第14話 紋の加護と呪い

 「そいつの紋にはかなりヤバイ呪いというか加護が付与されていることが判明した。そいつの紋は、ただの婚約紋や婚姻紋じゃない」

 ジャクは俺をじろっと見る。


 「ああ、体を調べていた符呪師のボンバクが急に失神した奴だな」


 「そのとおり、特にその婚約紋はかなり厄介らしい。下手に手を出せば復讐の呪いが発動して皆殺しだ。二つの婚印紋もかなり強力な加護持ちだが、脇腹の呪いの焼き印もヤバいやつだ。これを見ろ、これがこいつの紋の効果だ」

 布切れのようなものを広げている。

 

 あれは見たことがある。ナントカという獣の皮布で、肌に押し当てて紋の効果を表示させる魔導具だ。


 それにしても脇腹のが呪いの焼き印だとよく気づいたな。今まで見破った者はいなかったんだけどな。

 これはだいぶ前に港町で少女を誘拐しようとしていた悪漢にやられた古傷である。本来は女を奴隷化するために使う禁忌の焼き印だが、少女を助けたときに間違って男であるこの俺に焼き付けられてしまい、もう一生消えないという悪質なものだ。


 「読めば分かるが、特にこの婚約の半紋には強大な加護、呪術が秘められている。こいつを殺そうとすれば、それに数倍する反撃術が発動する」


 「おいおい、そんな紋の付与が本当に可能なのか?」


 「信じがたいが真実だ。様々な情愛の言葉、加護を複雑に折り混ぜているらしい。婚約紋にこれほど高貴で破廉恥で禍々しい加護を付与できるのは世界に数人しかいない伝説級の施術マスターくらいだそうだ」


 「なんだと? この変態はそれだけの大物ということなのかよ?」

 そう言って、そいつらは布に現れた文字と俺の顔を交互にしげしげと眺める。


 そして、なぜか最後にため息が漏れる。


 「いや、どうみても大物って顔じゃねえよな。男としての迫力とか、高貴さの欠けらも感じられねえ。どちらかと言うとこいつ女顔だろ?」

 高貴さの欠けらもないなどと失礼な奴だ。これでも貴族の端くれなのだがな! と言いたいところだがここは我慢する。


 どうもこっちの国では筋骨隆々の無骨な奴が好まれるようし、俺は平凡な優男型なので風土に合わないのだろう。


 「何かの間違いじゃないか? どうみても小者、ただの変態野郎にしか見えねえ。腕力にしても顔にしても俺たちの方が勝ってる。こいつが唯一、誰よりも凄ええ! と思わせるのは、あそこの毒蛇っぷりとその立派さだけじゃねえか?」

 「だからこそまずい、こいつに一度でも抱かれてみろ? それこそ女はこいつのソレに夢中になって、二度と他の男なんぞ見向きもしなくなるかもしれん」

 「そうか、そいつはまずいな」

 「ふーーむ、力勝負では、わしの方が勝ちそうなのじゃがな」

 フェバは力こぶを示した。

 むむむ……爺のくせに筋肉が凄い。


 「次はこの二つの婚印紋、真ん中の奴は人間の紋じゃない。通常考えられんほどの強力な聖属性で、女神の加護に近いものらしい。女神に喧嘩を売るのは愚かだからな。これにも当然手を出さない方がいい。わかるな?」


 「う、うむ。確かに」


 「三つ目の婚姻紋、これは表向きは幸運と全てがうまく行くという性質のごくありふれた加護だが裏の性質がある。異性の魅力に比例して効果を発揮する惚れ薬的な多重婚系のものらしいが詳細は不明だ」

 「それとこの脇腹の呪いの焼き印が大問題だ。本来女物の呪いなんだが、こいつ男だろ? そのせいで効果がおかしなことになっている」

 そいつらは、布に現れている文字を見て目を細めた。 


 「おい、これはどういう意味だ?」


 「要約するとだな、女運は急上昇なんだが、好意を持った女性に対して自分を洗いざらいさらけ出す、という訳のわからん効果が稀に起きるようだ」


 「何だそりゃ? わけがわからんな」


 「元々、奴隷は自分を捧げるもの、それがゆがんだのだろう」

 「自分をさらけ出してどうなると言うんだ?」


 「恋愛期間の短縮というか、相手に自分を一瞬で理解してもらえるという効果だな。おそらく長く付き合った恋人のような感覚になるんだろうな。それで、こいつの事が丸分りになった上で、まだこいつに好感を持てるなら本物の恋人に進展するし、そうでなければ何も起きない。たぶんその発動条件があるのだろうがね」


 おいおい、そんな呪いの効果は初耳だぞ。相手に何でもバレるって、かなり恥ずかしい効果じゃないか?

 お前の事が好きだぜ、抱きたいぜ、えへへ、という心の声も全部バレるんだろうか?


 でも、なんとなく思いあたることがある。ナーナリアの時がそんな感じだった。見つめあった瞬間にビビッときた。


 なんだよ、こんな呪いがあると知ってたら、夜会とかお茶会に呼ばれた時に、端っこで小さくなっていないで、胸がときめいた娘に次々と声をかけて試してみるんだったな。

 気が合えば一撃で恋人ができるかもしれない。貴族として妻を増やすにはもってこいだ。稀に発動するって十人に一回とか、そんなものなのだろうか。


 「あとは、ケツに現れている妙な婚約紋のようなやつ。これはちょっと正体不明だ。加護や呪いは無いが、婚姻紋にしては不安定すぎるし、単なる俗紋でもない」

 「尻に紋?」

 思わず声が漏れた。

 ぎろっと男たちが俺を睨む。


 もしかするとエチアか。

 思い当たるとしたらそれしかない。腹に紋が出なかっただけだったのか、だから気づかなかったのだ。

 しかも、不安定と言ったが、紋が死んでいるとは言わなかった。ということは、やはりエチアは生きている。


 そう思った途端、息が苦しくなって涙が出そう。どんなに時間がかかっても必ずどこかで治療法を見つけてやる!

 そうしたら、言えなかった言葉の続きを彼女に伝える!


 「しかし、こいつ、妙に厄介な奴だな。ただでさえ変態野郎だというのに、女に関係する加護や呪い持ちじゃねえか。しかもあの凶悪な巨根を見ろよ。トイレで接触されたオリナの身すら危ないのでは?」


 「そう、かなり厄介な男らしいな」


 「オリナだけじゃないぜ。こいつがここにいる限り、コロニーに住む若い女たちには常に危険がつきまとうというわけだ。目が合ったが最後、気づいたらこいつのベッドで朝を迎えていたなんてことになりかねねぇ」


 「というわけだ。お前を処分しょうとすればどんな災いが降りかかるか分からない、かといってここに置くことはできない。したがってお前には今すぐコロニーから出て行ってもらう。それが長老会議の結論だ。いまからその手続きをする」

 ジャクが振り返ってにらんだ。


 

ーーーーーーーーーーー


 そして俺はようやく牢から出され、懐かしいパンツ1枚を返された。椅子に座った俺の前で、ジャクがカリカリと何か書面に書いている。なんでも顛末てんまつを記した文書で、長老会議に提出するらしい。


 その間に、俺はこのコロニーについてドンメダたちに色々と聞いた。

 この自治区は、元王宮付属の農園だったそうだ。周りを高い塀で囲われて完全隔離されており、出入り口は正門の一か所のみ。 

 当然、最も危険な重犯罪人地区につながる抜け道や溝等は一切無い。


 そして、ドンメダたちは戦火を生き伸びた旧王国の遺民だということだ。捕虜であって囚人では無い。そのため、ここで自給自足の集団生活をすることが許されているという。

 自治区とは言っているが、ここは要するに捕虜収容所と言うのが正解なのだろう。

 

 厳重に隔離されているので魔物が入って来ることは少ないが、まったくないわけではないらしい。

 中でも危険な魔物は”人間くずれ”と呼ばれる奴で、獣人型、幽鬼型、歩く死人型等、色々な奴がいて、重犯罪人地区から稀に侵入してくる厄介な魔物だという。

 獣化の病に罹った元人間が多く含まれている気がするが、彼らにしてみればどれも同じ魔物に過ぎないのだろう。




 ーーーーさて、ジャクが作った書類に俺がサインして、そろそろ終わりという時だった。


 バン! と部屋の扉が乱暴に開いた。何事かと一斉に視線が集中する。


 「大変だ! 帝国の巡視が来た! ーーーー今、正門で監視兵を足止めして、ガキンダが話を長引かせている。早くそいつを隠せ!」


 はぁはぁと息を切らせ、男が叫んだ。


 「巡視だと!」

 「この時期にか? 妙じゃな。数は?」


 次回予定の告知を受けていた巡視日から大きくずれている。抜き打ち検査なのか、それとも何かがあったのか。

 長老フェバは、お前のせいか? みたいな顔つきで、老人とは思えぬ鋭い眼光で俺を睨んだ。


 「それが、いつもより多いんだ。しかも大型馬車で来やがった。正門を閉鎖したのが4人、中に入ろうとしている監視兵は全部で6人。魔犬を3匹も連れて来ている。しかも、あの装備を見ると数日泊まり込みで巡視する気かもしれないぜ。野営装備まで積んでいやがった」


 魔犬は厄介だ。不法侵入者を見つけるのに利用されるのだ。


 コロニーの住民は全員うなじに認識紋を入れられており、その紋が人間には分からない独特な香りを放っている。魔犬はそれを嗅ぎ分け、その臭いがしない人間を追跡することができるのである。もしカインが見つかれば連帯責任で一体どうなることか。最近では稀に見る危機といって良い。


 「6人か、いつもはせいぜい2人程度なのだがな。どうします? 長老」

 ジャクが振り返る。

 

 「抜き打ちか、しかも時間をかけて隅々まで調査するつもりなのじゃな。よりによってこんな時に……。うーむ、これは実にまずい。だが、じたばたしても始まらん。他の長老たちにもすぐに知らせるのじゃ! ドンメダ、お前は手筈どおり、この男を隠し小屋に連れていけ!」


 「どこの隠し小屋が良い?」


 「塀際の小屋が良いじゃろう。あそこは手前に湿地があって馬車で行くには道が悪いし、臭いも誤魔化せる」

 「東の小屋だな?」

 「そうじゃ。早く裏口から連れ出せ。ここの臭いはわしが何とかしよう。魔犬に気づかれない程度にな」

 そう言って、長老フェバは左手の裾から細い杖を取り出した。


 魔法を行使するときに使う杖だ。この長老、魔法を使えるらしい。魔法使いだったのかよ、と思うとその風貌がそれらしく見えてくるから不思議なものだ。


 「わかった。後は長老様に任せるぜ。おい、お前、さっさと俺に付いてこい」とドンメダが俺の背中を押した。

 

 俺は引き立てられるようにして部屋を出た。




 ーーーーーーーーーー


 集落を離れ、途中の湿地で泥だらけになりながらもドンメダに連れられ、エリア端の塀際にある古い作業小屋たどり着くと、そこに閉じ込められた。


 ちょうどこの塀の向こう側が重犯罪人区画だ。また戻ってきた。この向こうにエチアがいる、そんな思いが胸にこみ上げる。


 「今はここで大人しくしてろ。午後になったら巡視が終わった地区に随時移動だ」


 「移動だって?」

 思いがけない言葉に聞き返してしまった。ずっとここに隠れていれば良いものとばかり思っていたのだ。


 「こんな時の手順を決めているんだ。コロニー内の巡視は右回りのルートで案内することになっている。見終わった地区の小屋に移動して隠れてもらうのだ」


 「なるほど、一度点検された場所の方が安全だというわけか」

 「じゃあ、俺は一旦戻る。いいか、迎えがくるまでここを絶対に動くんじゃねえぞ」

 俺をギロッと睨んでドンメダが鍵を指先でくるくると回した。 


 「おう、わかったよ」


 ガチャリと重々しい金属音がして、窓の外を見ると外から鍵をかけたドンメダが遠ざかっていく。


 「この向こうが重犯罪人地区なんだ」

 小屋の奥壁は例の塀をそのまま利用している。そう思うと心がざわついてくる。

 壁に手を押し当てる。その冷たい感触、ここはエチアと別れた場所から近い……もしかしてまだ近くにエチアが……、そう思うといてもたってもいられなくなる。


 室内には大きめの作業台が置いてあり、その上にはぽっかりと口を開けた煙突穴があった。


 「これだな!」

 俺はすぐに動いた。

 エチアは間違いなく生きている、そのことが俺をどうしようもなく突き動かす。あの状態では一緒に行けないことなんかわかっていた、でも、あんな中途半端な別れ方で終わる? それは嫌だ。


 台によじ登り、煙突を這い上がった。煙突はほとんど使われたことがないらしく、ほとんど煤けていない。

 屋根に出るとあの塀がそびえている。全然届かない。見上げるような高さがある。この付近は塀が高い。塀の上端と屋根では、まだ俺の身長の倍以上の差がある。


 この向こう側にエチアがいるかもしれないというのに、こんな塀ひとつ越えることができない。思わずぐっと拳を握りしめるが、無理なことは無理、できることは少ない、ドンメダが戻って来るまでの時間もあまりないはずだ。


 俺は煙突を滑り降りて一旦室内に戻った。

 何か、何かないか? と辺りを見回すが何もない。

 あるのは作業台の上に置かれた大工道具の箱だ。箱を開けるとバールや釘が入っている。


 材料は? ーーーー俺は足元を見つめた。もうこれしかない。俺はバールを使って、すぐに床板をバリバリと剥がした。


 剥がした板切れをさらにへし折って枚数を増やし、そこに釘で文字を刻んでいく。いくつもいくつも……、材料がある限り同じようなものを作る。時間は限られている。


 エチア、彼女への思いを刻んだ板きれである。

 

 これを塀の向こうへ投げ入れても、彼女の元に届くことは無いのかもしれない。こんな行為は自己満足に過ぎないのかもしれない。だが、俺はここまで来て動かずにはいられない。


 心が動いて、何かせずにはいられないのだ。

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