第54話 二人の願いがかなう、その瞬間に

 あれからさらに5日、俺たちは順調に北上を続けている。あれ以降、遅足竜やその他の危険な魔獣の姿は見かけない。


 浜辺は切り立った高い断崖の真下に張り付くように帯状にわずかに広がっており、平地にいる魔獣は下りて来られないらしい。時折、崖の上で危険な遠吠えがしたり、獣の群れが崖沿いに移動する姿が見えることもあったが流石に下りてこない。


 帝国の追っ手が来ていたとしても同じくこの崖下には簡単には下りて来られないだろう。


 まあ、もっとも逆もしかりで、俺たちも崖の上に登ることができない。このまま崖下の砂浜を進んで、どこか適当な所で上に登るしかない。


 幸い、崖の亀裂から水が湧き出し、海に向かって流れる水場が点々とあるので水の補給には事欠かない。不足がちな食料も海から集めることができた。魚を獲るのは難しいが、この辺りの岩場には甲殻類や貝が豊富だ。おそらく大戦後、漁村が寂れ、最近では採る者もいないのだろう。


 時折、崖の下には崩れ落ちた階段と小舟の残骸が残っていた。漁港の跡もあり、村々は崖の上にあったと思われるが、王都周辺の村や町は大戦でそのほとんどが戦場になって焼き尽くされ、バルザ関門より南で囚人都市以外に戦前から残っている町は数えるほどしかないらしい。

 たまに崖の上から落ちてきたと思しき人骨を見かけることもあったが、セシリーナは見つけるたびに墓を作って弔っていた。海辺で冥福を祈る姿は神殿に飾られた絵画みたいで、本当は地上につかわされた天女や聖女様じゃないのか? と目を疑ってしまうほどだった。しかし、そのおかげか彷徨さまようう者と呼ばれる亡霊やそのたぐいの魔物に襲われることはなかった。


 俺は大きな階段の残骸の中から薪にするのにちょうど良さそうな木を拾い集めて、岩場へ戻ってきた。


 「おーい、セシリーナ! そろそろ休憩にしよう」


 俺が叫ぶと、岩場の先で砂遊びをしていたセシリーナとリサが大きく手を振った。波打ち際に見事な砂のお城がまもなく完成という感じで、ちょっとびっくりだ。リサは本が大好きで幼い外見とは裏腹に意外に物知りである。たぶん城のデザインも絵本で見て覚えていたものだろう。


 俺たちは今夜の野営地に決めた岩場の中のたき火のそばに集まった。そこは岩に囲まれた狭い砂浜で、崖の下には清水が岩の割れ目から湧きだしている。水が膝くらいまで溜まってちょっとした水場になっている。


 その水場の脇には砂地に打ち上げられていた大きな硬めのスポンジを引きずってきて置いた。ちょうどダブルベッドサイズなので元は寝室のベッド用のものだったのかもしれない。大きすぎて持ってはいけないが、休憩するのにはちょうど良く、さっきまでリサがお昼寝していた。


 サンドラットは捕まえてきたカニや初めて見るエビのような甲殻類をたき火で熱した平たい石の上で焼いている。棘だらけのイガグリみたいなのは、殻を割ってそのまま指で中身をすくって食べるらしい。潮だまりで捕らえた貴重な魚一匹はリサ用の焼き魚になる。


 俺が岩場と砂浜の間で手を擦り傷だらけにしながら悪戦苦闘して採集してきたゲジ貝はまだ焼いてない。これは高級貝なのだ。貝のくせに泳ぐので、砂浜から追い立ててたまたま岩場に紛れ込んだ奴を捕獲するのだ。とげとげしくて見た目は悪いが、苦いという部分を取れば味は良いはずなのだが。


 ふわーーっとおいしそうな匂いが漂い始めたが、海風が周囲に広がる匂いをすぐにかき消していく。


 「さあ、焼けたのから食べてくれ!」


 「わーーい。いただきまーす!」

 火を囲んで座ると、リサがさっそくぱくついた。

 「おいしーい」とほっぺたを押さえた瞳が輝く。


 「あら、本当、おいしいのね!」

 一口食べたセシリーナが驚く。


 「な、これはいけるだろ?」

 サンドラットが自慢気に笑った。


 「確かにうまいな」

 認めよう、うまい。繊維質の身がぷちぷち切れて歯ごたえ抜群、汁があとからじわーっと広がって幸せになる。サンドラットが自慢していただけのことはある。


 リサは手が止まらない。セシリーナも気にいったらしい。

 「女性方に喜んでもらえて何よりだぜ。料理した甲斐があったな。どんどん食ってくれ!」

 サンドラットの目の前から次々と焼けたカニとエビのような奴が無くなっていく。


 だが、俺のゲジ貝だって負けていないはずだ。

 東の大陸ではかなり高値で取引されている高級食材なのだ。むろん高級すぎて食べたことはないのだが……。


 「俺の貝も焼いてみよう、一人二つは食えるぞ」

 こうなったら意地の張り合いである。サンドラットに負けてられるかと、ちょっと大胆に燃える火の上に直接ゲジ貝を並べた。


 「あっ、バカ! それをやっちゃあマズイ!」

 とサンドラットが叫んだ途端、ボスム!! とゲジ貝が破裂した。


 「ひゃーあーー!」

 「きゃーーっ!」

 リサとセシリーナが驚いて悲鳴を上げた。


 俺は顎に貝殻の直撃を食らって倒れた……カッコ悪いことこのうえない。


 俺が目を回している間にも。

 ボン! ボス! ボボン!! と貝が次々破裂した。

半生はんなまに熱が加わった半透明の白濁汁が周囲に飛び散る。


 後から知ったが、ゲジ貝は貝殻の中にガスを溜めており、緊急時にはそれを噴射して逃げたりするのだという。ガス抜きをしてから調理するのが一般的だ。だからサンドラットは調理を後回しにしていたのだ。


 だが、後の祭りである。


 「ひえーん。ドロドロ!」

 「べたべたですよ。カインったら!」

 リサとセシリーナが貝の粘液まみれになっていた。


 しかもセシリーナが着ているラフな薄い上着がどろどろ液で透けて……。これはたまらなくエロい! 股間直撃の破壊力!


 「おい、見るな! これはだめ!」

 俺はサンドラットの顔を押さえ、ぐいっと海の方に向けた。

 「痛てぇ! 急に何するんだ!」

 サンドラットがうめく。


 「まったく、もう。カインったら」

 「反省するーーーー!」



 ーーーーーーーーーー


 水浴びに行った二人のために、たき火に拾ってきた枯れ木をくべる俺の背後から水音と共にリサの声が聞こえてくる。


 サンドラットは寝そべって夕焼けを見ている。

 ぴしゃぴしゃと水が跳ねる音。

 セシリーナたちは水場で体を洗っている。


 俺はセシリーナとリサの上着を枝に通して乾かしていた。


 「わー。セシリーナおっぱい大きい!」

 ぶっ、俺は思わず噴き出した。

 「わー。お肌もすべすべー。つるつるー」

 何か非常に興味が引かれる会話だ。

 サンドラットは寝たふりをしているようだ。


 「リサ様、じっとして。あ、そんなところを触っちゃだめですよ」

 「あはははは……。わーぬるぬるーー!」

 「あ、それはだめです。いけません!」

 「ぬめってきたーー!」

 「そこはだめですってば!」


 「な、何をやっているんだ!」


 俺がどぎまぎしながら振り返ると、岩の隙間にいるナマコみたいな生物をリサが棒で突いている。

 もちろん二人とも真っ裸である。後ろ姿なのだが、なにせ二人とも屈みこんでいたので……。


 ブッ!! 後ろから直視!

 どっちが幼女なのかわからないほどきれいな……、モ、モロだった。


 ただでさえ刺激的すぎるその美脚から続く破壊力抜群の神レベルのお尻なのだぞ! 

 それだけで悶絶級なのに、その魅惑の美尻の隙間からのモロ見えだ!


 あまりにも美しい神秘的絶対領域!

 剥き出しのそれが丸見えで俺に向かって突き出されて……!

 ぐおおお! 全ての感覚が凄まじい勢いでそこに吸い寄せられ、俺の瞼に焼き付く! これは淫猥や色気なんてもんじゃない、美麗すぎるっ!

 男を誘惑する魅惑の聖域だ!!


 ドぶっ! と俺は大量の鼻血を噴水のように華麗に噴き出して倒れた。


 ーーーーーーーーーー


 俺が目覚めたのは翌日の早朝だった。

 「大丈夫ーー?」

 リサが丸い目で俺を上から覗きこんでいる。


 「もう! カイン。やっと起きたのーー? 昨日はね、リサの裸を見て鼻血ぶーーで気絶したのーー」

 とニコニコしている。


 「い、いや」

 違うとも言えず、俺は頭を掻きながら身を起こす。たしかにリサもかわいかったが、その隣の光景があまりにも凄すぎて……


 たき火でゲジ貝の串焼きを焼いているセシリーナがちらりと俺を見て顔を赤くした。昨日なぜ俺が鼻血を噴水のように撒き散らして気絶したか分かっているのだ。それを見ると俺まで顔が赤くなる。


 「ようやく目覚めたか、まあ今までの疲れが一気に出たんだろうよ。これを食ったら元気になるぜ」

 サンドラットが俺に焼いたゲジ貝を手渡した。


 セシリーナも恥ずかしさを隠すためか、視線を逸らしたまま無言でゲジ貝をむしゃむしゃ食べる。

 俺も何も言わずに彼女の隣でゲジ貝を頬張った。


 「俺とリサは昨日の残りを食べた。このゲジ貝はお前ら二人用だからな、残さず食ってくれよ」

 そう言いながら、サンドラットはたき火の痕跡を消している。


 「よし、準備しましょうか!」

 彼女は食べ終わると、両手で拳を作って元気に立ちあがった。なぜかいつもより素肌が桜色のような気がする。香りのよい体臭が鼻をくすぐる。


 「あ、ちょっとその前に水分補給を……」

 そう言うと水場に入っていく。


 俺も立ち上がるが、何だか同時に別の場所も急激にもりもりと元気になってきた。マグマの奔流に突き上げられた巨大火山が今にも噴火寸前!! これはムラムラなんて生易しいもんじゃない! 至上最強の劣情、情欲が焔を上げて突き上げてくる。


 「な、なんだ? これ? どうしたんだ?」


 「ふふふ……さすが、効果抜群だろ? ゲジ貝は最強だよな」

 ふいにサンドラットが俺の肩に手をまわしてニヤリと笑みを浮かべ、俺の股間を指さす。凶暴凶悪なのが今にもズボンを突き破りそうなほどだ。


 「な、何をしたんだ?」

  「おいおい、知らなかったのか? それでもよく商人だって言えたな。ゲジ貝は子作りする男女に必須アイテムだぜ。わずかな量でも精力増強、持続力最強ってな。だから高額で取引されるんだろ」

 そう言ってニヤッと笑って親指を立てる。


 「それを丸ごと食ったんだ。さあ、彼女とうまくヤレよ」

 「ぐああああーーーーーー何て事を! そんな貝を俺は2つも食ったんだぞ!」


 昨日の刺激すら、あまりにも強力な一撃だったのに! そこに輪をかけて精力増強の効果とは……! セシリーナのあのポーズが瞼の裏に繰り返し浮かんできた。うおおっ、思考回路が侵食される! 理性が破壊されそう!


 「お前ら中々進展しないからな。じれったいんだよ! ほーら見ろよ、彼女も気分が高揚してお前をチラ見しながらもじもじしてる。俺はリサを連れて先に行ってるからな。まあ、数時間程度ならまかせろ、うまく稼いでみせるぜ!」とニヤニヤした。


 「ヤ、ヤバイことを言うな、今は逃亡中なんだぞ。それに彼女が望まないことはやらないぞ! 」

 「大丈夫、愛し合っていない者は目と目を交わしただけでその効果は消滅するんだ。嫌がっていない、むしろ好意を抱いているなら、その好感度に応じて効能が増すんだぜ」

 「嫌がっていない?」

 水場では下半身を冷やしながらセシリーナが深呼吸を繰り返している。やはり彼女も俺と同じ状態になっているのは明らかだ。ちらりちらりと俺の方を誘うように伺うその赤らんだ表情に俺の股間は暴発しそうだ。


 「お前ら面倒くさいから、いっそくっつけてやろうと思ったんだがな……。状況的に今はまだマズイと言うならしょうがないな、これでも飲んどけ!」


 「これは?」

 「ゲジ貝の精巣を丸めた物だ。ゲジ貝の効果を弱めるんだよ。解毒剤みたいなもんだ。それで少し落ち着いたら追ってこい。じゃあがんばれよ」

 サンドラットはにやりと笑うと、リサを抱っこして先に出発した。




 「ーーーーセシリーナ、大丈夫か?」


 「え、ええ……」

 俺は水場から動かないセシリーナに声をかける。髪を漉きながら濡れた両肩を押さえて振り返ったその姿はあまりにも美しくて妖艶だ。


 いつもの軽装狩猟服にミニスカートに過ぎないのに、濡れたせいで身体のラインが丸わかりになっている。しかも火照って恥じらいがちな表情の色っぽさときたら過激すぎる。空前絶後のその魅力が俺の股間をドンドコと連打する。


 「二人してサンドラットにはめられたんだ。この体の異常はさっき食べた貝の催淫効果だそうだよ。これを飲むと治まるらしい」


 俺は深呼吸を繰り返しながら冷静さを装ってセシリーナに薬を手渡そうとする。しかし、その熱っぽく潤んだ瞳を間近に見るともうたまらない。何もかも忘れて抱きしめたい!

 くっ、狼になりそうだ。そこをぐっとこらえ、俺はなんとか前かがみで耐える。


 しかし、俺の瞳を見た瞬間、同じ熱い想いに身を焦がしたセシリーナがそこにいる。


 二人は見つめあって互いに息を飲む。


 おかしい。

 愛し合っていない男女なら目と目を交わしただけで終わり。その効果はすぐに消滅する……はずじゃなかった? 俺はともかくセシリーナが本気で俺を、いや、まさかね……。

 「あ、あのっ、これは……」

 「カインっ!」

 戸惑う俺にセシリーナが飛びついた。


 不味い!

 その余りにも柔らかな肢体!

 ふくよかな胸が当たって、良い匂いが鼻一杯に広がる。

 「ん!」

 さらに、もう我慢の限界、とばかりにセシリーナが唇を重ねてくる。


 ドクン! その時、頭痛と同時に禍々しく赤い見たこともない文字が、そのイメージが脳裏に浮かぶ。

 セシリーナにかけられた死の呪い。それが俺の脳裏に浮かび、激しく抵抗してくるのを感じた。


 だが、そんな呪いを打ち払うようなセシリーナの熱い口づけに 意識が飛びそうになって頭痛すらも忘れる。もう我慢できない!


 「セ、セシリーナ……!」

 臆病になったセシリーナのキスの後を追うように今度は俺が彼女の唇を奪う。どちらからともなく、さらに激しく求めあう。


 肩をつかむとセシリーナは一瞬目を見開く。その澄んだ瞳が愛おしい。愛する者のみに見せる甘い表情と微笑み、それがトリガーになる。


 セシリーナは俺の背中から首筋に手をまわし、二人は大胆に求めあい、大人のキスを続ける。

 

 そして俺たちはついに我慢の限界を超える。


 ドクン! とさらに強い頭痛と共に脳裏に禍々しい赤い文字が明滅したが二人の抱擁は止まらない。


 俺はセシリーナをちょっと強引に大きなスポンジの上に押し倒し、その耳元で胸に秘めていた熱い想いを告白した。


 ……二人は見つめ合い、そして彼女は幸福感に包まれた笑みを浮かべると恥ずかしそうに小さくうなずく。


 最高にうれしい、うれしすぎてどうにかなりそう。

 ぽーーっとした俺を彼女の方から強く抱きしめてくる。


 もはや、いくら呪いが俺たちを止めようとしても無駄だ。

 砂の上に衣服が脱ぎ捨てられていく、そのたびに二人の情熱は高まっていく。俺は優しく彼女の髪を撫でる。


 「カイン……」

 彼女はその胸に俺の顔を抱きしめる。その吸いつくように滑らかな肌の奥で彼女の鼓動が高鳴っていくのがわかる。


 恥じらっていた声は次第に熱を帯び、やがて灼熱の溶岩となって、岩に砕け散る波の音のように激しく、そして止めどなく繰り返され始める。

 ゆっくりと時間が流れる中、二人は獣のような貪欲さで執拗に互いを求めあって乱れ、やがて二人の思いが限界を超え、爆発し、熱く激しく燃え上がっていく。


 震える指と指を互いに交差させ、ついに大きく美しい弧を描いて仰け反ったセシリーナ。その額で二つ目の紋が青色に染まり始める。震えるセシリーナの柔肌にぴったりと密着した眷属紋が、美しい婚姻紋に変わっていった。


 ーーーーそして、ついに二人の願いがかなった、その瞬間に。


 あふれる幸福感の中で、彼女を苦しめていた死の宣告の呪いがついに砕け散る。

 

 「セシリーナ……」

 「カイン……」

 顔を火照らせて俺を見つめる美しい妻。

 呪いが消滅したのを、二人は熱いうねりと高揚するその奥深い愛の中心で感じ取って幸福感に満たされる。

 やがて彼女の唇が甘く開き、美しく豊かな双丘が波打ち始めると、もう世界は歓喜に満ちた二人だけのものになる。

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