第55話 事後、そして金〇の精霊、その名はたまりん!

 夕日に照らされた渚を歩く二人。

 セシリーナの細い腰を抱き寄せると彼女は俺の肩に頭を載せ、甘えるように見上げる。

 

 その姿は誰が見ても相思相愛、男と女の関係だ。


 愛おしそうに俺に腕を絡めたセシリーナは角隠しの髪飾りを古銀色のカチューシャに変えている。

 これは今では知る者はほとんどいない古い魔族のしきたりで、柔らかな素材の髪飾りは独身を表し、固い素材の髪飾りは夫がいることを示すらしい。


 あんなに激しく愛し合ったと言うのに、ふとした瞬間に目があうと照れてしまうのが愛らしい。


 「隣にいるだけでこんなにうれしい」とセシリーナは照れ隠しで髪をかきあげ、微笑む。


 「俺なんかずっとドキドキが止まらない。夢を見ているみたいだ」

 「私だってそう。ときめいて、にやけてしまいそうになる」

 そう言って笑う君は素敵だ。


 セシリーナは美しかった。全てが美しく可憐でまさに天女だった。思い出しただけでまた股間がもりもりと元気になってくる。


 「セシリーナ!」

 たまらず立ち止まって抱きしめる。もちろんセシリーナはうっとりと俺の背に手を回す。キスが身体を増々熱くする。


 恋人つなぎをして戯れながら歩き始めた二人。

 その優しくしなやかな指先。彼女は柔軟で何もかもがとても柔らかい。そして全てを受け入れる包容力がある。


 そして、何気ない言葉から生まれる会話が弾む。二人の笑い声が心地よい波の音に乗って気持ちが安らぐ。


 やがて、そんな二人を遠くから見つけて手を振る影があった。



 ーーーーーーーーーー


 「やっーーーーっと来た! もうすっかり夕方よ! ぷーーん!」

 リサが頬を膨らませながら出迎える。


 サンドラットは今日の野営地になりそうな岩陰を見つけ、そこでリサを遊ばせて待っていたらしい。ようやく二人に追い付いた俺たちだが既に日没が近づいている。


 俺たちが身体を寄せあって歩いていくと、熱々の様子を見たサンドラットが笑いながら目を細める。


 「よう、お二人さん! これでやっと祝福できるなぁ! カイン、良かったなっ!」

 サンドラットは笑顔で右腕を立て、俺に肘を突き出した。

 「おう!」

 俺も同じように右腕を立て、そして互いに肘を軽く突き合わせる。


 懐かしい……、これは東の大陸で仲間の兵士同士でよくやる挨拶で、「よくやったな!」という意味が込められている。


 「セシリーナもおめでとさん!」

 サンドラットの言葉に、俺の後ろでセシリーナが恥ずかしそうにもじもじした。何度見てもその美しさは言葉にできない。


 「それで正式な結婚ができたのか? カイン」

 「ああ、ほら、こんな風に、きちんとね。……婚姻紋だろ?」

 俺は腹をめくって見せる。


 旅商人が旅先で結婚する場合、近くに神殿が無いことも多い。そんな時に正式に婚姻を行うやり方を俺の旅商人の師匠が「いつか役立つかもしれないから」と教えてくれた。それはこの大陸でも有効だったらしい。


 俺の腹には、二人の結婚が正式なものであることを示す美しい婚姻紋が柔らかに光っている。

 相手を守るという加護がわずかに感じられるが、符術師や神官の祝福を受けていない自然紋なので力はまだ活性化していない。


 「どのくらいやったんだ? セシリーナ嬢とやったんだろ?」

 「へ? やった?」

 あまりに恥ずかしい問いかけ。俺も思わず言葉が詰まる。

 何発やったかなんて、もう覚えていないし。


 「ほーら、あれだ! 神官なしで結婚式を挙げる時の簡易なやつだよ」

 「ああ! そうか、”やった”ってそっちの意味か」

 思わず赤面する。妙な勘違いをしたがむろん、やった! やったなんてもんじゃない、ヤリまくった!


 「神官がいないから、婚姻の誓いで愛を証明するためにどれだけ妻が素晴らしいか、どれほど愛しているか、彼女を前にして叫び続けたんだろ? 最低33回は叫ぶんだったか? 一度見たことがあるが、あの儀式はかなり恥ずかしいよな」


 「良く知ってるな、そうなんだよな」

 婚姻の誓いという儀式の話だ。

 俺の場合、33回どころではない、うれしすぎて記憶が飛んでいるが、100回以上は叫んでいたんじゃないだろうか。


 二人の肌に浮かんだ婚姻紋を定着させるため、儀式の最後の締めくくりには神に見立てた海に向かってお互いに褒めまくる。


 そして俺があまりにも彼女を褒めちぎったので、儀式のあと「たくさん褒めてくれたけど、10点満点でいったら何点なの?」と聞かれた。


 俺は当然、速攻で「神!」と答えてしまった。


 意味不明の答えにセシリーナが小首をかしげたが、それが俺の本心だ。もう彼女の何もかもが俺にとっては神レベル。美貌やスタイルだけじゃない、彼女の品性や知性、そして性格も最高だし、何よりもベッド上の彼女はもうたまらん!


 「おい、どうした? 急にぽーっとして?」


 「あ、いや、何でもない! 儀式の話だったな。大地と海の神に向かって婚姻を誓いまくったよ! 略式だけど、彼女は正式に俺の妻、婚姻名はセシリーナ・デ・アベルティアだ」


 正式にはセ・シリス・クリスティリーナ・デ・アベルティア。「セ・シリス」は代々伝わる名誉称号みたいなもので、セ家のシリスという意味。セ家はかつての魔王国の王の一族でかなりの名家らしい。シリスは名前にあたる部分なので、名前が二つあることになる。つまり、セ家のシリスであり、アベルト家に嫁いだクリスティリーナなのだ。


 「デ・アベルティア? ああ、そうか四番目の妻って意味か? あれ、三番目はどうしたんだ? 確か妻は二人だったよな?」

 「そうなんだけど。三番目は予約済みなんだよ……」

 俺は頬を掻いた。

 サティナ姫が頭の中で勝気に微笑む。

 彼女は結婚すれば婚姻名サティナ・ク・アベルティアになる。彼女の場合、正式名称はセシリーナよりさらに長くなって、舌を噛みそうになるだろう。


 「――というわけだから。サンドラット、リサ。私はカインと結ばれてカインを愛する妻の一人になりました。よろしくね!」

 セシリーナは片手で胸を押さえ、嬉しそうに顔を輝かせる。


 「ああ、これからもよろしくたのむぜ」

 サンドラットが微笑む。

 「ぷ~ん! 私より先にカインの妻になるなんて!」

 その隣でリサが頬を膨らます。


 「大丈夫ですよ。カインは優しいから、リサが大きくなったら、きっとリサのことも大事にしてくれますよ」

 セシリーナが優しく微笑んだ。


 「ううう、セシリーナ優しい、やっぱりセシリーナ好き」

 リサはセシリーナに抱きついた。

 リサの頭を撫でるセシリーナは聖母のようだ。前よりずっと柔和になった感じがする。



 「そういえば、お前にもらった薬はまったく効果なしだったぞ」

 ちょいちょい、と俺はサンドラットを呼び、耳元でひそひそと話した。


 「ふふふ……当たり前だ。実をいうとあの薬は避妊薬なんだ。一粒で効果は約3日だぜ」


 「お、お前なあーーーー!」


 「色々すっきりしたろ? ほら、あの薬はたくさん作ってある。待っている間にリサにも手伝ってもらって作ったんだ。これから毎晩大変だろうし、お前に渡して置くぜ」と袋一杯の薬玉をよこす。


 「一体何日分作ったんだよ。まったく」

 「まあ、たっぷりあるからな。ふふふふ……」


 「というわけだから、セシリーナも我慢しなくて良いんだからな。気兼ねなくカインとイチャイチャしていいぜ」

 「え?」

 振りかえるとそこにちょっと恥ずかしそうにしたセシリーナがいた。どうやら俺たちの会話を聞いていたらしい。


 「で? カインはどうだった? 魔王というのは本当だったか? カインの自慢話は大袈裟過ぎてさ」


 「お、お前、何ってこと聞くんだよ! まったく!」

 赤くなった俺の腕を取って、身体を添わせるセシリーナが俺を見上げる。


 「……正直、想像以上でした。その、あの……、立派ですし、絶倫過ぎて凄かった。この私が手も足もでなかった。まさにベッドの上の魔王様、抵抗しても無駄、もう何度も何度も打ち寄せる荒波のように私を天国に連れ去りました」

 うっとりと顔を染めセシリーナが俺の目を見つめる。


 「ば、ばか、正直に答えなくていい、お前も余計なこと聞くな!」


 「くっくっくっ……、いや、本当に良かったな!」

 サンドラットはイタズラ小僧のように笑う。



 ーーーーーーーーーー


 夜が迫り、俺たちはたき火を囲んでいた。


 「さてと、この先でいよいよバルザ関門だ。あの関所をうまく抜けられれば、向こうはもっとマシな所になるはずだ。この旧王都周辺の土地は汚れていて危険だからな。問題はどうやって関門を通るかだ。もしかすると既に手配書が回っている可能性もあるしな」


 「他に通れる場所はないのか?」

 俺の肩にもたれてうとうと眠るセシリーナの腰に手を回し、倒れないように支える。

 彼女の死の呪いは消え、彼女はさらに穏やかな優しい顔つきになった。微かにのぞいていた険しさが無くなり、安心して眠っているセシリーナの美しさとその魅力はさらに輝き出している。


 呪いを解く鍵となる「魔族ならざる者」というのは魔族の血が入っていない者を指していたらしい。

 それが本来の解呪方法かはわからないが、俺はまさに生粋の人族なので俺の妻になることで呪いが解けたというわけだ。

 しかし、今の時代、魔族が人族の妻になることはほとんどない。まして貴族ならなおさら。そういう意味で通常なら解呪不可能と言ってよい陰険な呪いといえる。

 

 俺は優しくセシリーナの頭を撫でる。日中の疲れが出たのか、すやすや眠る彼女がとても愛おしい。


 「セシリーナ嬢の情報だと他に道は無いな。俺たちが通ってきたこの浜辺もこの先で途切れ、いよいよバルザ大峡谷だ。大峡谷が開口している海辺付近は通行不可能な岩場で、海も荒い。万が一海に落ちれば確実に死ぬ」

 サンドラットがポキリと小枝を折って火にくべた。


 「やはりバルザ関門を抜けるしかないか……」

 「そうだな、それが最善だ」


 「カイン! きれいな石を見つけたっ!」

 タタタタ…………とリサが駆けてきて、俺の膝を枕にころんと横たわり、深い緑色に光る小石を俺に見せる。日中昼寝していたので眠くないらしい。


 頭の座りが悪いのか、ごろんごろんとしていたが、俺の股間にすぽっとはまって静かになった。そして日中拾い集めていた貝殻で遊び始める。


 俺は革袋に入れた水を一口飲む。少し腰が痛いが、原因はもちろ日中張り切り過ぎたせいだ。


 「おいおい、まだリサには手を出すなよ」

 「ぶーーーっ! 誰が出すか!」

 俺はとっさに横を向いて噴いた。あやうく股間でごろごろしているリサの顔面に水を噴くところだった。


 「あー、きーんーたーまーー!」

 そんなリサが突然、俺の顔を見て過激なことを叫ぶ。

 たしかに今リサが寝ているのは俺の玉の上だけど……。


 「ねー、これカインの玉? 金玉だよねーー」

 「そ、そんな事を王女が言ってはダメだぞ」

 俺はとっさにリサの口を塞ぐ。


 「……んーたーまー!」

 指の間から逃げ出したリサが俺の頭を指差す。


 俺の頭の上?

 どんな変態でも、そんなところに玉はないぞ。


 ぴかーーーーーー……!!

 そこに金色の玉が浮かんでいた。


 「って、お前! いつからそこにいたんだ!」

 「ずうーーっと見てましたよーー。早朝からですーー」

 俺の頭の上で、自称”意思ある光の者”とかいう光の玉が瞬いた。


 「いつの間に! ーーというか、いたと言ったか?」


 「そう、朝からずっーーと見てましたですよーー!」

 なぜかわからないが、こいつ今にやりと笑ったような気がする。朝から見ていたということは……


 ハッと俺は顔が赤くなる。


 「いやいや、とってもお盛んでしたよねーー! うんうん! 肉体を持たない者としてはねーー、非常に興味深々の行為でしたーーっつ! セシリーナ様も最初はあんなに恥ずかしがっていたのに。あんなことやこんなこと、ええっそんなことまで! って、もう色々と凄すぎてぇ! セシリーナ様がずっと「いくいくっ!」「死ぬ死ぬっ!」て言うのでーー、どこに行くのかなー? ほんとに死ぬのかなー? と目が離せなくてぇーーーー」


 「ばっ、ばか、言うな! 黙ってろ!」

 リサが目を輝かせて聞いている。


 「へっへへーー。それで、お困りのようでしたのでー、導く者としては一つ助言をと思った次第ですぅーー」


 「お前、”導く者”だったのか? まるで賢者みたいな称号だな、おい?」


 「いや、たった今、自分でそう決めましたーー! ほら、なんかカッコいいかなー、と思いましてねーー!」

 やはり、ダメだこいつ。


 「こいつ何なんだ? 光っていて良くわからんが、精霊か?」

 サンドラットが眩しそうに俺の頭の上を覗く。


 「うん、まあ、精霊みたいな存在だと思う、多分な。それとも……違うか?」

 俺も自信はまったくない。


 「きーんーたーまーー!」

 リサのあどけない叫びに金の玉がうれしそうに光を明滅させる。


 「いいですね精霊! そうですよーーっ! 僕は金玉の精霊ですっ!」

 そいつは自慢げに言う。


 「自分で言うか? 金玉の精霊だぞ? いいのか?」

 「いや、その名はやめた方がいい」

 サンドラットは心底嫌そうに首を振る。


 「そうか、たまりんだ!」

 リサがふいに指差した。


 「玉りん? 何だそれ?」


 「そー、たまりん。神殿にいたの。こんなので、丸くて毛がふさふさで、ころころ転がるの!」

 リサは手で大きさを作ってみせた。


 「あー。ペットとして飼われる魔獣だな、それ」

 サンドラットは知っているようだ。


 「たまりんだなんて、嫌ですよ僕はーー。なんだか存在が軽そうで。僕はもっと高貴な存在、金玉の精霊なのですからねーー。」


 「どうでもいいが金玉の精霊だったら、たまりんの方がまだマシなんじゃないか?」

 サンドラットが言った。

 「俺はどーでもいい」

 「カイン! これは「たまりん」なのっ!」

 リサが言いきった。


 「じゃあ、たまりん、助言って何だ?」

 「ええーーーーーっ」

 俺はたまりんが嫌そうに光るのを無視した。


 「この先の関門の門前で4人の帝国兵が検問していますよーー。1人分の手配書が回っているらしいですしーー」


 やはりそうか。

 「でも1人って、誰だ?」

 「さあ、そこまでは知りませんよーー。第一、人の顔は区別がつきませんからねえーー、特に絵ではお手上げですよーー」


 「じゃあ、俺たちの事はどうやって見分けているんだよ?」


 「気配というかーー、オーラというかーー、そうですねーー言うなれば心の有り様ですよーー」

 なるほど、こいつら自身、顔があるわけでもないし、精神生命体みたいなものなんだろう。だから精神で見分けているわけか。


 「カイン様の場合は簡単ですよーーっ。ほら股間から怒涛のごとく噴き出す、性なるオーラといいますか……、下劣な欲望まみれのオーラが……」

 「もういい」と俺はたまりんの言葉を遮った。


 「手配書が回っていることはわかったけど、それで?」


 「私から今言えるのはそれだけですーーっ。そろそろ時間です。私のような高貴な存在が人間に姿を見せることができる時間は1日これくらいと決まっているのでーーす。じゃあまた、夜が楽しみですねえーーっ!」

 ぽよんと音がして唐突に姿が消えた。


 「あー、たまりーん」

 リサが手を伸ばす。


 「つ、つかえねー。何が導く者だ。さっきまで俺とサンドラットが話していたのと大して違いが無いじゃないか」


 「いや、そうでもない。1名分の手配書なら、多分手配されたのは俺だろうぜ。顔が割れているし、裏切り者がいたとすればな……。追っ手も出ているかもしれないが、それよりも門前で検問しているのがたった4人だとわかったのは大きいな。予想よりも少ない。その人数なら強行突破できるかもしれない」


 「強行突破はちょっと嫌だな」

 俺は正直だ。サンドラットとセシリーナは腕が立つから良いが、もし兵士が俺に向かってきたら勝つ自信はまるでない!


 「おまえ、貴族のくせに農民より臆病なのな」

 「ふっ。だいぶ俺のことがわかってきたようだな」

 俺は顎に手を添えて、ニヒルに笑う。


 「カイン、かっこいいーー! 今すぐリサと結婚しよう!」

 何ひとつカッコよくはないのだが、リサが俺の股間で頭をぐりぐり動かして叫ぶ。


 はっきり言って、そこでそう動かれるとかなり痛い。

 俺は顔を引きつらせる。

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