第145.5話 穴熊族のクマルン村へ
「ねえ、カイン。そろそろ別れ道が見えてくるはずよ」
セシリーナが恋人つなぎをしながら俺の隣で子どものように微笑んだ。その指に力が入って俺の手の感触を確かめている。一緒に歩くのがうれしいのだ。
「そうか、やっとだな……」
俺はくたびれた顔で、引きつった笑いを返した。
美女の隣を歩く俺にグサグサと男共の嫉妬の視線が突き刺さる。街道を一緒に歩いている二人に通り過ぎる男の視線が集まってくる。
ボロい長靴を履き、股間に金ピカアーマーを装着してガニ股で歩く男に殺意に近い嫉妬の目が向けられている。
目の覚めるような魔族の美女が、ボンクラを絵に描いたような人間と腕組みをして歩いているのである。
天女のような絶世の美貌とその究極のスタイル。
まさに美女中の美女である。
そのくびれた腰から豊かなお尻が生み出す凄まじい色気が歩くたびに男どもの目を吸い寄せている。
溢れ出る女としての魅力。
滑らかな素肌の充実ぶり。
ごくり……なんと艶めかしい。
そして、立ち昇る女の色気が、神話世界の住人のように美し彼女が、男らしい無骨さが微塵もない、あんな人間の妻なのだと言うことを物語っている。
しかも、その破壊力抜群の充実した腰つきが、夜の生活で大満足していることを猛アピールしているのだ。
それに気づいた男どもが「毎晩あんな美女を……」と俺をにらんでくる。
しかも、どう見ても魔族の美女の方が男にベタ惚れなのである。そんな二人が注目を浴びないほうがおかしい。
あれほどの美女を妻に……人族のくせに……なんという羨ましい……。周囲に黒い嫉妬の渦が湧き上がるのが見えるかのようだ。
「おい、まだ、続けなくちゃならないのか?」
俺は小声で後ろを歩くミズハに聞いた。
「まだまだ、脇道に入るまでは気を抜くことはできないぞ」
ミズハが魔女帽の奥から睨んだ。
「みんなのためだから、もう少し頑張って」
セシリーナが握った手に力を込める。
既に大湿地は抜けた。
ここはアパカ南山麓街道と呼ばれる大街道で、中央回廊と北方回廊もこの街道沿いにある街が終点となっている。
西のアパカ山脈に向かう道と大平原の西辺を巡る山麓街道が交差した道を今は南下しているのである。
本来は真っすぐ西へ向けてアパカ山脈に向かうべきなのだが、穴熊族の神殿で股間アーマーの精霊罰を解いてもらわねばならないのだ。
山麓街道を行き交う人々は一気に増え、ひっきりなしに荷車が行き交っている。
馬車の上からも奇異なものを見る視線が突き刺さる。
俺とセシリーナはあまりにも目立ちすぎる。そんな目立つ二人の後ろをリィルたちが影のように付いて行く。
先頭の二人が悪目立ちすぎるので、大きな魔女帽子やフードを深く被って後ろを行く小柄な3人は全く印象に残らない。
実はここに来て、往来が増えて人目が多くなったのに、アリスたちがいないため、認識阻害できないのが問題になったのだった。
たまりんも先日の事で怒っているらしく、いくら呼んでも出てきてくれないので、あおりんに幻惑術も頼めないのだ。
リサへの追っ手がかかっている以上、人が多い街道ではいくら顔を隠していても油断できないのだが、大魔女ミズハも幻覚や認識阻害のような幻惑系の魔法は関心がなかったそうだ。
そこで、カインを犠牲にして、背後の3人の気配を隠すというのがミズハの考えたこの方法である。要は魔獣のヘイトを一人が稼いで、その間に別の者が攻撃魔法を展開するという冒険者ならおなじみの手である。
それに帝国が脱獄囚としてカインを探している可能性は低い。ミズハがかつて帝都で報告を受けた際にもカインの情報は上がってこなかったから顔は知られていないだろう。
もしも探していたとしても、あんな美人を連れて歩く目立ち過ぎの男がまさか脱獄囚だとは思わないだろう。
「早く着いてほしいな。そろそろ精神的に限界だよ」
「街道を歩く人の中にも穴熊族の人が増えてきたわ。もうじき穴熊族の村クマルンに向かう分かれ道よ、街道から離れるまでの辛抱よ」
セシリーナは腕組みしたり、恋人つなぎしたりして歩いているのでとても機嫌が良い。それが顔に出ているので俺ですら絶句するほどかわいい。
「リィルはクマルン村には行った事があるのか? この辺りには詳しいんだろ?」
「クマルン村は大きな洞窟に作られた村ですよ。近くを通った事は何回かありますが、穴熊族は面倒くさいし用事も無いので村に入った事はないです。ミズハ様の方が詳しいのでは?」
リィルはリサの手を引いている。
「うむ、私も大湿地の西辺はあまり詳しくはない」
「そうなんですか?」
「そうだな、いくつかある洞窟村の一つが古代穴熊族の国の都の入り口だという伝承があったかな。古代の都は大洞窟のさらに奥にあったらしいが、ある時、山よりも大きな竜の巣穴を掘り抜いてしまい、竜の怒りを買って滅ぼされた、というのが伝説ではなかったかな? ちなみにクマルン村は、元々は野族の住処だったところだ」
「竜! そんな物騒な奴がまだ棲んでいたのか?」
東の大陸では竜は完全にお伽噺の生き物だが、ここには今もって実在しているというのだろうか。
「竜! 絵本で読んだ! 竜を見てみたーい」
リサが無邪気に声を上げた。
「リサ様、竜は怖いのですよ。魔獣とは比べ物にならないほど恐ろしいのです」
リィルが脅すような顔をした。
「リィルの顔が怖い」
「竜はもっともっと怖いのです。見なくていいのです」
リィルがニタリと笑った。
「わかった……。リサ、竜なんか見なくてもいい」
少しシュンとなったリサがカワイイ。
「ところで、カイン。穴熊族の神殿に行くのよね? 貢物は何にするか決めたの?」
「それなんだよな。穴熊族は金ぴか物が好きだと聞いたので、ネルドルに首飾りとか指輪とかを作ってもらったんだが、こんなので良いかな」
俺はポケットから革袋を取り出すと金の指輪をつまみだした。
「ダメですよ。こんな往来でそんな物を出したら盗んでくれと言っているようなものですよ」
後ろからリィルが注意した。
うかつだったようだ。ただでさえ人目についているのだ。俺はすぐに指輪を革袋に戻した。
「セシリーナはネルドルに矢を注文していたけど、何か特別なものか?」
「貫通力の高い矢をね。ほら魔獣の外皮に普通の矢は効かなかったでしょう。あれを見て思ったのよ。急所を貫通させる矢を頼んだの」
「弓の方も改良してもらったんだろ」
「それはゴルパーネに頼んだの。弦とか色々強化してもらったから威力は2割増したわ。二人とも腕前はかなりのものよ。帝国軍の工廠にもあれほどの者はいないわね」
「へぇ、俺も短剣くらい強化してもらえばよかったかな?」
「カインのメイン武器はやはり骨棍棒でしょ。それと、そのボロ長靴、もはやそれこそカインって感じよね」
セシリーナの指摘はもっともだ。
骨棍棒も長靴もすっかり馴染んでいる。
もはや俺が長剣を振りかざして格好良く戦っているという姿をイメージすることすら難しい。
それにこれはエチアが見つけてくれた骨棍棒だ。
もしかすると特殊な珍しい獣の骨かもしれない。ただの魔牛の骨という気がしない。ずっと俺たちの危機を救ってきたのだ。
「今どき牛臭い骨棍棒なんて誰も使いませんよ。通り過ぎる人がみんなびっくりしてますよ。さすがカインという気がします」
リィルが見上げた。
別に馬鹿にしているわけではなさそうだ。だが、前衛を担う者として果たしてそれで良いのか?
いや、よく考えろ、戦いは騙し合い、脅かし合いだ。
相手も前衛の俺が余りにも原始的な骨棍棒を振りかざしてボロ長靴をドカドカと鳴らして突撃してきたら、意表をつかれてビビるかもしれない。
今どきその辺のモンスターですらちょっとした剣を持っている時代だと言うのに、原始人のように骨棍棒を持って襲いかかってくる人間など見た事がないだろう。
もしかして心理的に有利に働くんじゃないか?
「誰かが食って捨てた牛の骨なんて非常にレアな装備ですから、カインにはお似合いだと思いますよ。もうそれ以外ないですよ」
リィルは珍しく真面目な顔だ。
「そうだな、敵だって俺の武器を見て何それ? って惑うかもしれないしなあ。よくよく考えれば普通に長剣なんか持っているより、意表を突いて、よほど効果的かもしれないな」
そんな事をつぶやく俺の後ろでリィルが腹を抱え、笑いを必死にこらえているのを俺は知る由もなかった。
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