第258話 星姫様コンテスト2 模擬戦開始前

 おおおぅーーーー!

 わああああーーー!


 円形闘技場は大歓声に包まれていた。


 観客席を埋め尽くす観客たち。

 その闘技場の中央に造られた仮設舞台の上に5人の候補者が姿を見せた瞬間、会場の熱気はピークに達した。



ーーーーーーーーーー


 割れんばかりの拍手のなか、最初に登壇したのは魔王5家の御令嬢ゲ・アリナ様だ。


 美しい濃紺の長髪に緑色の瞳の美女である。どこか神秘的な雰囲気があるが、それでも近寄りがたい雰囲気ではなく意外に愛らしい。

 王家の黒鎧を身に着け、美しい装飾の鞘に収まった不似合いなほどの特大剣を手にしている。その名前が呼ばれただけで大喝采が起きる人気ぶりはさすがである。




 次に登壇したのは、プラチナ階級の貴族令嬢のクサナベーラ嬢である。


 白い肌に赤い唇がいかにも魔族らしい。

 愛らしい顔つきでやや細身ながら女の魅力に溢れている。

 帝国軍の標準的な軽装鎧と弓矢を手にしているが、おそらく擬装だろう。本当はかなり物騒な装備なのだ。彼女が手を振ると会場が揺れた。




 三番目は、騎士長だった父を持つソニア嬢である。見かけによらず実戦経験豊富なバリバリの現役騎士なのだ。


 ショートカットの髪に大きめの花のリボンを付けている。

 可愛い系の美少女だが、幼い頃から父に鍛えられているのだろう、身のこなしは俊敏な猫科の動物のようだ。

 使い古したロングソードが騎士の家系であることを思わせる。観客席の一部を埋め尽くした騎士団が野太いエールを送っている。




 四番手は、大きな港町の商家の娘、クロイエ嬢、見た目はスタイルの良い愛らしい美少女といった雰囲気だ。


 父は大富豪として知られる。誰からも愛されて育ったことがわかる人の良さそうな雰囲気ながら、どこか腹黒さを持っている気がするのは商人だからか。

 なかなか手に入らないと言われる魔樹の希少部位で造られた木の杖を持っているところからすると魔法使いのようだ。彼女が登場すると、雇われの専属応援団が力強く応援を始めた。




 そして最後は、誰も聞いた事がないカッイン商会という商家の娘、カミア嬢である。


 何でも旧コエム公国王都、旧王家の出自と言う説明があったが、商会が格付けのために金で買った身分なのだろうか。誰も知らないし、名前が呼ばれても誰も期待していないのが見事に分かる反応である。


 だが、おずおずと登壇したその姿を見た観衆の目が釘付けになった。少し幼い雰囲気ながらも、既にその美貌は誰が見てもずば抜けている。


 会場が静まり返った。

 期待していないから応援の声が出ないのではない。あまりに美しい聖女ぶりに開いた口がふさがらないのだ。


 あのセシリーナが本気を出してお化粧から衣装まで全てリサのために見立てたのだ。そのクオリティはその辺のお嬢様がかなうレベルではない。

 その細身のスタイルをカバーして余りある衣装の組み合わせが生み出す美しい容姿は、まさにクリスティリーナの再来を思わせた。


 真のアイドル登場! という衝撃が会場を覆い尽くすが、意表を突いたのはそれだけではない。

 その愛らしい手に収まった武器は……。

 武器の代わりにその手に持っているのは、小汚い掃除用具なのだ!


 「なんだあれ?」

 誰かもっと突っ込んで誹謗しても良さそうだが、あまりにも美しい容姿と掃除用具、という妙ちくりんな組み合わせに誰もが息を飲んでしまい、何も言えなくなっているのだ。

 まさに度肝を抜かれているのである。


 「あら、まあ!」と他の4人の候補者もどう対処して良いのか困っている風である。



 そんな静まり返った会場を見回しながら、小太り気味の審判長が5人の前に姿を現した。


 「さて、簡単に競技の再確認を行いますぞ! よろしいか?」


 その声に5人はうなずいた。


 「では、模擬戦では帝国乙女としての力量を審査いたします! 美しさと教養、それに強さ、全てを兼ね備えた者こそ星姫なのです! 

 模擬選は、参加者全員で行うバトルロワイヤルです! その胸から下げた護符代わりの星形の陶器が割れるか、戦闘不能になれば脱落となります! もちろん安全には最大に気を配っております! 会場全体が保護魔法で守られておりますから、多少のかすり傷程度はあるかもしれませんが、命に関わるような負傷や、顔や体に傷が残ることはありません! これはあくまでも模擬戦であります! よろしいですかな?」


 5人は無言でうなずいた。



 「それでは、まもなく開始時刻です! さあ、スタート地点に配置ください! 全員がスタート地点で準備完了の緑の星飾りを掲げた時が始まりです!」


 5人が予め指定されたポジションに向かっていく。

 ゲ・アリナ嬢やクサナベーラ嬢のスタート地点にはその周囲に20人以上のフルアーマーの手下が控えていた。

 ソニア嬢も一騎当千を思わせる騎士が5名、その身を護っている。クロイエ嬢ですら雇われ兵を10人も従えている。


 対して、カッイン商会のカミア嬢はぽつんとたった一人なのである。


 「なんですか、あれ、ずるいじゃないですか!」

 リィルがぷんすかと怒った。


 「うーん、一人なのはカミアだけか。何だかカッイン商会がケチで誰も護衛を付けなかったようにも見えるな」

 俺は手に顎を乗せて身を乗り出した。


 「ふふふ……」

 ミズハだけは笑っている。誰がリサの背後に控えているか知っているからだ。


 「はーい、飲み物を買って来たわよ」

 オリナがみんなにジュースを配り始めた。


 「あー、私はお酒が良かったです」

 「同じく」

 「ダメですよ。これからリサを応援して、その活躍を見なくちゃ、リィルもミズハ様もジュースで我慢してください」

 オリナが二人にジュースを手渡した。


 「やはり、敵の中では御令嬢ゲ・アリナ様が一番強敵ですか? クロイエ嬢も何かありそうで怖い存在ね」


 円形闘技場の中はエリアが5等分されており、登壇した順に右回りに配置されるようだ。つまり、リサの左隣のエリアにゲ・アリナがいて、リサの右隣のエリアにはクロイエ嬢がいる。


 戦いの行方は、最初に誰が誰と戦うかでかなり異なるだろう。


 ゲ・アリナ嬢の左隣は貴族のクサナベーラ嬢だ。

 恐らく、クサナベーラは王族のゲ・アリナとは最後まで戦わない気がする。


 とするとこの二大勢力が最初に目をつけるのは、クサナベーラの左にいるソニア陣営なのではないだろうか? リサなど、たった一人だから後でいくらでもつぶせると思うはずだ。


 対して、ソニア嬢とクロイエ嬢はどう考えるか。おそらく王族のゲ・アリナには挑みづらいだろう。

 かといってこの2陣営が戦って消耗してしまうのは愚かだ。とすれば、この2陣営がまず向かうのはクサナベーラ嬢の所なのではないだろうか?


 「ゲ家の御令嬢の取り巻き兵の数は馬鹿にできないな。あっ、後ろにも隠れているぞ。なんだかんだで50人はいるな。リサからすれば、もしゲ・アリナと戦ったら50対1の戦いだろ、不公平すぎないか?」


 「問題なし」

 ミズハの余裕ぶり。これは何かある。


 「おい、何があるんだ? 教えろよ」

 「ふふふ……リサの背後にはアリスが控えている。そう言えばもう十分だろう?」

 

 「え? アリス様が来ておられるのですか!」

 途端にリィルがきょろきょろし始めた。


 「おおお! そうなのか! ああ、安心した。アリスが隠れているならもう安心だ。アリスなら敵が何千人いようと関係ないな。でも、いつこっちに来たんだろう? なんだから、ちょっとくらい顔を見たかったな」とどこか芝居がかったぎこちないカイン。


 「嬉しいですわ。カイン様」

 隣の席で少し顔を赤らめ、いつの間にか俺に腕組みしているアリスがいる。


 その横顔はいつもよりさらに美しく見える。

 誰もが目を奪われるほど恐ろしくかわいいが、術を使っているのだろう、俺たち以外はアリスには気づいていないようだ。


 「「はあ?」」

 俺とミズハの目が飛び出しそうになる。なんでここにいる? 確か打合せではリサを影からこっそり守るんじゃなかったのか?


 「あっ! ちょっと、そこは私の席なんですけど」

 オリナが目を丸くした。


 「あら? 早い者勝ちです」

 バチバチと火花が散る。


 「いや、そんな事よりもリサが危ない。どうしてアリスがここにいるんだよ。リサを守るんじゃないのか? あそこに居ないとまずいぞ!」

 「そうだぞ。もう試合が始まる。いくら瞬間的に移動できたとしても、その油断は危ないぞ」


 「リサ王女なら大丈夫ですよ」

 アリスはそう言ってジュースを飲む。

 「あああっ! それは私のジュース!」

 オリナが叫んだ。


 「試合が始まっちゃうぞ。セシリーナ」

 「でも、でも!」


 「じゃあ、ここだな。特等席だ」

 そう言って、俺は膝の上にオリナを座らせた。身体も小さく見えているのでちょこんと俺の膝の上に収まる感じだ。


 「ええっ! ずるい! 私もそこがいいです」

 アリスが口を尖らせた。


 「ここは私だけの特等席ですね」

 オリナはにっこりすると、人目もはばからずに俺にキスした。

 嬉しいが、俺をにらむアリスがいる。


 「いいですもん。左腕は離しません」

 そう言って俺の腕を掴んで離さない。


 「何をやっているのだ。ほら、もう試合開始だぞ。リサは本当に大丈夫なのか?」

 ミズハが呆れたように言った。

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