第339話 連合国軍VS魔王国、黒鉄関門攻防戦5 ー崩壊ー

 「ガルダドナ司令! お逃げください! 既に周囲を大軍に囲まれています!」

 護衛兵が顔を強張らせた。

 確かめるまでもない。

 敵の伏兵による側面からの攻撃を受け、攻守は一気に逆転した。戦線は崩壊し、挟み撃ちにされた兵士たちが次々と討たれていく。陣を厚くできず細長くなり過ぎていたのが敗因だ。陣が分断され、各個撃破されている。

 

 その血塗れの景色の中、魔馬にまたがった騎士がガルダドナを見つけ、敵をなぎ払いながら駆け寄ってきた。

 

 「司令! これは罠です! ここは一刻も早く脱出を! ガスラ・ケラが敵将モンオンを食い止めております! 急ぎ撤退し、セ・カム殿と合流し、軍を立て直してください、この場は我々が食い止めます!」

 矢を背中に受けながらも戻ってきたのは先陣にいた副将の一人ベヘアルである。


 「す、すまん! ベヘアル副将、ここは頼んだ!」

 ガルダドナは魔馬に鞭打って護衛の一団とともにすぐに後陣に向かった。総大将である自分がこんなところで死ぬわけにはいかぬ! まだセ・カムと合流すればまだ軍を立て直す機会はある!   

 真魔王国軍の兵力は実際にはそれほど多くはないはずだ。


 再起をかけて後陣に逃げ込もうと走るガルダドナは目立つ。その鎧からして一般の将とは違うと一目で分かる。


 「敵将を逃がすな! あれがガルダドナだ!」

 誰かが叫ぶ声がした。

 聞き覚えのある声である。

 そして見知った旗印がガルダドナを一瞬で激高させた。

 

 「カムカムかっ! おのれ反逆者め! その首、叩き落してくれる!」

 ガルダドナはぎりっと歯ぎしりし馬首を返した。

 同じ帝国に仕えた身でありながら、カムカムは真魔王国側に付いたのだ。


 彼がゲ・ロンパを名乗る痴れ者に忠誠を誓ったことが知れ渡ると、彼と同じ中流貴族の多くはこの戦いに中立の立場を示し、兵を出すことを拒んだ。さらには真魔王国に恭順の意を示す者まで出始め、帝国が動員できる兵が激減したのである。


 わずか一年前であれば、招集に応じない貴族など反逆の意志ありとしてただちに討伐されたはずだが、今の帝国にはそれを行うだけの余力はない。


 その元凶がそこにいる!

 

 「司令! 落ち着いてください、今は一刻も早く安全な場所に!」

 「敵が迫っています、お逃げください!」


 「ならん! 奴だけは叩き斬る!」

 もはや誰も自分の命令に耳を貸す者がいないと知ったガルダドナは剣を抜き、カムカムの軍旗を目がけ突進しようとした。


 元々戦場での勇猛さで司令にまで登りつめた男である。裏切り者の旗を見るやガルダドナは我を忘れた。


 護衛兵の手を振り払って突き進もうとした時だ、周囲に突然ゴウッと炎の壁が出現した。


 魔法か!

 いや違う、この臭いは油か! 


 ぎゃあああー-! と周囲にいた護衛兵たちが一気に炎の渦に飲み込まれ無残に踊り狂う。生きながら焼かれていく。

 

 ガルダドナは間一髪、馬で跳躍し、その炎から逃れていた。


 くそっ、何という周到な罠か。

 睨んだが、カムカムの軍旗は既に炎に遮られて見えない。

 激しい炎が次第に周りを取り囲んで逃げ道を無くしていく。

 

 「くそっ、もはや疑いようがない。我々は誘い込まれたのだ!」

 ガルダドナは苦悶の表情を浮かべると、単騎で後陣に向かった。彼に付き従う護衛兵は既に一人もいない。


 迫りくる業火に追い立てられた第一軍は兵たちが入り乱れパニック状態になっている。誰もが我先にと逃亡を始め、武器を放り投げ、さっき行軍して来た道へ、岩に囲まれた狭い峡谷に殺到している。


 「どけっ! 進めぬではないか!」

 ガルダドナは前をふさぐ兵士たちに向かって叫んだが、それ以前に馬が時折頭上から降りかかってくる火の粉を恐れて進まない。


 しかも前方のこの状況を把握できていない後陣が峡谷に詰まっている。後陣が無理に前進しようとしているため、狭い岩場の道は塞がれ、炎に追い立てられた兵たちは逃げようにも逃げられない。


 もはや逃げ場を失った兵が右往左往し、兵同士が衝突して次々と転倒して踏み潰されていく。この状況で転んだ者にはもはや死しかない。しかも暗い中、仲間が捨てた武器に足をとられて転倒する者も後を絶たない。


 「他に、他に道はないのか!」

 マントで炎を避けながらガルダドナは振り返るが、先ほどまで自分たちがいた荒野は既に猛烈な火に包まれている。


 「うおおお! どけ!」

 「邪魔だっ!」

 今度は、後陣に押し返された兵たちがパニックになって大量に逆流してきた。

 泣き叫ぶ者、崩れ落ちる者、活路を見出そうと必死に人混みをかき分ける者、様々な人が渦を巻いて、馬など邪魔だとばかりに人の波が強引にガルダドナの馬を押し倒した。


 「うげあっ!」

 ガルダドナはうめきながら落馬した。

 もはや上官も下級兵もない。ごつごつした岩場に背中から落ちたガルダドナの上に魔馬が横倒しになった。


 倒れた馬の下敷きになったガルダドナは叫ぶこともできず手足をバタバタさせていたが、もがく体の上に次々と炎に焼かれて踊り狂った兵士たちが倒れ込んでくる。


 ぐぇぇぇえええ!

 それがガルダドナ司令が発した最後の声だった。


  

 ーーーーーーーーーー-


 その頃、セ・カムを失った第二軍も同じ憂き目に遭っていた。


 「引け! 撤退だ! 急げっ!」


 幸いにも、セ・カムの様子に尋常でない不安を感じた副将の一人、ゲカサルが後陣に移っていたため、炎で焼かれた時に後陣を速やかに後退させることができた。


 逃げ道を確保できたことで第一軍のような悲劇は多少回避できたが、大くの犠牲を出し壊滅的な被害を受けた部隊も多い。

 特に悲惨なのは副将の命令を聞かずに強引に進軍を続けた大貴族の部隊であった。彼ら騎馬隊はほぼ壊滅だ。


 副将ゲカサルは狭い道から逃げ出してくる自軍の兵を回収しながら撤退戦に移っていた。こうなれば関門まで撤退し、門を固く閉ざして死守するしか方法はない。


 「砦攻略戦は失敗だ! 全軍速やかに関門まで撤退せよ!」

 ゲカサルの声が闇の中に響く。


 兵たちは恐怖に駆られ、バラバラに逃げ始めている。


 「集団で行動しろ! おい、お前たち! 将を、指揮官を守りつつ撤退するんだ!」

 叫んでも誰も足を止めない。

 関門を死守するにしても指揮官クラスの人材がいなくては話にならない。関門の守りを固めるためにはより多くの将を帰還させる必要があるのだ。


 「おい、バラバラ逃げるんじゃない!」

 ゲカサルが声を張り上げるが、誰も聞こうともしない。皆逃げるのに必死なのだ。


 これはもはや軍をなしていない。

 総崩れである。第一軍が攻め込んだ荒野も赤々と夜空を焦がす炎が見えている。完全に敵の罠にはまったのは明らかだ。


 「お前たち! 生き延びたかったら命令を聞くんだ! ……ほへ?」

 魔馬の上で叫んだ副将ゲカサルの視界が真っ赤になった。


 兜を貫いてそのこめかみに矢が突き立っている。驚愕に見開いた目にさらに何かが光ったのが映った。


 ひゅどぅ、と音がしてその喉に二本めの矢が突き立った。

 喉を掻きむしろうとするように、一瞬手を動かしたゲカサルはそのままゆっくりと血の海に沈んだ。


 「狙撃兵だ! 狙撃兵がいるぞ!」

 「うげっ!」

 「ぎあっ!」 

 関門を守るため、少しでも多くの兵を撤退させようと、その場に留まって指示を出していた第二軍の副将が一人、また一人と落馬していった。


 「逃げろ!」

 「早くしろ、ぎゃあああ!」

 「敵が、ぐえええっ!」

 息を切らして必死の形相で逃げる歩兵たちの集団が後ろから削られていく。


 背中に迫りくる恐怖に兵士たちはもはや誰一人振り返る猶予はない。誰もが後ろにいたはずの仲間の気配が次々と消えていく恐怖に追われている。


 黒い騎士団は疾風のように戦場を駆け回って、獲物の一団を見つけるや否や容赦なく狩り立てていく。臆病にこそこそ逃げる帝国兵にも小さな影が追っていた。


 「ひぃいいい!」

 「こ、こいつら! ぐばっ!」

 逃げまどう兵士。

 石につまづいて転んだ兵が穴熊族の兵にトドメを刺された。

 穴熊族の兵士は背が低いので夜の闇に紛れると荒野に転がっている岩と同化して姿が見えにくい。


 「誰か! 敵が潜んでおるぞ! 早く我を守れ!」

 この状態でいくら叫んでも誰も駆け寄ってくるはずもないのだが、高飛車に命令することに慣れた貴族の男にはそれが理解できない。


 「褒美は弾むぞ! 早くしろ! ぶ、ぐあっ!」

 魔馬に乗って派手な鎧を着ていれば目立つのは当たり前だ。

 傲慢が服を着たような貴族の男が額を射抜かれて脳漿のうしょうを撒き散らしながら落馬していった。


 どこからともなく飛んでくる森の妖精族の狙撃矢に、次々と貴族や指揮官クラスの兵が討たれている。


 「上空! 魔弾だ! 誰か防殻術を!」

 誰かが叫んだが遅い。

 敗走する帝国軍にトドメを刺すように空を覆い尽くす魔法の矢が一気に降り注いだ。どこからともなく放たれた矢に帝国兵がばたばたと倒れた。


 「ま、魔女だ! 逃げろ!」

 「ひいいいっ!」

 魔法の矢の雨からかろうじて生き残った者たちの間を飛翔した美しき湿地の魔女たちが行き交う。

 しかし、それはまさに幽鬼のような恐ろしさだ。戦場を駆ける乙女たちは兵士たちを恐怖のドン底に陥れた。



 ーーーーーーーーーー


 「ええい、門はまだ閉じるな! まだ友軍が逃げてくる! ギリギリまで待つのだ!」


 門の責任者である隊長が関門の上から外を眺めつつ、伝声管で門の開閉を行う兵に指示を出している。

 門の上にある機械室で開閉装置をいつでも動かせる状態で待機している十数人の兵たちは青白く緊張した面持ちでその声を聞いていた。何が起きているか誰も口に出さない、いや、出せない。口を開けば嘔吐しそうだ。


 無残な姿で次々と逃げてくる友軍。

 ガルダドナの第一軍の兵を合流しながら関門まで無事に帰ってきたセ・カムの第二軍はまだ2千人にも満たない。


 ガルダドナ司令官もセ・カム副官の姿もまだ確認されていない。まだ、あの炎の中にいるのかもしれないのだ。闇夜を照らす恐ろしい猛火が関門からも見えている。


 「隊長! 一旦門を閉じないと危険です。敵の追撃軍が迫っています」


 「くそっ、これまでか。信号弾を打ちあげよ。関門を閉じる!信号を見た友軍は無理にこちらに逃げようとせず、それぞれ身を守る行動に移るだろう」

 悔しそうにその顔が歪んだ。出撃して戻ってきた兵は数千に満たないのだ。


 「はっ! 信号弾射出します! 急いで門を閉じよ!」

 その言葉と同時に、ぎりぎりと大きな地響きを立てて門が閉じていく。


 3万人近い兵を失ったが、門が閉じればこの黒鉄関門を抜くことは不可能に近い。


 黒鉄関門の重砲群が迫りくる敵軍に照準をつけている。

 やがて轟音が響き、重砲が火を噴き始めるが、敵軍はまばらに散開して接近しているらしく効果的な一撃にはなっていないようだ。


 早く、早く閉じるのだ。

 関門の上の兵士たちが祈るように扉を見つめた。


 ガコン! 


 だが、無情にも重い歯車の音がして、門は中途半端なところで止まってしまった。


 守備兵の誰もが血の気が引くような事態だ。よりによってこんな時に故障か!


 「おい! どうした! 門がまだ閉じていないぞ!」

 伝声管に叫ぶが返答がない。

 「隊長! 大変です! 重砲の砲撃も止まってしまいました!」

 外を見ていた兵が叫んだ。


 「な、なんだと! 一体何が起きているというのだ!」


 重砲の攻撃が止んだ街道を姿を見せた敵軍が怒涛のように迫ってくる。あれだけの兵が一体どこに隠れていたのか!

 地を這うように飛翔する銀髪の魔女の群れ、漆黒の騎士、小柄な熊のような戦士! そして地を覆い尽くして騎馬軍団が迫る。

 その進軍速度は速すぎる! 急いで門を閉じなければならないと言うのに!


 「た、隊長……」

 「今度はなんだ!」

 振り返った隊長の目が驚愕に見開かれた。


 「もうお前たちの負けだから。降伏してくれるかな?」

 サティナ姫は剣をそいつの鼻先に突き出していた。

 その隣でルミカーナが腕組みしながら微笑んでいる。


 サティナたちはルミカーナの計略で撤退して逃げる帝国兵に紛れ、既に黒鉄関門の中に潜入していたのだ。敗走兵で大混乱に陥った関門の兵にサティナたち連合軍の兵を見破る余裕はなかった。


 ルミカーナの特殊部隊が門の開閉を停止させ、サティナが率いてきた新王国軍の兵が南をにらむ重砲群の機関部を破壊したのである。


 うわああああ! と城壁の下で大歓声が巻き起きた。


 イリスが速歩の術を使用して先導してきた真魔王国軍がどっと黒鉄関門に突入した。


 難攻不落の黒鉄関門を占拠した。ついに鉄壁の要塞を抜いたのだという思いが真魔王国軍の兵たちを高揚させている。


 しかも馬にまたがり騎馬軍団の先頭を切っていたのは誰もが絶句する物凄い美少女メイドである。やがて兵士たちの間から神々しく微笑むイリスを勝利の女神だと讃える声が次第に湧き上がっていった。


 そして真魔王国の正統旗が黒鉄関門の城壁の上にたなびいた。代々、セラ大盆地に勃興した王国がその真祖の旗印として古来より伝えて来たものが正統旗と呼ばれるものであり、真魔王国はその旗をモチーフに現代風にアレンジを加えたものである。その旗は新王国のオタ……、特殊才能の持ち主の一人がデザインしたものだ。


 「くっ。負けたというのか。この黒鉄関門が抜かれるとは……」

 守城を命じられていた男は剣を落とすと力なく崩れた。


 ここに帝国の守りの要である黒鉄関門は真魔王国の手に落ちたのである。

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