第265話 古死竜召喚2

 黒い光を浴びた木々は枯れ、大地は瞬く間に腐った。

 古死竜の身体は倍に膨れ上がり、ミズハが砕いた四肢が早くも再生し始めている。


 「これは闇術で生み出したにしては、大変見事な竜です」

 アリスが妙なところで感心している。


 「敵を褒めている場合じゃないぞ。聖魔法で浄化するか?」

 ミズハが杖を構えた。


 怒れる竜の尻尾が屋敷の壁を打ち崩し地面が揺れた。口からは絶え間なく腐食性の息を吐いている。


 「セシリーナに来てもらえばよかったか。彼女は竜殺しの剣を持っているからな」

 ミズハは聖魔法の詠唱を始めた。さすがにこの大物を浄化するには無詠唱では心もとない。


 グギャアアア!


 古死竜がミズハの詠唱に気づいたのか、地響きを上げて突進してきた。


 「あれを足止めするんだ!」

 「魔女を援護しろ!」

 勇敢な雇われ兵たちがミズハの前方に飛び出して行く。


 「無茶です!」

 アリスは素早く状況を把握した。


 雇われ兵が黒い霧に触れるまで残りわずか、ミズハですら詠唱が終えないうちに黒い霧のエリアに入る可能性がある。


 「仕方がありません。緊急事態です」

 アリスはポケットに手を入れ、黒い玉を取り出す。


 「生と死を司る黒亀竜こっきりゅうよ、我が命に従って今生に窓を穿うがち、その片鱗を見せるのです」

 玉を両手で包んで印を結ぶ。


 アリスを包み込み、天から巨大な炎の柱が立ち昇った。


 天が裂けた。

 空間が歪み、割れた空に別次元の空が見える。

 何かがその空間の裂け目から出てきた。


 屋敷の周りにいた人々は息を飲んだ。


 あまりに荒唐無稽な光景だ。空の亀裂から巨大な片足が出現したのだ。


 「やりなさい!」

 アリスがその真下にいる古死竜を指差す。


 その足が物凄い勢いで地面に落ちた。

 地響きが起こり、地面が波打って屋敷が倒壊しそうなほどに揺れる。


 巨大な足の小指の爪の先端でつぶされた古死竜の骨がバラバラに砕けた。


 やがてその山のように大きい足が幻のように空間の裂け目の中に消えて行く。


 あっけにとられる群衆の前で上空にいたアリスが下降してきた。


 「ミズハ様、今です! 聖魔法をお願いします!」

 「良くやりました! アリス! 感謝です!」


 そう言うとミズハは両手を広げた。その胸元から神聖さを感じさせる白い光が広がり、今だに蠢いている古死竜の残骸を包み込んでいく。


 「聖なる浄化! 闇よ光に帰れ!」

 ミスハが指を天に向けると、古死竜の砕けた骨が光の粒となって天に昇って行った。


 わあああっと屋敷中の人々が喝采を送ったが、クロイエの別荘はボロボロになっていた。庭には巨大な穴が窪んでいる。


 「何があったの?」

 「あわわわ……一体どうしてこんなことに?」

 呆然としたクロイエを先頭に、隠れていた屋敷中の者が出てきた。


 「お嬢様! 明日はミスコンテスト本番でございます。きっとどこかの陣営が嫌がらせをしてきたに違いありません!」

 婆やはクロイエの身を案じながらも、その残状に目を剥いている。


 「なんだ? 何があったんだ?」

 ようやく追いついたゲ・アリナ嬢の騎士バルゼロットが荒い息を吐いた。


 「そなたは、ゲ・アリナ様のところの騎士ではないか。何故そなたがここにいる? まさかこの騒動はお前たちの仕業ではあるまいな?」

 クロイエの背後から現れた初老の男は強い力を秘めた目で騎士を睨んだ。


 使用人たちが恭しく礼をしたところを見ると、この館の持ち主、つまりはクロイエ嬢の父なのだろう。


 「それにお前たちは何者だ? あの恐ろしいモンスターを二人で倒してしまうとは」

 その目がミズハとアリスを見たが、一瞬動揺が走ったのは顔を隠していないアリスの美貌のせいだろう。

 参加者では無いが、もし明日のミスコンに出れば優勝をかっさらうだろうほどの美しさだ。まだこんな女性が人知れず世の中にいたとは! という思いがその目に現れている。


 「我々はリサグループの者、ゲ・アリナ嬢から提出用のアクセサリーを盗んだ男を追ってきただけだ」


 ミズハの言葉がさらに衝撃を与える。リサという少女は遠くからしか見たことがないが、この美女を差し置いてコンテストに出ているとすれば……。


 「あの男はこの屋敷に逃げ込んだのですか? ということはゲ・アリナ様からアクセサリーを奪って、ゲ・アリナ様の失格を企んだのはクロイエ嬢たちと言うことか?」

 騎士バルゼロットが鼻息を荒くした。


 「何だと、そのような馬鹿なことがあるか。さては我らに濡れ衣を着せる気ではなかろうな?」

 騎士の言葉にクロイエの父は我に返ったらしい。

 「そうです。私たちは何も企てていませんわ」

 クロイエが叫んだ。


 「お嬢様! 大変です。バルコニーのテーブルにこのような物が置かれておりました!」

 その時、屋敷の点検に出たいた従者の一人が慌てて駆け込んでくる。その手には王家の紋章が焼かれた小箱が乗っている。


 「バルコニーにコンテスト提出用の小箱があったのでございます。王家の紋とゲ・アリナ様の銘があります」


 「なんだと? そんな馬鹿な!」

 「あり得ないわ」

 クロイエたちの前に差し出された箱は確かに正式な提出用のものだ。


 「それです! それが盗まれた箱です!」

 騎士バルゼロットが慌てて駆け寄って確認した。


 「間違いありません。これはゲ・アリナ様の物。やはり、貴方たちがあの男を雇ってゲ・アリナ様を失格させようと企んでいたのですね。流石は商人、勝利のためなら何でもありという訳ですか?」

 騎士バルガゼットが箱を胸にしまいながら、クロイエたちをにらんだ。


 「侮辱するのも大概にしろ! そんな真似をするものか!」

 「そうですわ!」


 「ですが、この箱を受け取っているのが動かぬ証拠でございますぞ!」

 騎士バルゼロットが喰ってかかる。


 「まあ、待て。落ち着くのだ。確かにあの盗賊はクロイエの館に盗品を持ってきた。だが、それも黒幕の狙いだったとしたらどうだ?」

 ミズハが二人の間に入った。

 

 「黒幕ですか?」

 思いがけない言葉に騎士バルガゼットがくり返した。


 「よく考えろ。コンテストでは模擬戦で勝った者が上位になっている。今のところ一位はリサ、二位はゲ・アリナ、三位がクサナベーラ、四位がクロイエ、五位がソニアといったところだろう。

 クロイエ嬢からすればゲ・アリナ様が失格になっても一つ繰り上がって第三位だ。ミスコンで優勝しても総合で一位になるのは中々難しい位置だろう。

 しかもクロイエ家は商家、信用を最も大事にする稼業だ。そんな家のものがこの程度のイベントで大きなリスクを背負ってまで王族のゲ・アリナ様を狙うだろうか?」


 「とすると、他の陣営の者が企んだと?」


 「我々リサグループも当然無関係だ。既に一位だし、そんなリスクを負う必要は皆無だ。残るはクサナベーラとソニア陣営だが、ソニアはクロイエ嬢以上に上位入賞は困難な位置にいる。しかも彼女は騎士職、王族に手を出すようなことは絶対にない。となれば」


 「クサナベーラ嬢ですね?」

 アリスが言った。


 「まさか! クサナベーラ様はゲ・アリナ様のご友人なのだぞ」

 騎士バルゼロットが青くなって叫んだ。


 「そう、だからだよ。クサナベーラ嬢は大貴族ゆえ表だってゲ・アリナ様に勝つことは中々難しい。どちらかと言えば勝ちを譲らねばならない立場にある。

 だが、ゲ・アリナ様が失格ともなれば、戦うことなく二位になり、明日のミスコンの結果次第では逆転優勝もありえる。そのように考えたとすればどうだろうか?

 そして万が一、計画が失敗しても自分たちが犯人だと疑われないように盗品はクロイエ嬢の屋敷に運んでおく」


 「うむむむ……」

 「何か、証拠はあるのか?」


 「具体的なものはないが、あえて、と言うのならば、これだろうな」

 ミズハはハンカチを開いた。

 そこには盗賊の男が使った投擲武器が収まっていた。


 「それは?」

 「あ、危険だから触るな。刃に即死の毒が塗られている。これはあの男が使った武器だ。この武器は見ての通り特殊な形状をしている。これは、鬼天のダニキア配下の暗殺者だけが用いるものだ」


 「鬼天だと! 一天衆のか!」

 クロイエの父が目を剥いた。


 「そうだ。あの男は鬼天ダキニアの配下の者、つまりそんな男を鬼天から借りられるような人物は限られているという事だ」


 「おのれ、クサナベーラめ。姑息な手を使いおって」

 「お父様……」


 「ご友人が裏切っていたなど、口が裂けてもゲ・アリナ様にこのことは報告できませんな」

 騎士バルゼロットが拳を握る。


 「うむ、無理をして報告することもないだろう。どうせ明日には決着がつく。侍従を襲ったのは物盗りの男だったと言うことにしておけば良い。

 この屋敷での騒動は自然とクサナベーラ陣営にも伝わるだろう。明日、何事も無かったように他の参加者が現れた時に、クサナベーラ嬢の胸に何が去来するのか、それを見てから処断を考えても良いのではないのか? 

 クサナベーラ陣営の仕業だとしても、本人が関与してるかどうかということもある」


 「あいかわらずお優しいですね、ミズハ様は」

 アリスはくすっと笑った。

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