第16話 ベッド上の魔王

 ぎしぎし、ぎしぎし、といつまでも馬車が揺れ続けている。完全防音なので音は漏れてこないが、時に急に激しく、時に長くリズムカルに、軋み音が響き渡る。


 5人の魔族の女兵士は馬車の隣にテントを張って、その前でたき火を囲んでいた。既に夕食も終わり、思い思いの姿勢でくつろいでいる。


 「いつもながら隊長も好きよねえ、わざわざあんな男を追って、ここまでするなんてね」

 そう言ってたき火の火をかきまわすと火の粉が舞い上がった。


 「ええ、でもあの男もすぐ死ぬわね。隊長に目を付けられて朝まで生き延びた者なんていないもの。ましてアレ、ひ弱な人間でしょ?」

 「隊長に目を付けられた時点で、あの男の運命は決まっていたのよ。もう心臓が止まるまで搾り取られてお終いよ。一番耐えたのは見るからに醜悪な豚獣人だったわね。強姦魔の指名手配犯だったけど、俺は絶倫だと豪語していたわりに、あれも朝まで持たなかったしね」

 二人がお互いの目を見てうなづいた。


 「哀れよねぇ。でも用が済んだら、いよいよここともおさらばね?」

 「そうね。まったく傭兵稼業は辛いわ。こうもくるくると任務地を変えられたら、堪らないわ」

 「まぁまぁ、それだけ稼ぎは良いんだから、ジャシア隊長に付いていけば間違いないのよ」

 傭兵部隊は10人である。正門に4人の男共を残してきた。あいつらまで中に入れると色々と問題を起こしそうなのだ。

 5人のおしゃべりは深夜まで続いた。



 ーーーーやがて夜が明けた。


 馬車は一晩中揺れていたが、今は静かになっている。

 朝霧の中、馬車の扉が開く音がした。


 「隊長、今回はずいぶん長かったみたいですね?」

 「死んだでしょうか?」

 「さて、男の死体をコロニーの外に運びますか?」

 そう言って寝袋の中で眠い目をこすってテントから出て来た5人の目が見開かれた。



 「勝手にでてきたぞ。後は自由なんだよな」


 そう言って、呆然としている彼女たちを尻目に、俺は縄で縛られていたドンメダを連れてそそくさと逃げる。そして遠巻きに様子を見ていたコロニーの連中に合流した。


 「ジャシア隊長!」

 「ええっ、まさか、そんな!」

 慌てて馬車の中を覗いた二人が口をぽかんと開けた。その背後から覗いた女兵士も同じ顔をした。


 優しく布団をかけられ、ジャシアが失神していた。


 しかも、今まで一度も見たことのない、満ち足りた幸せ一杯の表情である。どれだけ愛されたのか、髪は乱れ、上気した肌がつやつやと光って充実している。


 「た、隊長を負かすなんて……」


 「隊長、起きてください、隊長!」


 いくら揺すってもかなり遠くまでいってしまったようだ。うへへへへーーと口元に満足そうな笑みを浮かべるだけだ。

 こうなると隊長もただの一人の女だ。そう思わされたのは初めての経験だ。


 「どうします?」

 「どうしようもないだろう? 隊長がこれだし」

 「目覚めるのを待ちましょうか」


 5人は深くため息をついて肩をすくめた。



 ーーーーーーーーーー


 「あの男すげえ! 絶対逃がすな!」


 だいぶ経ってから隊長が真っ裸で跳ね起き、叫んだ第一声がこれである。


 「隊長、今頃気がつかれましたか? あいつはとっくに逃げましたよ。あいつが死ななかったのは予定外でしたが、首尾はどうでした?」

 「そ、そうか……まあ、首尾は上々だぜ」

 口元を手で拭ったジャシアの顔はまだ赤い。いまだに乳房が張っていて、しかも腰もふらついている。


 「でも、隊長がやられたのを初めてみましたよ。さては奴め、毒でも使ったのですか?」


 「い、いや……」

 その顔がますます赤くなった。いろいろと思い出したのだ。


 昨晩のことを思い出すと顔から火が出そうになる。あんなに悶え狂って、恥ずかしがったのはいつ以来だろう。全然耐えられなかった。あいつの行為はすべてが超越していた。人間じゃねえ、そう思う以外ない。


 「殺せなかったのは初めてだ。奴は初めての……本物の男だったぜ」

 ジャシアは両肘を掴んでうつむきながら恥じらんだ。常に野性的で性に獰猛ないつもの姿からは想像もできない、あまりにもかわいらしい仕草だ。


 「そんなに凄かったのですか?」

 「凄かった……何もかもが規格外なのに……、凄い鋼のような硬さで」


 「信じられません、あんな顔で」


 「奴はまさにベッドの上の魔王だったぜ。この私が完全敗北だぜ。その、……初めて天国? ……を見てしまったぜ。奴はな、私が負けを認めても、何度も何度もだな……、いろんな技で……、うう、これ以上は恥ずかしすぎて言えねぇーー!」

 ジャシアは真っ赤に照れて両手で顔を隠した。まるで乙女だ。


 「どうしますか? あの男、逃げましたけど」


 「つ、捕まえろ! この勝負、まだ終わっちゃいねえ、それにあんなに凄い男、獣人族にも、魔族にもいないぞ! あれこそ本物の男だ!」


 「はっ!」



 ◇◆◇


 ーーーーそして俺は、捕まっては逃亡することを繰り返し、既に一週間である。コロニー内での追いかけっこにコロニーの住民もあきれ果てている。


 今夜もまた、俺の腕の中で派手に失神したジャシアがようやく天国から返ってきた。


 「さっきのは凄かった。本当に最高だったぜ、まだ全然余韻が収まらない、どうにかなっちまいそうだ」

 そう言って身体を預け、蕩けるような笑顔を見せて俺の胸をざらついた猫舌でペロペロと舐める。


 ジャシアはもう俺にメロメロだ、最初の頃の威勢は全くない。獣人族の女は一旦負けを認めて懐くとこうなるのかもしれない。最初は猛虎さながらの妖艶な肉食系美女だったが、もはや大きな猫みたいだ。かなりかわいい。

  

 俺の腹には彼女の俗紋、妾紋が生じている。互いに相手が特別な存在だと思っていないと婚姻紋にはならない。ジャシアは性に奔放なので男は俺だけだと思っていなかったせいだろう。


 だが、今日のジャシアはちょっと様子が違った。


 「カイン、実はこのコロニーに来る前に、私たち、……傭兵部隊に新たな命令が届いていたんだぜ。私は他の都市に行かなくちゃならない。移動期限は明日だ。だから、寂しいがしばらくは会えなくなるぜ」

 ジャシアは俺の胸にすりすりとほおずりして甘えながら、丸い大きな目で見上げた。


 俺はそのかわいい耳をもふもふしている。


 「どこに行くんだ?」

 「次はシズル大原の大きな街だぜ。旧ネメ国王都のオミュズイだ」


 「そうなのか……それじゃあ、この勝負は俺の勝ちってことで良いんだな? これで俺の事は見逃してくれるし、コロニーにも手は出さないと?」

 「ああ、約束だからな。私は約束は守る女なんだぜ」

 ジャシアの瞳に真剣な色が浮かんだ。


 「それでな、一つ、カイ……いや、お前に伝えておかなくちゃならない事があるんだぜ」

 「改まって、なんだよ?」


 「実はな……」

 彼女は恥ずかしそうにして、俺の耳元でささやいた。


 「そ、それ、本当か!」

 俺も思わず声が出た。


 「うん、本当なんだぜ」

 ジャシアの瞳が潤んでいる。




 「ーーーーこ、子どもが、俺の子ができただと!」


 彼女は俺の反応を見て、そっと下腹部を撫でた。

 「うん、そうなんだぜ、毎晩毎晩必中で、目一杯できちゃったんだぜ」

 ジャシアはそう言ってうれしそうににやけた。やったぜ、という顔だ。

 

 獣人族は自ら望まぬ限り排卵しないし受精もしないぜ、いくらでもやれ、やれるものならやってみろーーと悶えながらも豪語してたのに?

 それに目一杯といった? 獣人は子宮に余力があるかぎり何度でも受精して一回で何人も出産するのが普通というが、もしかして?


 「あまりに素晴らし過ぎて……、その、切なすぎて我慢できなかったんだぜ。あれだけ毎晩満たされれば、どうしてもカインの子がたくさん欲しくなって、堪らなくなって。だって当たり前だろ、女なんだぜ?」

 彼女はそう言って頬を染めながらうれしそうにぎゅっと抱きついて、幸せそうに俺を見上げた。



 ◇◆◇


 翌朝、ジャシアたちは疾風のように姿を消し、俺は長老の家の前に立っていた。


 ジャシアは獣化の病については何も知らなかったが、情報を集めると約束してくれた。いずれ俺が囚人都市から逃げて、自分の前に現れると思っているような雰囲気だった。獣的な勘なのか、そう信じているだけに別れの挨拶も何も一切なしである。


 街を出るなら、俺を囚人都市から一緒に連れ出してくれと頼むこともできただろうが、他の傭兵の目がある。それはやはり無理だっただろう。長老の家までジャシアを迎えに来ていた帝国兵の男が俺を見て「その男、隊長の何なのだ?」と物凄い剣幕で噛みついてきた一幕もあったのだ。


 「まったく、お前は本当に迷惑な奴じゃったな」

 長老フェバがため息をついた。

 「すまん、何かやらかしたらしい」

 俺は丁寧に長老に頭を下げた。別に俺自身がやらかしたわけではないのだが、俺のせいで彼女らがやってきたことは事実だ。


 「では、長老、さっさとこいつを放り投げてきますぜ」

 ドンメダが俺を睨んだ。

 見送っている長老フェバの隣でジャクやその他の連中も俺を睨んでいる。

 帝国兵の巡視と偽ってジャシアたちがコロニーにやってきた目的を知ったのだ。はっきり言ってコロニーの住人からすればとばっちり以外の何物でもない。



  

 ーーーードンメダは地区の外れにある二階建ての長方形の建物に入った。その石段を登り、二階の奥のドアを開く。


 「うわっ」

 ぶふぁあと強い風が飛び込んできた。


 目が明るさになれると、目の前に塀の向こう側の景色が広がっていた。またしても一面瓦礫の街が広がっている。今登ってきたこの建物の半分も崩れ落ちている。


 「やはり、ここから落ちるしかないのか? やたら高い気がするんだけどな、落ちたら死ぬ高さじゃないのか?」


 「即、死刑でなかっただけでも感謝するんだな。生きるか死ぬかは運しだいだ。せいぜい頑張りな。ーーそれと、これはオリナを辱めたお礼だぜ!」


 青ざめて振り返った俺のケツを、ドンメダが思いきり蹴っ飛ばした。


 「ひゃおうう……!」

 俺は奇声を上げつつ落下していく。

 死ぬ! これは死ぬ! 

 そう思った時、枯れ葉や小枝が崩れたレンガの上にうず高く溜まっている所に、ズボボーーン! と落ちた。


 「うぎゃあ!」

 土煙がばふぁと高々と上がった。


 ケツを逆さにして落ちた俺の股間に、少し遅れて落ちてきた長靴が直撃する。必殺かかと落とし!


 「はあうっあ!」


 俺は全身で悶えつつ、涙目で二階のドアを見上げる。どうやら生きている。死ななかった。だが、落下した衝撃よりも股間の一撃の方が死ぬほど痛い。

 ドンメダの奴め……俺が睨むより一瞬早くそのドアは閉じられた。


 あたりに散らばった長靴や骨棍棒を集め、周りを見渡したが、人の気配は全く無い路地裏である。壊れた質素な家屋が建ち並んでいるが、そのほとんどが屋根も無く、壁も一面くらいしか残っていない。

 

 俺はズボンからパンツの伸びた紐を出して、懲りもせずに骨棍棒をそこにぶら下げた。ジャシアたちは男物の服や下着など持って来なかったので、彼女から新しい服をもらうこともできなかった。まさか男の俺がジャシアのを身に着けたらそれこそ変態だろう。


 俺はパンツの紐に棍棒をぶら下げて歩き出す。

 ぶちっ、数歩歩いただけで、嫌な音を立ててパンツの紐が切れた。

 ガーン、とショックが俺を襲う。

 だが、俺はめげない。

 ズボンの紐を伸ばして……ブチッ。


 天を仰いだ俺に、やがてポツリポツリと雨が降ってきた。



―――――――――――――

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