第349話 魔王襲来4 ーオズルとシュトルテネーゼー

 「貴、貴様! まさか彼女を巻き込んだというのか!」

 魔王オズルの目に怒りのほむらが立ち昇った。


 間違いない!

 装甲車の中からシュトルテネーゼの気配がする! あの純白の清らかなオーラは、かつて共に邪神に立ち向かった時に彼女から感じていたものと同じだ。


 あの日、世界を破壊する力から最後まで人々を守っていた大教会で二人は無言で見つめあって永遠の愛を誓った。


 言葉に出さずともわかっていた。


 世界を守るため、シュトルテネーゼは純白のウエディングドレスの神官服をまとって神竜を率い、邪神との最後の決戦に挑んだのだ。


 そして運命のその日、俺は自分が手にかけたシュトルテネーゼの亡骸を抱き、世界中を敵に回したとしても必ず君を見つけ出し、その魂を救うと約束した。


 「決して、二度と失わない」そう心に誓ったその彼女に危険が迫っている。


 「くくくく……研究所の中にアレがいると知ったのでね。おお、研究員は悪くないぞ。わしが奴らの頭の中を読んだだけじゃからな」


 魔王オズルの目の前で同じ顔をしたゾルダヅンダがニヤニヤと笑った。その顔は悪意と復讐心に満ちている。


 「……貴様、どうしてこんなことを? 俺とお前は協力関係にあったはずだぞ」

 そう言いながら、魔王オズルは装甲車までの距離を測ってゾルダヅンダとの位置を少しづつ変えていた。

 焦って飛び出せばゾルダヅンダから攻撃を受ける可能性がある。こいつがそう簡単に装甲車まで行かせるはずはない。


 「協力だと? わしを罠にはめて殺した奴が何を言うか! これは復讐じゃ! オズル、貴様はここで死ぬのだ! やれ!」

 ゾルラヅンダが叫ぶと、時空竜が雄叫びを上げて再び暴れ出した。太い二本足で立つ巨大な蜥蜴のような姿である。


 「奴には命令できずとも、精神干渉系の闇術を使えるわしの方が奴に与える影響が強いのじゃ! それに貴様の術は無効じゃぞ、わしにも同じ術が使えるのだからな!」


 「ちっ! 闇術か!」

 ゾルラヅンダの干渉を受け、時空裂の青竜はオズルを敵と認識したらしい。


 魔王オズルは、竜が放ったレーザーのような光線をあやうくかわした。しかも、やはり時間移動や転移魔法は発動できなかった。ゾルラヅンダがそれを打ち消していた。


 奴は竜の意識を誘導している。さすがは何百年も生きて邪神竜を操る方法の研究に没頭してきた闇神官だけのことはある。


 「どうした貴天オズルよ? 魔王になったくせに逃げてばかりではないか? ほらほら、早くしなければ竜が間違ってあの女を踏みつぶしてしまうかもしれんぞ?」

 その言葉に貴天は眉を吊り上げた。

 時空裂の青竜が片足を大きく上げているのが見えた。


 「シュトルテネーゼ!」


 装甲車のすぐ近くに竜の前足が落下した。直撃ではなかったが装甲車が大きく弾んで横倒しになった。乗っていればただではすまないほどの衝撃だった!


 「今助ける!」


 近づこうとしたオズルに時空裂の青竜が放った鋭いレーザー攻撃が襲い掛かった。そのレーザーが大地を斬り裂き、装甲車の倒れた大地に無数の亀裂が入っていくのが見えた。


 「ちっ!」

 竜の攻撃と同時にドルラヅンダが放った闇の光弾の連射を避けて身をひるがえし、魔王オズルは、空中で見えない壁を蹴るように向きを転じると装甲車の方向へ飛翔した。


 大地を震わせた竜の前足が大きく沈み込んでいく。

 時空裂の青竜の重みで地下洞窟の天井を踏みぬいたのだろう。

 次の瞬間、大地が大きく裂けた。凄まじい地割れが蜘蛛の巣のように広がった!


 「シュトルテネーゼ!」

 竜の足元でシュトルテネーゼが乗っている装甲車が木の葉のように揺れ、今にもその地割れに落ちかけている。


 「くそっ!」

 魔王オズルは竜の吐いたレーザーの直撃を受け止め、片手をジリジリと焦がされながら強引に弾き返す。かなりの魔力と体力を一瞬で喪失したが、もはやそんな事は言っていられない。


 またこんな運命なのか? 

 呪いは残酷にもまたも彼女をこの俺から奪おうというのか?


 「いや、今度こそ、そうはさせない! 俺はそう誓ったのだ!」


 弾け飛んでくる巨大な岩々をジグザグに避け、力を振り絞って矢のように魔王オズルは飛んだ。


 「間に合えっ!」

 魔王オズルは凶悪な地割れの端にかろうじて引っかかっている装甲車の後部ハッチをつかんで開いた。


 「シュトルテネーゼ、どこだ! 無事か!」

 「エクスト様! ここです!」

 ハッチを開け放って車内に飛び込んだ瞬間、ついに車を支えていた岩盤が崩れた。


 落下する装甲車の中、彼女の培養カプセルに飛びつくと、一瞬で蓋を破壊し、オズルはシュトルテネーゼの手をつかんで引きずり出した。


 「ああ、助けに来てくださったのですね!」

 その表情が美しい。


 素体となったドリスミレニアムの体がカプセルの中でシュトルテネーゼの魂に影響を受けて変化していたのだろうか。その姿は以前よりもずっと記憶にあるシュトルテネーゼに近い。


 「つかまれ! この手を絶対に離すな!」

 「はい!」

 亀裂に吸い込まれるように消えていく装甲車から跳躍し、空中で体勢を変えるとオズルはシュトルテネーゼを抱きかかえる。


 「エクスト様!」

 「記憶が戻ったのか? 俺がわかるか? シュトルテネーゼ、君なのか?」


 「エクスト様、全て思い出しました。私はずっとあなたをお慕いして、心から愛していたのです!」

 「俺もだ……」

 その短い言葉に全ての想いを感じ、シュトルテネーゼはうれし涙を浮かべながら魔王オズルの首に抱きついた。


 魔王オズルは地上に二人で降り立ち、荒い息を吐いた。

 時空竜が発している自己防衛用の腐食オーラの中で活動するのはオズルをもってしてもかなり消耗が激しい。


 「大丈夫か、どこにも怪我はないな?」

 「はい、エクスト様」

 「よかった」

 魔王オズルはあどけない少年のような微笑みを浮かべてシュトルテネーゼの手をぎゅっと握った。


 「ここから離脱するぞ。君を連れて来た奴が俺たちを狙っている」

 そう言った瞬間、魔王オズルは眉をひそめた。

 

 「そのとおりじゃ。オズル! 逃がしはせぬぞ」

 ゾルラヅンダの声が周囲に響き渡った。


 「エクスト様、あれは? エクスト様と同じ姿をしていますわ。それに凄く禍々しい気配がします」

 「あれは闇神官ゾルラヅンダという男だ。むっ、奴め俺の魔法を無効化するための結界を張ったな! くっ!」

 ふいに魔王オズルの全身に凄まじい重圧がのしかかった。


 奴は逃亡できないように魔法を封じた。それは同時に邪神竜のオーラから守るため周囲に張っていた力場の喪失を意味する。今や邪神竜の腐食オーラの力が一気に降りかかってきていた。


 「エクスト様?」

 「大丈夫だ、絶対に今度こそ君を守る。いや、守らせてくれ」

 唇から血を滲ませながら魔王オズルは苦悶の表情を浮かべた。いまや二人を守っているのは魔王自身の生命力を削ったオーラだけだ。


 その効果範囲は狭く、少しでも魔王オズルから離れればシュトルテネーゼの身体は一瞬で灰になってしまう。


 「ハハハハハ…………! どうだ、もはや動けまい? そこが貴様の死に場所なのじゃ! さあ、やれっ!」

 オズルの姿をしたゾルラヅンダが片手を天に向けた。


 歯を食いしばった魔王オズルの目に頭上に振り上げられた時空竜の前足が見えた。


 「これは、あの時と同じ状況?」

 デジャブだ。

 どうあれを避ける? 

 貴天オズルが思考をめぐらした瞬間、突然、周囲が明るくなった。


 「時空竜の攻撃かっ!」

 口から放たれた一筋の光が真上から二人に迫った。


 あらゆる物体を斬り裂くだけではない、その存在、因果律すらも斬り裂くという時空斬撃の光の奔流である。

 魔王オズルは降り注ぐ光からシュトルテネーゼを守るのが精一杯で振り下ろされる前足から逃げる時間を作れない!


 「どうだ、オズル! 貴様はそこで死ぬのだ!」

 ゾルラヅンダはその光景にニヤリと笑みを浮かべた。


 片手を頭上に掲げてかろうじてその光を弾き飛ばしながら、魔王オズルは不安そうな表情のシュトルテネーゼを見て穏やかに微笑んだ。


 「大丈夫、心配しなくていい。飛ぶぞ。二人で時空を超えた新たな世界で共に暮らそう、今度こそ二人で共に生きるんだ」

 「ええ、信じています。エクスト様」

 シュトルテネーゼはオズルの胸で微笑んだ。


 時空竜の白い光に包まれ、全てが真っ白に浄化されていくようだった。


 「シュトルテネーゼ結婚しよう!」

 「ええ! エクスト様、うれしいわ!」

 ふたりはしっかりと抱き合って優しいキスを交わした。


 その瞬間、二人は降り注ぐ最後の光に包まれた。シュトルテネーゼの衣装が一瞬真っ白なウエディングドレスに見える。


 時空斬撃の副次効果による二人の呪いの運命環の消失、永遠に続くかと思われた輪廻の時はたった今終わった。


 「どこに行きたい? シュトルテネーゼ」

 「思いっきり過去なんてどうでしょうか?」

 「それもいい。過去の世界で二人で勇者でも演じようか?」

   

 二人の姿は時空竜の光りに包まれ、直後、振り下ろされた竜の足の下敷きになって消滅した。




 ーーーーーーーーーーー-


 「ウハハハハハ! やったぞ! 奴は消し飛んだ! 竜の吐息から生き延びたとしても逃げる暇などなかった。もはや潰されて挽肉じゃ!」


 ゾルダヅンダは、その死を確認すべく竜の足元に近づいて竜が踏みつけた地面に死体を探した。


 「肉片すらも残っておらぬか。かくも人間とは脆いものよ」

 ドルラヅンダは笑みが止まらない。

 あの生意気な魔王、いや貴天がこうもあっけなく死んだ。


 わしは、この肉体によって奴と同じ術を使える。さらに奴が使えない高次闇術を使えるのだ。その力で奴の魔法を封じ、奴はなすすべもなく竜の攻撃で死んだ。


 「お前が築いた地位や名声はそのままわしが利用してやろう」

 復讐を成し遂げた満足感とともに、どす黒い欲望がむくむくとゾルラヅンダの胸に湧き上がってきた。


 「今より後は、わしが魔王オズルじゃ! わははは……!」

 せっかくこれほど若い体で復活したのだ。

 王の地位を利用すれば、富も権力も、そして女も思いのままだろう。

 そして魔王が治めるにふさわしい魔王のための闇の帝国を築き上げようではないか!


 そうなるとあの邪神竜が邪魔だが、あれは制御できぬが誘導はできる。ほどよく南部に湧いた小蠅どもを滅ぼさせた後、闇術の秘儀を行使して竜の破壊衝動を抑え、長い眠りにつかせれば良いではないか。それは何百年もかけて邪神竜を研究してきた者にしかできぬことだ。


 「ん?」

 その時、背後に殺気を感じ、ゾルラヅンダは「何だ!」ととっさに飛びのいた。


 「ここにいましたか! 見つけましたよ魔王オズル! こんな所にこそこそ隠れて、それでも魔王ですか!」

 声がして振り向くとそこに黒い大剣を手にした少女がいた。


 しまった、今のこの姿は貴天だ。こいつらは真魔王国の騎士たちか? 奴がそれまで戦っていた連中にうかつにも見つかってしまった。


 「ち、違う……!」

 叫ぼうとした時、足元の岩が火花を散らした。岩を真っ二つに立ち割った大剣から発せられた衝撃波がなおも直進し、逃げた貴天ゾルダヅンダの胸元を薄く裂いた。


 「ちっ」、連中には竜の足元付近にオズルが着地するのが見えていた。そこに不用意に近づいてしまったのが間違いだ。


 奴の死を確認しようとするあまり、魔王オズルが置かれていた状況までも本物と入れ替わってしまった。

 少女の声に次々と周囲に敵が集まってくるのがわかる。


 「わしとしたことが、誤ったわい!」

 ゾルラヅンダは胸の傷を回復させながら後方に跳躍した。

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