第212話 <<終戦と新たな旅立ち ー東の大陸 サティナ姫ー>>

 全ての戦が終結して10日余り。

 祝福の宴から抜けだしたサティナは笑顔のままバルコニーから夕陽を見た。


 「いよいよ西に向いますか?」

 いつの間にかマルガが横に立っていた。


 「ええ、西の港で船を見つけて、カインを迎えに行きます。……幸せそうな二人を見た後だから一日でも早くカインに会いたいと思ってしまいました」


 「そうですね、この国もどうやら何とかなりそうですしね。しかし、こんなに早くお二人が結婚式を上げるとは思いませんでしたよ」


 そう言って見上げる王宮の尖塔にはリナル国と東マンド国両国の国旗がたなびき、その頂きには新しいリナル・マンド国の国旗がたなびいている。


 今日は新しい国王になったメルスランド・ミリッテアと元リナル国の王女フォロンシアの結婚式なのである。


 戦後の混乱期であるため式そのものは簡素に執り行われたが、相思相愛の美男美女の婚姻に両国の国民は祝福に溢れ、街中お祭り騒ぎだ。


 二人が結婚したことで、東マンド国とリナル国は新しい一つの国になる。メルスランド王は国を取り戻す戦いで同盟を結んだラマンド国と友好的な関係を確立しており、北の大地は安定に向かうことになるだろう。


 サンドラットは国として認められたものの、当面は王を置かず里長合議制の体制を続けるようだ。


 マルガはサティナの横顔を見た。二人の結婚式を見て高揚しているらしい。こんなに嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだ。


 祝い日には言わない方は良い事もあろう。マルガは言葉を飲み込んだ。 


 コドマンド廃王の件である。

 戦場から逃げ出したコドマンドは行くあてもなく彷徨い、王都の北西に位置する南マンド国離宮跡と言われる遺跡に隠れていたところを死肉食らいの群れに襲われて命を落したらしい。例の魔女の行方はいまだに不明だが、もはやこの国に害を及ぼす力は残っていないだろう。


 「姫にこれほど慕われているカインという男は幸せ者ですよ。まったく。なんの取柄もない男に見えましたけどねえ」


 「カインには打算が無くて自然に優しいのです。彼のそんなところがとっても好きなんです。好きに理屈はいりませんよ」

 「そうですか」

 マルガはそう言って鼻の頭を掻いた。


 なんとなく、しばらく会っていない妻達を思い出した。どこまでも近衛兵と共に姫に付いて行く決心はあるが、たまに里心がつくこともある。


 「ここまで付いてきて来てくれてありがとう。マルガ。後は自分の責任で行動するわ」

 そんなマルガの表情を横目で見ていたサティナは微笑んだ。


 ◇◆◇


 夜のノスブラッドの大通りは祝賀ムードに溢れ、浮かれて集まった大勢の人々で埋め尽くされていた。あちこちで花火が打ち上げられ、路上では若者達が集まってにぎやかに踊っている。


 戦争が終わった解放感もあるのだろう。

 夜にも関わらず多くの露店が営業しており、繁盛している。

 そんな人ごみの中をフードを纏った影が足早に過ぎていく。

 影は吸いこまれるように路地裏のうらぶれた酒場に入った。


 テーブルは常連客で満席に近い。

 お祝いのせいか、誰もかれも陽気に飲んで賑やかだ。


 奥のカウンターを見ると、フードを纏った者が一人で座っているのが見えた。そこだけは光が当たっていないかのように沈んで見える。


 その姿を見て、カウンターに向かう。

 「いらっしゃい。何を飲むかね?」


 隣に座った気配を感じて、飲みつぶれてテーブルに伏せていた顔を上げる。


 「氷を入れた狂兵酒がいいわ」

 怪しげな見かけによらず美しい声だった。


 興味にかられて覗きこむ。

 「貴女は? 何かおかわりは? おごりますよ」

 「ふっ。おもしろい。私の隣でそんな酒を頼むなんて」


 「ええ」

 フードの奥から美しい瞳が見えた。


 「私が誰だか知っているようですね。何か用ですか? 私はもうお払い箱の身ですよ」

 「知っています。だからこそお願いしに来たのです」


 「お願い? 落ちぶれても悪事には手を染めませんよ、傭兵も断っているんです」

 「違うわ。犯罪行為ではありませんよ」


 「確かにその身のこなしと話ぶりはそこいらの連中とは違うようね。それで? お願いって何かしら? 聞くだけは聞いてやるわ。マスター、お水を」

 店主が水の入ったグラスを置くとそれを一気に飲み干した。


 「ええ、では単刀直入に言いますけれど、よろしければ私と一緒に暗黒大陸に乗り込んでみませんか? 東マンド国第1軍の美しき勇将、ルミカーナ准将。そうですよね?」

 そう言う彼女のフードの端からちらりと黒髪が覗く。


 自分と同じ黒髪に、その正体を察してルミカーナは微笑んだ。


 「今は元准将です、旧国軍幹部は解任ですからね。それで? 王女様が暗黒大陸ですか? 私にとって楽しい旅になるでしょうか?」

 

 「ええ、もちろんです。命を張ることになるでしょうけどね」

 「それは上等ですけれど」

 そう言ってルミカーナはサティナを見た。


 「噂通りの面白いお姫さまですね。どうせ行くあてもない身です。わかりました、付きあってやりますよ。それで? お姫さまが自ら暗黒大陸に行くという、そこまでしなければならない旅の目的をお聞かせ頂けますか?」


 「国の重大事とかそういう話じゃないのです。とても個人的な理由で……笑われるでしょうけど、好きな人を、婚約者の彼を連れ戻しに行くのです」

 フードに隠れて良く見えないが、少し頬を染めたように見えた。


 この姫は大陸中の王族や貴族から求婚を受けている美女だという。その彼女の方から暗黒大陸にまで追いかけたいほど好きな男がいるとは信じがたいというより面白い。


 「よっぽど容姿端麗でかっこいい男なのでしょうね。私には無縁の話ですけれど」

 ルミカーナの家は代々東マンド国の軍務を司る家柄だ。

 幼少の頃より武術の鍛錬に励んでいたせいで20歳を過ぎた今でも彼女に浮いた話は一つもないらしい。


 「いいえ、正直、容姿はいたって普通で、剣の腕もへっぽこですよ。でも、それでも私には彼しかいないと思う人なのです」

 彼を語る時のサティナの声は甘い。

 「わかりました。大事な人なのですね」

 「そうですよ」

 フードの奥の瞳が夢見がちになっている。


 ここから奥歯が浮くような話が始まっても困るのでルミカーナは席を立つ。


 そういう話には免疫がないのだ。


 ルミカーナ自身は今までそこまで好きになった男はいない。氷の狂戦士と呼ばれるだけあって、見た目は氷のように研ぎ澄まされた美女でその戦闘スタイルは狂戦士と呼ばれるに相応しい相当荒々しいものである。

 その美貌に見惚れて近づいた男はその戦いを見て青ざめて逃げ出し、二度と近づかない。そんな奴は何人も見てきた。


 もし彼女の戦闘スタイルを見ても気にしない男がいるとすれば、よほど度胸の座った本物の男か、本物の間抜けか、そのどちらかだろう。


 「マスター、奥の部屋は空いている?」

 いつものように店主がうなづいた。


 「それでは、席を変えて詳しいお話を伺いしましょう」

 「ええ、そうですね」

 二人は連れ添って通路の奥に消えた。

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