第236話 ダブライドの街のミズハたち

 「たいへんです。セシリーナたちが神殿に拉致されていきましたよ」

 リィルは大通りを走り去った御輿みこしを見送った。


 「カインが連れて行かれちゃったよ!」

 リィルの隣でリサが目を丸くした。


 「もぐもぐ……どうしてカインは、アイツはいつも面倒事に巻き込まれるのかしら?」

 ルップルップは、まだ芋を食っている。

 手に持った袋にはまだ2、3本の焼き芋が入っているようだ。

 露出度の高い艶やかな深紅の神官服はかなり目立つうえに、美女が路上で下品に芋を食い散らかしている様子は注目の的だ。そのあまりに浮いた存在感に、周囲の人々の目が集まってくる。


 「おい、見ろ! あれも女神様の眷属なのではないのか? あの喰いっぷりはただ者じゃないぞ」

 「お前もそう思うか? そうだ! あれも 実は “残念な鼠の雌 ” が人に化身しているのではないか?」

 ひそひそと周りで話す声が聞こえる。


 「残念な鼠の雌の化身とはなにかしら?」

 ルップルップは小声でミズハに尋ねた。

 ミズハはちらりとルップルップを見て、やはりこいつとあいつは似た者夫婦になるに違いないと確信する。


 「ルップルップ、“残念な鼠の化身”とは何の事だと思う?」

 「鼠の化身……むむむ、我ら野族のようね」

 「ある意味正解だが、さっきの人々の反応からして、“残念な鼠の化身”とはカインの事だろう。あれが鼠の雄だとして、その雌だと言われているのだ」


 「なんと! 私は野族の雌よ。なーーんだ、正しいじゃないの。さてはここの人々は正体を見抜く技を会得しているの? なんて恐ろしい」

 ルップルップはきょろきょろと周囲を見まわした。


 「それはそうと大丈夫なのでしょうか、私たちの紋の解除に影響がでないでしょうか?」

 リィルの心配はそっちだったようだ。


 「そうだな、眷属紋の解除にはマスター本人がそこに立ち会う必要があるかもしれないな」

 「大変です。カインに会えないと解呪できませんよ。どうしたらいいのです?」

 「まあ、クリスも一緒だから大丈夫だろう。どうせ我々も神殿に行く途中なのだ。きっと向こうで会える」

 さすがは大物、ミズハは別に心配していないようだ。


 「そうだと良いのですが」

 「それにしても、女神が降臨したという噂だけでこれだけの人が近隣から集まっているのだな。女神の降臨など、数百年は無かった事態だろうからな」

 ミズハは歩きながら、通りの賑やかさに目を見張った。

 リィルは換金してやや軽くなった袋を背負ってリサの手を引きながらついてくる。


 「カイン大丈夫かな? 危険な目にあってないかな?」

 リサだけが本気でカインを心配しているようだ。

 「リサ、心配ない。ちゃんとクリスから連絡が来ている。安心しろ。カインたちは大歓迎を受けているらしい」

 いつの間にかミズハの肩には白い蝶が止まっていた。

 「そうなの?」

 リサが見上げる。

 ミズハは微笑んだ。それを見てリサも安心したようだ。


 「……なるほど、それではそのように神官長と折衝してみようか」

 ミズハが独り言のように言うと、蝶はひらひらと飛んで行った。


 大神殿へ続く石段は人で溢れていた。

 石段の途中では女神の絵を売っている店がいくつも並んでいる。


 「はい! たった今の情景を描いた素描絵が入荷したよ! 早い者勝ちだよ! 残念な鼠が男に化身した後の絵はこれが初だよ!」


 「しまった、あいつめ、おい、こっちも絵師を神殿に侵入させて描かせて来い! 今すぐだ!」

 バタバタとして何だかせわしないが、どうやらいかに最新の絵を売るかで店に集まる客数が違っているようだ。

 だが、どの店にも定番の絵として“見返り女神の絵”と“嘔吐する鼠と女神の絵”が掲げられており、どちらも大人気らしく飛ぶように売れている。


 やがて大魔女ミズハ一行は神殿の大扉の前に立った。


 番号札を配っている神官がミズハの容姿に一瞬驚く。そしてさらに続くルップルップやリサの容貌に息を飲む。

 このところ奇跡続きだっただけに神官たちのさっしも良くなってる。とにかく目立つその一行は普通の参拝者でないことは明白である。


 「我は大魔女! 女神の招きにより、奪われし魂を蘇らせるために詣でた者である」

 ミズハが杖を振るうと周囲に強いつむじ風が巻き起こった。

 噴き上がった風は神殿の鐘を打ち鳴らした。まさに祝福を継げるような鐘の音が響き渡る。


 「こ、これは! 凄い、魔法ですか!」

 神官は目をつむって叫んだ。


 魔族ならば生まれつき魔力を持つが、それを外へどれだけ大きく発現できるかは個人差が大きい。このように詠唱もなして杖を振るうだけで強い魔法を使える者は数少ない。


 「どうした! 何事じゃ! 今の鐘はなんじゃ!」

 突然の鐘の音と札配りの神官の大きな声に驚き慌てながら少し年配の神官が顔を出し、ミズハたちの顔を見た瞬間、その場に立ちすくんだ。


 「どうなされたのです?」

 お供の神官の声にその白髪の神官はハッと我に返った。


 「おお! これぞまさしく! 大魔女様一行のご訪問じゃ!」

 老神官が顔を紅潮させて叫んだ。

 「何なのです? 副神官長殿!」

 「知らぬのか? 数百年前に女神様が降臨された時、女神が天界に帰る日に世界のあちこちから悩める土地神や魔女らが救済を受けるために女神の元を訪れたと云う奇跡じゃ。まさにこれがそうなのであろう、大至急、神官長を呼ぶのだ! しばしお待ちください。大魔女様」

 そう言って、副神官長はミズハの前で深々と礼拝する。


 神殿の奥から神官長と見られる男が息を切らせて走ってきた。

 そしてミズハたちを見ると驚愕して拝礼する。


 「大魔女の御一行様、よくぞ女神様の御降臨にお越しくださいました。さあ中にご案内いたしますぞ」

 周囲ではその様子を見て、新たな奇跡が発現したとどよめきが起こっている。


 「あれが、神話に出てくる魔女とその仲間だそうだ」

 「後ろにいるのは、お伴の美幼女と妖精族の娘か?」

 「おお、ではあれがいわゆる“残念な眷属”か、今度の眷属は女なのだな」

 感嘆の声に混じって、そんなひそひと声も聞こえてくる。


 ミズハたちは神官長に案内されて神殿の奥、祭壇の間に連れて行かれた。


 リサはその建物に興味深々できょろきょろしている。いまどき六大神の神殿が現役で存在していること自体珍しいのだ。

 残念と言われたルップルップだが颯爽と歩いているぶんには周囲の男共の注目の的だ。何しろ露出度が高くて何だかエロい。

 逆にリィルは、神殿に入ってから目立たないようにフードを深く被っている。


 カインならば、「こいつ、前に何かやらかしているのでは?」と勘付く場面である。


 「女神様、ここに大魔女一行がその救済のため詣でております」

 神官長が祭壇に神々しく座る女神に拝礼した。


 「よい。許す」

 女神は大魔女一行を見下ろす。


 「そなたたちの、救済の、想いは受け止めた。神官長、解呪の準備を」

 女神はうっとりするような声で言った。

 「え? はい、解呪でございますね? どのような形態のものでしょうか?」

 「全部で3人の、解呪を行う。魔女と妖精の二人は簡単、いつもやっている眷属紋の解呪。もう一人、その幼女の解呪が難しい」


 「と言われますと?」


 「複雑な呪い、肉体から魂を、半分切り離して、その成長を止めている。魂復活の儀式の準備を。通常の方法では、成功しない、術式に私の力を、上乗せする」

 「ははっ。かしこまりました。さっそく眷属解呪と魂復活の儀式の準備に取り掛かれ!」

 神官長が命じると集まっていた神官たちの間に緊張が走った。


 魂復活の儀式などというものは、儀礼の形式としては一通り習うものだが、本当に効果が発揮したところなど見たことがない。


 「神官長、成功するのでしょうか?」

 副神官長の二人が不安そうに神官長を見た。

 「不可能を可能にするのが女神様の奇跡だ。女神様のおっしゃる通りにやるしかないだろう」

 神官長の表情も強張っている。


 その奇跡は今まで成功したという記録が残されていない難しい儀式である。肉体を離れた魂がどこをさまよっているのか、その魂を見つけ、呼ばなくてはならない。それ以前に肉体が朽ちてしまっては復活も何もないのである。そのため、神官の教本には、仮死状態にある者の魂を呼ぶ術として説明されている。


 それが今回は相手はあの幼女だという。

 幼女は女神の眷属である鼠の化身の男と話をしている。初めて会うにしてはとても気が合うようだ。


 その楽しげな様子を見ていると不安になる。生きており、意識もある、一見すると普通の幼女である。そんな者に施して良い術なのか?


 「だが、女神様の言うことに間違いはあるまい。この儀式が終われば言い伝え通り、女神様は天空に帰られるのだろう。最善を尽くさねばならぬ」

 神官長は自らに言い聞かせると、祭壇の準備に事細かな指示を与え始めた。


 この祭壇が史上初めてとなる奇跡の場となる。その儀式に手抜かりは許されないのだ。

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