第213話 神殿最上階(ドリスたち)

 真っ黒なボロ雑巾のような姿の二人は最上階へ到達しようとしていた。


 二人が入ってきたのとは別の扉から伸びた階段が途中で合わさって一つになり、さらに上に続いている。階段や廊下ですれ違う機械人形たちは二人に何の関心も示さない。


 「うまくいったみたい」

 「我の思い通りだ。我らの作戦勝ちと言ったところであろうな」

 ボザルトは自慢げに髭を動かした。


 階段を登りきると今までにないほど華麗な装飾の回廊が続いていた。回廊の奥には神聖さを放つ巨大な白亜の扉が見えている。恐らくその先がこの神殿で最も重要な場所、恐らくは祭壇の間なのだろう。


 そして、時折、回廊の床を何か振動が伝わってくるのが今までと違うところだ。振動が起きる原因は、この階層に漂う只ならぬ神聖な大気のせいか。


 一歩進むごとに振動が伝わるようだ。


 ボザルトは床からそっと足を上げる……振動は止んだ。

 肉球を膨らませて、ゆっくりと床に触れる……何か震える。


 足を上げる……そうすると止まる。

 足を下げる……何か震えが伝わってくる。


 「どうもこの床は我に踏まれると震えるみたいだ。なんとも妙なものだな」

 「そう? ただの石の床に見えるけど」

 普通に歩いているドリスは怪訝な顔をした。


 「ふーむ、謎の振動回廊だな」

 ボザルトとドリスは用心しながら進んだ。


 白い大きな扉には蛇のような大きな竜のような不思議な彫刻がなされている。


 「これは……これに少し似ているかもしれないわ」

 ドリスは握りしめた杖を見た。そこには絡み合う蛇の彫刻がなされている。蛇の姿の描き方は似ているが、扉の方は一匹の蛇である。


 「ふーむ。何か因縁がありそうだな」

 ボザルトも杖と扉の絵を見比べた。確かに似ている気がする。


 ドリスは自分が何者か知りたいと言っていたが、意外と早く手掛かりが得られるかもしれない。

 

 「もしかするとドリスはこの神殿を作った者の縁者なのかもしれないぞ」

 ボザルトは扉のレリーフに触れてみた。

 生温かいような冷たいような妙な感触だ。


 「鍵は無いようだ。これも何か仕掛けで動くのかもしれぬ」

 「そうね。何かの気配を感じるわ」

 ドリスがそう言って扉に触れた。


 以前感じたような鼓動が聞こえるが、邪悪な感じでは無い。ドリスは扉の前に立ち、木の杖を両手に持ってその先端を額に当てる。


 「メラドーザの名においてドァリスが命じる。この扉を開き、私にその力の在りかを示せ」

 覚えた記憶すらない言葉が自然に流れ出る。

 髪が青白く輝き、全身が黄金色に包まれる。

 その余りに神々しい変化にボザルトが隣で尻尾を硬直させた。

 

 ……扉が消滅した。


 本当に今までそこに扉などあったのか? と思えるほど見事に消え失せ、その奥から黒い霞が流れ出る。

 霞の中で何かが動いた。


 「これは危険な奴だ。ドリス、我の背に隠れるのだ!」

 ボザルトはドリスの身を守るように槍を構え、奥に潜む赤い眼を睨んだ。


 神聖な場所を護る守護獣かもしれない。黒い霞はその体を覆う鱗の隙間から漏れ出ている。蛇に似た体を持つ竜のような獣が左右の壁から生えている。


 部屋の奥には祭壇らしきものも見える。


 「ボザルト、後ろを見ろ! 回廊が消えて行くよ!」

 ボザルトが振り返ると、今まで歩いてきた回廊が幻だったかのように消えて行く。

 床が消失し、深い穴がぽっかりと口を開けていくのだ。

 足元の床が消失するまで時間がない。


 「まずい! 部屋に入るのだ!」

 ふたりは二匹の竜が待ち構える祭壇の間に飛び込んだ。

 ドリスが入ると同時に背後の回廊が消えて、入ってきたはずの扉が壁になった。


 目の前で二匹の竜が首を上げて威嚇する。問答無用といった雰囲気である。


 「これは退路を断たれた。もはや逃げられぬというわけだな。ドリス、戦うしかないようだぞ」

 ボザルトは槍を構えると、髭をピンと張り、尻尾を立てた。

 その姿は見事である。恐れを知らない野族一流の戦士だけのことはあるのだ。


 「油断がならない相手みたい。あ! 避けて!」

 ドリスが叫ぶやボザルトを突き飛ばした、左から大きな口を開いて襲いかかった竜が空を噛む。


 前に転がったボザルトに今度は右竜が牙を剥いた。

 ドリスは杖に魔術を込めて、左壁際を走り、竜の胴に一撃を入れた。当たった鱗がバチバチと音を立てて剥がれる。電撃性の攻撃らしい。


 ボザルトは右竜の顎の下に巧みに潜り込み、下から槍で突いた。一番柔らかそうな場所を狙ったつもりだったが、槍先は簡単に弾かれた。


 「だめだ、我の槍が通らん! ドリス、何か良い方法はないか?」

 「ちょっと待ってて、こいつしつこい! ええい、前足しかないくせに!」

 ドリスは左竜の攻撃をかわして背後の壁際に後退した。


 「ボザルト! 隙を見てこっちに来て! 槍に属性攻撃を付与してみる」

 ドリスは杖先に光りの輪を描く。その魔法の輪から光弾が勢いよく射出され、二匹の竜が仰け反った。


 「済まぬ」

 ボザルトはドリスが作ってくれた隙をついて竜の前足の間から後退した。


 「早く、槍先を私の方に出して」

 ボザルトが槍を出すと、ドリスはその切っ先に手をかざし、撫でるように手を動かした。


 さっきの攻撃でこの竜には電撃が効く事がわかっている。ドリスは最初の一撃に各種属性を多段に付与して攻撃したのだ。その結果電撃に弱いことがわかった。


 竜が態勢を整えて、再び攻撃を開始する。

 その二匹の前足が二人の立っていた床を同時に叩いた時、二人は左右に跳躍していた。


 「少しだけ本気を出すわ」

 ドリスが杖に二本指をかざす。

 「我の槍術、渾身の一撃、必殺の技を喰らえ!」

 バシッ! と二匹の竜の脳天にそれぞれの武器が振り下ろされた。


 ドリスの攻撃はかなり効いたようだ。

 それに対し、ボザルトの攻撃はやや浅かったらしい。竜の手がボザルトを振り払い、まともに食らったボザルトの小さな体が奥壁に向かって吹き飛んだ。


 「ボザルト!」

 ドリスは次の攻撃を中止してボザルトの元へ飛ぶ。

 大きな音がしてボザルトが壁に激突した。


 気絶したボザルトを抱きかかえて、ドリスが振り返る。


 「あれ?」

 そこには竜の姿が無かった。

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