第273話 カムカムと3美神
威風堂々、カムカムの一団が街道を進む。
「まもなく分かれ道、急ぎましょうぞ、カムカム様」
「うむ、そうだな」
白馬に跨り、誰もが振り返る美男子はカムカムである。
実のところ、もう良い歳と言って良いのだが、老いて益々盛んだ。つい先ごろも新たな妻を2人も娶ったばかりの絶倫男である。
もちろん着き従うバルドンは、左右の者に命じて先払いを入念に行っている。間違って道中で美人にでも出会ったら、目的地への到着が著しく送れるのは明白だからだ。
カムカムの妻の一人であるスケルオーナ様の救出には一刻の猶予もない。早く助けなければ、いくら腕力には定評があるスケルオーナ様と言えどモンスターに囲まれいつまで持ちこたえられるかわからない。
女に出くわさないよう祈りながらバルドンは馬を進めた。
東コロン山の山麓を巡る街道から外れさえすれば、後は寂しい藪道になっている。そこから先は女どころか、人が住んでいるような場所ではない。その分岐点まではまもなくだ。
「バルドン様、前方に人影! だれかいます!」
一行が分岐地点に差し掛かった時だった。
先頭を行く若い兵が驚いたように声を上げた。
見ると、分岐を示す道しるべの前でうろうろしている旅人風の3人組の姿が見えた。
すっぽりと顔を覆ったフードは軍で使用する野戦用の物に似ているが、あまり見かけないデザインである。おそらくは大戦中に使われたもの。旧国の兵装の払い下げ品だろう。
馬が大きな音を立てて近づくのに気づいた3人が振り返った。
「!」
「まずい!」
バルドンの顔から血の気がひく。
現われたのは3人とも美神かと思えるほどの美女!
特に二人に守られるように中央に立つ乙女は今まで見た事も無いほどの、空前絶後の美少女!
その天女も恥じらう端正な顔立ちに澄んだ瞳があまりにも美しく、マントで隠したスタイルを想像するだけで悶絶しそう。
しかし、なぜこのタイミングで史上最強レベルの美少女が3人も目の前に現れるのか! まさか罠ではあるまいか? それとも化けタヌキでも化けているのか?
一瞬、呆然としたバルドンだが、不意に我に返って「カムカムが気づく前に進路変更を!」と後ろを振り向くとカムカムの姿は既に馬上に無い。
「お嬢様方、こんなところでどうしたのでしょうか?」
カムカムの声が絶望と共に前方からはっきりと聞こえた。
「うわあっ!」
前に目を戻すと、3人の美女の前にカムカムがにこやかに立っている。
「終わった……これで一週間は潰れるだろうか……」
あのスケルオーナ様がすぐにやられるとは思わないが、ここでの遅れはかなりヤバい。
あの少女たちも少女たちだ。
悪名高い女たらしの貴族が通る事は、事前の通知で街道沿いの者なら皆知っているはずだ。
何とかしてこの場を誤魔化さねば!
バルドンは隊列を止め、慌てて馬を下りた。
近づいてみると、幸いにも美女たちの目は不審者を見る目つきだ。カムカムを喜ばせようと媚びている気配は微塵もなく、どちらかというとうるさい奴に捕まった、という雰囲気を醸し出してる。
これはしめた! よし、これならば何とかカムカムを正気に戻すことが出来るのではないだろうか。
「カムカム様、彼女たちも声をかけられて困っている様子ですぞ。それにここは一刻も早くスケルオーナ様の救出に向かわなくてはなりません」
バルトンは一見にこやかだが鋭い目つきでカムカムをにらんだ。いい加減にしてくださいませ! という強い決意を込めた目だ。
「何を言っておる。なにか困りごとのようだぞ。美女が困っている時に助けないのは男ではないぞ?」
いや、困っていると言っても別に命に関わるような事態ではないだろう。「今、危険な目に遭っている妻を一刻も早く助けに行くのが本当の男ではないでしょうか?」と言いたくなるがカムカムは主人である。
バルトンはぐっとこらえ、早く立ち去れ、と願いを込めてカムカムに気づかれないようにあっちにいけと手を振った。
「何ですか?」
唖然である。
あろうことか、超絶美少女の脇にいた美女がのこのこ出てきて、バルトンの手を握る。
バルトンがあっちにいけと手を振っていたのを、手を掴めとか、手を握れとか、妙な勘違いをしたらしいが、こいつはとんだ間抜けだ。
「ミラティリア、それはそう言う意味ではないと思いますよ」
冷たい氷のような声で美女が呆れたように言った。
「ええっ? だってこちらの方がこっそり私に何か手渡そうとする素振りをみせましたわ。これは暗黙の交渉、これに応じなければ信義にもとります」
「それは砂漠での流儀でしょ? ここは砂漠ではありませんよ」
「バルトン、何をしている? 今回は俺よりも手が早いとはな、それほどその娘が気に入ったのか?」
カムカムが怖い。
こうなれば、早々に彼女らの困りごとを聞いてしまうのが早い。バルドンは慌てて美少女から手を離した。
「こちらの方は、中級貴族のボロロン・カダムル・カムカムボン様でございます。けして怪しい者ではありません。私はその家宰のバルトンと申す者。何かお困りですかな?」
バルトンは胸に手を置いて挨拶する。
「私は……」
「お待ちを、ここは私が」
真ん中の美少女が何か言いかけたのを、隣にいたクールな印象の美女が止めた。
「私たちは訳あって旅をしている者です。貴族様の行く手を邪魔したのであればお詫びします。どうぞ、私たちにはお構いなく行ってください」と言い、キッとにらむ。
ほう、貴族に対する礼もないか。よほど辺境から出て来た者だろうか? この辺りに住む者であれば人族であっても貴族に対する礼法は知っているはずだが。
もしかすると……バルドンはカムカムを見た。
おそらくカムカムも何か勘付いたのだろう、バルドンを手招きして耳打ちした。
「バルドン、気がついたか?」
「はい。もちろんです」
バルドンはうなずく。
「そうか、流石だな。やはりあの冷たい目をしている美女が一番だな?」
「は?」
「あれが実は一番胸が大きい、布をきつく巻いて隠しているようだが俺に隠しとおすことはできん。それに一見冷たそうにみえるが、内心ではずっと男が欲しいと思っておる。あの中では一番早く攻略できそうなタイプだな」
カムカムはにへらとルミカーナに微笑んだが、かえって怖い顔でにらみ返されている。
そうだった。カムカムというお方はこういう人だった。
「そうではありませんよ、カムカム様。この3人は常識的な礼法すらも知らないようです。ひどい辺境から来たのか、あるいは……」
「あるいは、何だ?」
「そもそも魔王国以外から来た者かもしれませんぞ」
「なるほど」とカムカムはうなずいた。
バルドンはカムカムの耳元でさらに自分の考えを伝えた。
やはりこの美女3人はあまりにも異常だ。これほどの美女が女好きのカムカムの前に現れること自体怪しいが、魔王国以外からの密入国者かもしれない。もしかすると帝国に仇なす危険人物かもしれない。
「なるほど、バルドン、お前の考えは分かった。だがな、そういう怪しげな者たちだからこそ、我々が監視する必要があるのではないのか?」
「はあ? どうしてそうなるのです?」
「まあ、彼女たちがどこへ向かっているのか聞いてみようではないか。何か企てているにしても目的地があるだろう。ほら早く聞いてみろ」
カムカムは優しい笑みを浮かべて3人の美女の方を見た。
まったく、しょうがない人だ。
バルドンはため息をついて3人の前に立った。
「お嬢さんがた、道はここで別れているがどこに向かっておられるのかな? 道に迷っておられるのか?」
3人は急に何かこそこそと打ち合わせを始めた。
それをバルドンたちの目の前でやるところを見ると、さほど後ろめたい事はないようにも見える。
「実は、我々はある人物を捜索しているのです」
クールな美女が答えた。
やはりこの氷のような印象の美女が折衝役のようだ。一番の美少女が主人で、あとの二人は護衛かお供といった役なのだろう。
「ほう。その人物がこの辺りにいるのですかな?」
「いえ、数か月以上前にアッケーユ村という所からアパカ山の方へ向かったということまでは分かっていますが……」
「ええっ! アパカ山脈ですと? ずっと遥か西ですよ。ここからだとかなり遠い。それが何でこんな所をうろうろしているのです?」
バルドンは驚いた。
「その方の行動を考えると今頃は用事が済んで、南の方、デッケ・サーカとかその辺の街に向かっている頃だと思うのですが、この地図を見るとこの辺りから南に行く道がデッケ・サーカへの近道のように書いてあるのです」
その美女は大きな紙の地図を広げた。
「妙ですな? そんな道がありましたか?」
「どれどれ?」
バルドンとカムカムが地図を覗きこむ。
「!」
「どうかしましたか?」
「い、いや、非常に珍しい物をお持ちですな」
「そうだな、これは大戦前の地図だな」
カムカムが興味深そうにつぶやいた。
「え? そうなのですか?」
さっきバルドンの手を掴んだ娘が声を上げた。
「だから言ったじゃない、この地図は変だって」
「港で一番信用できるというお店で購入したものですよ」
「まあまあ二人とも」
「お嬢さん方、この地図に描かれている道は、今では無くなったものが多いですよ。戦争でこの辺りの多くの国は滅びましたから、街道も寂れましてね。それに帝国新道という立派な道がこの西に作られてからはこの道を通る人はいませんよ」
バルドンは地図の道を指差して言った。
「まあ、どうしましょう、サティナ様」
ほほう、この美少女はサティナという名前のようだ。
カムカムはにやりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます