第207話 神殿潜入(ドリスたち2)

  目の前にどうみても扉にしか見えない壁がある。


 「あれ? おかしい。この扉には取っ手がないぞ。むむむ、何か呪文で開く扉であろうか? 我が調べてみよう。我に任せろ」

 ボザルトが尻尾を立てた。

 「わかった、頑張れ」

 ドリスが拳を握って目で合図した。


 そろり、そろり……

 ボザルトが得意の忍び足で近づく。


 両手を胸の前でちょこんと垂らし、抜き足さし足……。


 「頑張って、ボザルト」

 後ろからドリスが声が聞こえた。


 まずは扉に耳を当てて調べる。

 野族は耳が良いのだ。

 トントンと叩いて扉の鍵の構造を調べることも得意なのだ。


 そろりそろり、尻尾を下げ、肉球を膨らませて、そおーっと扉に手を伸ばす。


 ーーカチリと音がして床が少し沈んだ。


 「!」

 シャーッ! と扉が開いた。


 やあ、コンニチハ! ……である。

 自動で開く扉……? あまりの事に総毛だったボザルトの尻尾が毛羽けばだったままピンと立つ。


 ボザルトの目の前に、そこには仁王立ちの機械人形が……。

 その触角がボザルトの頭を撫でた。

 こ、これは親愛の証なのか、ボザルトは目を丸くして息を飲む。


 「!」

 同時にドリスも、見るからに怪しい後姿をしたボザルトに息を飲む。


 ほほう、と単眼の機械人形は認識した。

 自動扉の前で、怪しさ満点で硬直しているこいつは……。

 弁解の余地なし、侵入者確定!


 “殺す!” 無言で機械人形は触腕しょくわんを振り上げた。


 「ボザルト危ない!」

 ドリスが突進してきた。

 「ぐえ!」

 ギャシャン…………!

 派手な音がしてボザルトは押しつぶされた。


 「大丈夫? ボザルト」


 見ると、ボザルトとドリスの二人に押しつぶされた機械人形が壊れている。ここまで簡単に破壊できたのはドリスが展開した防御術のせいなのだが、ボザルトにはそれが理解できていない。


 「意外ともろいのだな。見かけは頑丈そうだが。意外と大した奴ではないな。ふむ……。ギャー!」

 そう言って機械人形を蹴っ飛ばしたボザルトは足の指を抑えて跳ねまわった。


 「ねえ、ここって大事なものを収めている部屋なのかな?」

 足の指にふぅふぅと息を吹きかけているボザルトの前でドリスは壁面の女神の彫像を見上げた。


 壁際には美しい彫刻の施された石箱がいくつも並んでいる。石箱にはふたがなく、覗きこむと中には土くれが溜まっているだけだ。


 「ふーむ。後は何もないのか。どれどれ」

 ボザルトは石箱の中に手を入れてかきまわすが何もないらしい。


 「おかしな箱だな。底の方に変な穴がある」


 「次の部屋を見てみようよ。今度は機械人形に気を付けて」

 「よし、我に良い考えがある」

 そう言ってボザルトはロープを取りだした。


 「扉を開けて、出てきた瞬間にこれに足を引っ掛け、転んだところをボコボコにするのだ」


 「うん、おもしろそうだ」

 二人は次の部屋の扉の前に屈みこみ、ロープを手にする。


 「良いな、開いたらロープをピンと張るのだ」

 「わかったわ」

 「行くぞ」

 ボザルトは器用に片足を扉の前に出すと床を踏んだ。


 シャーッ! と扉が開いた。

 ロープを張る。

 目の前を灼銅しゃくどう色の影がよぎる。


 「うわわっ!」

 その勢いに引っ張られてこけたのはボザルトの方だ。

 機械人形は少しよろけただけで、巧みに体勢を整えて振り返る。


 「大丈夫、ボザルト!」

 ドリスが叫んだ。


 機械人形が鋭い刃のような手をボザルトの頭に振り下ろす。ぎりぎりでその攻撃を避け、刃がボザルトの頬をかすめた。

 ボザルトは下から槍でその腹を突いた。ギャシャと機械が軋む音がして機械人形の歯車がキイキイ唸る。


 「今だ!」

 「ここだね!」

 ドリスがさっきの機械人形から外した金属棒でそいつの頭部を殴った。密かに術を重ねた攻撃のおかげで、その頭部は千切れて吹き飛んだ。


 「やったな」

 ボザルトは自慢気ににやりと笑う。

 「あ、まだいた」

 ドリスがぽかんと口を開けた。


 「ん?」

 振り返ると部屋の中にさらに機械人形が蠢いている。


 「一匹じゃなかったか。逃げるぞ!」

 ボザルトが叫ぶ。


 機械人形が嫌な音を立てて部屋の中から出てきた。

 二人は奥の大きな部屋へと駆け込んだ。


 「最悪だっ!」

 ボザルトはドリスを背に、尻尾を立てて戦闘態勢を取っている。逃げる時に思わず他の扉の床も踏んだらしい、殆どの部屋が開いている。そこから機械人形がわらわらと姿を見せたのだ。


 「全部で12匹、だが、さっきのでわかった。あ奴らは歯車に異物が噛むと動けなくなるようだ。幸い、ここには機械人形の残骸が多い、我が戦って気を引いている隙に、部品を拾って、歯車に挟むのだ」

 「わかった」

 ドリスはさっそく金属片を集め始める。


 「行くぞ、我は野族随一の槍使いにして、ドリス集団の一人ボザルト! 我が神速の槍術を恐れぬ者はかかってくるが良い!」

 その叫びに機械人形が一斉にボザルトに突進してきた。


 「うわっ! 卑怯者め! 全員で一人に! うわっ危ない!」

 ぴょんぴょんと逃げ回るボザルト。


 まったく良い所がないようだが、巧みに逃げるので機械人形同士がぶつかったりして、意外にダメージを与えている。


 ドリスは衝突して動きが鈍った機械人形に無造作に近づくと、ひょいひょいとその剥きだしの部分の歯車に金属ゴミを挟んでいく。


 動きの止まった機械人形と、多少ぎこちなくなった機械人形が少しづつ増えて行く。


 「神速突き!」

 ボザルトが攻撃に転じて槍を機械人形の首元に突きさした。そこが一番細く、さっき千切れたことからして可動部だけに構造的に弱いのだろう。


 二、三度槍先が突き刺さると、黒い油のようなものが吹き出て動きが止まった。


 「ボザルト! 後ろにいる!」

 ドリスの声でボザルトが後方に跳ねる。

 機械人形の頭上で回転して真上から槍をその首元にねじ込んだ。


 「うまい! ボザルト!」

 

 ぷしゅううと黒い液体が吹き出た。


 「ばるっぷ!」

 それを顔面に浴び、ボザルトが口から黒い涎を流しながら床に落ちた。


 「しまった! 目が、目が、見えん!」

 目を両手で覆って叫ぶボザルトの周囲を機械人形4体が取り囲む。


 「ボザルト!」

 ドリスは目の前の2体を相手にしていたので助けに行けない。

 「やられた!」

 ボザルトは観念して尻尾を垂れた。


 だが、頭部に触手をはやした機械人形は何故か攻撃せず、触手でボザルトを確認している。

 やがて、何もなかったかのように機械人形たちは真っ黒になったボザルトから離れて行った。ドリスは術で気配を消しているので機械人形は気づかずに元の部屋に戻っていく。


 「何だ? なぜ助かったのだ?」

 「うーん、もしかして、その油?」


 「そうか、今の機械人形は目がない型だった。油のせいで仲間と誤認したのか」

 ボザルトは胡坐をかいでドリスを見上げ、にやにやと笑った。


 「これで触手型への対応策はきまりだな。我だけが真っ黒というのも何だし、我らは仲間なのだからな」

 「何? その不気味な笑いは?」


 ボザルトは、背負い袋から布を取り出すと、そこに倒れていた機械人形が床に撒き散らした黒い油に浸した。

 やがて真っ黒な布ができた。


 「ドリスよ、これを被るのだ。おそらくこれで目のある機械人形以外は襲ってこない」

 「ちょっと臭い」

 「我慢するのだ」

 ボザルトはドリスの頭からその布を被せ、真っ黒な歩くボロ雑巾が出来上がった。

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