第211話 東の大陸への帰還
水平線に緑の陸地が見えてきた。
「クーガ! 陸だ! 東の大陸だよ!」
マストに登っていたメーニャが綱を伝ってするすると滑り下りてきた。
「やっと戻ってきましたね。懐かしい街並みです」
マロマロが隣でつぶやいた。
「ああ、長かったな」
うなずいたクーガの胸にメーニャが飛び込んできた。
「やったよ!僕らは帰って来たよ!」
「うん、よくやった。メーニャがうまくみんなを見つけてくれたからこんなに順調に来れたんだ」
クーガをきらきらした見つめる瞳。その頭を撫でてやる。
「うんうん、そうだよ。僕のおかげだよ。それじゃあ感謝のキスを……」
メ―ニャが赤い唇を突き出した。
「おいおい、みんなが見てる」
「いいじゃない、婚約済みじゃない」
デッキの上で一つになる二人の影。
ーーーー青い海が穏やかに波打ち、港の入口の巨岩に彫られた航海の女神像が船を迎える。
「ボイボイ! 助けを求める旗を掲げろ、港に入らせてもらわなくちゃ何にもならん。この船は正式な貿易船でないから、暗黒大陸から逃げてきたことを信じてもらわなくてはならないぞ」
マロマロが下の甲板にいる少年に叫んだ。
「あいよ! わかってら! 水夫長に言ってあるよ!」
その言葉が終るか終らないかのうちに船尾に旗が揚がった。
クーガがメーニャを連れ添って歩いてきた。
「心配するな! 水夫長のジョゼスは元々この港出身だ。彼の帰還を見ればみんな信じるさ」
「そうだよ。僕のクーガを信じない奴はいないさ」
メーニャはそう言って顔を輝かせてクーガを見上げた。
「見ろ、さっそくお迎えの船がこちらに接近してくるぞ。梯子を下ろせ! 係留の準備も急げよ!」
クーガは叫んだ。
「上陸したらすぐに里に使いを出す。ムラエガに”奴”がこっちに戻っている事を伝えねばならないな」
「それと、ニーナさんにも使いを出さなくちゃ」
「ああ、何年も待たせてしまったからな」
「えへへ、その手紙には僕との結婚予定の事もちゃんと書いてよね」
メーニャがクーガの顔を下から覗きこむ。
クーガは少し照れたまま次第に近づいてくる港を見つめた。
西方諸国の一つであるモロカ領主国に属する港町アベガである。やがてクーガたちの船は商船が並ぶ港の一角に錨を降ろした。
梯子がかけられ水夫長のジョゼスが船を下りると、そこに待っていた太った男が近づいてきて、ジョゼスを派手に抱きしめ、喜び合っている。
その様子はああいう趣味の男だったのだろうか。と不安になるほどだ。
クーガたちが下りるとその男を伴ってジョゼスが来た。
「これはこれは、このたびは我が弟を救い出していただき感謝の言葉もありません」
その太っちょの男が頭を下げた。
良かった、ジョゼスはまともな男だったようだ。
クーガはジョゼスを疑ったことを少し恥じた。
「こちらは、私の兄のジョッポです。この港湾都市で監察官をしております」
「はじめましてクーガです」
「僕はまもなくクーガの妻になってムラジョウ・メーニャになる予定のメーニャ・エノワンだよ」
クーガと腕を組んでメーニャが無邪気に微笑む。
「ほう、クーガ氏の姓はムラジョウですか?」
クーガを見るジョッポの目が光った。
西方都市でも盗賊サンドラットの名は良く知られている。統括している一族の事も知られているのかもしれない。ましてや監察官は反社会的組織を取り締まることもある。
クーガはジョッポの表情を伺った。
場合によってはすぐにこの街を脱出する必要もあるだろう。
そんな不安を吹き飛ばすようにジョッポはふいに笑顔を浮かべた。
「いやいや、これはサンドラットの方でしたか。ジョゼスを暗黒大陸から助け出してくれた手腕、たた者では無いと思っておりましたが。なるほど納得でございますな。ひとつこれからも良きお付き合いをお願いしたいものです」
「なんだって? 俺たちは盗賊サンドラットかもしれないのだぞ?」
「またまたご謙遜を。今やサンドラットは砂漠の東西交易を一手に担い、我らモロカ領主国としてもぜひお近づきになりたい新興国です。ムラジョウと言えば、そのサンドラットの総領とも言える一族ではありませんか。統領ムラジョウ家、宰相ムラエガ家、いずれもサンドラットの里長の名家ですな」
ジョッポは握手を求めた。
「ふむ、わかった。こちらこそよろしくな」
どうもわからないが、中央大陸で数年を過ごしている間にサンドラットを巡る国際環境が激変しているらしいということは分かった。新興国と言ったように聞こえたが聞き間違いだろうか?
いずれにしてもここは相手の言葉に乗っておく方が良い。
二人はニコニコと握手を交わす。
そのうちジョッポが入港手続きのためその場を離れたのを機に、マロマロを呼ぶ。
「マロマロ、どうもサンドラットの里に何かあったようだ。国際的な地位が向上しているらしい。すぐに調べてくれ」
「分かりました」
マロマロはうなずいた。
陸に上がった仲間たちはさっそく予め打ち合わせしていた行動を開始している。
クーガたちはとり急ぎバーバラッサの街の商人ネバダヨに会わねばならない。数年前に中央大陸へ渡る際に世話になった男で、古くからクーガ一族の支援者である。彼に帰還した事を報告し、父の仇が舞い戻っていることも知らせておく必要がある。
「ねえ、クーガ、あそこに停泊している船、西の大陸の船にしては武骨だねえ」
連れだって取りあえず港の食堂へ向かう途中、メーニャが目立つ色をした商船を指差した。
「本当だ。あの色の組み合わせは無いな。赤と緑の縞模様のメインマストなど、悪趣味なのか常識知らずなのか」
外観は西の大陸の貿易船に見えるが、装飾が独特で西の大陸の文化を良く知らないものが似せて作ったように見える。西の大陸様式で無理に造らせたどこかの金持ちの船か何かだろうか。
そこへすばしっこいのが駆けてきた。
いつの間に遠出していたのか、仲間の一人で一番年少のボイボイである。
「クーガ、大変だ! 俺、見たよ! 武天だ! 武天クーラベがいたんだ!」
ボイボイは中央大陸で造船を調査していたため、武天の姿を知っている。
「え、もしかしてあの船が前に言っていた武天の船なのか?」
以前、報告を受けた船の特徴が脳裏に浮かぶ。
「多分そうだよ。あれは魔王国の船だ」
「ふーん。偽装して入国したのだな。一緒に来た魔族はどのくらいだ? 人に化けているのか?」
「それが、どうも船員は本物の人族で、魔族は武天一人みたいなんだ。一体何をしに来たのか、戦うような雰囲気でもないし、何か陰謀を企んでいるふうでもないし。時折手に持った何かを見て方角を確認しているみたいな感じなんだ」
ボイボイは首をかしげた。
「よく気づいた。偉いぞボイボイ。何にしてもあの魔王一天衆の一人、大幹部だ。行動を監視しろ。いいか、気づかれるなよ。危ない時は無理しないで逃げるんだ」
「わかったぜ。まかせとき」
ボイボイはそう言うと、忙しなく路地裏に消えた。
「どう思う? クーガ」
「そうだな、監視はするが、俺たちの里に手を出さなければそれ以上関わりになるのは止めておこう。それよりも俺には追わねばならない奴がいるからな」
「そうだよ。あの裏切り者を探すのが先だよ」
二人は仲良く港で一番繁盛している食堂に入った。
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