第64話 三姉妹再び

 「お姉さま! お客様、カインが来た!」

 弾むような明るい声。

 くりくりの大きな青い瞳に愛らしい眉、桜色に艶めく唇、少し尖った耳が魔族であることを示している。


 「あ!」

 「お前!」

 俺とオリナは同時に叫んだ。


 暗黒術師3姉妹の次女クリスだ。


 「いらっしゃいませ、あらあら。まあまあ」

 呼ばれて奥のドアから顔を出したのはイリスだ! 唇の膨らみにクリスより少しだけ大人びた色気が漂っている。


 イリスの登場にカウンターの男どもが一層どよめいた。


 「ひゃあーイリスさんだぜ。俺と付き合ってくれよ」

 「イリスさんは俺の嫁だぞ!」

 「クリスさん、俺と結婚してくれ」

 「いや、クリスはおれのもんだ」

 「アリスちゃんはどうした。俺はアリスちゃんに会いたいんだ」

 「アリスちゃーーーん!」


 無数のむさ苦しいハートマークが飛び交うのに目もくれずイリスはモデルのような足運びで俺たちの前に来た。そのミニスカートからのぞく白いふとももと網タイツの美脚に男共の熱い視線が集まる。狼の群れめ。

 

 「こ、これはどういうこと? この前は私たちを逃がしてくれたけど、こんな所で待ち伏せ? やはり暗殺が目的?」

 オリナが腰の剣に手を添えて身構える。


 「いらっしゃいませ。お客様」

 イリスは丁寧にお辞儀をする。

 まだ気を緩めないオリナ。


 「お姉さま方、お部屋の準備ができましたわ。どうぞこちらへーー!」

 ドアの向こうからアリスの明るい声が聞こえた。

 「こちらへどうぞ。リサ様もご一緒にどうぞ」

 イリスは俺たちを案内した。


 背後から野郎どもの罵声が俺に浴びせかけられる。

 俺が姉妹を一人占めしたからだ。

 初めて店に顔を出した野郎が奥のプライベートルームに通されるなど、今まで聞いた事が無い対応なのだ。男共の嫉妬の目が俺を押しつぶしそうだ。


 3人は別室に案内された。応接セットが置いてある。

 室内で待っていたアリスが軽く頭を下げた。


 「ここは店の貴賓室です。オーナーは留守ですからお気軽になさってください。お好きな席へどうぞ」

 イリスが革製のチェアに座るよう促す。


 「わーふかふか、ねえアリス、見ててよ」

 リサはそう言ってさっそく椅子の上で跳ねまわっている。

 「リサ様、危ないですよ」

 アリスが落ちないように手を差し伸べ、さっそくリサ用に準備していた本を見せた。

 さすがは元々リサ付きのメイド、リサの好きなものを良く知っているらしい。リサは目を輝かせておとなしくなった。


 「皆さま、どうぞおかけください。ご用件は何も言わずともわかっています」

 イリスが微笑んだ。

 「カイン様、座る、イスは綺麗にしてある」

 隣にいたクリスが俺の手を握って、引く。


 「そうは言ってもね。いくらこの間は私たちを助けたと言っても貴女たちは帝国の暗殺者、私たちをどうする気なの? 3人のうち一人くらいなら相打ちにできるかもしれないわよ」

 オリナが油断なく厳しい目を向けた。


 「ええと、姿を変えているけれど、クリスティリーナ様ですね?」

 「そうよ」


 俺はそのやりとりを見ているだけで何もできない。

 クリスは空気を読まず、イスに座らせようと俺の手をくいくいと引く。俺は、この一触即発の状況にハラハラしているのだ。


 3姉妹が俺たちを助ける理由は、この間少しだけ聞いたが、心底信頼できるとは根拠もなしに簡単には言えない。


 「この間も申し上げましたが、私たちはリサ様に仕える身。軍には直接属しておりません。蛇人国が帝国の支配下に入った時に、国の存続と引き換えに人質として帝国の元に入り、魔王様から与えられた使命です」


 国の人質? そんな人は一般人じゃないよな。この姉妹、実は要人なのでは?


 「それなら、リサを連れて帝国に戻る選択枝だってあるわ」


 ふっとイリスが笑った。

 馬鹿にしたわけではない、むしろ自虐的な笑みだ。


 「それが、もはやできない身になりました。私たちの行動を縛るための双蛇様の呪い。魔王が直々に施したその強固な呪いが無くなったとわかれば、帝国への反逆とみられるでしょう。それに……」

 と言いかけてイリスがなぜかもじもじして俺の方を見た。


 自然とクリスとアリスの視線も集まる。


 いつの間にかクリスは俺の腕に手を回して、わざと胸を押し当てて、俺の瞳を覗き込む。セシリーナの弾力とも違い、どこまでも沈み込むような超柔らかな感触がヤバい。


 「?」

 不思議に思ったオリナの視線が俺に注がれる。

 美女たちに見つめられて顔がひきつってくる。な、なんだ、このプレッシャーは。


 しばし、沈黙の時間が流れる。なんだか居たたまれない。


 「カイン様」

 どきっとした。姉妹の澄んだ瞳が俺を映している。


 「私たち姉妹のカイン様へのこの気持ちは、みんな同じなのです」

 「そう、同じ」

 「そうです」

 美少女3姉妹は、俺の前に一列に整列する。


 「はあ? それって、どういうことなの? ーーーーま、さ、か」

 オリナが俺を見る。その目が怖い。


 「マスターカイン。貴方にこの身を捧げます。私たち姉妹は全身全霊を持ってリサ王女と貴方を守りましょう」

 イリスが膝をついて拝礼した。

 合わせてクリス、アリスも同様だ。


 「し、信じられない、どうしてそんな事になったの?」


 「クリスティリーナ様、信じられないなら、ちょっとマスターカインのお腹を確認してください」

 イリスがそのままの姿勢で見上げた。


 「な、何ですって! まさか、なんだか最近妙な紋があるなって気がしてたけど。夜は暗いから……」

 俺が逃げるより早く、オリナが俺のズボンを力いっぱい下げた。しかも勢い余ってパンツまで下げられた。


 アリスが顔を赤らめ顔を手で隠した。

 イリスがあらあらと笑って同じように顔を隠したが、指の間からしっかり見ている。

 クリスは顔を染めて横を向いたが、横目で食い入るように見入っている。


 赤く浮かぶ3つの紋。


 「こ、これって、もしかして守護者紋?」

 オリナが下から俺を見上げた。


 守護者紋は眷属紋より上位紋で、危機的状況下で互いを守るべき異性として認識した場合に稀に発生する希少紋である。愛人属性があり妾以上の関係を表し、ほぼ婚約紋と言って良いが、想い人を守る存在という面がかなり強い時にしか現れない特殊な紋だ。


 オリナの顔の前で俺のが揺れる。何だか危ない位置だ。

 俺は急いでパンツを引き上げた。


 「そうです。私たち姉妹はもはやカイン様に仕える者、魂の赤い絆で結ばれ、カイン様が危険に陥った時は命を賭して守ります。そして……」

 そこまで言ってイリスが愛らしくはにかむ。その仕草がなんだかすごくかわいい。


 「……カイン様が望まれるなら、すぐにでも婚姻の儀を執り行いましょう。もう妻になる準備はすっかり整っていますわ」

 「そう、私、カイン様のもの。私の、全て捧げる、儀式急がないけど、抱いて欲しい、今すぐにでも、奪ってほしい」

 「はい。カイン様がご主人様です。今夜と言わずベッドに来いとおっしゃってくだされれば……」

 俺を見つめる恥じらいの表情が蕩けそうだ。何度見ても、ぎゃああーーーかわいい! と叫びたくなる。


 ぷるぷるとオリナが震えた。


 「い、いつの間に! いくら貴族が一夫多妻とは言え、妻になったばかりの私がいるのに、手が早すぎるのよ、えい、こいつめ!」

 オリナがパンチ。


 ぶへ! もろに決まって、股間を押さえて悶える。流石はセシリーナ、狙いも威力も一流だ。


 「まあ、大変。でもカイン様はまだ私たちに手をつけていませんわ。クリスティリーナ様」

 「そう、カイン、へたれ」

 「私たちは3人とも未だに汚れなき清らかな乙女」


 「じゃあ、どうして妾以上の関係を示す守護者紋がここに出ているのよ」

 オリナが俺の下腹を指で押して唇を尖らせた。


 「そ、それは……カイン様が、私たちの特殊な呪いを解呪したからです。それにあんなことをされたら」

 イリスが頬に手を添えて顔を赤くした。


 「あれこれあった」

 クリスが目を隠すふりをした。

 「もう他の人にはお嫁にいけません」

 アリスがうつむき加減に頬を染めた。


 「なに? なんなの? 一体、どんなプレイをしたって言うの?」

 オリナの顔が引きつる。

 3人はもじもじして顔を赤らめうつむく。


 おいおい、その反応はよせ。俺がお前たちの体を弄んだ悪者みたいな感じになってる。


 「もう、はっきり言って頂戴。どんなことでも聞く覚悟はあるわ。これでもカインの妻なんですからね」

 オリナは腕組みしてイスに深々と座った。もう開き直っている。


 「私たちの身体を乗っ取ろうとした邪神の双蛇は、何と言うか、その、私たちの身体の一番奥深い所に根を下ろそうとしていたのです。精神と肉体が融合しかかっていた時に、その双蛇をカイン様は力強く握り締めたのですわ。間接的とはいえ私たちの一番奥に隠れた、核とも言える所をあんなに大胆に……だから紋が生じないはずがないのです」

 イリスが恥じらって頬を染めた。なんというかわいらしさだ。悶えそうになる。


 「その状態で、こーんな風に、した」

 クリスがすりこぎ棒を股間にあてて、腰をまわした。どこからその棒を持ってきたんだと突っ込むのは無しだ。


 へ、変態だ。

 俺が見ても、どう見ても変態そのものだ。


 座っているオリナに俺がしたように腰をまわして、腰を前へくいくいと突き出す。


 「おもしろーい、私もやるう」

 リサがクリスから棒を奪取した。

 「あ」

 「こら、止めなさい。王女がする行動じゃない」

 俺はリサを抱きかかえて制止した。


 「まともな男がするような行動でもないわね」

 オリナの厳しい指摘。もっともである。


 「クリスティリーナ様、これには訳があって……」


 優しいアリスが事の顛末を説明した。


 俺が暗黒術師の彼女たちに勇敢に立ち向かって、何か不思議な力で打ち破ったこと。続いて出現した呪いの双蛇という邪神が姉妹の肉体を奪って復活するのを未然に防いだこと。


 うんうんいいぞ。俺が活躍した大げさな話になってる。

 自分たちが簡単に破れたとは言いたくないのだろう。”神殺しのカイン様” と、まるで英雄譚のように美化されている。

 ついでに変態的な縛り方で縛ったことや、ふとももや胸の谷間を嫌らしーい目つきで見ていたことまで……。うっ、余計なことを……。


 だが、アリスの話しぶりは見事だった。


 双蛇は実のところ神級の存在だったらしい。結局、邪神が姉妹の身体を乗っ取ろうとして口の中で暴れるという非常に稀な事態で解呪し、邪神を滅したことが、単なる眷属紋でなく、守護者紋が発動する契機になったらしい。


 セシリーナは肩をすくめた。

 「そんな事があったの。まったくもう、しょうがないわね。カインは」

 俺の活躍を褒められると嬉しいようだ。

 なんとか機嫌が戻った。


 「その双蛇様って邪神は聞いたことがあるわ。雌雄一体の蛇身の神で数百年前に魔族の国を混乱に陥れ、伝説の勇者によって封じられたやつよね。今でも街外れによくお堂があるわよね」


 「ええ、なぜか今では子孫繁栄の神になってますけど」

 イリスが言った。


 「邪神の依代よりしろで死ぬところだった、それは嫌」

 クリスが言う。


 「邪神を倒すなんて、カインにしては頑張ったのね」

 「ああ、聖水のおかげで」と言いかけて俺は口をつぐんだ。

 「聖水? なにそれ?」

 「いや、それはどうでもいい」

 まさか本人を前にお前の聖水が、なんて言えない。しかも邪神を倒すのに必要な聖水が神殿の聖水でなくて、そんな卑猥なものだなんて誰が思うだろうか。


 邪神としても、ピンポイントで唯一の弱点であるそんなものを持っている勇者(変態)がいるとは想定外だったに違いない。だからこそ、あっけなく敗れて消滅したのだ。


 「そうよね。伝説の邪神復活から世界を救ったのだわ。流石はカイン。素敵!」

 オリナがわざとらしく俺に抱きついて、姉妹に俺たちのラブラブぶりを見せつける。さっきまでの低評価とは真逆の反応だ。


 「あーーーー、セシリーナずるーーい。カインは素敵なの!」

 リサが反対側から抱きついだ。


 「私も、その素敵なところに。ぜひ」

 クリスが、はぁはぁ言いながら俺の足に抱きつこうと手を延ばす。

 「「抜け駆けはダメですよ!」」

 その首ねっこをイリスとアリスがぐっと掴んで制止した。

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