第262話 ミスコン勝負服とアクセサリー

 「確かにこの宿は女には安全かもしれんな、見ろ、恐れをなしてもはや誰も近づいてこない」

 大魔女ミズハは窓から通りを眺めて言った。


 宿の外には、リサのにわかファンになった男共が遠巻きに集まっている。だが、この恐ろしい宿に近づく勇気のある男は今のところいないようだ。


 近づいたが最後、ケバイ化粧の男に抱きつかれて酒場に引き込まれるのだ。数人がその犠牲になったのを見て、今や誰も近づけないでいる。


 「今日は凄かったわね。本当はリサがあんなに強いとは思わなかったわ」

 オリナに化けたままのセシリーナが衣装合わせのためリサの着替えを手伝っている。


 野族の里も色々大変らしく、このところたまりんたちは頻繁に野族の里からお呼び出しがかかっている。あおりんも一緒に出掛けてまだ帰ってきていないので変身が解けないのである。

 何かと不便だが、戻ってきたたまりんからスーゴ高原一帯での戦いの状況を聞けるので、俺たちにもメリットはあると言えよう。


 「そうですよ、まったく。今まで完璧にリサに騙されていました」

 リィルがベッドに腰かけて着替えを眺めている。


 「ええっ? みんなを騙してなんかいませんよーー。今までの姿では力を発揮できなかっただけですってば!」


 リサが服の袖に手を通しながら微笑んだ。その様子を確認しながらオリナが手早く服の前後を整えていく。


 「明日は、いよいよミスコンテストだな。その衣装で勝負するつもりなのか?」

 ミズハが静かに窓を閉め振り返った。


 「うん、この衣装はセシリーナの見立てだもの。絶対間違いないでしょう。ほーら、見てよ、とっても素敵でしょう?」

 リサはくるりと回った。スカートがまるで花が開くようにふわりとなびく。かなり上質の生地のようだ。


 「それにしても良くそんなドレスを持っていたものだね」

 ミズハが感心してドレスを眺めた。


 「ここにね、昔のステージ用衣装が少しだけ残っていたのよ」

 そう言ってオリナは腰のポシェットを叩く。


 「それで昔の衣装なのですか?」

 リィルがため息をついた。リィルを感嘆させるほどその衣装は素晴らしいデザインだ。


 「そうよ。ポシェットの中は時間が経たないから十分新しいでしょ。デザインも新進気鋭のデザイナーが作ったものだから古さを全く感じさせないわ」


 「そのようだな、それに古いと言ったって数年前だろう? それにしても、これはずいぶん高級な布地だね。これはもしかして ”天使の羽衣” と言われる希少生糸で作られているんじゃないか?」


 ミズハはドレスの裾を手に取ってその質感を確かめた。これは本来は王家でも魔王やその妃レベルの者にしか出回らないような代物だ。それを贅沢に使っているとはアイドル時代のセシリーナの凄さが感じられるステージ衣装だ。


 「さすがはミズハ様、物知りですね。あれ? ところでアリスはどこに行ったのかしら? いつの間にか姿がないわね」

 オリナがふと気づいたように辺りを見回した。


 「それはもちろん、カインの部屋……」


 バン!

 ミズハが答える前に血相を変えたオリナが部屋を出て行った。



 「痛てて…………」

 やがてパンツ一枚のカインの耳を引っ張りながらオリナが戻ってきた。


 「やっぱりなのですか?」

 リィルが一目見て分かりきったように言う。


 カインの素足にはちょっと不満顔をした薄着姿のアリスがひっついてきた。


 「危ないところだったわーー。仮眠しているカインに裸になったアリスが足を絡ませながら添い寝していたわ! カインったら眠っているくせにアリスを抱きしめて! まったく油断も隙もない! この手か、この手が悪者か!」


 「いてっ、いてて!」

 俺は手をつままれた。まだ本当のことは言えない。「無意識に触っていたんだから仕方がないじゃないか?」「セシリーナだと思っていたんだ」と弁解したがセシリーナは問答無用である。


 「カイン! 見て! どうかしら?」

 リサがひらひらとドレスを揺らして舞う。

 「おう! 凄いじゃないか、まさに夢のような美少女! これはもう絶対に優勝は間違いなしだな」

 俺はヒリヒリする手の甲を押さえながら本気で絶賛した。


 セシリーナのセンスは抜群に良い。

 衣装だけでなく化粧も素晴らしく上手なのだ。さすがに元トップアイドルだっただけのことはある。ちょっとした小物の使い方もうまい。


 「よし! カインに褒められたぞ!」

 リサは両手を握って気合を込めた。そんなところがとてもカワイイ。


 「はしゃいでいるのは良いが、課題のアクセサリーは出来たのか? 提出は明日の午後だぞ」

 ミズハが尋ねた。


 「それはもうバッチリでしたよ。先に見せてもらいましたけど惚れ惚れするくらい素晴らしい出来でした。ほら、あそこに置いてありますよ」

 リィルがベッド脇のテーブルを指差した。


 「へえ」

 俺はテーブルの上の小箱を見た。

 希少な宝石やアクセサリーには目が無いリィルがそれほど褒めるのだから、よほどの出来なのだろう。


 「見せてくださいね」

 アリスが小箱を手に取った。


 パカッと開く。

 中には美しく輝く二つの指輪が入っていた。

 銀細工でその装飾モチーフは古代都市のレリーフを下地にしているらしく、とても完成度が高い。


 「あっ、そっちじゃないわ! 提出用は右側の箱の方よ!」

 リサがなぜか顔を赤くした。

 「それじゃあ、これは何なのです? 試作品ですか? それにしてはかなりの出来ですね」

 アリスが指輪を眺めて、その目が細くなる。


 「なんでしょう? 指輪の内側に文字が刻まれていますね。小さい方には、リサ。大きい方には、カ、イ、ン?」

 「ダメですって!」

 バッとアリスの手からリサが小箱を奪い取った。


 「これは大事な物なんです! 勝手に見ちゃダメなんですよ」

 少し顔を赤くして、むうっと怒っている。


 一体何なのだろう?

 俺たちはそのお揃いの二つの指輪が何なのかさっぱりわからない。もしかするとリサの故郷では指輪が何か重大な意味を持つのかもしれない。


 「それではこちらが提出用なのですね?」

 アリスは誤魔化し笑いを浮かべながら、小箱を手に取った。


 「どれどれ? ほう……」

 俺も覗きこんだ。

 小箱の中には美しい金のネックレスが入っている。

 その細部の意匠は指輪同様に古代都市で見たモチーフを元にしており、デザイン的にも完成度がとても高い。


 「うわっ、見事ですわ。リサ様!」

 アリスが目を輝かせた。


 「本当に綺麗に造ったな、凄いぞ」


 「カイン様、良く見てください。綺麗だけではないですよ。遊び心に溢れています」

 「遊び心?」

 「ほら、良く見ないと気づきませんが、ここに3匹の蛇のモチーフ、こっちには魔女の帽子、ここにはシーフの短剣、裏側にはセシリーナが良く使う弓矢と、これは長靴ですか? 鼠まである。これは旅の仲間に捧げたネックレスなのですね。素晴らしいです。愛にあふれていますね」

 なるほど凄い細工だ。アリスに言われて初めて気づいた。


 「えへっ、見抜かれたか」

 リサが照れた。


 「大事な物だから、テーブルの上に置いておかないで、ちゃんとしまっておきましょうね」


 「そうだ! アリスが保管しておいてくれる? アリスが持っていてくれたら一番安全だわ」

 リサがアリスの手をつかんで言った。


 「えっ? 良いのですか?」 

 「もちろんよ。アリスたちは囚人都市にいた頃からずっと私を護ってきたのだもの」

 リサは微笑んだ。その笑顔には誰も太刀打ちできない。


 「そうですか、わかりました。これは預かっておきますね」

 そう言うとアリスは大切そうに箱を両手で包んだ。


 「さて、明日の準備は終了ですか? これからどうします? 夕食まではまだまだ時間がありますよ」

 リィルがうーーんと背すじを伸ばした。



 「「!」」

 その時だ、急にミズハとアリスの表情が変わった。


 「感じたか? 今、誰かが街中で邪悪な禁忌の術を使ったぞ」

 「はい、ミズハ様も気づかれましたか?」

 二人の顔がうって変わって険しくなった。

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