第338話 連合国軍VS魔王国、黒鉄関門攻防戦4

 「敵襲っ! 前方に敵軍を確認しましたっ!」 

 前方にどよめきが起きる。


 第一軍ガルダドナの率いる中軍がごつごつとした岩の狭間を抜け荒野に入った直後だった。前方で包囲陣を展開し始めた矢先、先陣が突然乱れた。見れば敵の奇襲を受けているようだ。


 ここまで順調に進んできた第一軍にとっては不意を突かれた感じもあるが、遅かれ早かれいずれ戦端は開かれる、別に驚くことではない。


 「戦闘が始まったぞ! 皆の者、敵の反撃に備えつつ先陣を援護する! 前進だ!」

 ガルダドナが叫んだ。


 「先陣を援護しろ!」

 左右の大貴族の騎馬隊が一斉に動いた。

 砦に向かって帝国軍はどっと押し寄せる。


 砦の前面に構築された途切れ途切れの防塁に敵兵が立て籠っているが大軍を押さえるにはあまりにも貧弱。そのいかにも未完成な正面防塁を見て、張り詰めていた気が緩んでしまった先陣の兵たちを責めることはできない。

 しかし、その一瞬の弛緩を突いて、不意に側面に出て来た敵の騎兵部隊によるこの奇襲攻撃は侮ってはならない。


 「敵の騎馬隊など大した数ではない! 押し返せ!」

 中軍にいた大貴族の騎馬隊が突撃すると敵は瞬く間に崩れた。 


 大貴族の援護を受け、いち早く防御から攻撃に切り替えたのは先鋒部隊だ。彼らは一丸となって突き進み、その鋭い切っ先を防塁を守備する兵に向けた。先鋒部隊を指揮する黒衣の隊長デラックの活躍は特に目覚ましい。次々と敵兵をなぎ倒しまるで鬼神。そして彼に率いられる部隊も優秀だった。


 味方は騎馬隊の援護を受けながら予定通り攻城戦用の陣形を整え始める。そしてその先陣を支えるように中軍の大部隊がその背後に陣どっていく。


 「順調ではないか?」

 「はっ、まもなく城攻めを開始します。こちらが攻勢に出れば要塞の内部で反乱がおきるでしょう」


 「大変でございます! 敵軍の小部隊が左右を移動しているのを見たとのことです! 敵は我が軍を取り囲むつもりです! 罠かもしれません!」

 肩に矢を受けた兵が荒い息を吐いてガルダドナたちの元に駆けこんできた。


 「罠だと? バカめ、そもそも我が第一軍には2万以上の兵がいるのだ、今の砦の兵力を総動員しても取り囲むなど不可能! おそるるに足りませんぞガルダドナ司令!」

 「うむ」

 大貴族の不遜さには辟易するが、確かに2万の軍勢を包囲できる兵力が今の敵にあるとはとても思えない。

 少数の兵によるゲリラ戦ならば無視してしまえばいい。たかが小競り合い、大局に何の影響もない。今は砦を陥落させることが最優先だ。あの程度の正面防塁など我が第一軍が本気で攻めれば鎧袖一触だろう。


 「それで周囲の敵の数はどのくらいだ?」

 ガルダドナが無視を決め込んだと見るや、後方に控えていた副将の大男が進み出て兵に尋ねた。先の大戦ではミズハの旗下で活躍したという銀髪の武将ガスラ・ケラである。


 「いえ、とっさのことゆえ敵の数は把握しておりません」

 「馬鹿者! 正確な情報収集を急げ! あの砦に立て籠らず出陣してきている敵がいるとすれば、その相手こそ油断ならぬ!」

 敵はあのミズハ様だ。そう簡単に行くはずがない。左右の敵の動きは何かが起こる前触れと思うべきなのだ。


 「はっ! 申し訳ございません! ただちに!」

 兵は慌てて再度確認のために走り去った。


 「司令、少ない兵力であっても側面を突く敵は嫌なものです。心理的圧迫による疲弊は兵の動きを鈍らせます。念のため斥候を増やした方がよろしいのでは?」

 副将ガスラ・ケラは周りを見渡しながら馬を寄せて来た。


 「斥候だと? 既にここまで攻め込んでおるのだ。周囲の敵の動きなどとうに鬼天の残党が監視しておる。彼らから何の連絡もないところを見ると脅威となるような敵ではない、そう思ってよいのだ」


 「ですが司令……」

 「おおっ見よ! 早くも敵の防塁を突破した部隊があるではないか! こちらの兵力は圧倒的! この兵力差で敵の小賢しい抵抗など一気に蹴散らし砦を陥落させるのだ! ガスラ・ケラ、雑音など気にせず包囲陣の展開を急がせよっ!」


 「司令、どうも正面の敵がもろすぎます! 私には誘っている気がしてなりません……」


 「ハッハッハ! これだから関門務めの将は臆病で困る! 司令、私どもは先に行かせてもらいますぞ! 一番乗りの栄誉は誰にも渡す気はありませんからな!」

 大貴族の男はそう言って傍らを離れた。勝手な行動は目に余る。奴は自分が引き連れて来た騎馬部隊を率いるつもりらしい。


 「見ろ! 砦の奥から火の手が上がったぞ! きっと反乱が起きたに違いない! 今がチャンスだ、ここは一丸となって突き進むのだっ!」

 ガルダドナはガスラ・ケラの心配顔を笑い飛ばして叫んだ。

 勝負時は今だ。敵はまもなく反乱で総崩れになり、砦は大混乱に陥るはずだ。


 「一気に攻め込め! じきに後方の雷砲部隊の射程に砦が入る。そうすれば雷砲の支援を受けて総攻撃に移る! いいか、夜明けには決着をつけるぞ! ええい、前方で好き勝手に暴れている敵軍の騎兵を誰か片付けてこい!」

 ガルダドナはなおもゲリラ戦に出てくる敵の騎兵に苛立ちの声を上げる。

 

 「では、私が先陣の加勢に参ります!」

 貴族に臆病と言われたガスラ・ケラはそう言って槍を手に傍らを離れた。

 ガルダドナ司令の周囲は護衛兵が囲んでいる。この状態ならば私がいなくても大丈夫だろう。副将ガスラ・ケラは数騎を引きつれて戦場めがけて駆けて行った。


 その逞しい背中を見送ったガルダドナは不意に言いようのない不安を覚え、護衛兵の一人を傍らに招いた。

 「側面から現れた敵の詳細は分かったか?」

 「はっ、確認中でありますが、あれ以来報告がない所を見ると、誤報であったか少数であったのではないでしょうか?」


 「うむ、ならば前方の敵に集中できるな。まもなく我が精兵が敵陣を打ち崩すであろう。よし全軍で押し出すのだ!」


 だが、どうしたのか中軍の動きが鈍い。


 「司令! 先陣が敵の猛攻に耐えきれず押されております!」

 「なんだと! そんな馬鹿な!」

 敵に我が精鋭の先鋒部隊を押し返すほどの力があったのか?


 「報告します! 最前線に新王国の援軍が現れました! 敵の猛将、沼地の悪鬼モンオンに挑んだ突撃隊長のデラックが討たれました! 戦意を失った兵が後退しております!」


 「なんだと! 沼地の悪鬼? どうしてそんな奴がここに現れるのだ!」

 ”沼地の悪鬼”、その呼び名を知らぬ者はいない。新王国を討伐するため湖沼地帯を抜けて東から侵攻した帝国軍を恐怖のどん底に陥れた猛将である。その剛腕は素手で沼牛の太い首をねじ切ったという。

  

 ガルダドナは思惑が狂いだしたのを感じた。

 この序盤戦で先鋒部隊の隊長デラックが討たれた。

 個人の武が全軍の士気にかかわることは珍しくない。我が精鋭部隊にその人ありと知られた武人デラックが目の前で討たれれば、先鋒部隊の士気が下がるのも当然である。


 一気に敵の懐深くまで突入するかに見えた先陣部隊は勢いを失って破壊した防塁付近まで押し戻されている。

 前線が一進一退をくり返しているため先陣の攻城陣形もまとまりを欠いている。そのため中軍が中々前に進めず隊列も組めていない。中途半端に進んだ後方の部隊はさらに足踏み状態に陥っていた。


 「おかしい……」

 ガルダドナは初めて疑問を漏らした。

 この辺りの地形はよく知っているはずだった。先陣がうまく展開できないのは多少混乱しているためだと思っていたが、何か違う。そのことにガルダドナはようやく気づいた。


 この地は熟知しているという慢心と闇夜のため周囲を良く見ていなかったが、落ち着いて目を凝らすと実は第一軍が入り込んでいるこの荒野は意外に狭く、部隊が横方向に十分展開できない地形になっていた。


 つまり戦っているのは前線部隊の一部で、数の利をまったく活かせていない。こんな地形はこの辺りにはなかったはずだ。


 ガルダドナはゾっとした。

 まさか、大規模な地形改変魔法!

 敵はこの地を狭隘な地に変えていたというのか? バカな! 不可能だ!


 しかし、敵はあの大魔女ミズハ。しかもオミュズイの帝国軍を潰走させた恐ろしい黒服の魔女もいる。そいつらならば短期間で地形を変えることくらい可能なのではないか?


 万が一これが。

 もしも、これが人工的な地形であったとしたら……。

 恐ろしい想像が頭をよぎりガルダドナの背筋に冷たいものが流れた。


 いかん! 弱気になってどうする。 ”沼地の悪鬼”などという敵の一人くらいどうという事はない。圧倒的な数で押し切れば良いだけだ!

 

 「前線に槍兵を集中させろ! 陣形を組んで突入するのだ! 行くぞ!」

 ガルダドナは自ら剣を抜いて叫んだ。


 「お待ちください、司令! 妙です! 時間が経つのに砦の火の手に変化がありません。むしろ、あれは何かの合図のようにも見えます!」

 護衛兵がガルダドナの手綱を押さえて叫んだ。


 「なんだと? そんな馬鹿なことがあるはずなかろう」

 前方の戦いばかりに気をとられていたガルダドナが改めて砦の方を見ると確かにおかしい。火が燃え広がる気配がない。いや、むしろ綿密に管理された燃え方をしているかのように見える。


 これは……。

 ガルダドナがその違和感に気づいた時だった。


 ウォオオオオオッーーーー!

 中軍の左右から突然大地を震わすかのような喊声が上がった。


 「なんだ!」

 「見ろ、敵だっ!」

 「一体どこから湧いてきた!」

 恐ろしい声とともに左右から防波堤を乗り越える津波のように凄まじい数の敵兵が押し寄せてくるのが見えた。


 しまった、敵の戦力を舐めていたか!

 まだこれほどの兵力を隠していたとは!

 その信じがたい光景に誰もが呆然となって人形のように立ち止まった。まるで帝国軍の時間だけが止まってしまったかのようだ。


 「皆の者、怖気づくな! 応戦しろ! 敵の数は多くはないぞ!」

 ガルダドナの叫びが戦場に響き渡る。


 兵たちは動揺しているが、良く見ろ!

 実際には自軍の半分以下の数ではないか! 側面からの敵の出現が予想外だったことがその数を何倍にも見せているだけだ。


 だが、そんな冷静な目を持てたのは一部の歴戦の武人だけだ。多くの兵は死の恐怖に囚われてしまった。


 「うわあああっ! 見ろ、敵に囲まれたぞ!」

 「これは罠だ!」

 「ひいいっ! 来るな!」

 取り囲まれる恐怖感、周囲から押し寄せる敵の気配が兵士たちの理性を奪う。


 誰もいなかったはずの岩場から突然敵兵が湧いてきたように見えたことも恐怖に拍車をかけている。

 見えないところにまだ伏兵がいるのではないかと無意識に闇に怯えてしまう。


 敵兵の第一波が側面に斬りこんできた直後だ。

 左右から挟撃され大混乱に陥った第一軍に、さらに追い打ちをかけるように砦から無数の矢が放たれる。風を切り裂き、闇夜の空から矢の雨が降りそそぎ、混乱する帝国軍に射込まれていく。精鋭が一人また一人と大地に沈む。


 さらなる恐怖が帝国軍を襲った。

 味方しかいないはずの背後からの奇襲! 

 追い込まれた帝国兵を絶望に叩きこむ戦闘音が響き始めると、帝国軍はついに潰走の様相を呈し始めた。


 「しまった! これは罠だ!」

 ガルダドナは馬首を返す。そして狭い峡谷の左右に敵の軍勢がいるのを見て唇を噛んだ。

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