第274話 カムカムと3美神2


 「帝国新道や旧ロッデバル街道に行くには一旦北へ戻って、オミュズイの街を経由して行くしかないでしょうな。まあ、かなり遠回りになります。それに今は新王国と帝国の戦争でどちらの街道もデッケ・サーカの街の手前で閉鎖されていますよ」


 はぁ、とバルドンはため息をついた。

 結局、この美人3人は迷子と一緒だ。


 「まあ、大変ですわ」

 「遠回りは嫌ですね」

 「他の方法はないのですか?」

 あまり危機感のない声で三人娘は話し合っている。


 「そうですねえ。ここから南へ藪道に入って旧公国平原から湖沼地帯を抜けられれば近道なんですがね。途中に立ち入り禁止区域があって通常は通れませんね」


 まあ、あきらめさせて一旦大きな街まで戻るように仕向けた方が良さそうだ。


 「まあ、それでは行けませんわ。どうしましょう?」

 「大丈夫です、何か別の方法を考えましょう」

 二人が主人の美少女に声をかけている。


 よし、ここから引き返すように助言するか、バルドンが口を開きかけた時、思いがけない声がした。


 「バルドン、ここは私の出番のようだな」

 バルドンの肩をカムカムが掴んだのだ。


 うわっ、その顔、また何か思いつきましたね!


 「お嬢さん方、話は聞いた。実は我々もその禁止区域に行かねばならない用があるのだ。禁止区域を抜けるまで我々と一緒に行くというのはどうかな? これでも私は帝国貴族、見てのとおり私に仕える勇猛な騎士も20名もいる。安心して私について来ればよいのだ」


 カムカム様~、と言いたくなるが、こうなるとこの人は引き下がらない。


 それに「安心して」と言ったが、はっきり言って不安しかない……バルドンは顔をひきつらせた。


 また旅の途中にこの娘たちに手を出すつもりではあるまいか。


 しかし、考えてみるとカムカムは強引に迫ったりしない主義だ。自分の男の魅力でひきつけるのを誇りにしているから、娘たちが自分からなびかない限りは大丈夫かもしれない。


 それにさっきからカムカムがカッコいい仕草でアピールしているのに彼女らは全く眼中にない。ここまでカムカムに興味を示さないこと自体が非常に稀なケースだとも言える。


 「わかりました。お言葉に甘んじてご同行させてもらいます」

 サティナと呼ばれた美少女がお礼を述べた。


 作法は違うが、洗練された高貴な仕草に思わずカムカムもバルドンも見惚れてしまう。これはどうやらただの庶民ではないようだ。どこかの姫君とその護衛、そんな感じを受ける。


 「では、みんなをご紹介願えるかな? サティナさん」


 「ええ、私はサティナと申します。隣にいるのがルミカーナとミラティリアです。これでもみんな騎士クラスの腕ですから旅の足手まといにはなりませんよ」


 3人がフードを脱ぐとカムカム一行に衝撃が走った。

 想像以上の美しさ!

 しかも珍しい黒髪の美女が二人もいる。


 「天女様じゃないのか?」

 「本当だ。絵画に描かれたアプデェロア神とそのお使い様のようだ、本当に女神様なのかもしれないぞ」

 「まるでクリスティリーナ様のようだ」


 「え? クリスティリーナ?」

 ざわざわと背後から騎士たちの声が聞こえてくると、クリスティリーナ様と言う言葉にサティナたちが反応した。


 おお、やはりクリスティリーナ様の名は広く世界中に知れ渡っているのだな。この者たちですらその名を知っているらしい。バルドンは目を細めた。


 「クリスティリーナ様がどうかされましたか?」

 バルドンは尋ねた。


 「いえ、帝国一の美女の名前だったかなと思いまして」


 ふふん、とカムカムの鼻息が荒くなった。

 胸を張って、バルドンが何か言うのを期待して待っている。

 まったくもう……バルドンは深い息を吐いた。


 「そうですな、帝国一の美女クリスティリーナ様です。実は何を隠そう、その父上こそ、ここにおられるカムカム様なのでありますぞ!」


 このキメセリフ、いつもながら恥ずかしいセリフだ。とバルドンは少し顔が赤くなる。


 バルドンのことなど気にもとめず、どうだ! とばかりにカムカムが得意満面に微笑んだ。ほら早く俺に惚れろ! と言いだしそうな雰囲気である。


 「あらまあ!」

 ミラティリアが口を押さえて驚く。

 「カムカム卿がクリスティリーナさんのお父様! それではカインの義理の父上様なのですね!」

 サティナも驚く。


 何か微妙な空気が流れた。


 カムカムからすれば、「ええっ! あのクリスティリーナ様のお父様!」と目にハートを浮かべて迫ってくるのを期待していたのだが……。


 「え?」

 カムカムは思わず間抜けな顔になった。

 「今、何とおっしゃられたのです?」

 バルドンの目も怖い。


 「サティナさま」

 ルミカーナが、それ以上サティナが話すのを制止した。


 「今、義理の父と言う言葉が聞こえたような? 気のせいか? バルドン」

 カムカムが目をパチパチさせながら言った。


 「サティナさん、とても重要な事です。もう一度お聞きします。誰が誰の義理の父だと?」

 バルトンが問いただした。


 サティナはルミカーナとミラティリアの顔を交互に見てうなずいた。


 「私たちが探している人物、カインという者がそのクリスティリーナさんを妻に娶ったらしいのです」

 ルミカーナという美女が答えた。


 「!」

 バルドンが驚愕に大口を開けた。

 今にも顎が外れそうだ。


 「そうか、やはりクリスティリーナは結婚したのか、だから姿をくらましたのだな」

 カムカムは意外にも冷静につぶやいた。どうも何となく察していたようなところがある。


 「なるほど! では、やはりクリスティリーナ様は生きておられるのですね!」

 バルドンが顔を輝かせた。


 「ええ、クリスティリーナさんは生きています。今はそのカインと一緒に旅をしているはずです」

 サティナはうなずいた。そう言えばクーガの話ではクリスティリーナの生死を巡って新王国が誕生したのだった。こちらでは行方不明、つまり死んだことになっているのかもしれない。きっとバルドンは生死を知らなかったのだろう


 「カ……カイン? はて、どこかで聞いたような名だな? カ……カ……」

 カムカムは奥歯に物が挟まっているような口ぶりだ。


 「カムカム様! ま、まさか、そのカインという男、チサト・マオ様の息子のカッインの事ではありませんか?」


 「おおっ!」

 今度はカムカムが顎が外れそうなほど驚いた。その崩れた顔、イケメン親父が台無しである。


 「チサトの子、カッインか! あいつか! おお、そうか! あれとクリスティリーナと結ばれたことで我が家の呪いが解けたと考えればミ・マーナがすぐ妊娠した事の説明がつくぞ!」


 ミ・マーナって誰?

 今度はサティナたちが疑問だらけになっている。

 義理の父だから、普通なら結婚したことを知っていて当たり前なのだろうが、今の反応を見ているとどうも結婚を知っていたとは思えない。


 「あの……、二人が結婚したことは知らなかったのに、カインの事は知っているのですか?」


 「うむ、それには色々あってだな……」

 カムカムはカインと出会った一件について話しだした。

 あまりに長くなったので全員道端で休憩である。

 カムカムの騎士たちは火を起こして食事を作り始めた。森の中に美味そうな肉の焼ける匂いが漂っている。


 カムカムたちもサティナたちと焚き火を囲んでいる。


 「----そうでしたか、わかりました。カインにそう言う生い立ちがあったとは知りませんでした」


 「ああ、サティナさん、私もチサトがまだ元気で生きていると聞けて嬉しいぞ」

 カムカムがどことなく晴れ晴れとした顔で空を見上げた。


 「チサト様の子とクリスティリーナ様が巡りあうとは、何か運命のようなものを感じますな。……ところで? サティナさんはどうしてカインを追っておられるのです?」

 バルドンの言葉に「そうだ。俺もそれを聞きたかった」と言いだしそうな顔つきでカムカムが身を乗り出した。


 「カイン様は、こちらにおられるサティナ様の婚約者なのですわ」

 ルミカーナがお茶を飲みながら言った。


 「おおおっ!」

 バルドンは驚いた。クリスティリーナ様だけでなくこの物凄い美少女もカインの妻になるというのか! なんという男なんだ!

 思わずカムカムを見る。

 カムカムもかなりのショックを受けているようだが、ここは諦めて頂くしかない。


 「では、まさか、ルミカーナさんとミラティリアさんも?」

 二人は顔をちょっと見合わせたが、あっさりと「そうですよ」と答えた。

 二人からすれば、ここでカインの婚約者と言っておけばカムカムがちょっかいを出しづらくなるだろうという軽い気持ちだったのだが……。


 「くそう、カインの奴め、まんまと俺の美女を奪いおったな」

 ちょっとばかりショックが大きかったのか、カムカムが妙な事を口走った。


 ちょうどその時だ。

 騎士たちの方で騒ぎが起きた。


 「くそう! 誰だ! 俺の肉を取りやがった!」

 「あっちに逃げたぞ! 追え、赤い服の奴だ!」


 遠くでドボン! と誰かが落ちる音がした。


 「ははは……! 馬鹿が! 泥沼に落ちたぞ!」

 「人の飯を奪うからだ」


 「まったく騒々しいぞ! 何をしている、お前たち! 早く隊に戻れ! まもなく出発するぞ!」

 バルドンが叫ぶと、騎士たちがすぐに引き上げて来るのが見えた。

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