第43話 転生し続ける者

◇◆◇


……誰かの泣き叫ぶ声で意識が戻った。

燃え盛る炎と処刑台のギロチン、そして激しい剣戟の音に満ちた地獄が広がる。

頭を殴られたショックで前世を思い出したと言うのに、俺はこんな戦場のど真ん中に頭から血を流したまま突っ立っている。

王女! 俺の目に絶望の光景が飛び込み、目が涙で霞む。

まだだ、スキルを思い出せ、確か俺にはチート能力があったはずだ! 彼女を……

だが遅い。ハッと見上げた目に巨大な隕石が落ちてくるのが映る。直後、衝撃波が大地を舐める!

俺もろとも戦場となった街を飲み尽くし、塵も残さずにすべてが蒸発していった。


……騒々しい音が響いてくる。目を開けるとそこは中世風の建物の中だ。窓の外は庭園が広がっている。

またどこかの異世界らしい。鏡に写るのは小さな子どもの姿。

「ちっ、またもお決まりのチート転生の無双コースか? いい加減にしてくれよ!」

俺はため息一つ、肩をすくめた。

庭の花がキラリと光った。

チューーーン! と金属音。

狙撃され、俺は頭を粉々に吹き飛ばされた。


……目をさますと、俺の隣には昨晩激しくやった美しい女が全裸で倒れている。

ちっ、頭がいてえ。腰もいてえ。王都を恐怖に陥れた大盗賊ともあろう者が、もう歳か? この程度で……

起き上がろうとしたら、ゴキリと腰がイッた。ウゲっ! 俺はベッドから転げ落ち、首の骨がグキリと折れた。


……「王子!」と呼ぶ声に俺は再び目を開く。

いい加減にしろ! 俺はもう一人になりたいんだ。

涙がこぼれる。

やっと会えた幼なじみが目の前で処刑されたばかりなのだ。

「なぜだ! なぜ救えなかった! もはや、王の座に着いてもすべてが空しい、誰も本気で俺のことを愛する者など……」

俺は部屋の鍵をかけ、天井を見上げた。

バリバリという轟音で屋敷が揺れる。天井を突き破った巨大な足が俺を踏みつぶし、黒いドラゴンが吠えた。


……目を開く。

両手に花、股間にも女。ハーレムか。ああ、そういえばそうだった。何か夢を見ていた気がする。悪い夢だ。

今回は、チートな能力で周囲を驚かせながら育って、今や神童は学園一の英才なのだ。

「はははは……今やこうして好きなだけ女を抱けるぜ!」

だが、空しい。何か大事なものを忘れている気がする。

ふと気づくと俺の背後から嫉妬に狂ったナイフが振り下ろされていた。


……「王よ、どうかいたしましたか?」

大臣が心配そうな顔をしている。

「なんでもない、何か思い出しかけたのだ」とぐいっと盃を仰いだ。毒だ……俺は血を吐いて死んだ。


……「ケケケケケ……よくここまで来たな勇者よ!」

俺は100年も生きたリッチ。この洞窟の王だ。

目の前にボインの美人を連れたイケメン勇者がいる。

「死ねえ! 勇者」

「聖なる光!」と美人が杖を振った。

うおおおおーーーー、体が塵に……


……グオオオーーーー!

「このドラゴンめ! よくも大勢の人々を殺し、王子を踏み潰したな! その仇を討つ!」

勇者が剣を振るう速さにドラゴンボイスを吐く間もない。俺の首が落ちる音だけが空しく洞窟に響き渡った。


……「ひゃはははは……!」

世界よ! 終焉の時だ!

狂った魔法使いとなった俺が杖をかざし、巨大な隕石群を呼ぶ。

戦場と街が炎に包まれた。その予想以上の爆風に飲み込まれ、一緒になって俺は焼け死んだ。


……あれが悪魔の子だ。

奴が成長すれば世界を滅ぼす。殺せるのは今だけだ。

俺は照準を付け、冷酷に引き金を引く。

「仕留めた、だが本当に良かったのか?」

「やったようね。あなたの役目はお終いよ」

王女の短剣で後ろから首を斬られて、俺は死んだ。


……思わずにやりと笑みを浮かべる。

王は疑いもせずにそれに口を付けた。

ぶはっ! 目の前で王が血を吐いて倒れていく。

やったぞ、ついにやった! 高揚感が俺を包み込んだ。

ドスッ、その背中を鋭い刃が貫いた。

一見清廉そうな護衛騎士が背後でニヤリと笑う。 

「ごくろうさん、あとはうまくする。感謝するぞ」

その男の声が遠くなった。


……崖際を歩く。

足元が崩れ、落ちかかる。

俺がとっさに掴んだ彼女の腕。

彼女は薄笑いを浮かべて俺を谷底に蹴り落とした。


……目が開く。

「お嬢さま!」と誰かが叫んだ。

足元の氷が割れた。

冷たい水が押し寄せ、私は溺れ死んだ。


……無駄、無駄、無駄よ

誰も、誰も、誰も、気にもしないわ。

見むきもしない。幽閉された王城に孤独だ。

誰も私の声に応えない……闇だけがいつもそこにある。


……「やっと会えました、エクスト様! 今度こそ!」

王宮の庭園で、俺の目の前に立つ美しき王女シュトルテネーゼが両手を広げた。

「シュトルテネーゼ、すまない運命に追いつかれたようだ……」

その王女の肩に、口から血を吐いて俺はもたれかかった。

その背には心臓を貫いた矢が突き立っている。


……「ヒッヤッホーー! エクストを殺ったぜ!」

俺は弓を手に小躍りする。

「おのれ! よくもエクスト様を! やっと出会えたというのに、またも……引き裂くか!」

王女が憎しみの目を向ける。その光彩が黄色く変色している。あれは邪眼! 王女のくせに邪眼持ちだったのだ!

俺の心臓が握りつぶされた。


……大勢の人々がいる。

「無駄よ、もうこの戦争は止まらない、おほほほほ……!」

狂ったように笑う王女は処刑台に乗せられた。

血塗られた刃が振り下ろされる。


……燃える王城を彷徨う。

王も王妃も既に殺されている。

反乱? 敵の侵入? 誰かが呼んでいる。

だが、その人は間に合わない。

「王女がいたぞ!」の声とともに胸に突き刺さる矢。


……暗い王宮の牢獄

やせ細った手足を鼠が齧る。

鎖が重い。

肺が重い。

闇が重い……やがて何もかもが消えていく。

ガチャリと金属音がして扉が開く。

その人は私の前で膝から崩れ落ち、私の名を呼び続けた………………。




死と転生と、夢と現実と、悪魔が弄ぶ。




(いい加減にしろ! どれだけ俺たちを殺し続けたら気が済む? 

お前がこのふざけた転生を繰り返させる神か? いや、神じゃないな、悪魔か?)


目の前をよぎるのは白い影、いや黒い影か……。


(あなたには苦しみと死、そして私の純愛を捧げます。いかに違う世界に転生しようとも、絶対に逃さない。私は、ずっとあなたを憎しみ、そしてあなたに恋焦がれているのです)


(矛盾してるぞ! その顔、どこかで? いや、俺は確かに知っている……)


黒い気配に身を焦がし妖艶に笑う絶世の美女、そして同時に純白のウエディングドレスで優しく微笑む乙女。


深い憎しみと恨みに染まり、一途な愛に身を焦がす。

悪魔のような清純な乙女。


(シュトルテネーゼ、君か? 君なのか? まだ俺をあきらめていないのか? 魂が安らぐことなく、君もまた転生を続けているのか?)


(ええ、簡単には許さないわ! たとえ神でも邪魔はさせない、何度でも殺す! ーーそう、あきらめない! いつか追いつき、そしてあなたをいつの日にかこの腕の中に! 私は永遠に……あなたを愛しているのです!)

美女の影が黒から白へ、白から黒へうつろう。

ああ、同じような運命を背負った人がいる。そこにいるのに届かない、絡み合う二つの螺旋が見えているのに……。


(残酷だよな……)


(あいつは!)

(あの方は!)


またも反対側の世界にいる。絡み合うくせに交わらない。

いつまでも、どんなに転生を繰り返しても。

……これほど愛しているというのに!


(待ってろ、世界の秩序を破壊して、お前を取り戻す)

(そのために世界を? それは許されないわ)

(いや、俺はやる……)




 ーーーーーーーーーー 


 くくくくっ……と思わず笑い声が出る。

 大声で笑ってしまう。


 その闇の中、目を開く。確認するように手足を動かし、天井を見たまま額を押さえて前髪を払った。


 「今回はどうした? 俺はまだ死んでいない。俺は生きているぞ。今度こそ彼女、シュトルテネーゼを……」

 記憶が曖昧だ。何か、大事な事を忘れている。少し混乱しているようだ。


 その目はテーブルの上の漆黒の壺に注がれた。


 今のはお前が見せた幻覚か? それとも過去の記憶の走馬灯か? だが、無駄だ。その程度では俺は狂わない。


 なぜなら、俺はとっくに壊れているからだ。


 「くくくくく……この異世界の空気は今までで一番身体に馴染む。幾多の世界で無数の欠片になるまで心を砕かれた者の残骸を寄せ集め、俺はまたも転生し、ここに存在している。この世界で、ついに俺は過去最高のチート能力を手にしたのだ。ついに反撃の時がきた!」


 起き上がると、両脇に眠る二人の美女がいる。こいつらが真実の愛を伝える使徒だと? 笑えるじゃないか。シュトルテネーゼのような嫉妬と妄執も、献身と純愛も何もこいつらは持っていない。


 こいつらにはあの教祖との繋がりを保つため、俺が喜んで抱いたと伝えてもらわねばならない。だが、あいつに集めさせていた無垢な人間の魂もそろそろ充ちる、そうなれば奴も用済みだ。奴は裏で俺を出し抜いた気でいるようだが、大間違いだ。俺に逆らう者に容赦はしない。あの魔法使いと同じだ。


 奴も大口を叩いていた割には、純度が入り混じった魂を集めてきた。無垢な魂を別けるのは難しい。量も中途半端だ。あんな物は使えない。計画に不要な者はすぐに切る。たとえ教祖と呼ばれる男であろうとも同じことだ。


 「この世界のどこかにシュトルテネーゼ、お前もまた転生しているのか……、それとも……。しかし、今度こそ、お前をこの狂った歯車から解放してやる」


 「それがお前に対する俺の答えだ」

 

 世界を滅ぼす存在の復活に必要な無垢な魂は充足しつつある。あと必要なのは膨大な量の魂、そして、その最後の核になる希少な魂と肉体だ。リサ王女のような……。魔王の一族、あるいは古種の血を持つ人間の遺伝子、そのどちらも既に手の内にある。

 依り代とにえは間もなくそろう。それを司る暗黒の力だが、それも既に準備は整い、目覚めるのを待つばかりなのだ。


 「まったくもって良いタイミングで古き血の家系の者が帰って来たものだ」


 リサ王女を生贄に利用できなかった場合を想定し、ドゥアリス計画の一環として太古の技術によって核となる者を遺伝子操作で生み出す準備も整っている。さらにバックアップとして純度は落ちるが、その子を利用する策も既に講じた。


 ベッドから身を起こし、カーテンを開くと帝都ダ・アウロゼの夜景が広がった。


 「……邪悪なのはこの世界の方だ! 俺たちを転生させ殺し続ける、そんな世界こそ悪だ。今度こそ、ひき裂かれるのは俺たちではない、世界こそ破壊されるべき存在なのだ。世界を破壊し、この永遠の転生に今度こそ終焉をもたらしてやる!」

 転生者、貴天オズルはギリッと唇を噛んだ。



 

 ◇◆◇


 ーーーーーーどのくらい時間が経ったのか、何日か経ったのかすらわからない。あたりは不気味なほどの静寂に包まれている。


 俺は生きていた。いや、生き返ったのかもしれない。夢を見た気がする。何度も異世界を流転し、今再びこの世界に送り込まれた、そんな夢だ。

 まだ耳鳴りと吐き気がひどい。きっとこのせいでそんな妙な感覚を感じたのだろう。


 瓦礫の隙間からやっとのことで這い出ると、目の前が広々と開けていた。


 先日まであった円塔の建物群が瓦礫の山に変わり、所々から煙が立ち上っている。その光景はまるで夢か幻のようだ。

 まるで別世界、まったく知らない地に生まれ変わったかのようだ。しかし、その殺伐とした光景はどこかで見知っているような不思議な気持ちになる。


 何となく、空を見上げる。

 そして改めて周囲を見渡す。


 旧都北東のこの一角の建物群を破壊したことで、城壁までの間はほとんど隠れる場所が無くなって、広大な平地ができていた。彼方の城壁まですっかり見渡せる状態だ。

 

 「やっぱりこれは、この街から逃げようとする者を監視するための処置なんだろうな、リサ王女を逃がさないためにここまでやったのか?」


 朝靄に包まれた真新しい廃墟の中を歩く。何もかも木端微塵だ。凄い破壊力の雷砲である。

 

 円塔群は完全に消し飛んでいたが、最も大きな塔があった場所に円形の大穴が開いており、覗き込むとずっと下の方に地下室でもあるらしく扉のようなものが見えた。


 「うーーむ、何かありそうだな」


 その大きな窪地には周辺から大量の泥水が流れ込んできており、あと2、3日もすれば水浸しになるだろう。


 俺は壊れた隙間から潜り込んで、壁に沿って残っているらせん状の石段を慎重に降りた。


 「意外と深いな、ここは地下3階くらいか?」

 目の前に壊れた扉がある。

 上を見上げると、地上から流れ落ちてきた水はちょっとした滝のようになって、遥か下層でザアザアと激しい水音を立てている。


 「ここに何か書いてある。じっ、実験……かな?」

 土埃で汚れたプレート盤を手で拭うと、「実験区画」とか「排水操作室」とかの文字が人間と魔族の共通語で刻んであるのが何とか読めた。


 「扉は開かないか、やはり壊れているな。そううまくはいかないか。建物の中になら、何か使える物資も残っていそうなんだけどなあ」

 扉は歪んでしまっていくら引いても開かない。周囲を見渡すと壁の上部にある換気口の網が壊れて垂れ下がっていた。


 「あそこから潜り込むか、どこかにつながっているかもしれないし」


 俺は背伸びして指をかけ、四苦八苦しながらなんとか潜り込んだ。ここは地下だ。地下から外に換気しているとすれば、一体どこにつながっているのか。


 換気口を斜めに登る、だいぶ登ると今度は下り坂だ。

 ようやく水平になって少し進むと下側に金網があった。点検口なのかもしれない。


 「よっと」

 俺は金網を外して、その点検口らしき場所から下に降りた。そこは石で囲まれた四角い廊下のような構造の横穴である。遠くから風が流れ込んでいる。


 「地下に風だって? もしかしてどこかに通じているのか?」

 もしや、という予感がする。……あの光は!


 長い長い通路を屈んだまま足早に進むと、遠い先に見えていた光が次第に明るくなってきた。


 そして…………。



 「!!」

 懐かしい海風の匂い。

 海鳥の鳴き声と波の砕ける音が響く。


 ーーーーその鉄格子の向こうには、荒々しい海が広がっていた。

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