第147話 <<東マンド国王の死とサンドラットの里 ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 東マンド国の王都ノスブラッドは灰色の雨に覆われていた。


 国王の死を告げる鐘が朝から重々しく鳴り響いている。

 通りを行き交う者も少なく、自宅で偉大な王の死をいたんでいた。


 その人影のまばらな大通りを豪奢な馬車が派手な音を立てて走っていた。


 「思い通りになったようね」

 ニロネリアはふかふかのイスに座ったまま灰色の街を見る。


 「はい、これもすべてカミネロア様のお陰でございます」

 カミネロアはこの国での偽名である。王弟配下のこの人物は見かけと違って腹黒いところがあり、油断ならない人物だ。


 「ところで逃亡中の王子の行方はまだ掴めないの?」


 「はい、ラマンド国に逃亡したのかと思いまして手を尽くしましたが、どうもラマンド国には入っていないようです。王子がラマンド国に逃げ込んでくれれば戦争の良い口実になったのですが……」


 「それは残念だわ。王弟様の覇権の夢が進まないわね」


 「ですが、それはそれで。王子はリーナル河を使って逃亡したようですので、リーナル河上流の小国が王子を匿っているのではないかと詰問状を送りました。どのような返答が来ても、疑わしい事を理由にすれば兵を動かせるでしょう。目障りな小国を従わせる絶好の機会になるかと」


 「へえ、考えたわね。ラマンド国の併合は後回しにして周辺の小国からつぶして行くという方法に切り替えたわけね」


 王弟を説得する手間が省けた。同じことを考えるとは王弟配下にも優秀な参謀はいたらしい。だが、従わせるですって? その考えは甘いわね、私なら……とニロネリアは妖艶に微笑んだ。


 「ええ、王弟様が新国王に即位なされれば、すぐにでも軍を発する予定になっております。既に軍の編成も秘密裏に完了しております」


 「それは楽しみね」

 ニロネリアは唇を舐め、次第に近づいてきた王宮を瞳に映した。



 ◇◆◇


 サンドラットの拠点であるサンドラット砦は、ラマンド国や東マンド国の北方に連なるリナルべ山脈が西の砂漠で途切れる先端に位置している。

 砂漠に張り出した山脈の端の高台を利用した天然の要害なのである。


 砦は、東に東マンド国を一望し、南は砂漠を行き交う街道を見下ろしている。砦の西は砂漠地帯に点在するオアシスの村々を視界に収めている。


 リナルべ山脈の万年雪に源を発する谷川が砦の背後から南東に流れており、砂漠地帯にありながら砦の水は豊富である。


 砦の南から西の一帯にはオアシス単位で小さな村々が散在しているが、村と村の距離がありすぎるため一つの国としてまとまることもなく、どこの国にも属していない。

 サンドラットの里はそういった村々に対して領主権に近い大きな影響力を有しており、ちょっとした国のようなものという対外的な評価はそこから来ている。


 「姫、ここがサンドラットの里、サンドラット砦です」

 ムラウエが上げていた手を下ろした。


 つづら折りの道を登るとその先に空壕に橋がかけられていた。その空壕の向こう側で、大きな丸太を連ねて作られた柵の大門が開いて行く。大門の左右に立ち並ぶ櫓が普通の街ではないことを感じさせる。


 「大きい砦ね。人口はどのくらいなの?」

 「ここだけで2万人以上の人が住んでいます。他の砦や周囲の村々も合わせれば十数万人くらいじゃないですかね。数えた事がないのでわかりませんが」


 「凄いな。本当にちょっとした国レベルだな」

 マルガが目を丸くした。


 「里長の館にご案内します。着いてきてください」

 ムラウエが馬を進めた。その後をサティナ以下20名の騎士が続く。


 騎士のバルカットやマッドスがサティナの左右を護衛している。盗賊の砦なので警戒しているのだろう。いわば敵陣の中みたいなものだ。近衛兵の顔にはいつになく緊張感が漂っている。


 里長の館は砦の中でも最奥にあり、標高が一番高い岩棚に建てられていた。質素だが豪壮な造りはサティナには好ましく見えた。


 「ここでお待ちください」

 ムラウエがそう言って館の入り口に立った。


 「先に里長会議を申し入れたムラウエである」

 重々しい音がして扉が開いた。


 ムラウエはサティナの方を振り向いて手招きした。

 マルガはその態度に失礼なという表情を見せたが、サティナが何でもないように馬を下りたので急いで後を追う。


 館のその一室は大きなホールになっていた。


 サティナたちが入室すると、集まっていた老人たちがイスから下りて平伏した。


 「これは、ドメナス王国の姫様、よくぞこんな辺境にお出でくださいました。我々がサンドラットの里長でございます。私は里長のまとめ役のムラエガと申します」


 「頭を挙げてください。ムラエガ殿、私は対等に話をしたいだけです」

 「ありがとうございます。それでは姫もお伴の皆さまもイスにどうぞ」

 すぐに若い女性たちが入ってくると弧を描くようにイスを配置した。


 「我々サンドラットは、数々の戦で故郷を失った者が寄せ集まった集団が元になっております。ここには、南マンド大王国の家臣や貴族の子孫も住んでおります」


 「南マンド大王国? 分裂前の王国ね」

 サティナはラマンド国にいるパルケッタの事を思い出した。彼女はその王家の血筋だったはずだ。


 「はい。土地柄上、農耕地は少なく、街道を行き交う者から通行税を取るかオアシスの村から税を取るくらいしかできず、盗賊サンドラットとも呼ばれておりますが、本来は東西貿易の中間地点として交易を生業としており、争い事は本意ではありません。今回ムラウエがとった行動も通行税を納めないで通ろうとする者への見せしめの一環であり、姫への無礼はどうぞご容赦願いたい」


 「わかりました。その件については何も申しません。こちらのムラウエと勝負して私が勝ったので、サンドラットが私たちに協力するという話になっておりますが、そう言う事でよろしいですか?」


 老人の目がきつくなった。


 「協力ですか、内容次第ですかな。我々は里を守るため、不要な危険事には首を突っ込む気はありませぬ」


 「わかっています。では、まずは数カ月サンドラットの縄張りで我々が活動することをお許しいただきたい」


 「わかりました。砦にはいかほど滞在されますかな?」」

 「一月ほどお世話になりたいと思っています」


 「一月ですか? その間に何かあるのですかな?」

 「ええ」

 そう言ってサティナは一旦伏せた目を開いた。


 「ところで、あなた方は広い情報網を持っていると思いますが、最近の東マンド国周辺の情勢をお聞きできますか?」


 「はい、既にご存知かもしれませんが、東マンド国の国王が逝去され、コドマンド王弟陛下が新国王になりました。それに先だってメルスランド王子が国王を呪い殺そうとし、その露見を恐れて大神官を暗殺して国外に逃亡したとのことです」


 「なるほど。私たちがラマンド国内まで王子たちを送っている間に、そこまで事態は動いていたのですね」


 「つい先ごろには、コドマンド国王は王子や王子派の貴族を匿っているとして北方の小国に戦争を仕掛けたようです」


 「小国? どこですか?」

 サティナの声に一瞬感情の色が混じったように思え、マルガは姫を見る。


 「リーナル河の上流に位置するリナル国です」

 リナル国という国名にマルガは聞きおぼえがある。確かリナル国の王女はサティナ姫と交友関係があったはずだ。


 リナル国は平原の北端に位置し、リナルべ山脈の山麓に広がる緑豊かな国でリーナル河の源流がある。小国だが森林資源と鉱山が多い国である。

 基本的に森林が少ない東マンド国からすれば、その森林資源は非常に魅力だろう。今後大きな開発や戦争を行うには木材や鉱山資源は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。


 「国同士が戦争をするには言いがかりとしか呼べない程度の理由ですが、東マンド国に比べればリナル国はあまりにも小さい。リナル国の周辺には同程度の小国しかないゆえ、周辺諸国に冤罪を訴えてもリナル国の主張はかき消されるでしょうな」


 「ひどい話だ」

 マルガは顔をしかめた。


 コドマンドの屋敷で大立ち回りをした事を思い出す。あの時、コドマンドを誘拐容疑で捕縛するか、討っておけばこのような戦争も起きなかっただろう。だが、そんな権限も無かったことも事実だ。


 「リナル国の戦況はどうなっておりますか?」


 「今朝がた、間者からの報告がありましたが、リナル国の防衛線は既に崩壊、今夜にもその国都は東マンド国に占拠されるだろうとのことです」


 その言葉にサティナ姫が立ち上がってホールの奥壁に置かれた神の木像の一つを指差した。


 「メルスランド王子! このままで良いとお考えですか?」

 一瞬の静けさ、続いてどよめきが起こった。


 「な、何をおっしゃる、姫!」

 ムラエガがよろけながら立ち上がった。


 「良い、既に私がここにいる事はバレているようだ」


 木像の影から東マンド国の王子メルスランドが姿を現した。

 同時に王子の周りにヘビンと6人の騎士が護衛に現れた。


 「お前たちは控えていろ、ドメナス王国の王女は噂通りの方のようだ。おそらく私がこの地に身を隠していると知った上でわざと街道で襲われ、連れて来させたのだろう。砦の場所は他人者よそものには極秘だからな」

 サティナは王子を見つめた。


 「王子の亡くなった母上は旧南マンド国の臣下の出身と聞いております。王子は元々この砦の方と交流があった。それで、逃亡先はここだと思っておりました」


 「ほう、そんな情報を一体どこで?」

 「それは内緒です」

 サティナの脳裏にラマンド国の王子を世話する少女の姿が浮かぶ。


 「それで? 俺にどうしろと? 俺は既に国ではお尋ね者だ。始まってしまった戦争にしても、今さらこの局面を挽回する手段など皆無だぞ」


 「そうですね。国元ではそうです。ですが、強国東マンド国に蹂躙される国々の方の想いはどうでしょうか? 突然言いがかりをつけて攻め込む国の王に正義があると考えるでしょうか?」


 「何?」


 「王子、この砦の人々を見てください。元をただせば大国の勝手な争いや権力争いで居場所を失った者たちが多い。この者たちの中には本当は故国に戻って穏やかな暮らしをしたいと思っている者もいるはずです。貴方はそんな人々の想いを束ねることのできる立場なのです。東マンド国の正当な王位継承者である貴方が動かないでどうするのですか?」


 王子は言葉が出ない。

 サンドラット砦の勢力は十数万人を超えている。単純に考えても1万以上の軍を整えることができるレベルだ。しかも盗賊稼業で実戦経験豊富な連中が揃っている。


 「まさかここの連中を率いてクーデターを起こせとでも?」


 たとえクーデターを敢行しても、たかが1万程度の軍勢では東マンド国の正規軍の前には鎧袖一触がいしゅういっしょく、あっというまに全滅することは目に見えている。


 「それは今後の状況次第でしょうね。でも、今だからできることもあります。王子、今すぐ出かけますよ。すぐに遠出の御準備を」


 「はあ? ちょっと待て……」

 「私は外で準備いたします」


 質問はおろか反論の余地すらも無い。もう決定事項のようだ。時間が惜しいと言う感じでサティナは部屋を出ていく。


 マルガは肩をすくめた。


 「ちょっと、お前は姫の参謀なのだろう? 一体どういうことだ? 姫はいつもあんな感じなのか?」


 「メルスランド王子、覚悟を決めてください。姫が言いだしたら止められません。どこに行く気なのかわかりませんがお付き合い願います」

 マルガはそう言うと姫の後を追った。


 「なんというじゃじゃ馬だ。お前が手を出すからこのような事に」

 ムラエガはムラウエをにらんだ。


 「勝負に負けたんだ、約束は守らないとな」

 ムラウエもヤレヤレと肩をすくめた。

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