいい! カイン! それカッコいいよ!」

 あ、ひとり絶賛だ。リサは目を輝かせて俺の周りをとび跳ねた。

 「ぷっ、一応、部分的に防御力は上がるから、装備したらどうですか? ぷぷっ」

 セシリーナが笑いをこらえながら言う。


 「どこの防御力だよ。偏りすぎだろ、何かもっとマシな物は無いのかよ」


 「あ、こっちにはパンツが入ってましたよ。他にも人間用の下着が入ってる」

 宝箱のような箱を開けたセシリーナが嬉しそうな声を上げた。


 俺はさっそくそのパンツを装備する。その上にちょっときつい短パンを履き、その上にアーマーだ。上着も囚人服とは違うちょっとマシな服を見つけた。


 「裁縫は得意なのよ」とサイズが合わないところはセシリーナが細工してくれる。

 本当にできるいい女だ。リサの服もあまり目立たないように庶民用に似せて、穴熊族サイズの神官服に手を加えていく。


 「できましたよ。カイン、これを胸あてにどうでしょう? 上下でアーマーなら少しはマシじゃない?」

 「マシだって? これって、女用の胸あてなんじゃないのか? 妙にボインとしてるぞ」


 「気にしない、気にしない。この程度、魔族で気にする者はいないわよ」

 まあ、魔族の感覚ではそうかもしれないが、人間社会の中ではな。いろいろと問題が……俺は本来お貴族さまなんだぞ。

 俺にも自尊心というものが。


 じろり!

 何だかセシリーナににらまれた。


 せっかく見繕ってやったのに、という無言の圧力……

 上が女用胸あて、股間に丸い玉をつけた子どもサイズの胸あて、腰に骨棍棒、足は長靴。骨棍棒を肩から下げている紐は、こちらの者が見ればすぐわかる便所紐。股間のアーマーが当たって痛いので少しガニ股。うーむ、見事な変態仕様……


 「うん、大丈夫! さすがはセシリーナ、防御力が大幅アップだな!」

 やけくそのカラ元気発動である。


 うんうんと嬉しそうにうなづくセシリーナ。

 「カッコいい! 王子様だ!」

 神官服のデザインを残した庶民服がかわいいリサ王女が跳ねる。


 「約束ねーー、リサをお嫁さんにしてね。幸せにしてもらうんだからねーー」

 リサはそう言って俺の頬にキスする。


 むっとセシリーナがちょっと拗ねた。

 何のためらいもなく俺にくっついているリサが羨ましいのだが、それを表には出さない。


 ーーーーーーーーーー


 「さて、これからなんだが……」

 ベッドに腰掛け、俺はパンのような物をかじりながらセシリーナと計画を練る。


 セシリーナの情報では、今街に残っている帝国兵は輜重しちょう部隊や雑務を含めて全体で9000人くらいの規模だという。


 セシリーナは弓部隊500人の直接指揮権を持っていた。


 兵士は魔人を中心に、蜥蜴人リザードマン、穴熊人、さそり人、泥豚どろぶた人等がいて、珍しい少数民族もいる。術使いは魔法、闇、夢魔を使う者がいる。多い職は戦士、弓使い、盗賊、乱暴者、狂戦士、暗殺者である。これは脱出計画を考えるうえで貴重な情報だ。


 正門や軍港以外からの脱出経路は知らなかったが、まあ仕方がない、それが普通だろう。


 さて、外ではリサの行方を探って帝国兵が動きまわっていることは間違いない。この隠れ家は砦にわりと近い。こんなすぐ近くに潜伏しているとは思っていないだろうが、こちらも逃げづらい。


 頼りになるのは、ナーヴォザスが言っていたとおり、やはりサンドラットだろう。

 脱出したがっていたし、ナーヴォサスの仲間でこの計画自体知ってたらしいからな……すっかり騙された。


 俺は、一旦囚人服に着替えた。かなりボロくて腹回りがガバガバで緩いが、セシリーナが作ってくれた一式に比べれば、目立って人目につくことは無いだろう。


 「大丈夫ですか?」

 「気をつけてねー。カイン」


 「戻るまで2、3日かかるかも知れない。それまで隠れていてくれ。万が一3日以上帰らないときは、話したとおり、広場で露店をしているサンドラットという奴を頼ってくれ。俺と同じ腹の妖精紋が目印だ」


 「帰らなかったら、なんて嫌な事を言わないでください」

 「必ず戻ってよね!」


 二人に見送られ、俺は排水路の縄梯子を上がった。

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