第26話 神殿への潜入
狭い庭園の道に二人の影が落ちている。
惚れ惚れするような魅惑のモデルウオークで歩くセシリーナの肩に肩が触れる
ちらりと隣を見て……、俺は思わず鳥肌が立った。
真夜中にこんな美女を隣にして狼にならない俺は鋼の心の持ち主だ、大丈夫、俺は紳士だろ、と自分に言い聞かせる。
俺は、あのサティナ姫の夜這いに耐え抜いたのである。うん、セシリーナは服を着ている。その分マシだ、まだ我慢できる。
またも、ちらりと隣を見る……。
ぐわっ、胸元が開いている。今度は美乳の谷間が目に突き刺さった。
セシリーナが身に着けているのは、帝国が兵士に支給している通常の軍服ではない。
魔道具である通称ポシェットと呼ばれる軍用空間収納ウエストバックから取り出した私服で、ポシェットにはその他にも色々と個人の持ち物が入っているそうだ。
下着や私物を自室に置いておくと危険なので……とか何とか言っていた。
ちょっとかわいいが動きやすそうな服は、貴族が狩りの際に着る服がモチーフだそうだ。かなり短いレザーのミニスカートがそれはもう悩ましく、抜群のスタイルに相まってアイドル級の破壊力で股間を直撃している。
それにその美貌、もはや反則だろうという感じだ。
着替えて出てきた彼女を一目見た時からもはや鼻血が止まらないというレベルである。
いや、実際はその前からずっと鼻血が止まらないのだが……。この格好でさらにインナーがあれなのだ。思い出すだけでクラクラする。
こんな私服を持ち込んでいるのは隊長クラスの特権なのか元々の貴族階級の特権なのかわからないが、とにかく隣を歩くだけで男を悶絶させるくらい、とんでもない美しさだ。
「外に出る時には顔を隠す仮面やフードが必需品なの」、というのは本当のようだ。ついつい彼女の顔に見惚れてしまう。
でも、こんな彼女があと少しの命なのだ。
呪いとは酷い話だ。セシリーナから彼女にかけられた呪いの話を詳しく聞いた。
なんとかしてやりたい。もしかすると、あいつ、穴熊族の元神官じじいなら何か分かるかも知れないが……。
「さて、どこに向かうの?」
「この用水路のどこかに神殿の中に続く排水管があるらしいんだけど、何か知ってるか?」
俺は鼻を押さえたまま立ち止まった。
「排水管ですか? ん、まだ鼻血がとまらないの?」
「大丈夫、今、止血の薬草を鼻に詰めている」
ぎゅうぎゅうと草を詰め込んで、鼻の穴が限界マックスである。振り返った俺の顔を見て、ブーーッとセシリーナが吹き出した。口を手でふさいで笑いをこらえ、ぷるぷると肩が震えた。不意打ちだったせいか、かなりツボにはまったらしい。
「え、ええと、排水管だったわね。その先を左に曲がって。そこに石段があって堀の中に続いていたはずよ。それが管理用の階段だとしたら、その近くに何かあるんじゃないかしら?」
笑いをこらえながら、涙目になった目元をこする。
「そうだな。その付近に排水管が来ている可能性があるな。行ってみようか」
俺はその状態で真面目な顔をした。
プっ! とセシリーナがまたも口を押える。
再び歩き出そうとした時だ、前方の茂みがザザッと揺れた。
「あっ、ダメっ!」
今まで笑いをこらえていたセシリーナが、急に俺の首根っこを掴んだ。
ぐいっと後ろに引っぱられ、うわっ、と尻もちをつくのと、彼女が、ダッ! と前に出たのは同時だった。
「!」
刃が円弧を描いて影を切り裂いていた。
その動きは恐ろしいというよりむしろ優美だ。まるで王宮の夜会で舞っているかのような美しさを感じさせた。
ブシュウウ…………!!
血しぶきを上げ、両断された魔犬が鳴き声すら上げる間もなく、内臓を撒き散らして用水路に落ちて行った。
どうやらいつの間にか魔犬が近づいて俺を襲ってきたらしい。
まったく気づかなかった。セシリーナが一緒でなかったら、首と胴が離れていたのは確実に俺だっただろう。
「危なかったわ。カイン、大丈夫だった?」
そう言って手を差しだし、俺を気づかうその視線には優しさが見える。
「ああ、びっくりした。あれが魔犬か、恐ろしいな。全く反応できなかった」
俺はセシリーナの手を借りて立ち上がった。
「無事で良かったわ。あなたはマスター、私の命が尽きるまで一緒に逃亡生活をしてくれるって約束なんですからね。そう簡単に死んでもらっては困るわ」
「うん、そうだな」
あんな出会い方をして、しかもまだ間もない。俺は人族だし、俺の事も良くわかっていないはずだ。それなのに彼女は優しいのだ。
「カイン、この付近は魔犬を放し飼いにしている場所で、魔犬のテリトリーですよ。今の血の臭いで魔犬が集まって来る前に早く石段を下りましょう」
「お、おう、じゃあ先に行くよ……」
そう言いつつ、俺の視線はついつい彼女に向いてしまう。ずっと見ていたくなるのは男の性だ。
堀のように深い溝の石段を下りながらちょっと見上げると、セシリーナは周囲を警戒しているが、その美脚とお尻がまたなんとも魅力的で……。
ぶっ、と鼻の穴から草が飛んだ。
つうっ……とまた鼻血が出る。
ーーーーーーーーーー
俺たちは石段を駆け降りた。
用水路の水は浅いが底は泥でぬかるんでいる。
二人は神殿の方角へ、用水路の壁沿いに奥へ奥へと進んでいく。
流れが緩やかな溝の底にはヘドロ化した泥が堆積しており、すぐに足跡を埋めるので、万が一追跡者がいてもしばらくは時間が稼げそうだ。
神殿の真横まで来ると行き止まりになった。そこに錆びた鉄格子で蓋をされた大きな排水口が見えた。
「しまった。鉄格子だ。厄介だな」
俺は鉄格子を掴んでみるがびくともしない。やはり簡単には忍び込めないらしい。
「ここはダメだな、あきらめるか? 他の入り口を探すか?」
「非力なのね、人間というのは」
そう言うと、セシリーナは鉄格子を掴んだ。
ぐいと力を入れるとゴリッとわずかに鉄格子が動く。俺なんかよりよっぽど力がある。流石は魔族か。彼女の場合、身体機能を向上させる魔法を使えるらしい。
「さすがに固いわね」
セシリーナは腰から見たこともない鉄製の投擲武器を取り出すと、鉄格子の根元をぐりぐりとほじくり始めた。見事な手際である。いとも簡単に鉄格子の1本が外れた。
「ここには結界が無いわ。結界が有効なのはは地上だけなのね。さあ、どうぞ、先に入ってください」
俺を押し込んで、セシリーナは身軽に飛び込んでくる。
そして後ろを向いて、鉄格子を元の位置にはめる。
「こうしておけば、ちょっと見には異常がないように見えるわ。ここまでの足跡は汚水の中だから見えないしね」
で、できる女だ。セシリーナの手際の良さに目が丸くなる。彼女は軍人としても一流なのだろう。
「盗賊の技術まで学んでいるのか?」
俺は這いつくばって先を行く。排水路の底はかなりぬめぬめしているが、流れ出てくる汚水の量は少ない。あまり使用されていないのだろう。
「この程度、魔族の兵士にとってはごく普通の初級技術ですよ」
「凄いんだな、魔族って……」
東の大陸出身の俺は魔族のことを知らなすぎた。そして、セシリーナと話すうちに、
「狭くなってきた。どこかに神殿内部に入り込めるような出口はあるかな?」
「気をつけて、出るなら管理用の梯子がある竪穴よ。梯子がない穴は便器だったりするから、顔を出して用を足している人とばったりなんてことは御免よ。変態扱いされちゃうからね」
俺の後ろからセシリーナが適切な忠告をした。
既にそれはやらかしてますとは言えずに、俺は恥ずかしさに悶えた。
狭い管の中を二人で這いつくばって進む。
本来なら索敵能力に長けたセシリーナが先頭を行けばよいのだが、この態勢でミニスカートのセシリーナが前を進むと、俺は鼻血ブーどころではない。一度試してみて俺は悶絶した。超危険なその魅惑の光景が未だに脳裏に焼き付いて離れない。
改めて後ろを振り返って見ると、セシリーナと目が合った。その澄んだ瞳に吸い込まれそうだ。
ああ、永遠に見ていたい、そんな気になる。
ちょっと不思議そうに微笑んだセシリーナは明らかに美女中の美女。その美しさは魔族の基準ではどうなのだろう?
「なあ、セシリーナ。魔族の女性はみんなセシリーナのように綺麗なのか?」
思わず考えていたことが口から出てしまった。
まずい、面と向かって、これはかなり恥ずかしいセリフだ。だが、そんなセリフを
「な、何を突然、綺麗だなんて、人間のくせに」
明らかな動揺を見せている。その照れた様子に性格が出ているし、顔も少し赤くなったようだ。
「俺はどうだろうな? ほら、魔族の基準で見たら?」
話題を変えてみたが、俺もちょっと期待するところがある。
魔族には人とは思えない姿の者も多いと聞く。そいつらに比べたら多少はマシな評価になるのでは?
「まあ、
うん、だいぶ気をつかってくれたようだね。
だが、思っていたよりも低い評価にがっかりである。もう少しましな評価を期待していた自分が愚かだ。わかっていたが、やはりこっちでは逞しい男が美形と思われるらしい。
しかし、よく考えてみると変にお世辞を言わないのは、セシリーナが素直な性格だってことだ。それが知れただけでも良しとしておくか。
「そういえば、さっきクリスタル階級とか言っていたが、やはり魔族も階級社会なのか? 俺の国は貴族の階級社会なんだよね」
「よく覚えていたわね。魔族は魔王を頂点とした階級社会よ。王族がダイヤ、准王族がプラチナ、クリスタルは上流貴族よ」
「一般市民にも階級があるのか?」
「ええ、平民がブロンド、下層民が土、他種族や奴隷が泥。さらにそれぞれに応じた准階級もあるわ」
「へーー、じゃあ、俺は他種族だから、泥階級レベルってとこなのか?」
「違うわ。人間でしかも囚人だから。もっと下のゲロゲロ階級よ」
「ゲロゲロ……ひどい。臭いそうだな」
「臭いと言えば、なんだかさっきから何か臭うような気がしますね」とセシリーナが愛らしい鼻をくんくんと鳴らした。
たぶん、俺の足の臭いだろうな。
ちょうど足の裏がセシリーナの顔面にくるからな。
臭さに覚えのある俺は這いつくばったまま逃げるように動きを加速させた。
分岐点をすたすたと左に向かう。
「あっ、待って。そっちは何か危ない気が……」
その時、セシリーナの声が斜め上から聞こえた。
「上から?」
目が大きく開く。景色が流れる。
管が脆くなっていたのだろう、俺は配管の底を突き破っていた。つまり落下である。
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