第355話 ドリスの戴冠
「魔王討伐から2年か、早いのか遅いのか」
珍しく身なりを整えたボザルトが片手で頬を抑えながら貴族席から壇上を見上げた。
「そうだわね」
その隣には双子を抱くベラナが座っている。
もちろんボザルトの子どもである。二人は一年前にここ蛇人国で結婚したのだった。貴族席に二人の野族がいるというのはかなり珍しい光景だが、なぜ、ここに野族がいるのだ? などと失礼なことを言う者はこの国には一人もいない。
みんなは、ボザルトたちが女王の大切な仲間であることを知っているのである。
ただ、ボザルトが隠している右頬が妙に赤いのはさっきから二人をにらんでいる怖いメイドに叩かれたからである。
ベラナがちょっと離れた時に赤ちゃんのオムツを交換していたら突然ぴゅうと漏らしたので、慌てて王妃様が大事にしている花瓶の中におしっこさせたのを目撃されてしまったのである。
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蛇人国の王宮広場には美しい錦の旗がたなびき、国中の貴族たちが顔を引き締めて集まっている。これからいよいよ女王の戴冠式が始まるのだ。
やがてミサッカの案内で最前列の席に女王の姉である3人が姿を見せると、幼い頃から見慣れているはずの貴族たちもその美しさに息を飲んだ。いつものメイド服とは違い、王家伝来の美しく洗練されたドレス姿である。
「これはお美しい……」
「実に素晴らしい……」
多くの美女に見慣れている貴族たちですら思わずため息が出た。
しかも三人とも髪のまとめ方が既婚者のものである。三人とも同じ男性のもとに嫁いだらしいが、あれほどの美人姉妹を妻にしたという果報者の姿は見えない。
その男は実に羨ましい。しかし何よりもめでたい事だ、と貴族たちは三姉妹が席につくまで見つめている。
恋をしてからというもの三姉妹の美しさは益々磨きがかかったようで、その存在自体が輝いて見える。
特に長女のイリス嬢はちょっとした仕草に大人の色気を感じさせ、もう目が離せない。
続いてアリス嬢だ。学生時代には、私が男に惚れることなんてありませんわ、と言うほど典型的なガチガチの学級委員長タイプだったアリス嬢まで柔和で落ち着いた雰囲気の大人の美女に変貌している。
ちょっと安心するのは最後に姿を見せたクリス嬢だろうか。昔から色々とお騒がせだった次女のクリス嬢だけは相変らずどこか抜けているようで、まるでアリスの方がお姉さんのようだ。しかし、やはり見ていて一番和むのはクリス嬢である。
キレの良いスタイリッシュなイリスに、クールビューティなアリス、それに対し、二人に勝るとも劣らない美しさながらも一緒にいてほっとする感じの愛らしいクリス嬢である。
クリス嬢はイリスに比べて少しだけふくよかな太ももと、存在感抜群の美乳が魅力的で、ああ、包まれて癒されたい! と男なら思ってしまう感じが良い。
その三姉妹が座った席の後方には、国の守りの要である神聖騎士団の団長や隊長たちが夫婦で招待されている。
騎士団長カブンと談笑している美しい銀髪の女性はカブンの愛妻である。その周りにいる団員の妻たちも同じように輝く銀髪の美女が多い。みんなここ1、2年で結婚した者ばかりなのでベビーラッシュも同じ頃にくるに違いない。これで次期騎士団も安泰だなと貴族たちは騎士団を眺めた。
やがて、会場が静かになり、集まった者たちの視線は壇上に向けられた。
「これよりドリス様の戴冠式を執り行います。新女王となられるドリス様が御入場されます!」
わあっと声が上がった。
神聖な王衣が似合う美少女が国王と王妃とともにその場に姿を見せた。その後ろから神官が王冠を乗せた台を手に付き従っている。
玉座の前まで進むと、少し背が伸びたドリスは穏やかに微笑んで国王の前にかしづいた。
「これより、新たな女王、ドゥリス・ド・メラドーザに王冠を与える!」
クッダ王がその頭上に片手をかざして宣言した。
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「ふへーーーー。疲れた!」
三日三晩に及ぶ伝統的な式典がようやく終わって、ドリスは控室の長イスに倒れ込んだ。
「大変だったな。我も娘が急にもよおした時はどうなる事かと思ったぞ」
ボザルトが双子をあやしながらドリスの話し相手になっている。男の子と女の子、どっちも活発な感じの子だ。
「二人ともかわいいね」
「うむ、だが、ベラナに似てとても気が強いのだ」
「誰が気が強いですって?」
ビク!
ボザルトの背後にベラナが立っている。
「ず、随分早く戻ったな」
「お手洗いはすぐそこですからね」
「そ、そうなのか? 我はずっと向こうのお手洗いまで走ったのだぞ」
ボザルトの尻尾が緊張で固まっている。
その時、急に双子がきゃっきゃっと手を伸ばして笑いだした。
見ると、イリスたちが入ってきたところだ。
双子は三姉妹がお気に入りだ。
「御苦労さまでしたね、ドリス」
「綺麗でしたわ」
「そうね、とてもよかったわ、ドリス陛下」
クリスも共通語を学んで今では流暢に話せるようになっている。以前のたどたどしさからすると雲泥の差だ。どこのお嬢様だろう? と思うほどの上品さである。
アリスはポニーテールから長髪姿になり、大人の色気も感じられて物凄く美しい。やはりカイン様の妻という自覚があるせいか、今や姉のクリスよりも大人っぽい。
「お姉様方はどうしてこちらへ?」
ドリスは首を傾げた。
みんな疲れているのでイリスたちも自分の屋敷に戻ったと思っていた。
「実はしばらく会えないと思うの。それで御挨拶にと思ってね」
「私たちは本格的にカイン様を探しに行ってきますわ」
「1年以上かかってしまいましたが、貴天が使っていた時空を操る術を完璧にマスターしました。必ずカイン様を見つけます。そしてこんどは私も……」
にやにやとクリスは笑みを浮かべた。そのあたりは全然変わっていないようだ。
この中で一番最初にカインに猛烈に迫っていたクリスだけが未だに乙女で、カインの寵愛を一度も受けていないというのもなんだかなぁ、なのである。
「それでいつ出発されるのですか? 何か準備するものがあれば、すぐに手配しますわ」
直接カインとは旅をした事は無いが、カインがいなければ今の自分は無かっただろう。ドリスもカインには恩を感じているのだ。
「準備万端です。ふっふっふ……。カイン様の元に出発するのは今すぐなのです! こっちに戻ってくる頃には私も妻になって毎晩カイン様の胸の中なのです」
クリスが自慢気に人差し指を振って微笑んだ。
「今すぐ立つというのは本当です。時空によっては時間の流れが違います。向こうで数か月でカインを見つけて帰ってきても、こちらに現れるのは数年後ということもあり得ますわ」
「そうです。だから戻ってくるまで数年かかると思って焦らずにお待ちいただくよう、リサ王女様にも既に連絡しております」
アリスが言った。
「そうですか、お姉様、お気を付けて。カイン様を無事連れ戻すことができるようお祈りしておりますわ」
ドリスは銀のネックレスが光る胸元で両手を組むと三人に祈りを捧げた。
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