第264話 古死竜召喚1

 「何なのだ! こいつらは!」

 盗賊の姿をした男は歯ぎしりしてにらんだ。

 最初に追って来た騎士の男は大した問題ではない。馬鹿正直に剣で攻撃してくるだけなので攻撃をかわすことも反撃することも容易なのだ。


 だが、後から姿を見せた女二人、こいつら異常だ。


 電弾や火炎矢等の通常魔法がかわされるかどころか、軽く弾かれた!


 「あの威力の火炎矢を簡単に弾くなど、ありえんだろう!」

 男は屋根から屋根へと飛び移る。


 「誰かは知らんが、手助け感謝する!」

 騎士バルゼロットは両隣に姿を見せた二人の美女に声をかけた。


 「我らは、コンテスト参加のリサグループの者です。アクセサリーを取り戻すのにお手伝い致します」

 そう言うと、バルゼロットを追い抜いて飛ぶ。


 「なんだあの二人は、空を飛んでるじゃないか」

 バルゼロットは目を丸くしてつぶやいた。

 メイド服と魔女帽子の美少女は屋根を走っているのではなく流れるように飛んでいる。ただの飛行術の使い手ではない、今まで見たことがないほどその動きは優雅だ。


 「何者か知らないが……」

 急迫してくる二人に、盗賊の男はちらりを後ろを確認した。


 「俺をなめるなよ、闇術、霊鬼招来!」

 男は印を切って二人の追っ手の方向に指先から黒い玉を打ちだした。


 ポンポン! と連続する破裂音とともに、風に流れた黒い煙の中から大きな鎌を手にした二体の禍々しい霊鬼が立ちあがった。


 左右に分かれたアリスとミズハに対し、霊鬼も位置を変えて鎌を振り上げ待ちうけた。


 「我が霊鬼には通常武器による物理攻撃は効かない。通常の魔法攻撃も無力化されるのだ。それが分かった時には死んでいる。さあ死ぬが良い!」

 盗賊の男が走りながら「やれ!」と攻撃を許可した。


 「ケフフフフフ……」

 不気味に笑いながら霊鬼がミズハに迫った。

 ミズハの目が光った。

 無詠唱でミズハの背後に現れた無数の光の矢が一斉に尾を引いて霊鬼めがけて飛んだ。

 「ケフフフフフ……」

 無駄だとでも言いたげに霊鬼は鎌でそれらの矢を巧みに弾いた。


 攻撃を繰り出しつつミズハは霊鬼の側面に回り込んだ。


 「ケフフフフフ……」

 霊鬼がかかったなとばかりにニヤリと笑い、その手の黒い鎌が何倍にも伸びた。


 「!」

 ミズハの飛行コースを読んだのだ。鋭い刃がミズハの体を切り裂くかに見えた。


 シュン! とミズハの体が消えた。

 一瞬で目標を見失った霊鬼がうろたえた。


 次の瞬間、その背後に現れたミズハが手にした杖先はその心臓の位置を見事に貫いていた。ボロボロ……とぼろ布が千切れて飛ぶように、霊鬼の黒い身体があっと言う間に塵と化して消えた。


 見ると、アリスはとっくに霊鬼を片づけてミズハの先を行っている。

 「さすがはアリスだな」

 ミズハは微笑んだ。


 「くそっ、なんなのだ。何が起きた? あのメイドは我が霊鬼に一体何をしたというのだ?」


 攻撃を受けた様子もなかったのにメイドが近づいただけで、その前に立ちふさがった霊鬼が一瞬で塵と化したのだ。闇術を無効化する術でも使っているとでも言うのか。


 「ちっ! しつこい!」

 盗賊は家並を抜け、郊外の森へ入った。

 木々の間を素早く左右に動いて追っ手を巻こうとする。


 既に騎士の男は姿が見えないが、残るこの二人が厄介だ。


 男は追っ手を撹乱する動きをしながら、同時に幻惑の罠をあちこちに発動していく。この罠を置いた地点を通過すればそれだけで方向感覚を失うか、あるいは視力に異常をきたして追ってこれなくなるはずなのだ。


 「これでどうだ?」

 男は後方を見た。


 罠が次々と光るのが見えた。うまく罠にかかったらしい。


 「馬鹿め、闇術の罠魔法の効果は半日は続く。もはや追ってこれまい」


 ニヤリと笑って、男は地上に下りると指定された場所へと向かった。


 郊外の牧草地の中に建つ大きな別荘である。

 門は開いており、多くの人が出入りしている。


 男は塀を飛び越すとその裏庭に潜り込んだ。辺りを見回すとバルコニーが見えた。バルコニーの上には白いテーブルがある。


 「ここが指定された場所か。簡単なものだったな」

 男は懐から小箱を取り出すとテーブルの上に置いた。

 その時だ、男はあるべからざる気配にギクリとした。


 「見つけましたよ」

 「もう逃げられないぞ、観念しろ」

 背後で二人の女性の声がした。


 男は一瞬表情を歪めたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


 「俺のあの罠魔法を受けてなおここまで追跡してくるとはな、恐れ入ったぜ」

 そう言いつつ、片手を懐に入れる。


 「抵抗は止めなさい。無駄ですよ」

 「奪ったものを返してもらおうか」


 「できるものなら、力づくでやってみな!」

 男は振り向きざまに細身の投擲剣を投げた。


 暗殺用の毒刃の武器である。かすり傷一つでも即死する。


 「何っ?」

 放った剣が空中でピタリと止まった。

 カラ、カランと地面に落ちた投擲剣を魔女帽の少女が拾い上げた。


 「この武器は……お主、鬼天ダニキア所属の者か?」

 ミズハは一目でその武器の素性を見抜いた。


 「ど……」

 男は、どうしてそれを? と言いたくなったのをぐっとこらえる。その事が漏れてはまずいのだ。


 「それがどうした! こうなれば最後の秘術を使ってでもお前たちをここで殺しておく。闇術! 古死竜召喚だ!」


 男は懐から一本の骨を空中に放り投げた。

 空中で回転した骨がその姿を変え、巨大に膨れ上がる。


 男にとっても最後の究極術なのだろう。


 不意にその両目から血が噴き出し、全身をがくがくと震わせ始めた。急速に身体中の精気が術に吸い取られミイラ化していく。闇の風が渦巻いて周囲の木々をなぎ倒した。


 「馬鹿者め、自らの命と引き換えとは!」

 ミズハが防御術を展開して、その余波に耐えた。


 ついにミイラと化した肉片が粉々に砕け散った。


 グギャアアーーーー!

 男の命と引き換えに出現した巨大な死竜が吠えた。


 「なんなのです! この騒ぎは!」

 バタバタと屋敷の奥から何人もの人が姿を見せた。


 「うおっ! 竜だと! 骨の竜だ!」

 「大変だ! モンスターが屋敷に侵入した!」


 「お嬢様! お逃げください! クロイエ様! 早くこちらへ!」

 呆然と立ちすくむクロイエ嬢の腕を婆やが引いた。どうやらここはクロイエ嬢が宿泊している別荘だったらしい。


 「へぇ、古死竜ですか、あの男、闇術師としては優秀だったらしいですね。どうしますか?」

 アリスは平然とミズハを見た。あれを見ても全然動じないところはさすがはメラドーザの3姉妹である。通常なら軍隊が出動して対処するような怪物なのだ。


 「お伽噺ではドラゴン退治は剣の勇者の役割だと思っていたのだがな。倒すぞ、アリス!」

 そう言いつつ、ミズハの両手には既に膨張し始めた雷の弾が握られている。


 グギャアアア!


 古死竜が吠えると、口からどす黒い霧状の息を吐いた。

 その霧に触れた地面が腐食していく。


 ミズハが両手の雷弾を放った。

 死竜の頭部に命中し、凄まじい爆音と共に古死竜が仰け反った。


 「クロイエ様、今のうちに屋敷の奥にお逃げください」

 アリスは一旦後方に退いて、呆然と立ちすくんでいたクロイエ嬢に声をかけた。


 「お嬢さま、お早く、ここは危険でございます! 護衛兵! 何をしているのです。出番ですよ!」

 婆やが叫ぶ。

 驚きのあまり動けなくなったクロイエを引きずりこむように屋敷に逃がすと、雇われ兵たちが剣を手に姿を見せた。



 アリスは古死竜の上空に跳んだ。

 真上から網状に動きを封じる術を展開する。


 「動きは封じました! ミズハ様、攻撃を!」

 「うまいぞ!」

 ミズハが各種の魔弾を撃ち込んだ。

 流石はミズハである。古死竜の四肢が砕け散り、竜が吠える。


 雇われ兵たちも突進し、網から飛び出している尾を攻撃し始めたが、あまりに固い骨には傷一つつかない。


 竜が口を開く。


 「危ない! 後退しなさい!」

 雇われ兵たちがアリスの声に一斉に退くが、逃げ遅れた兵が黒霧に巻きこまれ、一瞬で塵になった。


 「なんという恐ろしい奴だ」

 「くそっ、テッドがやられた」

 兵を見下ろした古死竜の両眼が怪しく光る。


 「アリス! 奴は網を破る気だぞ!」

 「強い意思の力です。あの男、自らの肉体を捨ててこの竜と同化したようですわ!」


 「みんな、危険だ! 早くさがれ!」

 ミズハが叫んだ。


 グオオオオオオーーーーー! 竜が吠えた。


 黒い光が膨張し、闇の光は屋敷の庭園を飲み込んで広がり、アリスの仕掛けた網を爆砕した。

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