第30話 リサ王女の奪還2 ー危険な美少女メイドー

 床に白い石板が貼られた長い回廊が続いている。これは四つのエリアを結ぶ外回廊だ。回廊で結ばれた四つの建物と中央の尖塔のある礼拝堂が一つの大神殿を構成している。


 回廊に敷かれた石板が夕暮れの陽光を反射し、回廊の内部は影ができない程度に全体に明るく、穏やかな光が神聖な雰囲気を演出するようにできている。


 「!」

 「誰か来る、早く隠れて」

 セシリーナが外回廊から内回廊につながる脇道の入口の角に身を潜めた。内回廊は屋根とそれを支える白亜の円柱だけで構成されており壁はない。


 胸を強調した暗い濃紺色のメイド服の美少女が、手にお盆を持って内回廊を上品に歩いていくのが見えた。


 しかも裾のやたら短いスカートにセクシーな網タイツである。

 

 遠くからでも、男心を鷲掴みにする形の良いお尻が左右に魅惑的に揺れているのがわかる。腰の振りから足運びまで完璧と言って良い、まさに男を悶えさせる動きだ。


 セシリーナという神がかり的な美女を知らなかったら、一瞬でその虜になって、ふらふらとついて行ってしまいそうなほど魅力的で危険だ。

 あれが暗黒術使いの女官なのか? セシリーナという神レベルの美女と比べてしまえば、男を悩殺する色気こそまだ少ないが、既にあの魅力は超危険なレベルだろう。


 俺達がそっと遠くから見ていることに気づかず、彼女が向かったのはやはり北の神殿区画である。


 覗きこんでいたセシリーナが、「こっちよ」と指で合図した。


 俺達は内回廊に続く脇道に入った。芝生の中のレンガの小道だ。

 先に入ったセシリーナが内回廊の柱の後ろから様子を探る。


 「彼女は、あの先の角を右に曲がったわ。多分、その方向に世話をしている者がいるのよ。そこに王女が囚われていると思うわ、行くわよ。あれ? どうかしたの?」


 「大丈夫かな? だんだん緊張してきて、なんだかまたトイレに行きたくなってきた」

 

 「ええーーこんな時に? まったくもう、さっきのトイレで出しきれなかったの? やるなら、その辺でやりなさいよ。あそこがいいんじゃない? 見ててあげるから」

 セシリーナが外回廊の壁に沿って植えられている緑を指さした。丁寧に四角く刈り込まれて手入れが行き届いている。


 「いや、やっぱり気のせいだ。後をつけよう。行くぞ」

 「もう、カインったら……」


 「どこ、いくーー?」

 「どこって? 向こうの廊下をだな、おわっ!!」

 俺は思わずビビって飛びのいた。


 かがんだ姿勢の俺の横に、美幼女のカミアが同じような姿勢でかがんでいた。


 「おーにい、なんか臭いーー。うんち漏らしたーー。くすくすう」

 カミアが屈託なく笑った。


 「ちょっと、その子、さっきのカミアじゃないですか?」

 セシリーナが困ったような顔をした。


 「おーにい、くっちゃいーー!」

 鼻をつまんでコロコロと芝生の上を転がる。


 「ちょっと、どうするの? この子を連れての潜入は無理よ」

 セシリーナが耳打ちする。

 「とは言ってもなあ」

 俺はカミアを抱き上げた。


 「なあ、おにいちゃんは、これから大事な仕事があるんだよ。さっきのお庭で、一人で待てるかな?」


 ぶんぶんぶんと力強く頭を振る。嫌だという事らしい。


 「どうするよ?」

 俺はセシリーナを見た。

 彼女は肩をすくめ、俺の鼻先に指を突き出した。


 「馬鹿じゃない! こんな子を抱えたままで行く気ですか? この先は、ただでさえ危険なのよ」 

 

 「いや、そうは言ってもな」

 カミアがひしっと俺の頭にしがみついて離れようとしない。


 「おーにいー、おーじー、しゅき」

 ダメだ、まったく離れる気がない。


 「しゅき、しゅき、だいしゅき」

 何だかとても気に入られたらしい。遊ばせるのが上手過ぎたか。


 「あーー、あのねー、カミアちゃん」


 セシリーナが声をかけるとカミアはぷいっと横を向いた。


 「まぞくきらい!」

 ちょっとセシリーナの眉がぴくっと動く。


 まずい。

 「おーにー、わたしのーー。わたさないもんーー」と、さらにひしっと俺にしがみつく。


 「どーゆーことかなーー?」

 セシリーナの目が怖い。


 「カイン、まさか、幼女にまで手を出そうと?」

 「ち、違う、誤解だ! ま、まて早まるな、その手が怖い」

 手をわきわきとしながらセシリーナが近づいてくる。



 ーーーーーーーーーー


 「大変です! 侵入者よ!!」

 その時、背後から大きな叫び声が響き渡った。


 カミアを抱きかかえたまま内回廊の方を振り返った俺の目に、黒っぽい濃紺のメイド服、例の美少女の姿がズュキューーン! と突き刺さった。

 

 ぎゃあああーー、かわいい!!

 目玉が飛び出る!

 これはヤバい! かわいいと美しいのどっちの割合が多いか程度の違い、セシリーナに匹敵するレベルの超絶美少女だと!! 

 

 ぐぅおおおーー! 魔族の女性はこんな容姿が当たり前なのか? 美女レベルが突き抜け過ぎだ! 人族の常識が破壊されそうだ。


 ショートカットの目のくりくりした可愛い感じで、こんな所でなければ絶句して呆然となってそのまま骨抜きになるくらい美しい。それを、こんな近くでまともに見てしまったのだから一撃だ!


 全身の血がたぎって股間が張り切る、かわいくて美しすぎる、究極の美少女メイドだ。


 と、同時に疑問が湧いた。


 「あれっ、この子、さっき向こうに行ったばかりなのでは? どうして反対側から出て来たんだ?」

 そのつぶやきと金属音が響いたのは同時だった。


 セシリーナがそのメイドの剣撃を短剣で弾いたのだ。白亜の神殿をバックに神レベルの美女と美少女の戦い、まるで神話の一場面を見ているようだ。


 「貴方は! 魔族のくせに裏切り者ですか!」


 メイドは鋭利な髪留めを武器として使っていた。

 手元にあったものをとりあえず代用したのだろう。それがまともな武器でないのが幸いか。


 意表をつく妙な動きでセシリーナを襲うが、セシリーナがその狂刃をかろうじて受け止める。あれで手にしているのが短剣とかだったらかなりヤバかった気がする。


 美少女は身を低くし、足を回してセシリーナの足を払おうとする。避けた所に、回転の勢いそのままに逆手に持った髪留めが牙を剥く。


 「カイン、こいつは暗殺術を使うわ! ここにいては危険です! 早く逃げてください」

 後転して攻撃を避けたセシリーナが叫んだ。


 「逃げるってどこへだ?」

 だが、そう言いつつも、俺の足は元来た道の方向へレンガの小道を一目散に走りだしていた。


 「貴方! 何という臆病者なのですか! 女を置いて逃げるなんて! どきなさい! 裏切り者!」

 さらに続けてそのメイドが叫ぶのが聞こえた。


 「非常事態です! がさらわれました!!」


 「!」

 「!」

 俺とセシリーナが驚いたのは同時だ。


 この幼女が、探していたリサ王女だったのか?


 「リサ?」

 「リサだよ」

 俺の腕の中でカミアがにっこり微笑んだ。

 しかし、14歳の少女にはとても見えない。どうみても幼女だ。


 だが、考えるのは後だ。俺は幼女を抱いたまま走る。


 「カイン! 例の場所へ行ってください!」

 背後でセシリーナの声と剣撃の音が繰り返し響く。


 「わかった、先に行く!」

 俺は外回廊に駆け込み、事前の打合せ通りに庭園のあった方向へ走る。


 バンッ! と突然、俺の背後で壁が開いて、脇から男達が飛び出してきた。黒い男達だ。


 「あんな所にも隠し通路があったのかよ!」


 「待てッ! 貴様!」

 不吉な影が背後に二つも迫ってくる。

 「リサ王女を返せ!」

 不気味な骨ばった青い手が伸びてくる。


 やばいやばい……。


 俺は体力にそんなに自信があるわけでもないし、一時的な逃げ足の早さだけが取り柄だが、長くは持たない。すぐに限界が来る。


 黒いローブを纏った魔人が黒い剣を抜いた。追ってくる。


 「これでもくらえ!」

 俺は廊下に立ち並んでいる高級そうな彫刻をぶっ倒した。派手な音を立てて白亜の像が砕ける。

 「うおっ、何をする!」

 魔人が一瞬立ち止まる。


 少しはそれが障害物になったのか、それとも案外、黒いローブの魔人も体力は無いのか、追手との距離は意外に縮まらない。


 「きゃーー、来るよーー、後ろから来てるよーー!」

 リサはきゃっきゃとその鬼ごっこを喜んでいる。後ろの男を知っているのか、バイバーーイと手を振ったりする。


 いや、こっちは真剣なんだが。


 追い付かれたら俺なんか一撃で刺されて死ぬだろう。


 1対1ならまだ骨棍棒で抵抗できるかもしれないが、2対1だ。断言しよう、俺なら確実に死ぬ。間違いなしだ。


 命がけで走る。

 大量の汗がにじむ。

 いつの間にかリサが鼻を押さえて無口になっている。


 あ、臭せえ……。

 そう思った瞬間、足に何かからまった。


 「おびゃーあ!」

 妙な声を上げて俺はごろんごろんと転倒した。


 後ろの奴が投げつけた杖が足に絡まったのだ!


 それに気づく前に俺の目はリサの無事を確認していた。幸い、するっと腕からすっぽ抜けて少し先の廊下にちょこんと座っている。


 「ウオオオオッ!」

 振り返った俺の目に剣を振りかざした二人の男が飛びかかる!


 終わった! 俺は死ぬ。

 そう覚悟するが、せめて最後のあがきという奴である。


 「ええい、これでもくらえ!」

 骨棍棒が風を切った。

 同時に俺の腕から茶褐色の飛沫が舞った。


 だが惜しかった! しくじった!

 振るのがちょっと早すぎた。

 ……アホのような勢いの空振りである。


 振り切った後から、男達の剣が頭上に下りてきて……。それが俺の脳天をカチ割って、俺は死ぬ……あっけなかったな。


 「うぎゃーああああ!」


 その時、目の前で二人の男が顔面を押さえてもんどり打った。


 「く、くせええええええ!」

 「豚犬の糞がああああああ!」


 びくんびくんと腰を前後させて悶えていたが、やがて二人とも口から泡を吹いて動かなくなった。……失神したらしい。


 「何なんだ、こいつら?」

 フードをめくって見ると、顔面一杯の鼻である。嗅覚が異常に発達した魔族だったようだ。汗で溶けた豚犬の糞をもろに顔面にくらったらしい。

 鼻の穴から糞がぽろりと落ちる。


 哀れだな……。


 「カイン! 無事なの!」

 タタタタ……、とセシリーナが駆けてきた。


 俺が手にする骨棍棒と足元に伸びている男共を見て驚く。俺はまるで強大なドラゴンを倒した勇者のように、親指を立てニヤッと笑った。


 「凄いじゃない! 棍棒ごときで、闇術師を2人も倒したの? 初めて尊敬したわ、やるじゃない、わーー、うそ、カッコイイ!」

 誤解が混じっているような気もするが、なんだか瞳がきらきらしているので良しとしよう。


 「おーにー。だっこ」

 そうだった。


 「あそこが外に通じているわ!」

 「急げ、今なら誰も見ていない!」

 俺はカミア、いやリサ王女を抱きかかえ、セシリーナとともに中庭の井戸に飛び込んだ。

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