第272話 合流する仲間たち

 「ここまで来れば知っているものもいないでしょう。もう大丈夫ね」


 久しぶりにオリナの変装を解いたセシリーナは本来の姿と衣装になり、俺の前でくるりと回って見せた。


 その軽やかな身のこなしはいつもながら素敵だ。

 短めのスカートがとても似合う。

 もちろん、ちらちら見える太もも、最高!

 毎晩どれだけ激しく抱いていても、明るい日差しの元で見るセシリーナの素顔はまた格別に美しい。俺の鼻の下も長くなるのも当然だ。


 「ミズハ様もセシリーナ様も有名ですから色々と大変ですね」

 アリスが二人から顔を隠すのに使っていた特殊フードや変装アイテムを回収する。


 「シズル大原の辺りではかなり顔が知れ渡っているから仕方がない。でも、この先は人家はない。もう大丈夫だろう」

 ミズハも変装を解く。


 俺たちは東コロン山を左手奥に見ながら旧王国平原に続く酷い藪道を進んでいる。

 街道が獣も通らないような藪になっていることからも人の往来が何年も無いことがわかる。


 この先は大戦で滅ぼされた旧王国の領土、帝国が近づくことすら禁止している土地なので、人が生活する町や村は一つも無い。戦いの傷跡が残る街道は復旧されることもなく打ち捨てられ、誰も通らないので盗賊すらもいない。


 つまり、快適なベッドでの就寝は昨晩の宿が最後である。


 「明日以降はベッド上の魔王の出番は減るわ」と誘われた俺。

 ふわぁーーー、と寝不足であくびが出て、腰が痛いのは当たり前なのである。


 「なんだか、うっそうとして不気味な所なのです。この奥には進んじゃいけないような、ただの林じゃない気配がします」

 「草ぼうぼうだし、今にも何かがガォーって出てきそうだよーー、カイン!」

 リィルとリサは辺りを見回して不安そう。


 「帝国が旧王国に人を寄せ付けないように忌避の範囲魔法を使っているという噂もあります」とアリス。その横顔からは恐れも怯えも見えない。さすがは暗黒術師、頼りになる。


 「大丈夫だ! こっちにはアリスもいるんだ。恐ろしい魔獣が居ればアリスがすぐに気づくから安心しろ」

 俺はアリスを信頼している。

 けして「俺がいるから安心しろ」と言わないところが実に正直だ。


 「な? そうだろ?」

 「はい。お任せくださいカイン様」

 アリスはにっこりと微笑んだ。


 その時だ。

 ガザガサと俺の背後の草むらが動いた。


 「!」


 「カーイーンーーー……!」

 不気味な声が茂みの奥から響き、草むらから青白い手が伸びた。


 「だっ、誰だっ!」

 「わーたーしー!」

 泥魔人のような顔が、ぬうっ! と現れる。


 「ぎゃうわああああああーーーーっっつ!」

 俺はビビった。

 ついリサの背後に隠れる。


 「どうしてそこでリサの陰に隠れるかなぁ?」

 なぜか落ち着いた様子のセシリーナの非難めいた視線がぐさりと刺さる。

 「そうですよ、アリス様の陰ならまだしも、リサを盾にするとか、やはり下衆い男です」

 リィルも平然としている。


 「いいんだよ。ねっカイン!」

 天使のように優しく微笑むのはリサだけ。


 どうしてそんなにみんな余裕なのか?


 草むらをガサガサと掻きわけてひょっこり顔を出したそいつは泥を払った。うん、見覚えのある顔……。

 

 「って、お前! ルップルップじゃないか! お前、どうしてここにいるんだ? それに何でそんなに泥まみれなんだ?」

 俺は思わず叫んだ。


 「私と、一緒に、来た」

 ルップルップの後ろからクリスが姿を見せた。

 「クリス! お前!」

 おお、なんだかクリスの美人度が上がっている気がする。いつものメイド服もデザインに少し手を入れたのか、妹のアリスよりロリ系の雰囲気にマッチした衣装で、特にその豊満な胸部の破壊力向上が著しい。


 「クリス、ということは向こうは片付いたんだな?」

 ミズハが魔女帽の庇を少し上げた。


 「私、ついてる、問題解決!」

 クリスは得意げに親指を立てる。

 「作戦は成功したんだな。詳細は道すがら聞かせてもらうぞ」

 「わかった、説明する」


 「お姉様、流石です! すぐに合流できて何よりです」

 「鳥や獣に、探させた、簡単」


 「問題なしですね」

 「うん、でも、ルップルップが、泥沼に落ちた」


 「カイン! 見てくださいよ、泥だらけなのですよ! 私との再会に感謝して、早く洗い流して!」


 「仕方がないやつだな、まずは顔を洗えよ」

 俺は唯一の魔法、水しぶきを唱える。


 「早く、早くしなさいよ!」と目をつむる。

 「うんたらかんたら…………はあっ!」

 これも修行の成果である。魔法発動までの時間が大幅に短くなっている。俺は茂みから顔を出しているルップルップに向けて水しぶきを放った。


 シャー、ちょろちょろ……!


 「うわー……」

 「酷い……」

 背後でみんながひいた。


 みんなから見ると俺の股間から水しぶきが出ているように見える体勢である。しかもそれを喜んで顔面で受けているルップルップ。


 「これは、変態、変態プレイ!」

 クリスだけが羨ましそうにつぶやいた。



 ーーーーーーーーーー


 なんだか妙な誤解があったが、こうして二人は合流した。

 なんだかもう、もの凄い顔ぶれのパーティになった。俺以外は大陸一だろう。


 魔王二天の大魔女ミズハ、帝国一の美花セシリーナ、星姫コンテスト優勝の美少女リサ、森の妖精族リィル、元野族の神官ルップルップに加えて、暗黒術師の蛇人族メラドーザの3姉妹のクリスとアリスの計7人、俺を加えて8人である。


 美女がこれだけ集まったパーティは史上初じゃないだろうか。ハーレム感がもの凄い。しかもこのメンバーは戦闘力も異常すぎる。ここに3姉妹の美女イリスが合流したらどうなることか。恐ろしいぞ。


 「どうなります?」

 「うん、そうだな、イリスは姉妹の中では一番端正で正統派美女だ。モデル体型だから思わずそのキュートなお尻から足までずっと眺めていたくなるだろうな。妻にしたら最高だろうしな。って俺は何を言っているんだ?」

 驚いて口を塞いだ俺の隣でくすくすと笑っているイリス。


 「ええっ? 来てた! 一体いつの間に?」

 思わず目が丸くなった。それ以上は何も言えない。


 「ちょっとカイン様の考えを読ませていただきました。まさかそんな風に思っておられるとは嬉しい限りです」

 イリスがいたずらっぽい目で俺を見た。

 暗黒術か!

 でも、うわあ、やはりこいつもカワイイ!


 「こいつは凄いハーレム状態だぜ! うひひひ……」

 思わず声に出た。

 まだ暗黒術の効果は続いていたらしい。

 しまった! 俺は口を手でふさいだ。 


 「ほーら本音がでましたよ。本当に下衆い男ですよ。これほどの美女を集めて何をしようとしているのでしょうか?」

 リィルが呆れ顔で俺をにらむ。


 「ああ、イリスお姉様も間に合いましたね、良かった!」

 アリスがイリスの手を握る。


 「ええ、旧公国王都の封印の中に入る前に合流できてよかったわ、この先は油断がならない場所だから」


 「そうだな、その封印が厄介だからな」

 ミズハが真面目な顔で言った。


 どんな封印なのか。

 ミズハは知っているらしいが詳しい事は教えてくれない。

 3姉妹も何か知っている風だが、話しても理解できないと思っているのか俺には説明してくれない。


 「ゲ・アリナからの情報によると、この先の森の大きな岩のあるところに封印結界の中に通じている洞窟があるということだ」

 「また洞窟かよ……」

 俺はこの前の一件で正直言って洞窟探検は満腹感が強い。


 「そう言えば、リサ様、このたびの星姫コンテスト優勝、まことにおめでとうございます。お祝いにこれをお持ちしました」

 イリスがそう言って何もない空間から引き出したのは、長い柄のついた武器である。先端に刃身の反った片刃剣のような物がついている。


 「わあっ!」

 リサの目が輝いた。


 「これ! 薙刀だ! ありがとうイリス!」

 「ええ、無理を言ってネルドルとゴルパーネ嬢の工房職人に作ってもらいました。そのせいで少し合流が遅れましたけど」


 「工房?」

 「はい、最近、アッケーユ村にネルドル工房を建てたのですよ。ご存知ありませんでしたか? 各地から優秀な人材を集めてます」

 「ええっ? 全然、そんな話聞いていないよ」

 「カイン様に内緒にして驚かすつもりだったのかもしれませんね」

 そうだろうか、どうも怪しい。カッイン商会を通さない方が儲かる事にようやく気づいたのかもしれない。


 「カイン! 見て! 見て!」

 リサが薙刀を自由自在に使いこなした。

 その体さばきは見事! としか言いようが無い。その戦闘力、今までどこに隠していたんだろうと思うくらい。


 「うーん、リサがこれほどの腕前だったとは!」

 リサにまで差をつけられたような気がしてちょっとへこむ。俺は相変らず骨棍棒使い初級レベルだと言うのに。


 「うわぁ、凄いのです。風圧で竜巻がおきそう、これは見直しました」

 「本当に上手! クラスはどこまで取得したの?」

 セシリーナも感心している。


 「ええと。なんだっけ? アリス」


 「リサ様の薙刀術はマスタークラスです。しかも守りにかなり特化した型を習得されています」

 とアリスが説明した。3姉妹は元々リサの付け人兼護衛役だったのでリサの基本情報は熟知している。


 「マスター! それじゃあ強いわけよ」

 セシリーナが感心したようにうなずく。

 「それって凄いのか?」

 「もちろん。1000人が入門してもマスターを取れるのはせいぜい数人くらいよ」


 うーむ、リサのスキルに加えて武術も凄いとなれば、俺に守られる必要は皆無だろう。逆に守られる立場になってしまった。この7人と比べると俺が一番弱いのは明白なのだ。


 「ほらほら! 見て!カイン!」

 リサがくるくる旋回しながら周囲の木々を刈りはらった。周辺一帯が丸坊主になりそうな勢い。スキルに適正な武具を使うことでリサの攻撃力は少なくとも数十倍に跳ね上がったと見てよい。これから危険地帯に踏み込むことを考えればこの戦力アップはかなり嬉しい。


 「もういいぞ! 実力は十分わかった!」

 「こんどはリサがカインを守ってあげる!」

 俺の声に小走りで戻ってきたリサ。

 「リサ様、私たちからはこれをプレゼントします」

 とアリスとクリスが何かを差し出した。


 「わあっ! セシリーナと同じポシェットだ! 嬉しい!」

 ぴょんとリサが飛び上がる。

 「これは帝国軍の魔法ポシェットですね? 誰かが金に困って闇市場に流した品でしょうか」

 セシリーナが覗きこむ。


 色々な物を収納できる魔法のポシェット。セシリーナが長弓を収納しているところからすると、これくらいの薙刀なら収納できるのだろう。


 「そうそう、カインも、棍棒武器見せる、強化、してみる」

 クリスが何かのアイテムを片手に振り返った。


 おおっ、ついに来た!

 俺の骨棍棒もついにグレードアップの時がきたのだ。

 クリスの手にあるのは武器の強化アイテムだろう。武器の硬度や柔軟性を増すとか、切れ味や打突力を増幅させるとか、そういった効果を付与する魔具だ。


 「クリス、頼む! これが俺の棍棒兵器だ」

 俺は期待を込めてクリスに骨棍棒を差し出す。

 「わかった。受け取る」

 そう言ってクリスは俺の股間をむんずと掴んだ。


 「ごめん、間違った」

 「いや、今のは絶対わざとだろうっつ!」

 俺はクリスの手を払って股間を押さえた。


 「凄い、どっちが棍棒かわからなかった」

 ぽっと顔を赤らめてクリスがささやく。


 こいつ、こういう所さえなければ今すぐにでもベッドに招きたくなる物凄い美女なんだが……。


 「いいから、早くしてくれ。これだろ」

 俺は骨棍棒を突きだした。

 もちろん今度は股間を掴まれないように横を向いて差し出す。


 クリスは骨棍棒を受け取ると地面に置いた。


 「どうやるんです?」

 アリスが覗きこむ。

 他のメンバーも興味深々だ。

 「このアイテム、手のひらに、こう装着する。あとは、こうなれっと想像して、念じる、えいっ!」

 クリスは骨棍棒に片手をかざした。

 おおっ! 神々しい光がクリスの手の平から骨棍棒に向かって注がれていく!


 期待を込めた視線の先で光が収束し、すぐ消えた。

 これで終わり? もう強化されたのか?

 それにしてはクリスが不思議そうに首をひねった。


 「どうしたクリス?」

 「あ。これダメなやつだ」

 「ダ、ダメとは?」

 「つまり、粗悪品? 出来が悪い? 無理に強化すると、壊れる」


 予想はしていたがやはり粗悪品か。しかし今までずっと一緒だったのだ。愛着もある。


 「何とかならないのか?」

 「んんー。騙すみたいで悪い」


 「どう言う意味だ?」

 「骨棍棒が“強い”と思わせる効果。相手に対して、骨棍棒から受ける“ダメージが大きい”と勘違いさせる」


 「つまり、気のせい程度だと?」

 「そう、棍棒自体は何も強くなってない、ただの気のせい」

 クリスはうなずいた。


 「でも、戦闘中は気のせいみたいな些細な事が大きな結果を生むものだから、ねっ、がっかりしない!」

 セシリーナがなぐさめる。俺の肩越し覗き込んでいたみんながため息をつく。


 「それで良ければ、強化する」

 クリスはそう言って再び光を集める。

 その滅多に見せない真剣な横顔は惚れ直してしまいそう。


 この前、神殿で女神の代役を務めてからと言うもの、何だかクリスは聖女になったかのようだ。今までになく美しく、その暗黒術は聖魔法のように見えてしまう。


 「終わった。これで“勘違い骨棍棒”、できあがり!」

 「これが勘違い骨棍棒! なんだか強いのか弱いのか、意味不明の武器になったな!」

 俺は骨棍棒を天にかざした。見た目は何も変わっていない。性能も変わっていない。ただ骨の根元に「嘘レベル5」と言う刻印が生じている。


 「元々、カイン自体が意味不明、大丈夫!」

 クリスが親指を立てる。


 うーむ、褒められていると思って良いのだろうか。

 俺の後ろでリィルがぷっと噴いた。

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