14 地下神殿

第205話 神殿潜入(ドリスたち1)

 「あれは人の造った兵なのであろうな」

 ボザルトは髭をぴくぴくと動かし目を凝らした。


 「あっちにもいる。機械の人形だわ。どうやら、あれがあの建物を守っているみたいね」

 ドリスが建物の二層に見えるテラスを指差した。


 「どうやらあれは人族の神殿のようだな。我らの星神の神殿とはまるで違う。なんと無駄で大げさな造り!」


 塔の頂上から見上げる建物は大きい。

 この塔の頂上はその建物の三層目くらいの高さに過ぎず、さらにその建物は最低でも六層はあるようだ。


 「それで、どこから入るの? 私は別に正面突破でも良いけど」


 「馬鹿を言うな。危ないことはダメだと言ったであろう。ふむ。ほら、あの右側を見ろ。あの機械の兵が左に行ってから戻るまで少し時間がある。その隙にあの右側の入り口から中に入るのはどうだ?」


 「よし、その案に乗ったわ」

 ドリスはボザルトの頭を撫でた。


 「なぜ、頭を撫でる?」

 「んー、仲間として親愛の証よ」

 「人間にはおかしな風習があるものだな」

 ボザルトは髭を上下させた。


 「さあ、行こう!」

 2人は階段を駆け降りた。


 門の奥を機械人形が行き来している。表面は灼銅しゃくどう色の金属板で覆われ、一見すると頭部には目のようなものは無い、昆虫の触角のような者が不規則に動いている。


 「奴らは音に反応するようだ。我のように足音を立てずに走れるか?」

 ドリスはうなずいた。


 「今だ。走るのだ!」

 二人は門の影から飛びだすと、真っすぐ建物の入口に向かう。


 ドリスは無音の術でも心得ているのか、派手な音を立てそうな走りなのに全く音が響かない。人間にしては大したものだとボザルトは目を見張る。


 しかし、むしろ問題はボザルトの方であった。

 確かに足音はほとんどしない。それはもう見事である。足裏の肉球が効果を発揮しているのだ。しかしである……・。


 ガッチャガッチャガッチャ!

 背負った荷物がやけに派手な金属音を出している。もう、普通の人間だって気づくレベルの騒音である。


 クワ~ン!チ~ン!

 背負い袋の中の鍋や包丁等がぶつかり合ってそれはもううるさい。


 当然、機械人形が気づかない訳が無い。


 キュルキュル……と音を立てて2体の機械人形がこちらに来るのが見えた。


 「まずいぞ、気づかれたようだ。足音は立てていないはずなのだが、気配を察知する能力でもあるのか?」

 ボザルトは横目で敵の姿を見た。


 「もうすぐ扉につく! 今、開けるから!」

 ドリスが扉の取っ手に手をかけるのが見えた。

 「それならば! これを喰らうが良い!」

 ボザルトは小石を拾って投げる。


 軽い金属音がして石は機械人形に当たって跳ね返った。

 「なんと、痛くないらしいぞ。それとも痩せ我慢であろうか?」


 ドリスを見ると、ドリスは取っ手を引いてうんうん言いながらガチャガチャ音を立てている。鍵がかかっているのか、扉はびくともしない。


 敵が近づく。


 「我も手伝おうぞ!」

 ボザルトは慌ててドリスに駆け寄り、そして小石につまずいてこけた!

 「ぎゃあ!」

 顔を赤くして頑張って取っ手を引っ張るドリスにボザルトが倒れ込み、ゴチっ! と頭と頭がぶつかって火花が散る。


 「「痛ったァーっ!」」

 よろけた拍子に掴んでいた取っ手が横にすうっと動く。

 そして二人は、開いた“引き戸”の隙間からごろんごろんと内部に転がり込んだ。


 「あたたた……」

 ドリスが頭を抑える。

 「す、すまぬ」

 ボザルトが申し訳なさそうに言った。


 「そうだ! 敵は?」

 振り返ると、引き戸は自動で元に戻って閉じている。


 「これが横開きの扉だったとは、人族の建物は見かけによらないものだな」

 「いや、この取っ手の形だったら普通は押すか、引くでしょ」

 ドリスが頭のたんこぶをさすって少しむくれた。


 「ここは神殿だからな。宗教上の理由かもしれん。非日常とか常識の外にいるのが神なのだとルップルップ様が良く言っておられたものだ」

 そう言いつつボザルトは床から槍を拾うと周囲を見渡した。


 わりと狭い小部屋のような造りで何も無い。正面には石の通路が続いている。うっすらと明るいのは外と同じで、石材に魔光石が含まれているからだろう。


 「危険を冒すのだから、少しは価値のある物を見つけたいものだ。それを売って路銀にせねばな」

 ボザルトはくんくんと鼻を鳴らした。

 空気はカビ臭く、だいぶ長い間換気などされたことが無いようだ。一体いつ頃建てられ、いつ頃放棄されたのか。石壁は年月相応に表面が劣化しているが元は磨かれていたものだろう。


 「奥の通路の両側に部屋がありそう」

 ドリスが部屋の出口で振り返った。


 「よし行ってみるか」

 通路の左右に並ぶ部屋の扉は木製だったのだろうか、既に朽ちて土くれになっている。ぽっかりと開いている入口から中を覗きこむと壁際にいくつも土が溜まっている。


 「これは、ベッドか何かの残骸だな。ここには本棚か何かがあったらしいぞ」

 ボザルトは土の中に残っていた錆びた釘を拾った。

 割と質素な部屋だが、ベッドと思われる残骸は6つほど並んでいた。


 「あ、これ硬貨じゃない?」

 ドリスがベッドの残骸の脇から1枚の丸い金属を見つけた。


 「ふーむ、ふむ。見た事のない代物だな。もっとも我は人間や魔族の硬貨など殆ど見た事はない。物知りのガバットあたりに見せたらいつ頃の物かわかるだろうが」

 「価値があるかな?」

 「人間のお金だろう? それなりに価値はあるのだろうな」

 「じゃあ、取っておく」

 そう言ってドリスは硬貨をポケットに入れた。


 二人は次々と部屋を調べたが、硬貨が3枚と錆びたダガー1本が成果であった。


 廊下の奥には二階へ上る階段がある。その階段の手前で左右に廊下が分かれるようなのだが、どちら側も扉が固く閉じており、びくともしなかった。


 階段を上ると途中の壁に浮彫がある。


 「これは、人族の言う女神の像なのだろうな」

 「そうなの?」

 ドリスが埃を払った。


 どこかしらドリスに似ている気がするが、本人は気づいていないらしい。


 「上へ進むぞ」


 二階には大きなホールがあった。おそらく外から見た三層にまで達していると思われる高い天井には特殊な魔光石で作られた豪奢な照明がいくつもたれ下がり、荘厳な雰囲気を醸し出している。相変わらず窓はない。


 天井を支える円柱の柱には蔦を思わせる彫刻がなされており、柱は太く大きいにも関わらず繊細な感じがする。


 奥の壁際には巨大な3本のクリスタルの柱が輝いている。あちこちにある土くれは何か木製品があった痕だろう。クリスタルの柱の前には幾つか石像が倒れている。


 「うわー、凄い。ここは何かしら?」

 ドリスが好奇心一杯に目を光らせて、くるくると踊った。


 このように広い、無駄としか思えない空間を持つ場所などボザルトは知らない。これではまるで人工の洞窟ではないか。洞窟の中に洞窟のある建物を立てるとは、人間とは本当に不可解な生き物だな、とボザルトは髭を撫でた。


 「うむ。そうだな、皆で輪になって踊るとか、皆で飯を食うとか、そういう場所じゃないのか? 飯を作ると煙いから天井を高くしてあるのだろうな」

 そう言ってボザルトは自分の考えに満足気に髭を立てる。


 「そうか! 私が思わず踊りだしたのは、そのせいか」

 うんうんとドリスが納得している。


 「ここが神殿だとすれば、おそらく皆でここで飯を食ってから、上層に赴くのであろうな」


 野族が信仰する星神の祭壇はどこも小じんまりとして小さいのが普通である。祭りの時は広場で飲み食いして腹を満たしてから神殿に向かうのだ。それからすればこの神殿で最も重要な祭壇はさらに上層にあるに違いない。


 「ボザルト、こんなの見つけたわ」

 ドリスが倒れている石像が手にしていた光り輝く金色の珠を外した。その時、遠くで “ズモモモン” と言う低い音が響いたような気がした。


 「おお、これは何か値打ち物のような気がするな」

 「やったね」

 ドリスはそれを大切そうにポケットに仕舞い込んだ。


 その時、わずかに空気が流れる気配がした。どこか窓でも開いたのだろうか? 噴き上がってくる微かな風に痺れるような金属臭が混じる。


 ボザルトの髭がぴくぴくと忙しなく動いた。


 「まずいぞ!」

 ボザルトが急にドリスの手を握った。

 その時、カシャカシャカシャ! と背後から金属音が響いてきた。


 「いかん、気づかれた! 機械人形共が来る。我に続くのだ」

 ボザルトはドリスの手を引いて、勢いよく駆けだした。脇目もふらずに上へ続く階段を駆け上がると、登りきった所で背後の扉を閉じる。


 「中にも敵がいるとは、気をつけねばならんな」

 ボザルトは、はぁはぁと舌を出して体温を調整している。


 「でもここの機械人形は死んでいるようだよ」

 ドリスに言われて振り返ると、広めの廊下のあちこちに例の機械人形の残骸が見える。廊下の左右には等間隔で石の扉が並び、奥には大きい部屋があるようだ。


 「あの奥が拝殿かもしれん。さっきのように、まだ生きている機械人形がいるかもしれない。気をつけるのだぞ」

 「それじゃあ、また足音をたてないようにして」

 二人はそろりそろりと手前の石扉の前に近づいていった。

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