第354話 女王リサの婚約宣誓

 「リサ女王様ーーっ!」

 「リ・ゴイ王国に栄光あれーーっ!」

 数万を超える人々が新王国の旗を振って歓声を上げていた。


 聖都クリスティ、新しく造り直された王宮の白亜のバルコニーに現れた美しい女王リサが人々に手を振っている。

 その傍らには謎の美女宰相と言われるセシリーナがいる。そのお腹が大きいのはまもなく子どもが生まれるからだ。


 王女の登場に王宮前広場を埋め尽くす大群衆が歓声を上げていたが、そのざわめきがやがて収まって行く。


 輝く美女神のようなリサ女王が壇上に立ち、その愛らしい口を開いた。


 「15歳となった本日、リ・ゴイ王国の女王として、将来我が夫となる方を指名致します。私、リサ・テェンティー・ルミカミアーナはその者を夫として認め、生涯愛することをここに誓います!」

 リサ女王の声は遠くまで良く通った。


 やはり、今回の重大発表は女王の正式な婚約の宣誓だったのだ。再び広場中がざわめき出した。人々は誰が王女の相手になるのか様々な憶測を交わしている。


 色々な噂やゴシップがちまたをにぎわせていたが、一番信ぴょう性が高いと思われているのは、真魔王国への援軍でリサ女王の名代を務めたという男らしい。

 ただ、多くの者がその男の事を知らなかった。帝国との戦いで活躍した将軍でもないし、大貴族や旧国の王族でもないらしい。


 「これより、古式の作法により王宮において執り行われた宣誓式の結果を報告する!」

 しばらくして、バルコニーに姿を見せたセダ・マクロン王宮長の声が王宮前の広場に響き渡った。

 彼はベントの側近であったが、その才能を見込まれ、今や王宮を取り仕切る王宮長にまで抜擢されていたのである。


 後ろにずらりと神官を並ばせ、セダは威儀を正して手にした皮紙を開いた。


 「それでは、ここに宣言する!」

 人々は固唾を飲んでセダの言葉を待った。


 「ん、ごほん……」

 セダは急に咳払いして気を持たせつつ、ゆっくりと群衆を見渡した。


 「リ・ゴイ王国、初代女王リサ・テェンティー・ルミカミアーナの夫として……」

 人々は静まり返った。


 「……ここに、東の大陸、領主国ミスタルの貴族であるカイン・マナ・アベルトを指名するものである!」


 「!」

 「カインだって、そいつ誰なんだ?」

 「聞いたこともねえ!」


 「静かに! …………併せて、女王リサは、カイン・マナ・アベルトを宰相セシリーナの夫として追認するものである。セ・シリス・クリスティリーナ・デ・アベルティア、汝に幸あれ!」

 その言葉にリサ女王の傍らに立っていた宰相が恭しく頭を下げた。


 ざわざわっ! と広場の数万の群衆が大きくざわめいた。


 カインなどという者は誰も知らない。しかも、あの謎の宰相の夫でもあるというのだ。人々はカインって誰だ? という事に意識を持っていかれてしまい、セシリーナの本名にクリスティリーナという言葉が入っていることに気づいた者は少なかった。


 しかも、それに気づいた者ですら、リサ王女があえて側近の宰相セ・シリスを祝する意味で、ここ聖都クリスティの由来となった女神クリスティリーナの名を新たに挟み込んだのだろうと思いこんでしまい、彼女がクリスティリーナ本人だと気づいた者はいなかった。


 「セ・シリス」は代々伝わる名誉称号で、セ家のシリスという意味なのだが、その事はよほど歴代王朝史に詳しい者でなければ知らない命名法である。

 クリスティリーナがアイドルとしてデビューした時、「セ・シリス」を省略し、クリスティリーナ・カナル・ボロロンという名前で売り出したので、当時のプロフィールにはみんなそう書いてある。


 だから宰相の名前がセ・シリスなのだとみんなが思い込んだのも当たり前だ。普通はクリスティリーナという言葉が名前の中間にくることなど無いからである。



 「カイン? 知らねぇなあ」

 「誰か知ってるか?」

 「まさか……いや、まさかな……」

 ざわざわと人波が動き続けている。


 「静かに!」

 人々の疑念を抑えるためにセダはさらに言葉を続けた。


 「貴族カイン・マナ・アベルト! 彼はリサ王女を囚人都市から救出し、その後、共に多くの苦難を乗り越え、王女を無事帰還させた高潔な人物であり、先の魔王国との最終決戦であの裏切り者オズルを打ち倒した英傑である!」


 セダが説明したにも関わらず、「魔王を倒した? 倒したのはミズハ様だろ?」「誰だそんな奴、聞いたことがないぞ?」などと言う声があちこちから聞こえてくる。


 鉄壁の黒鉄関門を抜き、魔王オズルや邪神竜を撃退したという大魔女ミズハ女王の活躍は既に英雄譚として広まっている。その話にはこれっぽっちもカインなどという男の名は出てこない。


 それに、北伐軍に参加した同盟軍を率いた総大将はゴッパデルト将軍である。影の交渉役だったカインの名が表立って出てくることは無かった。


 ざわめきが収まらない中、セダが下がった。

 同時にリサ女王たちも優雅に手を振りながらバルコニーからその姿を消したのである。


 普通ならば、リサ女王の夫に選ばれ、次期国王になるカインという人物がリサ女王を伴って威風堂々とバルコニーに出てきて国民に顔を見せる番だろう。だが、いつまでたってもそんな男は出てこない。どうやらこれで宣言式は終了といった雰囲気である。


 「なんだかすっきりしないな」

 「まあ、リサ女王が決めたことだしな」


 不思議がる人々を後にして、神官たちがバルコニーから退席して行った。最後に楽隊の兵たちがラッパを吹き鳴らし、宣言式はここに終わりを告げた。




 ーーーーーーーーーー


 「やっぱり、あれはでまかせなんじゃないのか?」

 男は酒の入ったグラスを呷った。


 「女王様の夫のカインという奴か?」


 「女王様はまさにクリスティリーナ様の再来、誠に美しいお方だからな。女王様に求婚する元帝国や小国の王族とか貴族連中が後を絶たないって話だろ? 俺が思うに、それを牽制するため架空の人物をでっちあげたんじゃないかと思うんだ」


 「なるほど、そうかもしれねえな!」

 聖都の夜の食堂に集まった者たちは噂話に花を咲かせている。


 「ちょっと待て!」

 そのテーブルに影が落ちた。


 「ん?」

 見上げると、旅から帰ったばかりという感じの服装をした凛々しい青年がそこに立っている。


 「お前たち、いくら酒が入っているからと言って、今の話は聞き捨てならないな? リサ女王様がカイン様に結婚を誓ったのは本当の事だぞ」


 「こ、これはセ・クリウス様!」

 男たちは思わず立ち上がって敬礼した。一気に酔いが醒めたという感じで緊張した面持ちになった。


 「そうですよ。信じられないのはわかりますが、カインは本当にいますよ。遠くに行って、まだ帰ってきていないだけです」

 クリウスの後ろから鈴を転がすような美声がした。


 「こ、これはリィル様までご一緒でしたか!」

 「失礼しました! リィル様!」

 男たちは今度は急に顔を赤くした。


 姿を見せたのはセ・リィル・メットーナである。そのあまりにも美しい妖精リィルの登場に店内がざわめく。セ・クリウス・メットーナ将軍の妻である彼女は、すらりと背が高く、豊満な胸にスタイル抜群という超美人。

 今や森の妖精族の女神様として、新王国の若い兵士の間で神格化されているというが、それももっともだとうなづけるほどの美貌だった。


 以前の子ども体型に近い盗賊リィルを知っている者が見たらそのあまりの変貌ぶりにきっと腰を抜かしただろう。


 「あれがリィル様か……」

 酒場のあちこちで男たちが口を開けて呆然としている。妖精族はそもそも美しい者が多いが、まるで格が違う。


 ”森の貴婦人”という最高位の妖精をこんなに近くで見ることができるとは……。

 しかも大人の女性で人妻というところがまた妙に興奮させる。ぽぅーーとのぼせた男たちがグラスから酒をこぼしているのにも気づかずにリィルに見蕩れている。一目見ただけですっかりリィルに魅了されたようだ。 


 「将軍、ただ今、御帰還でありますか?」


 「うん、ちょっと色々と調査していてね。真魔王国まで行っていたのさ。聖都にはさっき着いたばかりだ」


 「ところで、セ・クリウス様はカインという方をご存じなのでしょうか?」

 「無論だ、知ってるなんてもんじゃないぞ」


 「どんな方なのでしょう? 教えて頂けますか? やはり豪傑とか、英雄と呼ばれるような偉大な方なのでしょうか?」

 「そうです、教えてください、将軍!」 

 部下の男たちは、酔っているせいか、興味津々な顔をしてクリウスを見た。


 「カイン様か……」

 うーーん、微妙だ。

 功績は光るものがあるのだが、見た目は普通だし、取り立てて英雄という感じもしない。

 身なりも飾らず、次期国王などと周りから言われても少しも驕ったりしない。いつもボロい長靴を履いて骨棍棒をぶらさげて歩き回って、妙に女たらしだが、困っている人がいれば放っておけないというようなお人だ。


 「貴方たち、カイン様はね、私とあの大魔女ミズハ様を一時期眷属にしていたほどのお方ですよ。そう言えばもうおわかりでしょう? けして失礼な事は言わないでください」


 「はあっ? 眷属でありますか!」

 そのリィルの言葉に、男たちは衝撃を受けた。

 あのミズハ女王や、森の貴婦人のリィル様を眷属に従えるほどの男! ……やはりクリウス将軍のような男の中の男という感じの人なのだろうか?

 

 しかも、眷属といっても色々ある。まさか愛人……。男たちの頭の中で勝手なカイン像ができあがっていった。


 「ははっ! 失礼なことを申しました!」


 「酒はほどほどにするんだね」

 「はっ!」

 直立不動の男たちに軽く手を振って、二人は店を出た。


 「やはり、ここでも姿を見せない婚約者への疑念の声が高まっているね」

 「ええ、カインがどの時空に連れて行かれたのか、私の探知にも反応が無いのです」

 リィルは胸に手を当てた。


 リィルはカインが同盟軍を率いて北に向かった後、正式にクリウスの妻になって森の妖精族の招神の儀式に臨んだのである。

 未婚であれば森の乙女、既婚であれば森の貴婦人と呼ばれる上級妖精たちにその能力と功績を認められ、儀式は見事に成功してリィルは森の貴婦人の一人に加わることになった。


 そのおかげで、肉体が神秘的で美しい大人の女性に変化し、草木と語らう力や以前は使えなかった自然を操る術まで使えるようになっている。


 森の樹木は何百年もそこに在って生きており、語らう力を使えば、その木々が見て来た過去、そして未来に木々の周囲で起きる出来事を予知することすらできる。

 二人はリサ女王の命により、その力を使ってカイン救出のために動いている。つまり、カインが存在している未来を見せる聖木を探してクリウスと共に各地を巡っているのである。


 しかし、各地の巨木を尋ね歩いても未だにカインの手掛かりになるような予知には会えない。


 本来、カインが戻った世界を予知する可能性が一番高い場所はここ聖都クリスティなのだが、ここでは度重なる戦乱で木々は焼けてしまい、リィルに予知を見せるほどの力のある木はまだないのである。


 「まだ諦めたりしないさ。次は湖沼地帯の神木をあたって見ようと思うんだ。どうかな?」


 「言い伝えに出てきた木ですね? 行ってみる価値はあると思いますよ。もちろん私もあきらめたりはしないのです」

 そう言って二人はリサ王女に帰還報告を行うべく仲良く王宮へと足を向けた。

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