第261話 大森林の襲撃者
森の襲撃者は姿を見せない。
帝国兵に動揺が広がっていた。
振り返るといつの間にか後ろにいた奴が消えているのだ。
音もなく何かが近づき、その度に一人、二人と仲間の数が減る。その恐怖に誰もが背筋を凍らせていた。
「敵襲! 各自、索敵! 敵はどこだ!」
「茂みが深くてダメです! ボッタの姿もありません」
「こちらもセダイの姿、見えません! うわああ!」
「隊長! 敵がどこにいるのかわかりません!」
「一か所に集まれ! 離れるな!」
人の手が入っていない森は倒木や蔓が多く、藪状態になっており大軍では進めない。
当初は焼き払いながら進んでいたがそれでは期日に間に合わないことが判明したため、部隊を小部隊に分けて進むことになった。
それが今は裏目に出ている。小人数で茂みの中を進んでいた時に、何者かの襲撃を受けて各部隊があっちこちで各個撃破されている状況らしい。
隣ブロックを進んでいた隊の生き残りが合流してきた。
「第28小隊合流します」
「ごくろう、今そっちは何人残っている? 集まったのは何人だ?」
「私の部隊は4名、隊長も行方不明です」
「我々と合わせてここに集まったのは12名です、隊長!」
「この岩場を背にして警戒! ここで一旦休息するぞ。他の部隊との連絡は取れたか?」
「左右の部隊ともに確認できません。向こうも混乱してコースを外れているようです」
兵士たちの顔に疲労の色が濃い。
どこから攻めてくるかわからないこの状態は精神的にキツイ。勇猛な帝国兵も徐々に気力を削られる。探知魔法にもかからない襲撃者がいるとは誰もが想像もしていなかった事態だ。
「敵の正体は何だと思う? 魔物だろうか?」
「血の色からして魔獣の一種かと思いますが、斬りつけたはずの敵が回収されているようですから、相手も集団で動いているものと思われます」
「なぜ、姿が見えないのだ」
「斬りつけてわかったのですが、地面を這うように移動しているのか、茂みの高さをうまく利用しているようです。常に茂みに隠れているから姿が見えないものと思われます」
「その事をみんなに伝えねば。通信士、本隊長との連絡はついたか?」
「魔導通信網が撹乱されています、妨害術の影響と思われますが、この辺りの地面に何か特殊な鉱石があるのかもしれません」
「指示が得られないか。各自、今のうちに少しでも何か食べておけ。キツイ戦いになる」
「はっ」
「さて、ここからどう進むか思案どころだ。作戦はうまくいっているのかどうなのか、作戦に従って予定通り進むべきか、状況から判断して一旦後退して後続軍と合流するべきか」
男たちは焚き火の周りに輪になって携帯食糧を齧りだした。
その時、森の奥の茂みがガザガサと動いた。
「!」
緊張が走る。
「敵襲! 剣を取れ!」
全員が腰の剣を抜く。
「ま、待て…………。味方だ、第12部隊の者だ」
「第12部隊だと、後続している本隊の護衛部隊ではないか? どうしたのだ?」
「少し休ませてくれ……」
男は味方の兵に安心したのか倒れ込むとそのまま気を失った。
仲間の兵が倒れ込た男を抱きかかえ、焚き火の側に寝かせた。
しばらくして水を含ませると男は気がついた。
「どうした? まさか本隊に何かあったのか?」
「新王国兵の奇襲を受けた。森の岩場に潜んでいた敵軍にいきなり襲われて、ゲバオダ副将が討たれ、本隊は既に敗走している。これ以上の進軍は無理だ。各隊とも森から撤退せよとの命令が出た」
「なんだと、こんな場所に新王国軍が? それで、他の先行部隊には伝令は届いているのか?」
「魔導通信網が攪乱されて連絡がとれない。伝令兵が走ったがなにしろ人手が足りない、先行した50部隊のうち約半数の部隊にはまだ伝令が届いていないだろう。彼らは予定地点での合流を目指してそのまま北へ進んでいるはずだ」
「くそっ。この作戦は失敗だ」
「隊長!」
その時、震える声がした。
「何だ! むっ!」
顔を上げた瞬間、その目に無数の敵が映った。
いつの間にか重装の槍兵に周囲を取り囲こまれている。
その容貌は鼠に似ており、人とは思えない。
そいつらはじりじりと囲みを狭めてきた。
チューチューと会話しているのを聞いても言葉が通じるような者たちではないようだ。
「魔物の森……、ここで全滅するのか……」
3倍以上の兵数を見て、気弱な声が漏れ始めた。
その時、槍兵が左右に分かれた。
「帝国兵の方々、現時点で既にこの地での勝負はついています。大人しく降伏していただきたい」
人の声がした。
「新王国の者か?」
「いかにも」
男はうなずいた。
「他の部隊はどうなったのだ?」
「あなた方で30部隊目です。みな本隊の潰走を聞いて既に降伏しております。命を奪うことは本意ではありません。どうか降伏して欲しい」
隊長を見る男の言葉は丁寧で、誠実さが感じられる。
「わかった。こんな所で死んでも犬死だな。降伏しよう」
隊長の言葉に、震えていた兵たちの表情に安堵の色が浮かんだ。
「では、野族の里の収容施設にご案内しましょう」
「野族?」
「彼らのことですよ、では武器を集めさせてもらいます」
男が片手を上げると鼠顔の者たちが兵の武器を回収して回った。
「さて、我々についてきてください」
男はそう言って、捕虜となった兵たちを招いた。
ーーーー収容施設には多くの帝国兵が集められていた。そこは幾つかの高い塀で囲われた区画が並んでいる場所で、元々は家畜か何かを飼っている場所なのだろう。
「おお! 隊長殿! ご無事でしたか!」
姿が見えなくなっていた部下たちもそこにいた。
「お前たち、生きていたのか? 一体どうして?」
「ええ、背後からいきなり頭を殴られ、気絶したまま引きずられてきたようです。ほら、あんな風に」
見ると、野族2匹が気絶した兵の両足をそれぞれ持ってひょこひょこと兵を引きずって行く。
「それにしても野族とは何なんだ? それに一体何匹いるのやら。凄い数の兵だな」
男は周囲を見渡した。多くの家並みが森の中に見える。ただの魔獣と違い、文化的な暮らしをしているようだ。
「野族と言えば、ほら、辺境の地で長年にわたって穴熊族と敵対していた連中ですよ。穴熊族の報告ではただの魔獣という話でしたが、違うようですね。これはちょっとした国ですね。本当か嘘かわかりませんが、兵も数万はいるということでした」
「我々帝国がその存在に気づかなかったというより、たかが魔獣と軽んじて無視していたというところか?」
「上層部の驕りが今回の作戦失敗の一因と言えそうです。彼らの領域に敵として踏み込んでしまったのですから。おや?」
その目が隊長の背後を見た。
「なんだ?」
振り返った隊長の目に場違いなものが映る。
全ての収容施設から一望できる高楼の上に、赤い神官服を着た美しい女性が立っていた。
その背後から野族たちが現れた。
ルップルップは眼下を見下ろした。
この高楼は本来家畜の囲いを監視する塔だが、今はその囲いの中に多くの兵国兵たちが見えている。
今の時期、家畜はアパカ山脈麓の放牧地にいるので、その囲いを利用して収容所にしているのだ。
「済まぬな、ルップルップ、野族語と共通語が話せるのはお主くらいなのじゃ」
そう言って族長ヘルヘイが隣に立った。
族長の向こう側にシュウが姿を見せた。
「声をかけるのはシュウの役目だ。私は族長の言葉をシュウに伝えるだけだ。準備は良いか? シュウ」
「いつでもいいぞ」
シュウはうなずいた。
「さて、森に侵攻した帝国兵の生き残りのほとんどが収容された。この者たちの処遇を伝えてもらおうか」
族長はルップルップを見上げ、話しだした。
「帝国兵よ! お前たちの処遇を伝える!」
シュウはネルドル特製の拡声器を使って叫んだ。声が里に響き渡る。
「いいわ。続けて」
ルップルップが族長を促す。族長の言葉をルップルップが翻訳してシュウに伝える。
「森の外の戦はまだ終わっていない。お前たちは、これから少人数に分けて、毎日少しずつアパカ山脈麓の藪道を経由してクマルン村方面に送り返す。その後、自分の故郷に帰るか、スーゴ高原の帝国軍に合流するかは自分たちで決めるが良い。ただし、二度とこの野族の棲まう森には近づくな。こんど敵対すれば命は無いと思え!」
シュウは族長の言葉を伝える。
生きて帰れるようだと分かった帝国兵たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
「これで良かったのですか?」
シュウは族長ヘルヘイを見た。
相変わらず鼠顔でその表情は読めないが、髭がピンとした所をみると良かったのだろう。
高楼を下りたシュウとルップルップの前にクリス、ネルドル、ゴルパーネの3人が待っていた。
「終わったな。シュウ。御苦労さまだ」
「拡声器はバッチリだったわね」
「役立ちましたよ」
「よかったわ」
ゴルパーネがシュウから機械を回収した。
「これで森での仕事はおおかた終わりだな」
ネルドルが笑う。
「ええ、これでこの森での戦いはほぼ終焉でしょう。私は、クリスさんが馬車で来たルートを通って新王国に戻り、この報告をしなければなりません。みなさんはどうします?」
「新王国か? 今まで行ったことがない土地だし、面白そうだ。ちょうど次の仕事まで空きがあるし、行ってみるか? ゴルパーネ」
ネルドルはゴルパーネを見つめた。
「異論はないわ。元の王都、今の聖都も見てみたい気がする」
「なら決まりだ。俺たちはシュウと一緒に新王国に行こう」
「ルップルップさんはどうします? カインさんたちを追いますか?」
「うーん。でも今どこにいるかも知らないわね」
そう言って、ふとクリスと目が合う。
クリスはにっこりと笑った。
「カインの、居場所は分かる。私はそこに行く」
「じゃあ、私もクリスと行くわ」
「それでは、お二人とはここでお別れですね。今までありがとうございました。新王国を代表してお礼を言います」
シュウは、二人と握手を交わした。
「カインに会ったら、よろしく伝えておいてくれ。それと丘舟造船の利益も上々だとな」
ネルドルはニカッと笑った。
「うむ、分かった。そう伝える」
「それでは、ゴルパーネ、またどこかで会おう。そのうち二人の子どもの顔が見れることを期待しているぞ」
ルップルップはゴルパーネを抱き締めた。
「はあ? 何を馬鹿なことを。私たちは結婚もしてないし」
「でも、結婚するんだろ? 新王国についたら式を上げたら良いと思うぞ。あそこの神殿は新しく建て直しているとシュウが言っていた」
ルップルップがその耳元でささやいた。
「どうかしたのか?」
ゴルパーナが耳まで赤くしているのを不審に思ったネルドルが二人を見た。
「いいえ、何でもないわ。何でもないわよ!」
ゴルパーネは慌てて否定した。
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