第259話 模擬戦1
各エリアの中央にあるポールに緑の星飾りが高々と掲げられた。
「さあ、いよいよ模擬戦開始です!」
審判が叫んだ。
「かかれ!」
最初に動いたのはソニア嬢の一団だった。
密集陣形を作って右隣にいるクサナベーラのエリアに突入していく。
「私を守るのです!」
「はっ!」
クサナベーラを守る兵士たちがその一団を包囲するように動く。
「好機ですわ!」
続いてクロイエが動いた。
クサナベーラの兵がソニアの一団に対して横陣になったのを側面から突こうと走り出す。
ゲ・アリナの兵はまだ動かない。
リサは一人でモップを掴んできょろきょろしているだけだ。
わあああああーーーー!
闘技場に剣と剣がぶつかり合う音が響き渡った。
ソニア嬢が迫りくる兵の攻撃をかわしながら、クサナベーラに迫る。クサナベーラの兵はソニアの護符を割ろうとするがソニアは身軽にかわしている。
クロイエの兵がクサナベーラの右翼に襲いかかった。側面から攻められ、クサナベーラの兵たちが護符を割られて次々と脱落していく。
クロイエ自身もクサナベーラ目指して滑るように地面を走る。おそらく浮遊魔法のような術を使っているのだろう。クサナベーラの兵が襲いかかると、ふわりと浮かんで避けてしまう。
「今です! 皆様方、始めますわ!」
ゲ・アリナが大剣を掲げた。
クサナベーラの兵が崩れかかった時、ゲ・アリナの兵がついに動いた。
前方を守っていた兵が一斉にクロイエたちに襲いかかる。クサナベーラに突進したものの、クサナベーラ兵の抵抗を受けて勢いが鈍った所に横からゲ・アリナの兵が押し出してきた。
「皆さん! 踏ん張りなさい!」
クロイエが叫ぶが、ゲ・アリナの兵の勢いは止まらない。
途端に、クロイエたちはソニアのエリアの方に押し込まれて行く。クサナベーラに突撃したソニアも今一歩の所で攻め切れていない。
「あ、ゲ・アリナの背後にいた兵が動いた! まずいわ! 奴らはリサの方に向かったわ!」
オリナが俺の膝の上で叫んだ。
ゲ・アリナは他陣営の倍以上の兵を有している。
2、3部隊に分けて行動させても何の問題もないのだろう。前方が乱戦状態なので、この際、先に邪魔なリサを倒して、リサのエリアを有効に使おうということか。
「リサ! 危ないぞ!」
聞こえるわけは無いのだが、俺もつい叫んでしまう。
自分の陣地の中央できょろきょろしていたリサもゲ・アリナの兵の一部が向かってきたことに気づいたらしい。
「あああああ…………まずい、まずいですよ!」
リィルがわなわなと震えて青ざめる。
リサに向かっているのは少なくとも10名くらいか。
俺ですら、その一人にも勝てないという自信があるくらい屈強な兵だ。
わああああ! と歓声があがった。
リサに気を取られていたが、クサナベーラの弓矢がソニアの護符を割ったらしい。
早々に敗北が確定したソニアががっくりと膝をつき、騎士たちが攻撃を止めて退却に入る。こうなるとクロイエがクサナベーラとゲ・アリナの二大勢力を相手にすることになる。
だが、そんな場合ではない。
俺はリサに目を戻す。
「あれ?」
俺は目を疑った。
リサは相変わらず何もしないでモップを両手で持ったまま、まだきょろきょろしている。だが何かおかしい。リサを攻撃しようとしていた兵は一体どこにいったのか?
「見た? カイン。今の」
オリナがつぶやく。
「何を見たって? 俺はソニアがやられたところを見ていた」
「リサよ。リサを襲った兵たちが急にリサの目の前で膝をついて頭を下げると、自分で護符を割って退場したのよ」
「はあ? なんだそれ?」
「何か特殊な術を使ったのかしら? でもリサにそんなそぶりは全くなかったわ」
「まさか、それがリサの力なのか?」
俺はアリスを見たが、アリスはただ意味深に微笑むだけだ。
「あっ! ゲ・アリナ陣営が異変に気付いたらしいです。リサ側に兵を集め出しましたよ」
リィルが思わずイスの上に立ちあがって、後ろからブーイングを受けた。
「クロイエの兵が後退しているわ」
「まずい、クロイエもターゲットをリサに切り替えたようだ。クサナベーラも釣られて移動してきた。クロイエからすれば、リサさえ倒せば少なくとも第3位になるからということか」
大観衆の目がまさに模擬戦の中心になったリサのエリアに集まる。3つの勢力が渦を巻くようにたった一人の美少女に襲いかかろうとしているのだ。
一番近い位置にいたクロイエとその兵が正面から迫る。リサの側面からはクサナベーラの兵が近づく。ゲ・アリナの兵もクサナベーラと同時に動いている。やはりゲ・アリナとクサナベーラは最初からつるんでいるのだ。
誰もがその圧倒的な差に絶望を抱く。
可憐な美少女が地に伏す光景が浮かぶ。
「たとえ一人でも
そう言って自らも攻撃魔法を繰り出すクロイエ。
「邪魔な商人娘と共に一気に倒すのです!」
クサナベーラも弓を構えて叫ぶ。
「クサナベーラに遅れるな!」
ゲ・アリナも兵に向かって叫んだ。
その兵がリサに迫る。リサはモップを手にしたまま、おどおどしているように見える。
「逃げろ! 逃げるんだ!」
俺は叫んだ。
その時だった。
おわあああああぁーーーー…………
闘技場を包んでいた歓声が急に静かになった。
「な、何をしているのです!」
クサナベーラの声が震える。
「こ、これは一体!」
ゲ・アリナが口を両手で押さえた。
「「「「はあああ?」」」」
俺たちは口を開けて呆けた。
リサを取り囲むように3勢力の兵のほとんとがひれ伏した。
「ええっと。ええっと」
リサはその中央できょどきょどしているだけだ。
「おおっ! これは何らかの術なのでしょうか! 一瞬で殆どの兵が脱落です!」
審判の声が会場に響く。
おかしい? 俺は何をしたんだ? と首をかしげてぞろぞろと退場していく兵士たち。
そこに残っているのは、ゲ・アリナの兵3名のみ。クサナベーラには誰も残っていない。クロイエに至っては本人まで退場になっている。
「どうしてなの! こんなのおかしい!」
クロイエは転んで自分で割ってしまった護符の破片を握りしめながら、雇い兵になだめすかされながら会場を後にした。
「これは、一体何なんだ? アリス教えてくれ!」
俺たちはアリスを見た。
アリスのその自慢そうな顔。
「これは、リサ王女が生まれつき持っている “偉大なるカリスマ” というスキルです。王族以外はひれ伏してしまいます。相手が男だった場合はさらに魅了されてしまうのです」
「何だそれ? 聞いたことも無い能力だ。もしかして俺もリサに魅了されているのか?」
「そうかもしれませんね」
アリスの余裕はそこからくるのか。
だが、会場にはゲ・アリナとクサナベーラ、それにゲ・アリナの兵が3人残っている。その兵も王族の血を引く者ということだ。
「こいつ、何か恐ろしい力を持っているわ。クサナベーラ、一緒にこいつを倒すわよ」
「はい、ゲ・アリナ様」
二人がリサをにらむ。
「私、何もしていませんってば」
リサの叫びを無視して、ゲ・アリナが指差す。
「行け、倒しなさい!」
その声に生き残った兵3人がリサに突進した。
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