第237話 ★解呪の時 ーリサ王女のめざめー

 ダブライドの街の大神殿、そこでクリスによる解呪の儀式が始まっていた。

 

 みんなが見守る中、美しい聖女の装いに身を包んだクリスが舞う。


 輝く金色のティアラに純白の衣装のクリスが神々しくも美しい。まさに美の女神アプデェロアだ。誰もがその奇跡の光景に息を飲む。


 うそだろ? これが本気のクリスか!

 俺はその姿に釘づけになった。


 これほど清純で初々しい表情のクリスなど見た事が無い。


 こいつ、こんなに……もの凄い美女だったのか、と思わず惚れ直して胸がドキドキしてしまう。


 「姉は今でもロリ巨乳と言われますから」とアリスが嫉妬するほど豊満な美乳が揺れる。その愛らしさ。男が守りたくなるその姿はイリスやアリスにはないクリスの最大の魅力だ。


 その細いしなやかな手足が軽やかに揺れる。可憐な唇が紡ぐ詠唱の言葉はいったい何語なのか、いつものたどたどしさは微塵もなく滑らかで美しい。


 儀式のために芳醇な香りの花々で飾り立てられた祭壇は淡い神聖な光に満たされている。その周囲では大勢の神官たちがクリスの声を反復するように意味不明の言葉を紡いでいる。神官見習いたちもその言葉に取り残されないよう必死についてくる。


 クリスのことだ。

 たぶんこの術も元は暗黒術のはずだ。それなのにとても神聖な聖魔法のように見えるのは何故だろうか。彼女の正体が帝国も恐れるかの暗黒術使いだとはとても思えない。


 思わず口をぽかんと開けてクリスに見惚れていると、クリスの丸いくりくりとした目がちらりとこっちを見た。

 そして俺の様子を見て、とても満足そうに笑う。


 薄紅色の口紅くちべにも艶やかに笑みを湛え、指先までしっとりと優しい繊細な仕草で優雅に舞いながらも、俺の方をちらりちらりと見る仕草に俺へのあからさまなセックスアピールを入れ込んでくる。


 こんな時に意識を術に集中しろ! と念じたが伝わらない。かえって俺が熱く見つめていると思い込んで微笑する。


 詠唱は佳境に入った。

 クリスの声の抑揚が変化する。


 光に包まれた祭壇。そこに寝かされているリサの身体が少し宙に浮いているように見えるのは目の錯覚か?


 天女のように聖衣をなびかせ、ゆったりとクリスが舞いながら祈る。その姿はまるで伝説を伝える絵画のように神秘的だ。


 「美しい…………」

 俺の隣でうっとりとしたため息が漏れた。それはセシリーナですら思わず見惚れるほどの美しさ。


 神殿の外では多くの人々がかつてない光景を目撃していた。無数の神聖な光の珠が現れて神殿を包み込み、流れるように空へと次々と吸い込まれていく。


 変化は遥かに離れた囚人都市でも起こっていた。


 雲一つない囚人都市の上空をいつまでも旋回していた鳥の群れが急に乱れる。その中の一羽が突然青い光に包まれると、群れから離れ、何かに引き寄せられるように高く高く上昇すると流星のごとく飛び去った。


 地平線の彼方から陽光がさす。

 鳥は緑の大地を眼下に見下ろし飛翔を続ける。


 青い山々が近づく。

 街道を行き交う人々がいる。


 山間に白い大きな尖塔が覗く。

 祈りの声がさらに力強く呼ぶ。


 青い鳥は軽やかにさえずる。

 「……帰ってきた」

 さえずりはやがて人の言葉となり……。


 刹那、青い鳥が光と化してその白い尖塔めがけて急降下するや、街の上空の大気が鉈で断ち割ったかのように裂け、その衝撃波が森林の木々を揺らした。


 外の異変に気を散らす者も無く、神官たちは黙々と儀式の最終詠唱に入った。


 その時、突然、神殿が大きく揺れた!

 そして天井を突き抜け、女神が舞う祭壇に向かって優しい光が一気に降り注いだ。


 「おおおお、これが魂の復活の証であろうか」神官長はその光景を目撃し、伝説となるであろう奇跡の瞬間に身を震わせた。


 光は淡く祭壇の周囲を旋回するように漂ってゆっくりと中心部に向かって流れ込んで行く。

 まさに神秘の光景である。

 神官たちの最後の詠唱の言葉が余韻を残しながら広がり、やがて神殿は静寂に包まれた。


 「儀式は終わり、成功です」

 舞い終えたばかりの女神は祭壇の上から優しく微笑んだ。


 「おおお…………!」

 どよめきと共に神官たちが目を見張る。不可能と思われた呪いの解除が成功した瞬間である。


 神官たちのどよめきを聞いて、祭壇の上で横になっていた少女が目を開いた。


 それはさっきまでの幼女ではない。

 誰もが絶句する美しさ!


 手足は見事にすらりと伸び、髪も艶やかな絹のような光沢を放っていた。


 彼女、リサ・ルミカミアーナ王女は未成熟ながらも神の造形と称賛されて余りある美麗な裸を神衣で隠しながら上半身を起こす。


 「見よ!」

 おお、なんと美しい!

 神殿の者たちはその清楚可憐な姿に息を飲む。


 「あのお方、まさに美の女神アプデェロアの生まれ変わりであろうか!」

 神官長も目に涙を浮かべて感動している。


 本当に将来はセシリーナに勝るとも劣らない美女になるだろう。まさに神話級の美少女だ。


 かつてその母を巡って国と国が戦争になったというのもうなずける。伝説の美女の血を色濃く受け継ぐ神秘的な容姿には言葉も出ない。


 リサ王女は不安そうに神殿内を見回していたが、すぐにその瞳が優しい色に包まれた。


 水晶のような澄んだ瞳にその身を案じて駆け寄る大好きな二人の姿が映る。


 「元に戻ったのね! リサ!」

 「リサ大丈夫か! うわっその姿!」


 俺は思わず息を飲んだ。体を覆う神衣が子ども用だったので胸元や太ももが露わになっていて刺激的で、あまりにも魅惑的すぎる。


 「カイン、私、元にもどったよ」

 リサは微笑んだ。

 その可憐な笑顔にズキューンと心を撃たれる。


 嬉しさのあまり駆け寄って抱き寄せようとしたが、成長したリサがあまりに美しく、可愛くなりすぎていて中途半端で手が止まっている。まるで悪い狼が乙女の前で手をわきわきとさせているかのようだ。


 「まったくもう」

 セシリーナはカインの心の動きなどお見通しだ。その背を両手で押し倒す。


 「うわ!」

 俺はリサに向かって倒れかかった。

 「カイン!」

 リサが嬉しそうにその身体を受け止め、強く抱きしめた。


 俺の胸にリサのふくよかな双丘が押しつけられている。本来はこれほど発育していたとは不覚だった。その蕩けるような柔らかさと豊満な弾力は既に大人の感触だ。


 「良かった! これでもう大丈夫だぞ、呪いは全て無くなった。本当に良かった!」

 俺は優しく抱きしめる。


 「うん。カイン助けてくれてうれしい! 本当に、カインが大、大、大好きっ!」

 リサは俺の胸に顔を埋め、すりすりしながら微笑んだ。


 それにしてもなんという美少女か。俺はその頭を優しく撫でる。


 でもどこかで見たことがある気もする。


 もやもやと頭の中に昔リンリンが化けた全裸の美少女を思い出す。あ! あれがリサだったのだ。しかもこの元に戻った状態のリサの全裸姿……。


 「あっ、カイン! ここでそれはちょっとまずいわ。みんなが見てるんだから」

 セシリーナが身体で俺の股間を隠した。

 俺の身体の変化に気づいたのだ。


 俺たちが祭壇の上で舞い上がっていたころ、その一段下の祭壇に寝かされていたミズハとリィルがようやく目覚めた。


 「そう言えば」

 俺はへその下を確認する。


 無い……確かにミズハの愛人眷属紋とリィルの眷属紋がきれいさっぱり消え失せている。

 これで俺とミズハ、リィルはルップルップと同列の存在、つまり何の縛りもない旅の仲間という存在になった。


 「やりましたよ! ミズハさま!」

 リィルは今まで見た事もないくらいの笑顔で親指を立てた。

 「うん。無事成功したらしいな」

 ミズハは額を撫でて、ほっとした表情である。どうやらあの屈辱紋もきれいに消えたらしい。


 「良かった。うまくいった、みんな、元通りだ」

 舞い終わった後も小さな女神像に何か力を注いでいたクリスが壇から降りてくる。


 神殿に集まった人々はまたもその奇跡の光景に心を奪われた。


 階段を下りてくる女神様!


 その足元にはたった今救われた美しい王女、そしてその王女の手をとる残念な鼠の化身と女神の従者である天女が佇み、その祭壇の下には銀髪の美女と妖精の少女が座っている。


 これこそやがて多くの絵画のモチーフとなり、伝説や神話として語り継がれることになる光景が誕生した瞬間だった。




ーーーーーーーーーーー


 「これで女神様たちは今回の役目を終え、天界へとお帰りになられるのですな?」

 いまだに興奮冷めやらぬ人々で神殿内はざわついているが、一人神官長はクリスを前に寂しそうにつぶやいた。


 「その通り、もう行かねばならない」

 クリスの言葉に、膝をついて拝礼していた神官たちが一斉に見上げた。


 「ああ、女神様、もうしばらく我々の元にいてはもらえぬでしょうか」

 副神官長が両手を組んで祈った。

 

 「すまない、さようなら」

 クリスが人差し指をタクトのように振った。その瞬間、時間が停止したかのように人々が硬直した。


 これはクリスの暗黒術である。時が止まった神殿で、俺たちは旅の服に着替えた。


 「この恩は忘れません。皆さまのご幸福をお祈りいたします」

 服を着替えたリサが硬直している神官長に言った。


 「すぐにこのまますぐ街を出るぞ。そうしないと大騒ぎになる」

 ミズハが言った。


 「今回は私だけ出番がなかった」

 残念そうにルップルップが頬を膨らませた。


 「いいじゃないですか。待っている間、食堂の無料食べ放題を堪能してたことくらいわかっているのです、お土産だってこんなにもらったじゃないですか」

 リィルがポンポンとルップルップの背負い袋を叩くと、ぱんぱんに膨れた背負い袋の中から焼き立てパンの匂いが漂う。


 「さあ、行こうか」

 俺が神殿の入口に向かうと片腕にリサが飛びついてきた。

 「一緒に歩きたい! ほら、ほら、見てカイン、肩に頭が届くんだよ」

 そう言ってリサが俺の肩に頭を乗せて歩く。うわーーーー、美少女すぎるしカワイイーーーーーー!


 「むっ」

 クリスが引き離そうとするがセシリーナが止めた。


 「今はいいじゃない。少しはリサに譲りましょう」

 「大人の、余裕、わかった」

 そう言ってセシリーナとクリスは硬い笑顔を浮かべ、後ろから俺を睨みながら歩く。


 無意識なのだろうが、クリスは暗黒術を使って視線に物理攻撃力を込めているらしく、ぐさぐさと背中に視線が刺さって痛い。

 イタッ!

 しかも、たまにそれがお尻や股間に突き刺さるからなおさら始末に悪いのだ。

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