第206話 神殿潜入(カインたち1)

 「あれは魔鉱石を使ったゴーレムの一種だろうな」

 ミズハが物影から広場を見た。


 「ゴーレム?」

 「半永久的に動く機械人形だ。古代に失われた技術だが時折昔話に出てくる。帝都の倉庫で壊れているのを見たことがあるが、動いているのは私も見るのは初めてだ」

 広場の向こうには高台から見えた洞窟最大の建物がそびえている。


 「2体はいるわよ。どうする? どう見ても友好的な相手にはみえないわ」


 「固そうだし、ふん、食べられそうには見えないわね」

 「誰も、あれを食べよう何て言ってませんよ。どうしていつもルップルップの基準は食べられるか食べられないか、なのです?」

 

 「なんだかこわーい」

 「古代の貴重な遺物だな。できるだけ壊したくはないな」

 3姉妹がいれば幻術とか幻聴とかで奴らの気を反らすことも可能だろうが、ここにそんな術を使える者はいない。

 それに機械が相手ではたまりんたちも使えそうにない。


 「触角を動かしているわ。目らしきものがないから音や振動に反応するタイプなんじゃないかしら? 試してみる?」

 セシリーナが弓を手にした。


 「うむ、もしうまく誘導できたら、建物の正面に見える入口から中に入るか?」

 「わかった。あそこまで走るんだな。リサは俺におんぶしろ」

 「わーい」

 「できるだけ足音は立てるなよ」

 「誰に言っているのかしら?」

 ルップルップは俺を睨みながらもうなずいた。


 「行くわよ」

 セシリーナが弓を引く。

 しゅっと飛んだ矢は俺たちのいる場所とは反対側へと飛び、地面に当たるとバチバチと光を発した。雷属性の矢らしい。


 効果てきめんである。ゴーレムがそっちに集まって行く。


 「今だ、走れ!」

 俺たちは建物めざして走る。

 一番うるさいのは俺の長靴か。だが、向こうのバチバチ音の方が大きいので気づかれていない。


 「入口だ。今開けるぞ。罠感知、鍵解除、開扉」

 ミズハが両手で印を切ると扉が光り出す。


 まもなく開く!

 そう思った瞬間に俺の背後で“きゅうう~ぐるるる……きゅうう……”と盛大な音が鳴り響いた。


 もちろん俺の屁ではない。

 ルップルップの腹が鳴ったのである。


 「まずいですよ、今のでゴーレムがこっちに気づいた!」

 リィルが振り返った。

 ちょうと矢の魔力が消えたタイミングでルップルップの腹が鳴ったらしい。まるでカインのようなやらかしだ。猛烈な勢いでゴーレムが迫ってくる。


 「うわ! 来た!」

 「来たわ! 早くしなさい!」

 「待て、今開く」

 ミズハが言った瞬間に、慌てふためいたルップルップとリィルが後ろから押し、俺たちはドドドと建物の内部に倒れ込んだ。


 「痛てて……」

 「うううう……」

 俺の唇にとても柔らかいものが……目を開くとミズハの顔がある。俺はミズハの両手首を抑えて押し倒している状態だ。

 しかもミズハの唇に俺の唇が大胆に重なっている。

 みるみる赤くなるミズハ。


 「みんな大丈夫?」

 セシリーナの声に俺とミズハはばっと離れた。


 「大丈夫のようだわ」

 「もう、ルップルップが変な所でおなかを鳴らすからですよ」

 「リサは平気」

 「…………虫だ、これは虫に刺されたようなものだ」

 ミズハはぶつぶつと言いながら奥の方を見ている。

 俺も気まずいので壁を見上げた。


 ここは小さな部屋のようだが奥に通路が続いている。室内は薄明るいが何が光っているのかはよくわからない。壁自体が発光しているかのようだ。


 淀んだ空気と塵の状況からかなり大昔に使われなくなったようだ。


 「ここは裏口だな。信者が入る正門とは違うようだ」

 冷静さを取り戻したミズハが魔法の光をかざして周囲を見た。


 「裏口! と言う事は普通の人が入れる場所じゃないということですよ。お宝がある可能性が高いですよ! ひっひっひ……ですよ」

 リィルの目が爛々らんらんと輝いた。


 「とりあえずあっちの方へ進んでみましょうか?」

 セシリーナが奥を指差した。

 そしてなぜかリィルが先頭になって歩きだす。


 角を曲がると長い廊下があった。廊下の左右には部屋の入口が虚ろに開いている。静かなだけに不気味な感じがする。


 「ここは神官たちが暮らしていた区画だろうな」

 ミズハが言った。

 「どれどれ?」

 元々は扉があったと思われる入口からリィルが楽しそうに部屋を覗く。


 「何かあるか?」

 「なーんだ。何も残ってないや」

 リィルに続いて、俺はリサの手を引いて部屋に入ったが本当に何も無い。木材が腐ったらしい土くれがある程度だ。まったく生活感がない。茶碗の一つもないのだ。


 「こっちも何も無いわ!」

 反対側の部屋に入ったセシリーナたちの声がする。


 壁際には土くれがあるだけだが、リィルはそれを崩したりしている。大人しいので何もないのだろう。俺とリサは早々と部屋を出て次の部屋に向かう。


 やがて少しにやにやしたリィルが出てきてセシリーナたちがいる方の部屋に入って行った。おかしい、リィルがやけにご機嫌だ。


 次の部屋に入ってみたがまた同じような感じの部屋だ。

 土くれは一定間隔で積もっているので元々はベッドか何かなのだろうか。


 「この階には特別な物はなさそうだな、奥に二階へあがる階段があるぞ。次へ行くぞ」

 そう言ってミズハとセシリーナが先を行く。


 「あ、待ってください! あと4部屋もあるじゃないですか」

 「どうせ土くれしかないぞ」

 俺はリィルの顔を見た。

 唇の端がむずむずしている。やはりこいつ、何か隠しているような気がする。


 「じゃあ、先に行っているぞ」

 「ええ、行っててください! 私は念のためもう少し調べますから」


 何かある! 俺たちは目配せした。俺たちは先に行くと見せかけて、ドアの端から部屋の中を覗いた。


 俺の下にリサ、俺の上にルップルップが顔を覗かせる。

 リィルはしゃがんで奥の土くれを棒で突いているらしい。


 「あ、何か拾ったよ」

 リサが目を丸くする。

 「あれは、すごく悪そうな顔だわ」

 ルップルップが口を抑えた。

 「しかも、その後、物凄くニマニマしてるな」

 リィルが拾い上げたそれをかざしてニタリと笑った。


 指先に輝く黄金色のコイン!

 「リィル! 見たぞ!」

 「わわわ! みなさん、どうしてここに!」


 驚きのあまり落したコインが床に転がってきて俺の長靴にあたって倒れた。


 「これは何だ? お前! お宝を一人占めしようとしていたな!」

 俺はコインを拾い上げ、リィルに示した。


 「リィルずるーい!」

 リサもご立腹だ。


 「なにを言うんです、見つけた者の勝ちですよ! それにシーフの私がコインを集めるのはあたりまえのことですよ」

 「そう言えばそうだが、少しくらいみんなでお宝発見の喜びを分かち合っても良いのでは?」

 「甘いです! カインは甘いのです!」

 リィルは俺を指さした。


 「どうせ、みんなで見つけあったら、そっちが多いとかこっちが多いとか喧嘩の元になりますし、集めてまとめた所で最後にどう山分けするがで揉めますよ。私はみなさんが仲違いしないようにと全部私一人で罪を背負っているんです」


 「リィル、なんか偉い!」

 リサがすぐ騙された。

 「私は別にそんなものいらないわよ」

 ルップルップが覗きこむ。


 「いや、これ1枚で美味しい夕食が何十回も食えるんだぞ。多分」

 俺は拾ったコインを見せた。

「超珍しい古代金貨だから1枚10万ルシッダはかたいですよ」

 リィルはニヤリと笑う。


 「リィル! 一人占めは行けませんね!」

 ルップルップが俺の手からコインを奪取すると胸の谷間に入れた。

 「あ! コインが!」

 俺とリィルが同時に叫ぶ。

 ルップルップはぷいっと横を向いた。


 「いいですよ! どうせそっちの部屋にもあるはずです。早い者勝ちです!」

 リィルが部屋を飛び出し、廊下の反対側の部屋に走る。


 「ま、待て!」

 俺たちはリィルの後を追った。

 それぞれ土くれを見つけて探し始めたが、なんだかんだ言いながらルップルップの奴が一番必死な顔をしている。


 柔らかい土くれの中を探していると何か指先に固い物が。

 その時だ。トントンと肩を叩かれた。


 「セシリーナ、今、大事なところなんだ」

 掴み出して土を払うと黄金色の輝き! コインである! カインがコインを見つけたのだ!


 「うおっ! 見ろ! 金だぞ! コインだぞ」

 振り返った目と鼻の先に、灼銅しゃくどう色の機械の顔があった。

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