第146話 新王国 聖都クリスティ誕生

 囚人都市、その北端に位置する荒野。


 かつて軍の演習地として破壊された家屋の瓦礫が散在し、広大な焼け野原になっていた大地を埋め尽くす大群衆。その中心に布で覆われた大きな石碑のようなものが建っている。


 「ベントの旦那、いよいよですな」

 腕組みした中年太りの男がベントを見上げた。


 「ああ、この短期間で、若い衆がよく頑張ったな」

 デッケ・サーカの街の食堂クリス亭の主人ベント・サンバスと武器屋の親父ブルガッタ・バドスは感無量という感じでその時を待っている。


 布に結ばれた何本もの綱を多くの男が掴んでいる。若者から中年親父まで。その綱を掴めた者は選ばれた戦士のように胸を張っている。


 この綱を掴むために5日も前から泊まり込んでいたツワモノ共がいる。その幸運からあぶれた者たちがその周囲を取り巻く。むさ苦しい男共の汗ばんだ顔が見える。


 そして、ついにその時は来た。

 懐中時計を見ていた雑貨屋の親父のビヅドが意気揚々とその片手を高く挙げた。


 「それでは、除幕します! さあ、皆さん、曳いて下さい!」

 魔道具による拡声効果でその声が広場に大きく響き渡った。

 

 うおおおおっーーーーーーーー!

 人の波が大きくうねり、太い綱が一斉に八方に曳かれていった。


 「おおっ!」

 大きなどよめきが広がった。


 広場の中心から湧き上がったさざ波はやがて大きな波となって同心円状に広がっていく。それと共に広場が歓声に満ち口笛が吹き鳴らされ、拍手が起こる。あまりの感激に泣き崩れる者までいる。


 そこに燦然と輝く巨大な白亜の石像が出現した。


 伝説の二十万人コンサートの時のクリスティリーナ嬢の初々しいその姿。片足を少し上げてミニスカートからちらりと見えそうなところまで忠実に再現している。


 「これは見事な造形だ。素晴らしい! この原型は誰が彫ったんだ?」

 振り返ったベントの目がギラギラ光っている。

 流石は自称初代親衛隊長である。その食い付きが違う。はあはあと鼻息も荒い。


 「いや、実はな、うん」

 武器屋の親父が照れくさそうに頬を掻いている。


 「まさか、お前の知り合いか? あの微妙な脚線美、よほどの観察眼が無ければ再現できないぞ。素晴らしい。見事だ」


 「原型はうちの馬鹿息子だ。部屋に閉じこもりで、アイドルの人形ばかり造っているへんた……。いや、妙な趣味を持った奴だと思っていたのだが、こんな形で実を結ぶとはな」


 おお、これがあのいつも悩みの種だった引きこもりの息子の作品なのか! そう思うと感慨深い。親子二代でクリスティリーナのファンだというところもだ。


 「あの見事な石材はどこで手に入れたんだ? コロン山地の聖なる石じゃないのか? かなりの高級石材だぞ」

 「ああ、あれな。実はちょうどいい大きさの物が、旧帝国軍砦の脇に建っていたそうだ。それを皆でぶっ倒してここまで持ってきたんだ」

 「ふーん。そうか。それにしても皆元気だな」

 ベントは群衆を眺めた。


 大群衆が押し合いながらクリスティリーナ像の足元に近づこうとしている。ミニスカートの下がどうなっているか気になるのだろう。いや、その気持ちは良く分かるぞ。


 「大丈夫だ。手抜きは一切ない! 当時の極秘資料を基に忠実に再現させている」ブルガッタの言葉に、ベントは満足そうにうなずく。ステージ下から狙った秘蔵の隠し撮り写真が役に立ったかとベントは当時の苦労を思い出す。


 「はーい、見終わった方はこちらへどうぞーー」

 「はーい、押さなーい、順番を守ってくださーーい」


 やる気の全く感じられない連中がその先頭で誘導している。

 あんな風にクリスティリーナに関心が無い奴らも秩序を維持するには大切だ。


 「じゃあ、ベントの旦那、そろそろ例の宣言を頼むぜ」

 そう言って武器屋の親父はベントの背を押す。


 「おう」

 ベントはかつて帝国軍の見張り櫓として設置されていた台の天辺に登った。この日のために、わざわざ像の近くまで持ってきていたのである。


 集まった数万の群衆の視線がクリス亭の親父に集まる。


 クリス亭の親父は一部では有名人だ。しかもここにはその一部に属する者しかいないと断言できる。クリスティリーナ命! という暑苦しい連中である。


 「同士たちよ!」

 その呼びかけに集まった大群衆が一斉に静まり返った。


 「見よ! 今ここに愛しのクリスティリーナの神像がついに完成した! 俺たちはここに宣言する! 同士よ! 今からこの地を新生リ・ゴイ王国の王都、聖都クリスティと呼ぼう!」


 「聖都クリスティ!」

 「聖都クリスティだっ!」

 「クリスティリーナの聖地!」

 「俺たちの聖地だ! 何者にも汚させないぞ!」


 「うおおおお!」

 大群衆の叫びは地鳴りのように轟いた。


 「これでいい」

 「まずは成功ですな」

 やがて感涙と熱狂が渦巻く中、満足気に手を振りながら階段を下りたベントとブルガッタは、櫓の下層の部屋から大きな声が聞こえていることに気づいた。


 兵の控室だった部屋のドアを開けると、テーブルを前に熱い議論を交わしている男たちがいる。


 狭い部屋で非常に暑苦しい光景を繰り広げているのは、デッケ・サーカのクリス亭通り商店街の面々である。

 総務担当、八百屋の中年親父ホダ・ホダに対し、会計担当、肉屋の跡取り息子のンダ・ナッスとパシリの、いや雑用の酒屋の次男坊のホナ・ゴデネがテーブルの前で睨みあっている。

 ンダとホナが若い衆の代表であることは彼らの後ろに数人の若者が立って応援していることからも分かる。


 どうやらかなり白熱した議論の最中のようである。

 テーブルに広げられた手書きの地図の上には逆さにした根菜の尻尾が置かれていた。


 八百屋の親父が根菜を輪切りにしたものを並べ、その配置に肉屋が異論を唱えている。酒屋の次男は肉屋を支援する発言を繰り返している。


 「おいおい、どうしたのだ?」

 その異様な熱気にベントが声をかけた。


 「これは会長! どうもこうもありませんよ。こいつら、俺の計画に文句ばかり言いやがるんです!」

 ホダが口から泡を飛ばす。クリス亭通り商店街会長はベントである。


 「ホダ総務の計画では、せっかくの石像が台無しになると言っているんです! どうしてわからないんですか!」

 「そうだそうだ!」


 「むむむ。お前ら若造が俺に反論するとは十年早いわ!」


 「会長! この石頭に言ってやってください。こんな配置は認められません」

 ンダがベントに向かって叫んだ。

 一体何を検討しているのかとテーブルを覗き込む。


 へたくそな字で真ん中の根菜の尻尾に“麗しの石造”と書かれている。周りの輪切りにされた根菜には、店舗の名前や番号が刻まれている。


 「ああ、あれか」

 ベントはうなずいた。

 商店街副会長、雑貨屋の親父ビヅドが発案した件だ。

 ”石像が完成した暁には像を中心とした街を造ろう大計画” というやつだ。


 実際は街と言ってもそれは奴の大風呂敷で、まずは聖地巡礼者を目当てにした屋台村とか露店の町を造ろうという計画だった。クリスティリーナ関連グッツを売ろうというのだ。


 石像への参道を整備して、効率よく商売できる区画化と相乗効果を生み出す商品構成を行う。商店街面々の英知を結集した壮大な計画だったはずだ。


 「ベントの旦那からもこいつらに言ってくださいよ。私のこの配置案が一番儲けが出るはずなんです。こいつら、儲けよりも石像の見栄えの方を優先しやがるんですよ。まったくこれだから、若い者は経験も無いくせに……」


 ホダはベントの一喝を期待している。

 唇を噛みしめる若造二人を前に両手を腰に当て、勝ったなという笑みを浮かべた。


 ベントの目がぎらりと光った。

 商店街会長の権限発動である。すうっとその指が天高く上がった。


 「間違っておるのは貴様だーーーーっつ!」

 ベントの指はホダ総務の顔面をビシッと指差した。鬼のような形相でその両目が爛々と光っている。


 「へっ?」

 勝利を確信していたホダが呆けた。


 「我らクリスティリーナの石像の見栄えこそ、全てに優先する! 議論の余地など無い! この勝負はンダ・ナッスの勝利だ!」


 「え? えええーーーー?」

 ホダは顎が外れそうなほど驚いた。


 「やっぱり! そうですよね!」

 「そうだそうだ!」

 ちょっと前まで死にそうな顔になっていた肉屋と酒屋が息を吹き返した。

 

 「うむ、お前たちは良くわかっておるではないか」

 ベントは飼い犬の頭でも撫でるようにンダの頭を撫でた。


 「な、何故ですか! 納得できませぬぞ!」


 八百屋の親父が根菜の残りを短剣のように掴んで、ベントの鼻先に突き出した。返答しだいでは鼻の穴にこいつを突っ込んでやる! という殺気が満ちている。


 つーんと鼻にくる匂いに思わず涙が出そうになるのをベントは耐えた。


 「ここは聖都クリスティ! あの像はそのシンボルにしてみんなの精神的支柱! だからこそ全てに優先させねばならぬのだ! お前も部屋を出て外の群衆の顔を見てこい、そうすれば何が最善か分かるであろう!」

 ベントは元々大きな目をさらに見開いて一喝した。


 「ば、馬鹿な。私が緻密に練り上げたこの偉大な計画よりも、荒れ狂う熱情の方が勝ると言うのか!」


 「いいからその目でよーく外の様子を見てこい!」

 ベントは扉を開け、ホダの尻を叩いた。


 ホダがよろよろと出ていくのを見送って、肉屋の跡取りンダ・ナッスと酒屋の次男ホナ・ゴデネがベントの顔を見た。


 三人は同時にうなずいた。


 ここに、クリスティリーナ像がいかに美しく見えるか、それだけを考える白熱した議論が開始された。

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