第230話 <<港町2 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
早朝、三人の姿がその沈没船の前にあった。
「この船は1年ほど前に港の入り口付近で座礁した国籍不明の大型船だそうです。おそらく中央大陸所属の貨物船ではないかという調査報告が出ていました」
ルミカーナがメモをパラパラとめくって船を見上げた。
「やはり魔族が絡んでいる可能性が高いわね」
「入ります?」
「もちろんよ。港のいさかいを早く鎮める必要があるわ」
サティナは船から垂れているロープを掴むと一気に桟橋を蹴ってジャンプした。
「私たちも行くわよ。ミラティリア」
「ええ」
ルミカーナとミラティリアもサティナに続いた。
船は傾いており、下層には海水が満ちているようだ。船室への入り口の扉も既に無くなっている。サティナは船の中を覗き込んだ。薄暗く、日の光もあまり内部には入ってこないようだ。
「客室はないようです。貨物室ばかりのようですね」
同じく覗き込んだミラティリアが言った。
「今、明かりをつけます」
ルミカーナが魔法具を使用すると、船の内部が青白い光で浮かび上がった。広い貨物室は空っぽにも見えるが、海水に漂う大きな木箱がいくつか端の方に見える。割れた板やロープも一緒になって漂っている。
「奥に階段があるようね。調べましょう」
「どこから寄生虫が出てくるかわからないですね」
ルミカーナ、サティナ、その後にミラティリアが続いた。
その時だ。バタン! と音がして急に背後の扉が閉じた。
「サティナ姫、扉が!」
「おかしいわ! 扉なんて元々壊れていて、存在しなかったじゃない」
「開かない、どうやら閉じ込められたようね」
サティナがその分厚い木製の扉を押すがびくともしない。
「見て! でたわよ!」
「こんなにたくさん、歓迎してくれちゃって」
「私の後ろへ」
ルミカーナが剣を構えた。
3人の前に全身を淡い緑の炎で包んだ幽霊のような影が水面から次々と湧き上がってきた。その手には荒々しく刃が欠けた曲刀を持っている。顔の部分は黒い影で覆われ視認できない。
チャプ……と水が滴る音がして、最初の影がルミカーナに斬りかかった。
「遅い!」
ルミカーナはその剣筋を見切って華麗にその影を斬る。
「後ろよ! ルミカーナ」
ミラティリアの声にはっと振り返ると、胴を裂いたはずの影がダメージを受けた様子もなく剣を振り上げていた。
「黒炎爆!」
サティナの声がして、ルミカーナに襲い掛かった影がふいに燃え上がった。その火炎の端は黒い光に覆われ、ただの火でないことは明らかだ。黒い炎に焼かれた影がもだえ苦しみ、やがれパラパラと床に崩れた。
「これは! 虫ですよ! サティナ様!」
崩れた影は焼けた虫の死骸で出来ていた。
「やっぱりそうなのね」
「そうか、こいつら虫の集合体なのですね、だから単純に斬ってもダメージにならないのですね」
「であれば、得意の殺虫技をご覧にいれますわ」
ミラティリアが剣を抜いた。
「殺虫って、貴女そんな事ができるの?」
「サティナ様もご存じないですか? こうやって剣にこの粉を振りかけてと」
ポケットから出した小瓶の蓋を開けて、何かをパッパッと振りかけた。
「なんなの? それ?」
ルミカ―ナが周囲の影に剣を向け、その動きに目を配りながら尋ねた。
「砂漠の民ならみんな知っているのですけどね、さあ、剣に定着しましたわ」
バッとミラティリアが剣を振るうと、剣の軌跡に沿って青い光が放たれる。
「はい、よければ使ってね!」
そう言って小瓶をルミカーナに放り投げると、今度はミラティリアが前に進み出た。
サティナが「待って」と言う前に華麗なステップで一体、また一体とミラティリアが影を切り裂いた。
切った所から青い光が影の全身にいきわたり、崩れ落ちる。
「どうかしら?」
ミラティリアが自慢気に振り返った。
答えるまでもなく殺虫効果は抜群だ。その様子を見て、ルミカーナもさっそく自分の剣に粉を振りかけ始めた。
「二人とも、面倒だから私が範囲魔法で焼くわ、残った敵の処理をお願いするわ」
サティナが両手を前で組んだ。
途端に、床に魔法陣が現れ、それが外側に広がるように二度、三度と光った。
その円陣に触れた影が身をよじりながら燃え上がっていく。
タイミング的に魔法陣に触れることなく現れた影に向かって、ミラティリアとルミカーナが剣を振るった。二人の美女の前に影が次々と崩れ去っていく。
「切りがないですね」
「姫、いくらでも湧いてくるみたいです!」
「下層を調べるわよ、そこにこいつらを発生させる大元があるはずよ!」
出現した影を何度か
「!」
「お嬢さん方、そこはちょっと困るのですがね?」
不意に背後から声がした。
この貨物室には誰もいなかったはずである。人の気配は全くなかった。サティナもそれは確認していたはずだった。だが三人の後ろにそいつは忽然と現れたのだ。
振り返った三人の目に、余りにも美し過ぎる青年が立っていた。だが、その全身から立ち上る気配、圧倒的な圧力に常人ならば卒倒したかもしれない。
「魔族……なのか?」
ルミカーナがギリッと歯を食いしばった。
これほどあからさまに魔族の正体を隠さない存在に会ったのは初めてだ。王都でカミネロアという魔女に会ったことがある。あれも魔族だろうと感じていたがカミネロアはその力を隠していた。だが、こいつは違う。
「サティナ様、下がってください!」
「待つのよ!」
サティナの制止も届かず、ルミカーナが剣を振った。
「支援するのよ!」
「はい!」
サティアとミラティリアがルミカーナに続いた。
「乱暴なお嬢さんたちだ」
その剣を左右に交わし、男が微笑む。美しすぎる顔はこの世のものとは思えない。
「お前は、何者だ!」
息を切らせたルミカーナが叫んだ。
「私の名を聞いても仕方がないでしょう? 寄生虫のことを知られた以上、貴女たちはここで死ぬのです」
「じゃあ、名も無きザコ魔人ということでいいのね?」
こいつは気位が高そうだ。サティナが挑発するように微笑んだ。案の定、その言葉にそいつの表情が動いた。
「仕方がありませんね。名誉に思うのですよ。人間のような下等生物が私の名を聞けるのですから……私は魔王一天衆の一人、美天ナダという者」
「魔王一天衆!」
サティナは驚いたが、あとの二人はきょとんとしている。
「サティナ様、魔王一天衆って何です?」
ミラティリアがつぶやいた。
「中央大陸の魔王軍トップだって聞いているわ」
「ふふふふ…………我らを知らぬとはね。低能、低俗、
美天は軽く肩をすくめてみせた。
「魔王の配下が、こんな所で何を企んでいるの!」
ルミカーナが剣を向ける。
「貴女方には関係がないでしょう。さあ、死になさい!」
美天が両手を広げた。その瞬間、男の前面に同心円状の光の輪が生じた。
「!」
それが、まるで爆発のように光った。その光の輪はあらゆる物を切断する。目の前には3人のバラバラ死体が広がる……はずであった。
船体の壁の左右に3人が飛んでいた。サティナの術が瞬間的に全員を吹き飛ばしていたのだ。
美天の攻撃が放たれた直後、サティナとミラティリアが右から、そしてルミカーナが左から迫った。
サティナとミラティリアの剣をステップでかわした所にルミカーナの刃が届く。だが、次の瞬間、ルミカーナの身体は吹き飛ばされ、板壁にめり込んだ。
「おもしろい。ニロネリアの消息を探っていて、貴女方のような危険人物に会うとはね」
美天ナダは唇を拭い、ぺっと血を吐き捨てた。ルミカーナが入れた一撃が効いたようだが、壁際に吹き飛ばされたルミカーナはまだ立ち上がれない。
それを見てサティナが走った。
「流石は魔王軍トップ! やっぱり黒光り丸を持ってくればよかったわ」
手にした曲剣が刃の先で円弧を描く。続けてナダの懐に飛び込んだミラティリアが同じように剣を振るう。見事に息の合った連撃だ。
「ちっ!」
二人の攻撃を長剣で防ぎながら美天が後退した。だが、その両腕から鮮血が飛ぶ。
「こいつら人間のくせに強い! だが、これでどうだ! 闇術! 底なし!」
美天が叫ぶと、ミラティリアの足元が急に泥沼のように変化した。
「!」
足を取られたミラティリアがバランスを崩した。
「無効化よ!」
とっさにサティナが片手を前に突き出した。
その手のひらから漆黒の闇が広がる。
「なんだと! 人間のくせに貴様、闇術使いなのか!」
一瞬で美天が放った術が消失した。
この無効化の早さは……
この少女の闇術は自分よりも遥かに高みにある。貴天から習ったばかりの付け焼刃の術では対抗しえないほどの実力だと瞬時に理解した。その時、初めて美天はぞっとした。
「どうやら人間を舐めすぎていたようですね。せめてあの魔道具だけでも回収したかったのですがね」
美天はにやりと笑った。
バチバチっと音がして、床に稲光が走った。
「危ない! ミラティリア、こっちへ来て!」
ルミカーナの元に走ったサティナが異常に気づいて叫ぶ。
「では、さらばです!」
美天がくるりと背を向けた。
その途端、その足元から強烈な光がほとばしった。
凄まじい轟音に、港が震えた。
街中の者が窓辺から立ち上る業火を見た。美天は船ごと全てを破壊したのだ。
「逃げられましたね」
「ええ」
彼方の空に遠ざかる飛竜の姿が見える。奴は逃げたのだ。もう追いつく手段はない。
「あれが、カイン様が戦っている相手なのですね」
サティナの心がたぎっている。あんな相手に愛しのカインは勇敢に挑んでいるのだ。一刻も早く彼の元に馳せ参じて、妻としてこの身を捧げなくてはいけない気がした。
「ルミカーナ、ミラティリア、あれが中央大陸で私たちを待っている敵よ」
「初めての不思議な術で戸惑っただけです。次は勝ちます」
「どんな相手でも不足なしですわ」
「カイン様、サティナは間もなく参ります。それまでご無事で!」
サティナ姫は両手を組んで海に祈った。
「なんだなんだ!」
「火事か?」
燃え盛る船を前にした3人の背後に街中の者たちがガヤガヤと集まってきていた。
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