第260話 模擬戦2


 わあああああ! と会場の熱気が戻った。


 だが、再び異変は起きた。

 どうしたのか突進した兵の歩みが急に遅くなる。あきらかに何らかの精神攻撃を受けている感じだ。


 「どうした! それでもエリート兵か! しっかりしろ!」

 ゲ・アリナの叱咤する声が響き、その声に意を決した一人がリサの元に駆け寄った。続いて剣を抜いた二人がリサに切りかかった。


 激しい金属音が響きわたった。


 思わず目をつぶったリサの前に、ゲ・アリナの兵の一人が立ちふさがって襲いかかった二人の剣を弾いていた。


 「はあ? 何をしているのです! 貴方、裏切るのですか!」

 ゲ・アリナが叫ぶ。


 「私は、私は……」

 その兵は兜を掴んで、投げ捨てた。


 「どうして助けてくれたの?」

 リサの声に振り返ってその男は微笑んだ。



 「理由などありません!」

 「この裏切り者め!」

 パリーーン!

 再び襲いかかった二人と合い打ちになって、3人の護符が同時に砕けた。


 あっけにとられるゲ・アリナとクサナベーラだけがそこに残っている。



 「なんなんだ? 今のは? 今のもリサのスキルなのか?」

 俺は周囲の人々と一緒に呆然としている。


 「はい、今のはリサ王女の生まれながらのスキル、“敵意の無効化”と“純粋無垢”が発動したのです。敵意が削がれて突進を躊躇ちゅうちょし、“純粋無垢”の力で、リサを守りたくなったのですね」


 何と言うチートスキルなのだ。

 これが魔王の姪というカリスマからくるリサ本来の力なのか。

 何もしていないのに勝手に相手がどんどん降参していくとは……。


 だが、考えてみれば囚われのリサが無事に生き延びられたのも、その後一緒に旅をする中で無事だったのも、こんなスキルが密かに色々と発動していたからだと考えると納得がいく。


 「おのれ! 奇怪な技を使いおって! 貴族の名誉にかけて私は負けないぞ!」

 「待て! クサナベーラ! 不用意に動くな!」


 「仕留めますわ!」

 クサナベーラが弓を放つが、リサに難なくかわされる。

 しかし、クサナベーラはそれを見越していたかのように美しい宝石で飾られた刺突剣を手にリサに迫った。矢はフェイントだったのだ。


 「終わりよ!」

 風を裂くように鋭い一閃がリサを襲う。


 ぷすり!


 「あ!」

 偶然なのか狙ったのか、誰もが目を疑った。


 クサナベーラがリサの護符を狙って突いた剣先が、モップの柄に突き刺さって止まっている。


 リサは両手でモップを持っているだけなのだ。


 「なんですの! これ!」

 クサナベーラがぐいっと抜こうとするが、なかなか抜けない。


 「あのーー、あまり無理に引くと宝剣が折れますよ」

 リサが丁寧に教えるが、逆上したクサナベーラには聞こえていないようだ。


 「黙れ! 黙れ! 黙りなさい!」

 ぐいぐいと無理やり引っ張る。


 「そんなに引っ張ると危ないのに」

 そう言って急にリサが手を離した。


 バコーン!

 その瞬間、盛大な音がしてクサナベーラの顔面にモップの柄が当たった。


 「どうして……急に手を離すのです……」

 くらくら、とめまいを起こしてクサナベーラがばったりと地面に倒れた。


 審判が急いで駆け寄ってクサナベーラを見て首を振った。


 「クサナベーラ嬢、戦闘不能! 退場です!」

 すぐに担架が運ばれてきた。


 「だから、危ないっていったのに」

 リサは気の毒そうにその姿を見送る。



 わああああ! 会場に声が響き渡る。

 まさか、誰も注目していなかった少女が決勝に残った形だ。

 その様子を見て、ゲ・アリナは油断なく大剣を構えた。


 「貴女、カミアと言いましたか? 何か不思議な守護を受けているようですが、私も王族の一人として大いなる加護を受ける身。悪いけど勝たせてもらうわ」


 「これが本番だね」

 リサはモップを構える。


 「そんなもので、この帝国の至宝、魔剣ゼロロイドに敵うものですか」


 「ほへーー、それが魔剣ですか? 初めて見ました」


 「ええ、我が家に伝わる名剣で凄い力を秘めた……って、何を説明させようとしているのです!」


 リサの“偉大なるカリスマ”はゲ・アリナの王族としてのカリスマを上回っているようだ。ついリサのペースにはまってしまいそうになる。


 「真面目にいきますわよ!」


 ハッ! と声を上げてゲ・アリナが跳んだ。

 大剣を軽々と片手で振り下ろす。

 大地に衝撃が走り、砂飛沫があがって、リサが立っていた地面が抉れた。


 「危ないです!」

 リサは軽やかに背後にステップするように避けていた。初めてリサが戦うところを見た気がするが、かわし方が上手だ。


 「ちょこまかと、いつまでも逃げられないわよ!」


 大剣が風を切り、リサの胸元で揺れる護符をぎりぎりの所でなぎ払う。しかし、今一歩踏み込みが足りなかったのは、急に目の前にモップの柄の先端が突き出たからだ。


 リサがモップを初めて武器として使ったらしい。


 「小癪な!」

 踊るようにゲ・アリナが剣を振るう。さすがは王家の姫である。その技量は見事と言ってい良い。

 しかし、その剣先が胸の護符に迫るたびにモップが剣を弾き、反らして邪魔をする。


 「だめですよ。お嬢様がそんなにムキになったら、お顔が怖くなりますよ」

 リサがよけながらかわいい声で言う。

 攻撃しているのはゲ・アリナばかりなのだが、逆に追い詰められているように見えるのは気のせいか。


 「馬鹿にするな! 私は王族なんだぞ!」


 「あーん、怖いです」

 リサは相変わらずでかわいい。会場の男共の心を虜にしていくのがわかる。


 ヤバい、これは人気がでそうだ。

 声援が次第にリサに集まっている。

 男だけでなく女性までリサを応援し始めている。

 これは一体なんなのだ。


 リサには攻撃がさっぱり当たらない。

 ゲ・アリナの剣術の腕はかなりのものだ。それは誰が見ても一目瞭然なのだが、事実当たらない。


 モップを巧みに使って剣先を避けている。


 「あれがリサの実力なのか?」

 俺はアリスを見た。

 アリスも真剣な眼差しでリサの動きを見ている。


 「カイン様、私も初めて見ました。あれがリサ王女の武技、“完璧なる防御”なのですね。お姉様から聞いてはいましたが……」


 「「完璧なる防御?」」

 俺だけでなく、セシリーナすら初めて聞く武技らしい。


 「ええ、別名は「甘えん棒」、棒術の一種であらゆる攻撃を防ぐといいます」


 「棒術? リサの得意な武器は棒だったのか? だからモップを選んだのか」

 納得顔をした俺を見て、アリスは首を振った。


 「いいえ、リサ王女が本当に得意な武器は、あれの先に刀がついたような形状のもの、薙刀なぎなたとか言う武器のはずです」


 「は? 薙刀? そんな武器見た事も聞いた事も無い」

 「今度ネルドルに作ってもらえば良いんじゃない?」

 オリナが言った。


 わああああ! と会場が湧いた。


 見ると、ゲ・アリナが片膝をついて、肩で息をしている。

 何かあったらしいが、見ていなかった。


 「だから、あんまり使うと危ないよ。魔剣は魔力を使っちゃうから」

 リサが逆にゲ・アリナに優しい声をかけている。


 「私が魔力切れを起こすなんて……。何故、お前は平気なのかわからない。不思議な奴だな」

 ゲ・アリナが微笑んだ。


 「だが、王族の誇りにかけて、模擬戦で負けたという訳にはいかないのよ!」

 そう言い放ち、渾身の力を振り絞って、最速の剣技を打ち出す。


 リサの目が丸くなる。

 大剣が黒い風になってリサの護符を狙う。


 「もらった!」

 「きゃっ!」

 リサがわざとらしく悲鳴を上げ、モップをパッと離した。


 その隙を見逃すゲ・アリナでは無い、一瞬でリサの懐に踏み込んだ。


 バゴーン!!

 盛大な音が会場に響き渡った。


 勝負は一瞬でついた。


 びっくりして両手で口を塞いでいるリサの前で、顔面にモップの柄を喰い込ませたゲ・アリナの護符が砕けた。


 「!」

 自爆である。


 ゲ・アリナはリサが手放した掃除用具のT字の台部を思いっきり踏んだのだ。


 てこの原理である。

 踏まれた掃除用具が真正面からゲ・アリナにその柄を叩きつけたのだ。


 しーーーーん…………


 あまりにアホらしい最後に会場が沈黙する。


 結局リサは一度も自らは攻撃していない。


 「し、勝者、カミア嬢! 模擬戦、優勝者はカミア嬢であります!」


 審判がさっとリサの手をつかんで掲げた。

 わああああああ! と会場が湧いた。


 その声に応えリサが愛らしく手を振ると会場の熱気は最高潮に達した。






――――――――――


お読みいただきありがとうございます!


『帝都ダ・アウロゼの何でも屋騒動記― 恋する魔女は魔法嫌い』の「第12章 愛しい人を魔女は守る――星姫祭り騒動記」が、このお話の外伝になっていますので、よろしければご覧ください。


ちなみに『帝都ダ・アウロゼの何でも屋騒動記』は、このボロ長靴貴族の話が進んでいる間、帝都の一般市民として生きるミズハの弟子、銀髪の魔女カレリアを中心とした物語です。

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