第208話 神殿潜入(カインたち2)

 キシュウ……


 そいつは俺を見ているようだ。俺はぽっと頬を染め……と言うのはうそだ。青ざめる。

 その鋭い刺突剣のような前足の先を俺の額に向けると……。


 「何してるのよ!」

 急に声が聞こえると、ゴーレムの首元に矢が突き立ち、間髪を入れす緑色の光弾がそいつを壁際まで吹き飛ばした。


 セシリーナとミズハが部屋の入口に立っている。


 「あ、危ないところだった」

 俺はドキドキする胸を抑えた。


 「ふう、でもさすがお二人は強いです」

 リィルはリサを背に立っていた。あの一瞬でリサを守るように動いていたらしい。普段、口は悪くてもそういうところがリィルだ。


 ルップルップは? と見ると部屋の角ではぁはぁ言いながら土くれから見つけたコインを磨いている。今回は何の役にも立たなかったらしい。


 「危ないところだったのはこっちよ! まったく、何をしているのよ」

 セシリーナがそう言いながら俺を廊下に連れ出す。

 おお、階段の方からここまで、廊下には点々とゴーレムが倒れている。


 「お前たちがあまりに騒がしいので、ここのゴーレムが目覚めてしまったのだ」

 ミズハが階段下の両脇にある小部屋を指差した。

 そこにさっきのゴーレムたちがいたらしい。


 「こんな仕掛けがもっとあるかもれない。気を付けて進むぞ。いいなリィル」

 ミズハに睨まれて、流石のリィルも小さくなった。


 二階には大きなホールがあった。おそらく上層まで達していると思われる吹き抜けの高い天井には豪奢な魔法照明が規則正しく並び、その青白い光は荘厳な雰囲気を醸し出している。天井を支える円柱の柱には様々な果実や水の流れを思わせる彫刻がなされている。


 奥の壁際には巨大な3本のクリスタルの柱が輝き、柱の前には三柱の女神像が並んでいる。全体に神聖な空間と言った雰囲気を漂わせている。


 「うわー、凄い。ここは何かしら?」

 リサが好奇心一杯に目を光らせて、くるくると踊った。


 「ここは拝礼の場だろう」


 「そうだな。カインの言うとおりだろう。ほら我々が上ってきた階段の脇に大きな扉が閉じている。そこが本来の正面扉なのだろう。祭壇はその正面に造られているようだ」


 「これが、祭壇……なんと、無駄に大きいわ」

 ルップルップが愕然としている。そういえば野族の駐屯地で見た神殿や祭壇は非常に狭苦しいものだった。ここは彼らの常識では考えられない規模なのだ。


 「ルップルップ、これでも普通の大きさですよ。オミュズイの街の大神殿など、この3倍は大きかったですよ。歩く人も通常の3倍の速度で歩かないと半日かかっても祭壇前まで辿りつけないほどなのです」

 リィルが手を大きく回してその大きさを表現しょうとするが小柄なので小さいのが残念だ。


 「3倍、通常の3倍の速度ですって……」

 赤い神官服のルップルップの足が速まる。


 「このくらいでしょうか?」

 「いや、もっと早いですね」

 「これでどうです!」

 「ふっ」

 「なんと! 人間の参拝者は化け物揃いですか!」


 俺たちがその壮大なホールに圧倒されているうちに、リィルとルップルップが競うように祭壇に近づいていく。


 リィルがお宝がありそうな場所に吸い寄せられるのはシーフの直感なのか? その性格上仕方がないのだが、目を離すと何かやらかしそうで怖い。


 「リィル! 余計な事をしてはダメよ! ルップルップ! 貴女も神官らしくね!」

 同じ危機感を覚えたのだろう、俺が言う前にセシリーナが叫んでいた。


 「ねえねえ、あの絵、やっぱりクリスちゃんたちに似ているね」

 ふいにリサが壁のレリーフを指差した。


 言われてみれば、壁のあちこちに掲げられている女神のレリーフはどことなく3姉妹に似ている。ミズハはメモを取り、セシリーナも不思議そうに見上げている。


 「あ! 待て! お前たちは何をしている!」

 急にミズハの慌てたような声がして、俺たちは祭壇の方を振り返った。


 真ん中の一番大きく優美な女神像の腕にリィルがよじ登って、女神が片手に持っている宝玉の果実に手を伸ばしている。女神像の腕部分にある衣装の彫刻が張り出しているせいでリィルは果実を直接見ることができていないらしい。


 「もうちょっと右です、行き過ぎです。もっと左!」

 ルップルップは短いスカートをたくし上げて、その下で落ちてきた果実を受け取ろうと右に左に動きながら、リィルに声掛けしている。


 ピシと女神像の肘に亀裂が入った。


 「ば、馬鹿! 女神像が壊れるぞ!」

 「やめるんだ!」

 「何やってるの!」

 駆け寄る俺たちの前で、スローモーションのように女神の手が折れて落ちて行く。ただでさえ大きい目をさらに大きく見開いて逃げるルップルップ。


 腕と一緒に落下しつつ、てへっと苦笑いしているリィル。


 ズモモモン! と神殿中にとんでもなく大きな音を響かせて、煙が舞いあがった。


 その後は想像通りの展開だった。

 俺たちはケツをまくって上層へ上がる階段を駆け上がり、そこの扉をロックしたのである。


 「はぁはぁ……」

 「なんという数でしょう」

 「死ぬかと思った」

 俺は最後尾でケツを刺されそうになったが何とかぎりぎり攻撃を避けて、ズボンの尻を裂かれた程度で済んだのである。


 「ほら、カイン、脱ぎなさいよ。縫ってあげるから」

 セシリーナにそう言われ、俺は見慣れた姿、下半身パンツ一丁になる。


 「まったくもう、カインはいつもそうなるのですね」

 リィルはそう言いながら、せしめた金色の宝珠を布で磨いている。


 「お前という奴は」

 「いたた……にゃにをしゅるんです」

 ミズハに頬をひねられて涙目になるリィル。


 「そうですよ。そんなもの、食べられない果実だったなんて」

 「お前もだ」

 「いててて……にゃめてくださいにょ。ミズハしゃま」

 ルップルップも涙目になる。


 ミズハはひりひりする頬を抑えたルップルップを正面から見据える。


 「ルップルップ、お前はこの中では大人の方だし、美貌や容姿も優れていると思っていたが、中身は本当にそこの男に似ているな。お前たち、さては似た者夫婦という奴だな」


 似た者夫婦……いや、まだ俺はルップルップを妻にしていないから、それを言うなら似た者同士だろう。


 「なななな……なんということ!」

 ルップルップが妙な驚き方をして後ろに下がる。


 「ふーむ、我らは既に夫婦だったの? 一体いつの間に……。なんということでしょうか」

 「真剣に考え込むな! 今のはミズハが言い間違っただけだ。似た者同士と言うのだ!」

 俺はセシリーナが針をぴかりと光らせたのを見逃さない。


 上層の廊下は下層よりも少しだけ広いようだ。廊下のあちこちに例の機械人形の残骸が見える。生きているゴーレムはいないらしい。


 廊下の左右には等間隔で石の扉が並び、奥には大きい部屋があるようだ。俺たちは廊下の中央で左右の扉を見た。


 「これはどうやって開けるのかな?」

 「綺麗な扉だねー」

 「見たところ取っ手も何もない。魔法で開けるのか?」

 俺が近づこうとすると、ミズハが俺の腕を掴んだ。


 「危ないぞ。これは床に仕掛けがあって踏むと作動する。おそらく扉が開くのだと思うが、中にゴーレムの気配がある」


 「中にいるんですか? さっきみたいな、あんなのが」

 「怖ーーい」

 “きゅうううぐるるう……”

 後ろで一人だけお腹が鳴った。


 「多分、開けると飛びかかってくるぞ。セシリーナ! 弓の準備を。ルップルップは防護術を!」

 ミズハがそう言って両手を前に構える。


 「さあ、リィルの出番だぞ。扉の前に立って、扉が開いたら逃げろ」

 「えーー、私ですか?」


 「適任だな」

 「ふむ、カインなどにやらせたら何をやらかすか分からんからな」


 「わかりましたよ」

 そう言って、リィルは扉の前に立つと、そろりそろりと近づく。


 何も起きない。

 そろりそろりとさらに近づく。

 何も起きない。

 

 「何も起きませんよ?」

 リィルが振り返った。


 「おかしいな?」

 ミズハが構えを解いて首をかしげた。


 「それにしても滑らかな表面です」

 リィルは扉の表面をコツコツと叩きながら背後の様子を伺う。リィルの目が光っている。どうやら扉の上の方で光っているのは飾りに使われている宝石のようだ。リィルの目がピカリと光って短刀を手にした。


 「あ! やめろ!」

 ミズハが叫んだ時、リィルはぴょんと跳ねていた。

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