第65話 美少女クリスは誘惑する

 「さて」とテーブルについた6人は顔を見合わせる。


 俺の前にクリス、オリナの前にイリス、リサの前にアリスである。


 「それではここにサインを。この共通契約書は帝国が威信をかけて魔法によるセキュリティを確保していますから、名前を書いても呪われたりしませんからご安心ください」

 イリスの長く綺麗な指が魔法陣が透けて見える特殊な紙を指し示した。


 「呪い? 嫌なこと言うなぁ。名前を書いただけで呪われることもあるのか?」


 「そういう罠とか、詐欺もあるのよね。でもこれは大丈夫、この書類は本物だわ」

 そう言ってオリナはすらすらと名前を書いた。


 「そうか、ではこれでいいんだな」

 俺は細工の美しい魔法の羽ペンを動かし、名前を書く。


 「はい。これで事務手続きは完了でーす」

 アリスが書類を確認した。

 俺たちは硬貨を袋ごとアリスに預け、宝財所に入金した。あとは決済用の指登録という術印の刷り込みを残すのみだ。


 「それではクリスティリーナ様の印の変更は私がいたします」

 イリスがそう言って、オリナの手を握り人差し指に軽くキスした。

 「あ、それだけど、私の事はこれからはセシリーナと呼んで頂戴、登録名も変えたんだから」


 「なるほど、わかりました。それでは術を定着させるまで集中が必要ですので、少しの間、遮蔽いたします」

 そう言うと、二人の姿が見えなくなった。


 「じゃあ、次にカイン様、新規手続きになりますね」

 と手を伸ばすアリス。


 だが、アリスより先に俺の手を握った奴がいる。


 「カインには、私がシ・テ・あげるから、アリス」


 そう言ってクリスがニヤッと笑みを浮かべる。アリスがああっ! と悔しそう。


 ちょっとしたにらみあい。そして「ふふふっ」とクリスが勝ち誇ったように微笑み、少しむくれるアリスがかわいい。


 「じゃあ、クリス、頼んだよ」

 俺は右手の人差し指を立てた。


 クリスは遮蔽術を展開させる。音を消し一瞬で周囲から見えなくすると俺の手を両手で包んで体を寄せてきた。


 遮蔽術の中では何をしていても外からはまったく分からないようだ。


 「ん、じっとして、動いちゃ、ダメ。これから、指先に刷り込み術をする、力を抜いて、全て私に、まかせる」

 「こ、こうかな?」

 もじもじと尻を動かしていた俺だが、そんなこと言われなくてもチェアに座っているので逃げられない。


 クリスは微笑んで、わざわざ俺の右足の上に両足で挟みこむように大胆にまたがり、俺の首を舐めるようにそのかわいい顔を寄せてきた。


 しかも、その体温!


 俺のズボンは安物で薄地なので伝わってくる生温かさがかなりやばい。

 なにしろクリスはミニスカートで生足なのだ。彼女の股間が俺の腿に触れている、どこが当たっているのか想像するだけで……。


 それに、真近で見ると本当に美少女過ぎる!


 目が愛らしいし鼻もかわいい。

 特に色鮮やかな桃色の唇が魅力的で吸い込まれそうだ。ぎゃーーーかわいい! と叫びたくなる。


 「カ、イ、ン……好き……」

 あ、だめだ。凄い。恋する乙女の火照りが!


 「ちょっと待て、そんな蕩けるような微笑みで迫るな! 近い近い、顔が近い、それになんか目的が変わってきていないか?」

 すると、俺の右足の上でクリスがわざとらしく腰を動かした。

 「目的、変わってない」

 「!」

 その柔らかい感触があまりにも生々しい! それが俺の太ももをじわっと生温かく包み込んでいる。


 ごくりと生唾を飲んで視線を落とすと、ミニスカートからあふれた健康的な太ももが露わ! これはかなり刺激的だ。


 「カイン、大好き、私と、ヤル」

 と二人の顔の前に握った手を差しだす。


 そして……ちゅぱ、とクリスは俺の指をくわえた。


 ちゅぱ……ちゅぱ……


 かわいい美少女が俺の指を舐め、時折俺を誘うように見つめる。

 単なる術式の刷り込みのはずなのに! そのちゅぱちゅぱはエロい、エロすぎる!

 しかも、流し目が俺を誘惑している!


 うおおお!

 いかん! 一気に特定の部位がもりもり元気になってきた。クリスがあまりにもかわいい。


 やはり凄い美少女だ。た、たまらん。このまま抱きしめたい! 彼女の誘惑術にかかったようだ。このままではマズイ! マズイんだけど、もう我慢の限界が! 


 「た、たまらん!」

 俺はガバッと左手で彼女の細い腰を抱き寄せた。


 「カイン……」

 クリスは嬉しそうに目を閉じて愛らしい唇を突き出す。


 ぐおおおお……! こうなったらヤルしかない!


 「何をしてるの?」

 突然、リサが横から俺のわき腹をグサリと突いた。


 ぱっと唾液を滴らせてクリスの唇が離れた。ハッと俺も目が醒めた。凄い幻覚を見せられていた気がする。

 

 「せっかく、欲情したカイン様のが、むくむくと巨大に……」

 クリスが少し残念そうに言いかけた口を俺は咄嗟に押さえる。


 あっぶねーーーー! 何を言いかけてる!


 幸い遮蔽術は効いている。セシリーナには聞かれていないはず。


 「と、登録は済んだのか? 終わったか?」


 「ふう、終わり。でも、もう少しでキスよりすごい、初めてを奪われそうだった、ちょっと残念」


 そう言いながらクリスが良い匂いを残して離れた。セシリーナの柔軟ながらも弾ける素肌とも違う、そのどこまでも柔らかな感触が尾を引く。なんとも言い難い、ずっと抱いていたくなる感覚だ。沈み込んで永遠に包まれていたいと思ってしまうような。


 俺のふわふわした様子を見て、クリスが妖しく微笑んでいる。やはり危険な奴だ。


 「これですべて終わりました」

 3姉妹がお辞儀をした。


 ふうっ、危ない所だった。背中に嫌な汗をかいてしまった。


 「それで、貴女たちはこの街で暮らすことにしたの?」

 先に登録が終わっていたオリナはお菓子をかじりながらイリスを見上げた。リサは両手でグラスをつかんでジュースを飲む。

 部屋の中にはいつの間にかお菓子の甘い匂いが漂っていた。


 「いいえ、私たちはリサ様を守るのが務めです。皆さまが街を出る時は、影ながら危険を排除して先回りします。そして今回と同様に、次の街に潜入して皆さまの到着をお待ちするつもりですよ」

 イリスが微笑んだ。




 ーーーーやがてイリスは俺たちが飲みほしたカップを片づけるため奥のキッチンに入っていった。それを見てクリスが慌てて席を立った。


 「お姉さま、さっきの話、私は、カイン様に、同行希望、これ確定!」


 「えっ」とイリスは振り返った。

 そこにクリスがたった今思いついた、というような顔をして立っている。


 「クリスお姉さま、それは却下です」

 さらに続けてその後ろからアリスが顔をだした。


 「むっ、アリスには聞いてない。イリスに聞いてる」

 「どうして? 一緒に行かないの?」

 「リサ様が心配」

 「本当にリサ様なの?」

 イリスが突っ込む。クリスの顔が少し赤い。


 「う、カイン様の、夜のお世話希望、やっぱりこの気持ち、止まらない! カイン様のそばにいたい」


 「クリス、だから、今はまだダメですって」

 ふぅ、とイリスが額を押さえ、ため息をついた。


 「そうよ。クリス姉さん、それはダメですよ。カイン様にはセシリーナ様という新妻がおります。邪魔をなさる気ですか?」

 アリスが珍しく強い口調でクリスに迫った。


 「アリスの言うとおりよ。今はまだがまんしなさい。カイン様にはまだまだ妻が増えるのですから、愛される順番を待つ事も大事よ」


 「む、我慢できない。毒蛇見てからドキドキ。カインにくっつきたい、これ切望。セシリーナ居ても全然平気!」


 「ダメです! 抜け駆けはずるいですよ。クリス姉さん。私だって我慢してるんです。カイン様とヤルなら、みんな公平に、一緒にヤルんです!」

 アリスが宣言した。


 あわわわ……アリスは真面目な顔で意外と過激な事を言う。

 リサの飲み終わったカップを持ってきた俺は、思わずドアの前で動けなくなった。


 会話はみーんな聞こえた。聞いてしまった。アリスまであんな風に思ってるのか。


 俺はセシリーナとクリスたち3人がベッドで微笑む姿を想像してふらついた。それはもはやこの世のものとは思えない光景に違いない。なにしろこの大陸一といって良い美女が4人だ。あまりにも衝撃的で刺激的すぎるだろ。


 「お姉さま、次の町にはとても有名なお菓子の名店があるそうですよ」

 アリスが話題を変えた。


 「お菓子、名店、むむむ……」


 「だから、みんなで次の町に移動しましょうね」

 イリスがまとめた。


 「わかった。先に行ってお菓子食べ尽くす」

 クリスが親指を立てて微笑した。


 ぐっ、結局、俺よりもお菓子が上だってことか! あんなに誘惑しておいて! 俺は肩を落とした。



 ◇◆◇


 「ダキニア様、只今戻りました。」


 鬼面の男キメアは片膝をついて拝礼した。

 黒を基調とした部屋の中央に鬼天ダキニアの姿があった。黒水晶の塔の一室でありながら王宮の部屋とは思えないほど簡素な調度品がその主人の性格を現わしている。


 「キメアか、報告にあった男の行方は未だに不明か? やはり死んだということか?」


 「はっ、カインという重犯罪人でございます。獣化の病に抵抗力を持つ男で、古種の血を持つ人族の生き残りかと思われておりましたが、囚人都市での死肉喰らい騒動の渦中に行方不明となっております」


 「ふむ、その騒動だが鎮静にだいぶ手こずっておるようだな」

 「はい、近隣から増兵しているようです」


 「カインという男の死体は確認していないのだな?」

 「あの襲撃で死んだ者は、死肉喰らいに変貌した者も多いようです。奴が殺されて死肉喰らいとなり、駆除されたのであれば死体は見つからないでしょう」


 「貴天オズル様は残念がっておられたが、その男の生死には既にこだわってはいないようだ。奴の古種の遺伝子は研究所に無事届いた、それが評価されている。男を利用して獣化の姫を従わせるという方法は使えなくなったが別の案があるらしい」

 鬼天ダキニアは鬼面を付けているため素顔は見えない。


 「それは何よりでございました」


 「ただ、私は気になっている。あの状況で奴らはどこに向かおうとしていたのか? カインという男たちは北門に向かおうとしていたのか、それとも別の意図があったのか」

 「と言いますと?」

 「奴らが囚人都市から脱獄した可能性が無いわけではない、と私は思っている」


 「カインという男がまだ生きているという事でしょうか?」

 「その可能性もあるということだ。念のために部下に網を張るように指示を出せ。よいな?」

 「はっ、かしこまりました」

 キメアは頭を下げた。


 「それとだ……」

 「まだ何か気がかりな事が?」

 「うむ、魔王様直属の闇術師たちは否定しているが、囚人都市に幽閉していた王女と、彼女を監視していたメラドーザの三姉妹も姿を消したらしい。

 消息を絶つ前、封印の邪神が発動した気配が魔導監視網に感知されていることからすれば、神罰により姉妹はこの世から消え失せた可能性が高いが、死肉喰らいの発生の時期と重なるのが気がかりだ。

 三姉妹が使役していた死肉喰らいが姉妹の死によって暴走したとも考えられるが、本来あの娘たちが使役している怪物はその程度のものではない。それがこの世に現出していないとすれば、三姉妹たちもまだ生きている可能性があろう」


 「探し出しますか?」


 「いや、三姉妹の封印が解けたとすれば、もはやそれも無理だろう。王女と三姉妹の捜索は貴天様にお任せするにしても、カインという男が消えた時期と重なっていることが気がかりなのだ。たかが人族の男が生きているかどうかを探るとは言っても油断するでない、そう部下に伝えろ」

 「はっ」

 「それでお前を呼んだのは、これだ。貴天様から直々に命令が下っておる。鬼天衆筆頭のお前を見込んでの仕事だ、これが命令書である。今後しばらくは貴天オズル様の下で行動するのだ」

 鬼天ダニキアは硬い声で告げ、青白く光る木札をキメアに手渡した。


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