第263話 強奪事件

 「どうしたの?」

 「何かあったのか?」


 「今、この街で邪悪な魔法が使われたのだ。何かがあったに違いない」

 そう言ってミズハが窓を開けて目を細めた。


 ここは二階なのでどこまでも茶色い屋根が続いているのが見えるが、さほど遠くない中心市街地の方の屋根の上で何かが続けざまに光った。


 「あれは電撃系の魔法、誰かが何者かを追っているか追われているようです」

 確かに良く目を凝らすと、俺にも屋根の上を飛び跳ねる二つの影が見えるような気がする。


 「どうします?」

 「何となくだが、助けが必要な気がするな」

 ミズハが言った。


 「様子を見てこよう。リィルとセシリーナはリサを守っていてくれ。アリス、ミズハ、行ってみよう」

 俺は骨棍棒を手に取った。


 俺たちが出店が並ぶ大通りまで出ると、通りの中央に人だかりが出来ていた。


 「どうした? 何かあったのか?」

 俺は群衆の外側の男に聞いた。


 「ああ、何でもゲ・アリナ様の侍従が襲われ、星姫様コンテストに提出するアクセサリーを奪われたらしい」

 「何だと!」

 ミズハが目を剥く。


 期日までアクセサリーが提出されなければゲ・アリナ嬢は失格である。ゲ・アリナ陣営以外の誰かが仕組んだのだろうか。


 「誰か! 医者はまだか! 誰か止血系の薬をもっておりませぬか! すぐにも手当が必要なのです!」

 人ごみの中から老人の声が聞こえた。


 俺は腕力に自信がないので、怪我をした場合に備えて各種の薬を常に持ち歩いている。


 「ミズハ、アリス、俺はこっちを助ける。こんなコンテストは嫌だろ? ゲ・アリナ嬢のアクセサリーを奪い返すのを手伝ってやれ」


 「元よりそのつもりだ」

 「わかりました」

 そう言うと二人の姿は一瞬で消えた。


 「ちょっとどけてくれ! 薬なら俺が持っている!」

 俺は人ごみを掻きわけて中に入った。路上に侍従服を着た若い女性が倒れているのが見えた。


 鋭い剣のようなもので刺されたらしく腹部から出血が続いている。


 「アナ、しっかりしろ!」

 その隣で初老の侍従が彼女の頭を抱えていた。


 「意識はありますか? 何があったのです?」

 俺は血の広がった地面に膝をついて、すぐにポシェットを開け薬を探した。


 「いいえ、意識はありません。呼びかけているのですが…………。私を庇って邪悪な魔法による攻撃を受けたのです」


 「俺は人族ですが、それでもよろしいですか?」

 「こんな事態です。人族も魔族もないでしょう。お願いします」

 初老の侍従が必死な形相でうなずいた。


 「魔法攻撃で刺された場所を見せてください」

 俺は元々妻の手伝いをしていたから薬には詳しい。それに加えてアッケーユ村に滞在していた時にイリスから治療法や怪我の見立て方も習った。怪我や病気の具合が分かればより適切な薬を使えると教えられたからだ。もちろん薬はイリスのお墨付きの特上品が揃っている。


 傷は意外に深そうだ。だが単純な刺突魔法のようだ。厄介な呪い系とか持続系の魔法でなくて良かった。


 「幸い持続魔法じゃない。これ以上の傷口悪化の効果は無いみたいだ。しかし、きっと内臓も傷ついているぞ。傷を塞ぐだけの薬ではダメだな、復元力のある薬を使わないと……。それも確か手持ちにあったはずなんだ」

 俺はカチャカチャと薬瓶を選ぶ。


 「そんなに薬をお持ちとは、貴方は薬師なのですか?」

 「いや、俺の妻が薬屋を営んでいるんだ。それよりも今はこれだ」

 俺は緑色のポーションを取り出した。

 魔力を有した貴重な薬だが、今使わずしていつ使うと言うのだ。


 俺は歯で噛んで栓を引き抜くと、その傷口に注いだ。

 聖魔法の治癒の効果を付与した薬で、治癒力を活性化させ破損した内臓も元に戻す効果がある。


 みんなが見守る中で、俺は薬を全部使い切った。


 「次にこれを飲ませてください」

 俺は、飲み薬を男に手渡した。


 「飲ませるのでございますな。全部ですか?」

 男は器用に指先で栓を抜いた。


 「失われた生命力と血液を回復させる薬だ。飲めないようならまずは半分だけでも効果がある」


 「わかりました」

 男はその娘の唇を開けると、薬を少しづつ流し込んだ。

 効果はすぐに現れた。


 傷口の内側から泡立つように淀んだ血を吐きだすと、見る間に傷が塞がって行く。青白くなっていた肌に赤味がさし、その頬にも血の気が戻るのが分かる。


 「おお! 大丈夫かアナ!」

 男が叫ぶと、娘の目が微かに開いた。


 「おおおっ!」と周囲の人々が声を上げた。

 目を開けた娘は刺された腹を不思議そうに撫でた。


 「気が付きましたか? この方が貴女の命を救ってくださったのですぞ」

 アナは目が悪いのか、目を細めた。


 「ゲホジョン様、私の眼鏡を……」

 「おお、ここにありますぞ」


 アナは眼鏡をかけた。


 「大丈夫みたいだな。でも一応、一週間は安静にして様子を見るんだ。臓器が痛められたのは事実なんだから、四、五日は柔らかい物を食べた方が良いぞ」


 「貴方は?」

 アナは俺を見上げた。


 「そうです、命の恩人である方の名前もまだ聞いておりませんでしたな。我らはゲ・アリナ様の侍従、私が侍従長のゲホジョン、この娘はアナであります」


 「俺は、カッイン商会のカイン。コンテスト参加者リサのグループ責任者だ」


 「なんと!」

 侍従長ゲホジョンは驚いたようだ。

 「ライバルグループの者を助けてくださるとは……何とお礼を言えば良いのかわかりませぬ」


 「いやいや、それより課題のアクセサリーを奪われたと聞いたよ」


 「ええ、それは、護衛騎士バルゼロットが犯人を追跡していますが、先ほどその敵がまた怪しげな魔法を使ったようで、心配ですな」

 侍従長ゲホジョンは建物の屋根を見上げた。


 「大丈夫、俺の仲間もそいつを追った。こんな汚い手を使うなんて、俺も仲間も腹が立つ。せっかくのコンテストに泥を塗る行為だし、許せない」


 「莫大な金が動くコンテストでは、裏で色々と画策する者が出てくるのは仕方がないことなのですが。貴方のグループの方々はそのようにお考えになるのですね。そうですか。なるほど。今はライバルとは言え、カイン殿のグループとは今後仲良くしたいものですな」


 「ん?」

 「カイン殿は、人族ですが顔に似合わず清廉なお方ですな。我が主人にもそう伝えましょう。いずれ我が主人からもお礼の言葉があると思います。もし主人のアクセサリーが戻らず失格になったとしても、アナの命を救った貴方に、我が主人は心から礼を言うでしょう」

 侍従長ゲホジョンは俺の手を取って礼を言った。


 「カイン様、助けていただき、ありがとうございます。このお礼はいずれきっと」

 アナは横たわったまま俺の手に手を重ねた。

 良く見れば凄い巨乳で、愛らしい眼鏡美人という感じだ。助かって本当に良かった。俺は思わずニヘラと笑ってしまう。


 「それはそうと、あの敵は恐ろしい術を使いますぞ。バルゼロットもそうですが、貴方の仲間も心配ですな」

 「いや、多分、大丈夫でしょう。俺の仲間はそれはもう強いですから」

 俺は遠くの屋根を見上げた。

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