第348話 魔王襲来3 ー希望ー

 「くそう、奴が魔王だ。おい、あっちにも墜ちて来たぞ!」

 「あっちは俺にまかせろ!」

 「向こうは僕が行きます」

 地上で湿地の魔女と魔王の戦いを見守ることしかできなかった騎士たちが次々と魔女救出に動いていた。


 「ちっ、あっちにもまた一人かよ!」

 蛇人族の神聖騎士団長カブンは空を見上げ、落下地点を割り出す。空から銀髪の美しい少女が流星のような速度で墜ちてくる。


 「は、速い、間に合うか! ハッ!」

 カブンは疾駆する魔馬の背に立ち、とっさに両手を広げて跳躍した。


 そして驚くべき身体能力を発動して空中でその小さな身体を受け止めると緩衝魔法を発動しながらゴロゴロと地面に転がった。

 砂まみれになりながら、息を確かめると少女はただ気絶しているだけだ。


 「それにしても美しい。これほどの美しさなのか? 湿地の魔女というのは……」

 カブンの悪い癖がでた。

 騎士団長という身分でありながらあまりモテないのは、その惚れっぽさのせいだ。


 パチ……

 カブンが見惚れていると湿地の魔女が目を開いた。


 「大丈夫か? 勇敢な美しき銀髪の魔女よ。どこも怪我は無いようだが、しばらく休まれよ」

 カブンはお姫様だっこしたまま骨太な笑みを浮かべる。


 「えーーーー!」

 スイルンは純真だった。

 カブンの腕の中で顔がみるみる真っ赤になる。

 こんな風に男性と接触するのは経験がない!

 か、カッコいいですぅ……!

 そして偶然にも二人は似た物同士だった。


 年頃の湿地の魔女は惚れやすいのである。


 「結婚してくださいませ! 騎士さま!」

 「俺と結婚してくれっ!」

 同時に口走り、二人はきょとんとして互いに見つめあう。

 蛇人族の騎士の活躍で奇跡的に湿地の魔女に死者は一人も出なかったが、こうして多くのカップルができたのである。



 ーーーーーーーーーーー


 大きな振動で指令室の壁や天井にひびが入った。

 ミズハたちはイスに掴まって揺れに耐えている。


 「今の攻撃で敵の姿を確認しました! 邪神竜のようです!」

 「どこから来る!」

 「峡谷を北からこちらへ真っすぐ向かっています!」

 最後まで残った騎士たちが遠眼鏡を見ながら緊張した声で叫ぶ。最初の攻撃から丸二日近くも動きを止めていた巨大な竜がついに動き出した。


 「まずいな。みんなの撤退が完了するまで、どうやってあれをひき止めれば良いのか?」

 女王ミズハは眉をひそめた。

 この二日で黒鉄関門からの味方の撤退は進んでいるが、徒歩では移動速度は限られている。


 「あれは止められないし魔王オズルの姿も確認されている。僕たちが外に出て魔王オズルと邪神竜の足を止めて時間を稼ぐ、その間にミズハ、君もできるだけ遠くに撤退するんだ。時間さえあれば、大魔女ミズハだ。何か対処方法を見つけ出してくれるだろう?」

 ゲ・ロンパが愛剣を肩に担いで立ち上がった。


 「待てアックス、あれは一人や二人でどうこう出来る相手では無いぞ。それに私はもうお前と離れるのは嫌だ」

 ミズハの目を見てゲ・ロンパは肩をすくめた。


 「だが、現実、あれにわずかでも抵抗できるのは、僕か三姉妹しかいないだろ?」


 「時間稼ぎ程度に対抗できる者は確かにな。しかし、本当に必要なのは奴の器となる者。邪神竜を封印し、その力を操ることができる者だ。しかし、それほどの暗黒術師は残っていない」


 「つまり、イリス、クリス、アリス、そして彼女らの母君レベルの暗黒術師だね?」


 「そうだ。暗黒術師が魂の契約で繋ぎとめられる邪神竜は一人一柱、つまり5柱目になる奴と契約できる者がいない。しかも契約で使う封印の魔道具すらも無い」

 ミズハの言葉に重苦しい沈黙が部屋を支配する。


 その時、森の中を一陣の風が駆け抜けたような気配がした。


 バン! と指令室の扉が元気よく開かれた。

 それはバルガゼット将軍がとっさに剣に手をかけ顔色を変えたほどの勢いだった。


 「ミズハ! 喜べ! 私の守護者にして野族の勇者、ボザルトたちが戻ってきた!」

 そこにルップルップが満面の笑みを浮かべて立っている。


 「ここに入って良いのか? なんだか睨まれているんだが」

 「いいから早く入りなさいよ」

 その後ろから目の周りに青タンのできた長身のイケメン男と美しい少女が二人、姿を見せた。


 「ボザルト? 野族の兵か?」

 ミズハは目を細めてルップルップの後ろの3人を睨んだ。


 「そう! 人に化けてはいるがこいつは私のボザルトよ!」

 ルップルップは得意満面だ。


 「なるほどそれは人化の術か? 見事だな、誰が施したのだ?」ミズハにも簡単に正体を見せないほどの術がかけられている。

 

 「蛇人族の国を出る時にかけられたそうよ。そのせいで私もボザルトだとは思わず急にボザルトが私を見るなり飛び込んできたので、思わず殴り倒してしまったほどよ」

 ルップルップは自分の方が痛かったとばかりに手を振る。


 「関門は閉まっていると聞いたのだが、扉が開いていたので入ってみたら出陣準備中のルップルップ様にバッタリ出会ったのだ」

 ボザルトは答えた。


 「それで? そちらの二人は?」

 バルガゼットが尋ねた。

 「一人は野族のようだが、もう一人はアリス……ではないのだな?」

 ミズハの目が全てを見通すように二人に注がれた。


 「私はベラナよ。ボザルトのツガイですわ。そしてこっちが……」

 「わああああ……まだツガイではない! 何と言う自己紹介をするのだ!」

 ボザルトがベラナの口をふさいで大慌てしている。


 そうしている間にもまた地面が大きく揺れた。邪神竜が接近しているのだ。


 「それで?」

 ミズハの目はアリスに似た少女に移った。


 「私はドリスと申します。故あってこのたび蛇人族の国を継ぐことになった者です」

 「やはりそうか!」

 ミズハの目が大きくなった。


 「まさか暗黒術師? もしかして3姉妹は実は4姉妹だったというのか?」

 バルガゼット将軍が驚きの声を上げた。


 「ドリスは、じんこう・せいめいたいとか言う者なのだ。アリスたちを元に帝国が作ったのだ」

 ボザルトがベラナを抑え込んだまま言った。


 「そんな事ができるのでしょうか? ミズハ様」

 「うむ、帝国が極秘に進めていた計画だな。暗黒術師の軍団を作ろうとしたのだが、結果は失敗だった。彼女はそこで製造された者の一人なのだろう」


 「ミズハ様、関門内の人々の避難は完了しました。これからお姉様と迎撃に、あっ! ボザルトにドリスじゃない!」

 「おおっ、本当、びっくり!」

 指令室の開け放しの扉から、顔を出したアリスとクリスが叫んだ。


 「お姉様!」


 「ドリス! 心配していたんですよ。いなくなったと聞いたから。でも無事で良かったわ!」

 「そう、心配してた!」

 二人がドリスを抱き締めて微笑む。

 突然の再会にドリスは嬉しそう。


 またも大きく関門が揺れた。さっきより振動が大きい。


 「邪神竜! 肉眼で確認できる所まで接近しています!」

 窓から外を見ていた騎士が叫んだ。


 ミズハは立ち上がるとドリスの手を取った。


 「ドリス、お前はアリスの血をひく暗黒術師。姉たちと同じように邪神竜と契約は可能だろうか?」


 「えっ? ミズハ様、それはちょっと」

 アリスが困ったような顔をした。

 「邪神竜、契約には、訓練が必要、簡単じゃない」

 クリスも同じだ。


 「そうです。契約の訓練をした上で暗黒術師としても高次なレベルに達しないと不可能です。ドリスはまだ暗黒術の訓練を始めたばかり、残念ですが不可能でしょう」

 アリスが首を振った。


 「本当にそうなのか?」

 ミズハ女王はドリスに近づいて、その手をつかんだ。

 「ミズハ様……」

 ドリスの目に光が宿った。


 「実は魔王に人形として操られた時、それまでカプセルの中で受けた教育の全てを思い出しました。それには邪神竜との契約も含まれています。元々魔王は邪神竜を操るための道具として私たちを製造したのですから」


 「あいつを封じてくれるか? 奴を封じなければ、この世界が滅ぶのだ」

 ミズハはドリスを見つめた。これが唯一の希望だ。


 ドリスは胸で輝く槍の首飾りをぐっと握った。

 「わかりました。やります。やらせてください!」

 「ドリス!」

 アリスたちは驚いた。

 これで活路が見出せる、指令室はそんな雰囲気になったが……。


 「でも、封印の魔道具が、無い」とクリスがあっさり水を差した。


 「封印の魔道具は、封印術が発動し終わるまでの時間、邪神竜の活動を抑えるのが役割だ。本来の封印とは無関係、つまりあいつを一定時間抑えられれば良いのだが」

 ミズハは不安そうな顔をしているゲ・ロンパを見た。


 「あれを抑えるだって? それはそもそも無茶な話だな」

 ゲ・ロンパが眉を寄せた。

 「ええ、そんな事は不可能です」

 バルガゼット将軍が消沈した顔つきで言った。


 「いいえ。できるかも、しれない」

 思案顔をしたクリスが小さな声でつぶやいた。


 「?」


 「私たち三人が、力を、合わせれば」

 クリスがアリスの方を見た。

 「そうですねお姉様。できるかもしれませんわ。ミズハ様、今すぐカイン様を呼んでくださいませ」

 アリスが叫んだ。



 ーーーーーーーーーーー


 「馬鹿め、邪神竜の行く手を阻むものなどもはやいないのだ!」

 魔王オズルは不敵に笑っていた。

 真魔王国の魔法使いが邪神竜の侵攻を止めようと攻撃を続けているが、竜はまったく感じていないようだ。


 「もはやいかなる抵抗も無意味! 屈せよ、ミズハ!」

 高みの見物である。今さら何かするまでも無い。

 哀れな兵士たちが竜の足元で右往左往しているのが可笑しいくらいだ。オズルを執拗に狙って来ていた女騎士たちも巻いたようだ。


 ははははは……と高笑いをしていると。


 「ずいぶん余裕があるものだな? 貴天オズルよ」

 ふいに背後から声がした。

 「!」

 魔王オズルはその声に一瞬で背筋が凍った。

 まさか、この俺に気配を察知させずに近づける者がいたというのか?


 「何者かっ!」

 とっさに瞬間移動し、そいつの姿を確認したオズルはまさかとその目を疑った。

 上空に浮かんで対峙しているのはどう見ても自分だ。

 まるで鏡を見ているかのように、目の前に同じ姿をした者が浮かんでいるのである。


 「貴様、何者だ! 俺に化けているのか?」

 魔王オズルは叫びながら指先から強烈な雷弾を放った。

 この距離でかわせるはずがない。黒焦げになった敵が地上に落下していく……ことはなかった。


 「化けているだと? おもしろいことを言うものだな」

 魔王オズルはぞっとした。またも背後をとられ、耳元でささやかれたのだ。


 「!」

 バッと耳を押さえて振り返ると、目の前に口元を歪めた自分がいる。違うのはその身から立ち上る気配、これは深淵に落ちた闇術師がまとう濃厚な闇の気配である。 


 「貴様、さてはゾルラヅンダかっ?」

 魔王オズルはその気配に一致する人物を一人だけ知っていた。汚れた闇術師一団の頭目ゾルラヅンダである。 


 「ふふふふ……よくぞ見破ったと言うべきかな? そうだわしはお前に復讐するため、死の淵より蘇ったのだ!」

 貴天の姿をしたゾルラヅンダが邪悪な笑みを浮かべた。


 「なぜ、貴様がここに? その姿はどうしたのだ?」

 「言ったであろう? わしを裏切った貴様に復讐するために来たのだ。この姿は、わかっているであろう?」


 「ちっ、研究所め、裏切ったか」 

 オズルの脳裏に研究所で蟻のように蠢く人形たちの姿が浮かんだ。そもそもあいつらは帝国や魔王の意思で活動などしていなかったのだ。研究所の安全と自分たちが面白いと思う実験だけに興味を示す者たちである。 


 「その顔だ。ふはははは……、それが見たかったのじゃ。そしてもっと苦しめ! ほら、あそこを見よ!」


 目の前のオズルの姿にゾルダヅンダの幻影が重なり、それが指さした先に一台の装甲車が停まっているのが見えた。それは邪神竜の進路上に停車している。


 「シュトルテネーゼ!!」

 一目見て、貴天の顔つきは変わった。

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