第209話 この場所は

 リィルはガッ! と飾りの根元にナイフの刃を食い込ませると、きらきら輝く宝石を外した。


 「やりましたよ!」

 リィルは両手でそれを包むように空中でキャッチすると両足で勢いよく床に降り立った。


 想像通りである。

 その反動で扉が開いたのだ。

 ニマニマしているリィルの後ろからゴーレムが襲いかかってくる。


 「!」

 セシリーナが矢を射る。

 「リィルはアホです!」

 ルップルップが防殻を張る。


 防殻にぶつかって弾けたゴーレムにセシリーナの矢が立て続けに命中、部屋の中まで吹き飛んでゴーレムが沈黙した。


 「あれ? みなさん、なんでそんなに怖い顔で囲んでいるのです?」

 リィルは宝石に気を取られ、たった今ゴーレムに襲われていたことに気づいていないようだ。


 「リィル、危ないことをしちゃだめ!」

 リサも腰に手を当てて怒っている。


 「まったくだ。こんなことなら俺が扉を開ければ良かったぜ」

 俺はリサが振り返ったので前髪を払って格好をつけた。


 「じゃあ、次はカインでいく」

 ミズハが俺を指差した。

 なんだか言い方をまちがったような気がする。


 「へぇ、この部屋は何に使われていたのかしら? 壁には女神のレリーフがあるわ。壁際に石の箱が並んでいるのね」

 「綺麗に作られた部屋だな、神聖な場所か? もしかしてこの石箱は宝箱だったとか?」

 俺は箱に近づいた。

 リィルはみんなに叱られて少しは懲りたのかゆっくりと部屋に入ってきた。


 「ふーむ」とミズハが周りを見回す。

 「ふーん、なるほどねえ」とセシリーナが天井を見上げる。


 だれも石箱を見ない。

 俺は箱を抱きかかえて覗きこんだ。土くれが少しだけ溜まっている。

 コインがあるかもしれない。俺は手を突っ込んで探しみた。


 「何だ? そこに何かあるのか?」

 ルップルップが後ろから覗きこんだ。

 顔のすぐ脇にルップルップの豊満な胸が揺れる……思わず目が奪われそうになる。どうしてこいつはいつもこんなに無防備なのだ。


 「何か下の方に穴が続いているな」

 俺は土を掻き回す。


 「ここは……そうだな、あれか」

 ミズハの目が光った。

 「やはりそうよね?」

 セシリーナがミズハを見てうなずいた。


 「何だ? 何かわかったか? これは宝箱じゃないのか?」

 俺は二つ目の箱に手を入れて掻き回している。


 「カイン、残念だな。ここは女子トイレだ。その箱は実は便器そのものだな」

 ミズハがびしっと俺が手を入れている箱を指差した。


 「べ、便器……」

 それでは、この中の土くれの正体は……。


 「うおおおおお! 便所かよ!」

 俺は手についた土を狂ったように払う。

 道理でリィルが無反応だったわけだ。奴は見た瞬間からここが便所で、どうせお宝など何も無いと分かっていたのだ。


 「ま、まさか、カイン、カインは、元 “う○こ” に手を突っ込んで……」

 ルップルップがガタガタと震えて後ずさりする。


 「いや、さすがにそれは無いだろう。その土塊は便器の蓋とか座面に使われてた木材が腐食したものだろう」


 「ああびっくりした。カインの手がアレまみれになったかと思った」

 セシリーナもほっと胸をなで下ろす。

 リィルは? と見ると、あいつこっちを見てニヤリとか笑いやがった。


 精神的なダメージを受けた俺は廊下に戻った。


 だとするとこの反対側の扉も、どうせトイレ、男用の便所とかいうのだろう。同じような扉は廊下の左右にそれぞれ4つ。手前の二つはトイレで決まりだろうから、2列目の前に立つ。


 「次の扉はカインの番だったな。リィルのようなヘマはするなよ。そこに立ってみるんだ」

 ミズハはそう言って杖で俺が立つ場所を指示する。


 「カイン、しっかり!」

 セシリーナが拳を握って応援する。

 「カイン!うっかり!」

 リィルが真似た。

 ミズハが怖い顔をしたのでみんな黙る。次に何か言おうとしていたルップルップが言葉を飲み込んで突然むせた。


 俺は所定の位置に立つ。


 「みんな準備はいいか?」

 「いつでもいいわ」

 「防御術は任せておいて!」

 「リサは大丈夫です」

 ミズハは俺を見てうなずく。


 俺は恐る恐る扉に近づく。

 開かない、開く気配が全くない

 だが、それが逆にいつ扉が開くかという緊張感を高めて、気が気でない。


 「カイン!!」

 リィルの大声。


 「おわっ! びっくりした! なんだよリィル!」

 心臓が飛び出すかと思った。

 ただでさえビビリの俺の鼓動が早鐘のようだ。


 「いえ、何でもありません。緊張を解いてやろうかと。怖がっているようですし」

 「余計な御世話だ。俺は怖がってなどいない。ほらな」


 俺は開かない扉に片手で寄り掛かって余裕を見せる。シャッと音がしたのと、天井が見えて、再び扉が閉まる音がしたのはほとんど同時だった。


 あっれー? おかしいな? 薄れゆく意識の最後に俺は天井を見ていた。一体何が起こったのだろう。


「カイン! 大丈夫なの!」

「今すぐに助けるぞ!」

「カイン! 死んじゃヤダー!」

 一瞬の出来事に目を丸めていたセシリーナたちが扉に駆け寄っていた。


 ドンドンと扉を叩くが開かない。


 カインがもたれ掛かった途端に扉が開いた。カインが中に引きずりこまれ、扉がすぐ閉じたのだ。それがあまりにも一瞬だったのでみんな目が点になった。


 「あ?」

 ルップルップが指差したのでみんな我に返ったのだ。


 「なんで開かないのよ!」

 「おかしいな、床の仕掛けが動作するはずなんだが」

 「カイン! 死なないで! 返事をしてよ!」

 セシリーナが扉を叩いた。


 「みんな、どけ! 魔法で開ける!」

 ミズハが杖を差し出した。



 ーーーーーーーーーー


 みんなが扉の前で大騒ぎしているとも知らず、俺は夢を見ていた。


 草原のような場所だった。

 昇る朝日の影になってこちらを見て微笑む青年がいる。人間……ではないようだ。魔族か妖精族のように見える。

 その青年の傍らには大きな青い龍がうずくまっている。


 俺たちの世界に伝わる飛竜や四本足の竜とはまるで違う。

 初めて見る蛇のような体躯に銀色味を帯びた青い鱗が美しい。その目は知性に溢れ、体に似合わず小さな手足には色の違う珠を持っている。


 その差し出された優しい手に俺の手が伸びる。

 その手は白く細い。

 おかしい、なぜが無いはずの胸が大きく揺れる。


 俺の影の長髪が揺れる。

 二人の手が触れ合った時、その真下の大地から緑の芽が立ちあがり、二人を天空高く持ち上げるように緑の枝を張り、大木へと成長する。


 「……世界樹、全ての命への慈しみ、これが貴女の望み・……」

 「……時空を超えて託す命、これが貴方の希望……」

 「やっと会えた」

 「二度と離れません」

 二人はその木の頂上で抱擁し……

 それは未来か過去か……

 永劫のような時が巡って繁栄する世界、驕りと傲慢、邪神と神竜、訪れる突然の終焉、大地は引き裂かれ、街ごと人々を飲み込み、神殿は地下に埋もれていく……



 ーーーー何かを叩く音がして「ハッ!」と俺は目が覚めた。


 ガンガンと音がする。

 石の部屋の天井が見えた。

 目を動かすと俺を3体のゴーレムが取り囲み、その鋭い前足で俺を突き刺そうとしている。


 ヤバい! 俺は逃げようとして気づく、ゴーレムの攻撃は緑色の防殻で遮られている。俺の周囲に半球状に神官術の防殻が張られているのだ。


 これはルップルップの術に違いない。

 俺が引きこまれたあの一瞬で術をかけてくれていたらしい。

 どうやら扉から入ってすぐの場所に仰向けに倒れている状態のようだ。


 さっきから響く音はこいつらの攻撃が防殻で弾かれる音だったのだ。


 ほっとしたのもつかの間、良く見ると、俺の片足だけ防殻の外に出ている。


 すると、それに1匹のゴーレムが気づいたようだ。

 突き出た長靴を触角で調べている。


 よせ、俺は心の中で叫ぶ。

 ゴーレムのやつ器用に長靴を引っ張り抜きやがった。


 一瞬、たじろぐゴーレムの群れ。

 機械のくせに嗅覚は鋭いらしい。


 あまりに臭いのか、恐る恐る前足で触ってくる。

 その触りかたがヤバい。

 よせ、くすぐったい。

 やめろ!

 足の裏をくすぐるのはよせ!


 「ぎゃははは! やめろ! やめてくれ!」

 俺は身をよじって逃げようとするが防殻で足首が挟まれているので逃げられない。


 「ぎょははは……はぃあっ!」

 俺は耐えきれず足を思い切り動かす。

 パッとその瞬間、防殻が消えた。足が動く。


 ゴーレムの冷たい目が床に転がる俺に向けられた。

 その一体の前足が振りあげられた。


 刺突剣のような鋭い前足が俺の腹部目がけて振り下ろされる。

 ボン! ボン! と立て続けに緑の光弾がゴーレムの頭部を吹き飛ばした。


 俺への攻撃も途中で止まる。


 扉が開いたのだ。

 ミズハの魔法と同時にセシリーナが飛び込み、流れるような動作で矢を放つ。その一撃が最後の一体の動きを停止させた。


 「カイン! 無事! 死んでない!」

 弓を手にしたセシリーナが室内を見渡して叫んだ。


 「下、下ですよ」

 その後ろからリィルの声がした。

 そう言えば、さっきから足の下に何か柔らかいものが……。

 視線を下ろしたセシリーナの顔が蒼くなった。


 「無残だな。たった今無事ではなくなったようだ」

 ミズハがその後ろから覗きこむ。

 「すごく哀れなものだな」

 ルップルップが覗いた。


 セシリーナに勢いよく真正面からあそこを踏まれた俺は白目を向いて悶絶していた。



 ーーーーーーーーーー


 「股間への直接治癒なんて嫌ですっ!」というルップルップの声が聞こえる。

 セシリーナとミズハが説得しているようだ。


 「わかりましたよ。さっきの約束、絶対ですよ。名物焼き餅20個ですよ」

 ルップルップの声が響く。

 セシリーナが俺の股間に何かを塗って布をかける。


 「うー、手に触れそうで怖いわ。ここかしら?」

 ルップルップが目をそむけながら布の上から手が触れるか触れないかの間隔で撫でるように術をかけ、なんとか俺の股間は元気に復活したのである。

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