第210話 討伐軍編成会議

 新王国への討伐軍の再編成会議は大いに紛糾ふんきゅうしていた。


 前回の第一次討伐隊に参加した忠節心のある大貴族家の多くはその当主を失い、にわか仕立ての新当主となった経験の少ない者が大貴族席に座っている。


 以前と変わらない顔ぶれの大貴族席の者は、なんだかんだと言い訳を作って前回従軍しなかったために生き延びた連中である。


 中級貴族以下の席も似たような状況になっている。

 今回の戦では帝国や王家にとって要となる者たちを多数失い、宮廷には王家に忠誠心の薄い者が増えた結果になった。



 「ーーーー逆ならば良かったのじゃがな」

 ゲロロンダは顔をしかめた。


 「このたびの敗戦の責任は王族の指揮にあり! と国民は憤っております。その暴動はこの王都でも起きておるのですぞ! その責任を明らかにしないうちに再度、王族主導で軍を起こそうとしても誰も協力などしないのは明らかです!」

 セミ・クリスタルの貴族ナメンドナ家の当主ソダが壇上で力説している。


 「こうなれば、生き延びた王族のお二人に国民の前で詫びてもらい、一天衆や二天の力も借りる必要があると考えます」


 「わし等に詫びろじゃと。大貴族の後ろ盾があるおかげで良く吠える」

 ゲロロンダは眉をひぞめ小声で隣のゲ・ボンダに言った。


 ゲ・ボンダは王座を見ている。

 正面の王座に座る魔王は表情も変えずに肘を付いて話を聞いている。


 その顔に何の変化がないのを肯定と受けとめたのか、ソダは礼をすると満足そうに壇を下りた。


 次に壇上にゲロロンダが立った。


 「馬鹿めが、王族が国民に詫びた例など聞いた事もないわい! そもそも軍を出し渋った貴族がいる事の方が問題なのじゃ。なぜ魔王の要請に応じなかったのか? それが聞きたいものじゃ」

 ゲロロンダが睨むと大貴族席の者が一斉に視線をそらす。


 「何を言うか! そもそも無策な作戦が……!」

 「いや、王家の要請を断るなど!」

 会議は紛糾し、一時解散となった。



 ーーーーーーーーー


 「ゲロロンダ様」

 回廊に出たゲロロンダを呼びとめる声がした。


 「おお、これはナダではないか、いつ戻ったのじゃ?」

 そこには、美男子の多い魔族でも格別イケメンの男が立っていた。


 魔王一天衆の一人、美天のナダである。魔王近衛兵団の長でイケメンでナルシスト。脳筋の多い一天の中では唯一戦上手の戦略家として知られている。元はゲロロンダ家に仕えていた給仕の子なのである。


 「北の蛮族の乱を平定し、昨日戻って参りました。王家の皆さまはこのたび大変な目に遭ったようですね」


 「そうなのじゃ。もはや魔王5家の中で成人男性はワシとゲ・ボンダしかいない。成人女性も3人だけじゃ」

 魔王5家は、魔王を輩出はいしゅつしてきた王族家の総称である。魔王に子がいない場合はその5家の成人から選ばれることになっている。


 「魔王様に御子が生まれればよろしいのでしょうがね」

 ナダはあごに指を添えて考える。


 「幾人もの妻や妾がいながら、今まで子を孕んだ者がいないのじゃ。魔力が強すぎる者は子ができにくいという事だろうな」

 「困ったものです」


 「それはそうと、今回の第二次征伐隊の編成じゃが、お前はどう考える? どうすれば渋る貴族連中が兵を出すと思うか?」

 「そうですね」

 ナダは中庭の花々を眺めた。


 「やはり指揮官が前回と同じ顔触れでは国民は納得しないでしょう。戦う前から兵の士気が心配になりますね」


 「それではお前も、我々は後方で眺めていろというのか? それでは、我々王族の誇りを回復することができぬではないか」

 「ですが、あの大敗の後です。直接戦場に赴く任は誰かに譲っておいて、その者を指揮しているのだ、と言えば良いのです」


 「なるほど。指揮官を指揮していると言えば良いのだな。それは良い考えかもしれん。それで、代わりに戦場に行く者は誰にするのだ?」


 「そうですね、私ならば、実力があって国民の人気がある者が良いかと」

 「それは誰だ?」

 「魔王一天衆の貴天オズル様はどうでしょう?」

 「オズルだと」

 ゲロロンダはあからさまに嫌そうな顔をした。


 「いかがしました?」

 「あやつは、前回の討伐軍に参加するよう魔王様から言われていたにも関わらず、腹痛だとか申して軍の集合に間に合わなかったような奴じゃぞ。奴の武力は確かにわしも認めるが何を考えているかわからんような脳筋だ」


 「それでも武道大会で優勝するなど、帝都での人気は絶大です。オズル様を担ぎ出すのがベストでしょう」

 「ふむ、確かにそれは認める」


 「それに、どうでしょう? 新王国がクリスティリーナとか申す女を旗印に結束していると言うなら、その父親を参加させてはいかがです? 新王国の連中が自らの女神の親を攻撃できるのか、見物だとは思いませんか?」

 ゲロロンダは笑みを浮かべた。


 確かに、あの頭のおかしい連中が信奉する娘の父親を自ら攻撃したと知ったとき、どんな事になるだろうか。動揺が広がり、混乱や隙が生まれるかもしれない。


 「くくくく……相変わらずお主は面白いな」


 「お褒めいただき、光栄でございます」

 「会議が再開される前に手を打った方が良いであろうな?」


 「ええ。ですが、再開は明後日なのでは?」

 「そうなのじゃが、じっとしているのは性に合わないのでな。さっそくオズルの所に行くことにするぞ」


 「お待ちください、新規編成軍の将を任じるのであれば、それなりの礼を尽くさねばなりません。前将の責を果たしたという形をとるため、ゲ・ボンダ殿とお二人でオズル様の元に行き、新たな征伐軍の将になるように丁寧に要請なされるべきかと」


 「そうか、それもそうだな。よし準備をするぞ」

 ゲロロンダは足早に回廊の奥に消えた。


 その後ろ姿を見送る美天ナダは、妖艶とも言える笑みを浮かべていた。




 ーーーーーーーーー


 数日後、花壇でくつろぐ貴天オズルの前に魔導通信紙各社の切り抜きが並べられていく。


 その見出しには “敗存王族、魔王一天衆貴天に必死の出馬依頼!”、“恥辱の王族、貴天に懇願!”、“偉大な貴天、一天衆ついに立つ!” と言った文言が見える。


 中には「次の魔王様は一天衆から選出」といった論評まで掲載しているものもある。


 「事は順調のようですな」

 「ふふふ、愚かな連中だよ」

 貴天オズルは片手で半裸の女の腰を抱きながら手折った花の香りを楽しむ。オズルにその身を撫でられている美しい女官ステイシアは顔を火照らせているがその瞳はうつろだ。


 「そう言えば、武天クーラベ様が東の港から出港したらしいという情報が入りました。行く先はおそらく東の大陸かと。いかがなさいます?」


 「ん? 武天が? ふふふ……放っておけ、奴は国を動かすような策は持たぬ男だ。どう動いても我らの障害にはなるまい。むしろ邪魔者が一人減ったと喜ぶべきだな。まあ、ニロネリアが海を渡った段階で奴もいずれ後を追うだろうとは予想していたが」


 「左様でございますか。確かに彼がいなくなれば魔王と知己の者は残すは大魔女ミズハのみ、魔王を知る者が全ていなくなれば、我々の計画は加速されましょう」

 「カルディ、あまり軽々しく計画の事は口にするな」

 オズルはその顔を見上げた。


 穏やかな顔をしているが冷たい刃のような殺気に当てられる。

 もしかすると武天が彼女を追う事も最初から計画の内だったのではないか。大魔女ミズハは行方不明になっていることも計画の一旦だったのではないか。


 「はっ。申し訳ございません」

 執事カルディは頭を下げた。

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