第15話 獣人族の女と危険な香り

 やがて夕方近くになってドンメダが隠し小屋に迎えに来た。

 

 薄汚れたフードを被って一人でやって来たのは目立たないためだろう。


 俺が大人しく椅子に座っているのを見て少しほっとしたようだ。どうやら気づいていないが、作業台の裏側の床板が無くなっていることに気づいたら目を剥くに違いない。そっちに行かせないよう俺はさり気なく立ち上がって隠す。


 「さて、もうそろそろいいだろう。これに着替えたら移動するぞ。帝国の監視兵がこっちに来る前に行くぜ。俺についてこい」


 そこで俺はぼろい囚人用のズボンを手渡された。上着は無く、パンツもズボンも緩い。歩くだけで下がって来て下っ腹がすぐに出るが気にしてはいられない。腰には例の骨棍棒、足元はボロ長靴である。取り返した俺の貴重な装備一式だ。

 

 「本当なら上下揃えたかったんだがな、囚人服はコロニーではなかなか手に入らねえ」


 「十分だ、感謝するよ。それにしてもずいぶん遅かったな。巡視はどうなっている? 順調か?」


 「今頃は反対側のエリアを回っているはずだ」


 そう言ってドンメダは部屋の中央にしゃがみこんで何かをセットした。すぐに白煙が出て来た。煙が出る魔道具らしい。あれで俺の臭いや痕跡を消すのだろう。


 「さて、今のうちに次の隠れ家に移動するぜ」

 俺を引きつれ、ドンメダは部屋の扉を開けた。


 その時だ。その動きが不意に止まった。




 ーーーーーーーーーー


 「ーーーーな、なんだと!」

 ドンメダの声が引きつったのがわかる。


 「どうした?」

 顔を出した俺の目に女が映った。しかもただの女ではない。


 オリジナルの兵装なのか、かなりセクシーな上下黒い装いをした帝国兵、獣人族の美女である。

 

 赤いくせ毛のロングヘアから突き出た猫のような耳が神経質に動いた。おそらく小屋の中に他に人の気配がないことを確認したのだ。


 へそ丸出しの短いタンクトップに浮かぶ豊満な胸、大胆すぎるほど太腿が露わなミニスカート。派手めな化粧で赤い口紅。まさに肉食系の美女という感じで、俺を見た瞬間、そのお尻の尻尾が嬉しそうに揺れた。

 

 「やはりいたか、ついに見つけたぜ」

 その女は、ニヤリと笑った。


 「ジャシア隊長、読みがあたりましたね」

 「こいつですか?」

 その獣人族の美女の左右に、女兵士が姿を見せた。魔族の女だろう。険しい目つきをして俺を睨んでいる。

 3人の背後には泥だらけの大きな馬車が一台停車しており、馬車の周りにはさらに3人の兵士の姿がある。


 「こっちは問題ありません!」と車輪を調べていた一人が手を振った。顔は兜のせいで見えないが、声や体格から見てあれも女だろう。

 

 「あの泥沼を突っ切ったのか?」

 ドンメダが驚愕する。居場所がバレたというより、馬車であの湿地や沼を越えて来たという方が驚きである。


 「私らを舐めるんじゃないよ」

 ジャシアと呼ばれた獣人の美女が得意げに言った。


 「貴様が手引きしてその男をかくまったのだな? それがどういう意味をもたらすか、知ってるのだろうな?」

 「お前たちは重犯罪人地区送りね。関与した者が名乗りでなければ、コロニーの住人全員を拷問よ」

 両脇の二人の兵士が冷たく言い放った。


 「やらせてたまるか!」


 ドンメダがトゲ棍棒を手に三人に迫った。たかが六人、こいつらの口を封じてしまえば、と短絡的に考えたのだろう。浅はかだ。確かにドンメダの体格ならこいつらを倒せるかもしれない。だが、こいつらを倒しても、次は帝国兵がどっと押し寄せるだけだ。


 「やめとけ!」


 「うおおっーー!」

 俺の声を、無視してドンメダが飛びかかった。


 「お前たちは手を出すな」

 ジャシアがそう言って、突進してくるドンメダを横目に、余裕の表情で両手の指をぽきぽき鳴らした。


 そこにドンメダが振りかぶったトゲ棍棒を叩き下ろす。

 ドン! と地面が揺れた気がした。

 土が舞い上がった。

 

 「!」

 勝負は一瞬だった。


 ジャシアはドンメダの振り下ろしたトゲ棍棒の上に片足で立っていた。そのもう片方の足はドンメダの顔面に食い込んでいる。ほとんど自爆だ。


 音もなく、ドンメダが白目を剥いて崩れ落ちた。


 「バカな男」

 「ですね」

 二人の兵士が左右からドンメダを見下ろす。


 「さて、私はお前を探しに来たんだぜ」

 ジャシアが俺を指さした。


 俺を探しに? なぜなのか理由が不明だ。やはり俺が重犯罪人地区から逃げ出した囚人だからだろうか?

 

 「お前たちは下がっていろ」

 「はっ」


 ジャシアはお供の兵を下がらせると気絶しているドンメダの背中にドカッと勢いよく座った。あまりにも大胆に足を組むので、ただでさえ短いミニスカートの最深部までほぼ丸見えだ。


 そんなことを気にしない性格なのかもしれないが、俺は目のやり場に困る。


 「お前、ここに来い。どうせ逃げられねえぞ。逆らっても無駄だと分かるだろ?」

 ジャシアが手招きしている。すぐに殺されるとか、捕まるという雰囲気ではないようだ。どうも普通の帝国兵とはどこか違う。それにあの服装だ。隊長クラスは私服みたいな装備も許されているのだろうか?


 俺は言われるがままに、ジャシアの隣に座ってみた。肩と肩が触れ合う距離だ。


 「こっちを見ろ」

 ジャシアが俺の顎を掴んでぐいっと顔を横に向ける。俺の目の前に好奇心に満ちた瞳がある。あまりに真正面から見るので思わず視線を下に向けると、破壊力抜群の豊満な胸の谷間が目に飛び込んだ。

 しかも、何か頭がクラクラするいい匂いがしてきた。これが獣特有の雌のフェロモンだろうか? これは男を狂わす危険な香りだ。

 

 じっと、ジャシアが俺の顔を覗き込んだ。


 帝国兵の隊長ジャシア、初めて見る獣人族の美女だ。

 鍛え上げられ、引き締まった身体つきだが、出るところはしっかり出ており、野生的だが俺を見る目はかなり妖艶だ。そのどこか危険な妖艶さは出会ったばかりの頃のマリアンナを彷彿ほうふつとさせる。


 ジャシアはちろりと舌を覗かせ、その赤い唇を舐めた。


 「やはりお前だ。お前、あの時、私の部下の賭けにされた男だろ? ほら、城壁修理の時だよ」


 「は? えっ?」

 その言葉で急に思い出した。この女、獣化したトムに襲われた時に装甲馬車の上に寝転んでいた獣人族の女だ!

 

 「ど、どうして? なぜ俺を探していたんだ?」 


 「なぜだと思う?」

 ジャシアがわざとらしく、またも足を組み替えた。ミニスカートがめくれあがって、太ももの付け根の奥まで見えてしまう。もはやわざと見せつけているのは明らかだ。彼女は目のやり場に困っている俺の反応を見て楽しんでいるのだ。


 「なぜなんだ? 重犯罪人地区から逃げたからか?」


 「ぷっ、あはははは……」

 ジャシアが大声で笑いだした。

 

 「重犯罪人地区からは誰も逃げられねえ。そういうことになっている。だから、お前がどこから逃げたかなんか関係ない。お前が私の目の前にいる、それが一番重要なんだぜ」


 「どういう意味だ?」


 「私はお前が重犯罪人地区から逃げたのをとがめに来たわけじゃない。さっきは私の部下が脅すようなことを言ったが、あれは建前だ。私は個人的な理由でお前を探しに来ただけなんだぜ」


 「だから、なぜなんだ?」


 「あの時のお前を見て以来、私はお前のことが忘れられなくなったんだぜ。だから一つ賭けをしよう。あの馬車の中に入って私と勝負しろ。もしお前が勝てばコロニーの住人には手出しをしないし、お前のことも見逃してやる」


 「俺が勝負に負けたらどうなる?」

 「あははは……その時は生きてはいないだろうぜ。もし生きていても死ぬまで私の奴隷としてこき使ってやる。で、どうする?」

 

 よくわからない提案だが、これは勝負に挑むしかない。どうせ断っても既にこの状況では詰みだ。


 「わかった。勝負してやる」


 馬車の中で勝負とは……。どんな勝負か分からないがカードやボードゲームであれば俺は意外に強いのだ。


 「先に入れ」


 俺はジャシアにうながされ、馬車の中に入った。

 馬車の中は……ピンク色の装飾に鏡張りの壁、その中央に大型ベッドがドーン! と置いてある。天井には煌びやかな魔法の灯りが灯っている。

 

 「はぁ? これって?」

 思わずつぶやいた俺の背後で、ガチャリと鍵のかかる硬質な音がした。

 

 「つまり、こういうことをするのさ!」 

 振り返った俺をジャシアがベッドに押し倒した。


 ジャシアがニヤリと笑い、目の前に豊満な胸が揺れ動く。


 うわっと叫びそうになった瞬間、その薄い服の内側にこもっていた香水と発情した獣特有の危険な香りを、俺は思いっきり吸い込んでしまった。これはまずい、頭がクラクラする。


 「馬車から出たかったら、ほら、この鍵を奪うことだね。でも簡単にはとれないぜ」

 そういって胸の谷間に首から下げた鍵を挟み込んだ。


 「な、何をする気だ?」


 「わかりきったことを。ーーあの時、お前、生存本能が働いていただろ? あれ以来、お前の姿が忘れられなくてな。他の男じゃもう我慢できないんだぜ。ほら、見せて見ろ!」


 「うわっ! 痴女だ!」

 ジャシアが俺のパンツを引き下ろした。


 自分でやっておきながら、ジャシアの目が驚愕に見開かれた。


 飛び出したそれは想像以上だった。そして見るからに凶悪すぎる。それは今まで何十人もの男を喰らってきた彼女に初めて恐れを感じさせるほどのものだ。


 「ふふふ……、もう耐えるなんて無理だぜ。いざ勝負だ!」

 ジャシアは強がると、ぺろりと舌舐めづりをしながら俺の首にまたがり、その赤い唇を開いた……

 

 「うわあーーーー!」

 彼女の柔らかな尻尾が俺の首に巻き付いて締め上げる。


 尻尾の付け根が目の前だ。しかもかなり意味深な形に食い込んで妖しく翳っている。俺の目はもはや釘付けだ。


 布地も今にも透けそうだ。

 思わずごくりと喉が鳴る。そんな俺の反応を楽しみながらジャシアは誘うように腰を振り、大胆に押し付ける。

 途端に、湿った濃密な魅惑の香りが俺の鼻腔一杯に容赦なく侵入し、一撃で俺の理性を吹き飛ばした。

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