第337話 暗殺者2

 「当たりだったな」

 扉をくぐると、広いホールに人が集まっていた。


 間違いない、この基地に来ている要人たちだ。その恰好で分かる。各国の代表者たちは服装からして違う。


 マグリアは頭の中に殺害対象のリストを思い出した。


 まず、第一の標的は真魔王国の最大の同盟相手である新王国の代表で次期国王、一部にはナントカ帝王と呼ばれているらしいカリンという男だ。あまりにも情報が無い、影の薄い男だがおそらくあんな風な筋肉むきむきのマッチョではないだろうか?


 マグリアは中央のソファに座ってグラスを呷っている堂々とした大男をにらんだ。

 あれがそうか?

 

 さっと見回すとホールにいる要人は5人。屈強な護衛が二名付いている。いくら優秀な暗殺者でもこれをこの場で殺すことは不可能だろう。そもそも自分がやられては意味がない。生きて帰ってこそ暗殺者として一流なのだ。


 一人づつ誘い出すか、一人になる瞬間を狙わなくてはならない。どうやってそのチャンスをつくるか。いずれにしてもぼうっとつっ立って、不審がられるとまずいな。適当に空いているソファに座って様子をうかがおう。


 「うわっ! なんだ、お前!」

 ソファに腰を下ろそうとしたマグリアは思わず飛び退いた。


 誰も座っていないと思ったソファにごろんと真っ赤な神官服を着た美女が寝転んでいた。こんな要人が集まる部屋で寝ている奴がいるとは思わなかった。しかも本来規律を重んじるお堅い神官が、まさかのゴロ寝である。


 いや、本当に神官なのか? こいつ。


 良く見るとえらくスカートの短い神官服。

 男を惑わすように太ももを露わにして、煽情的な格好で寝転んで、男の代わりに焼き菓子の箱を抱えている。


 まさかこいつが要人というわけはないだろうから、その護衛か? 色香で男を惑わし、男を寝殺すという凄腕の獣人女暗殺者がいるらしいが、そんなタイプの奴だろうか。


 「カインじゃない、何をそんなにじろじろ見て驚いているの? まさか今さら私の美しさに気づいて驚いたのかしら?」

 ポリポリ……そんな事を言いながらお菓子を鷲掴みにして頬張る。すっかり美人が台無しである。


 しまった、どうやらこいつはこの顔の持ち主と知人らしい。

 間違いなく護衛の一人、そして私を馴れ馴れしくカインと呼び捨てにしたところを見ると、この美女はカインと同格なのだろう。


 だとすればこいつらが守っている要人はどいつだろうか? カインという男は別室で気絶しているし、この女もこんな感じだから、こいつらが守っていた要人は今一人のはずだ、これはチャンスだ。


 マグリアは周囲を見回した。普通に考えればこの美女が見える範囲に守るべき対象がいるはず。

 あの高級そうな服を着ている者は要人か? あっちにいるのは護衛が近くにいるから違うだろう。鎧や魔女服を着ている者も護衛とみて間違いない。


 しまった、こいつが守っている者がどこにいるかさっぱりわからない。


 「ええと、あの方はどこにいるんだ?」

 マグリアは、誰が要人かわからないので誤魔化して聞いた。


 「あの方だって? あの方って誰よ? 何を言っているのかわからないわね」

 「ええとだな」

 頬を掻いてマグリアは作り笑いを浮かべた。


 「ん? おい、大丈夫なの? カイン、おかしいわよ」

 ふいにむくっと起き上がってその美女は目を丸くした。


 「なんだ、俺がどうかしたか?」

 まずい、何がおかしかったのだろうか? まさかマントの下の服が違うのに気づいた? 


 「ほら後ろを見なさいよ。あそこに美人がいるわよ」

 「あの人がどうかしたのか?」

 ホールの奥で男に葡萄酒を配っている女給仕だ。その娘もやけにスカートが短い気がする。


 「カイン、あの美人が目の前を横切ったんだぞ? いつもなら、舐めるような目つきでエヘヘヘとその尻を追うはずじゃないの? いや、それどころか、ちょっと目を離した隙にあの子を愛人にしちゃうとか、妻にしちゃうのが普通じゃない?」


 変態か! 目を離した隙に愛人って、どれだけ手が早いんだ。

 でも一つ分かった。

 やはり、あいつは女の敵らしい。戻ったら即殺そう!


 「そう言えば、カイン、お前はこの私を婚約者にしておきながら、昨日も一昨日もあの子とやっていたわね? 基地の壁は凄く薄いのよ! もうだめ、もう死ぬ、ってうるさくて眠れなかったのよ。どう責任をとってくれるかしら?」

 ギロッとその美しい神官がにらんだ。


 なんだと、この美女が婚約者? しかも誰かとヨロシクやっていたのを気づかれている?

 なんてうかつなアホだ。

 そんな奴に化けてしまった自分が恨めしい。


 だが、ここであの男ならどう切り返す?

 不自然に見られないためにはどう答えるのが最善なのか。

 あの女って誰だい? ととぼける?

 ばかだな妬いているのかい? とキザに決める?


 ダメだ、こいつはどうあってもそんなタイプじゃない。


 しかも、この神官、やたら声が大きいので俺とのやり取りが周りの注目を浴びている。痴話げんかだ、などと周りでヒソヒソ声が聞こえて来た。

 不味い、目立ってはいけないのにこれでは目立ちまくりだ。他の要人や護衛が注目している。


 「うっ、また腹がおかしくなってきた!」

 マグリアは腹を抱えてその場を逃げ出した。


 今のは危なかった。

 あんなに注目されると不自然にマントで身体を隠していることや、靴が違うことに気づく奴がいるかもしれない。


 今度は別の扉から廊下に出ると、マグリアは部屋の扉が見える廊下の角に置かれた彫像の影に身を潜めた。


 「廊下に潜んで要人が一人になった所を襲うか」

 

 「今度は誰を襲う気なのです? カイン様?」


  びくっ!

 「だ、だれっ?」

 誰もいないと思っていたのに急に背後から声をかけられた。暗殺者のこの私の背後をとるとは、恐るべきやつ。


 ぞっとして振り返ると目が覚めるような可憐で清純そうな美少女が微笑んでいた。


 これは凄い、帝都の舞踏会でもめったにお目にかかれない正統派美少女だ。同性ながらもマグリアは思わず見蕩れてしまった。


 「だれだなんて、貴方のミラティリアですよ」

 ミラティリアと名乗った美少女は胸に片手を添えて微笑んだ。その仕草に一瞬で周りにバラの花が咲き誇ったかのようだ。


 ミラティリア?

 さっき兵士が奴の着替えのパンツをもって探していたという人物だ。


 なるほど、これほどの美人だ、おそらく愛人だろう。間違いない。男がパンツをもってこいと命じたのだ、そういう関係なのだ。


 この子が「貴方の……」と言ったことからも確信がある。


 つまり、さっきの神官が言っていたのが彼女だ。こんな顔で毎晩あいつとヤリまくりなのか? 清楚可憐な乙女にしか見えないのに、あんなボロ長靴を履いた野獣の虜なのか。やはり、あいつは生かしておいてはいけない。


 「カイン様、こんな所に隠れて。こんどは誰を狙っているのですか?」

 ミラティリアは屈み込んで、視線を合わせた。まずい、気取られそうだ。


 「いやだな、誰って、君を待っていたんだ」とマグリアは思わず恰好をつけた。


 「え?」

 「僕は君に夢中さ。どうだい今夜?」

 マグリアはミラティリアの顎を指に乗せて微笑んだ。


 あーー、しまった。

 これは前の任務でずっと化けていたキザ男の真似だ。つい慌てて変にキメてしまった。


 だが、効果抜群だった。

 目の前のミラティリアが頬を両手で押さえ、顔を赤くした。


 「と言いますと、まさか……。あの……、確かに、ここにはルミカーナもイリス様たちもおりませんけれど……。いいのでしょうか?」


 こうなればもう勢いだ。


 「後で俺の寝室に来るんだ。可愛がってやるぜ」

 などという事を、その耳元でささやいてみた。


 「ま、ま、まさかカイン様は、これを狙って今夜私をこの基地に残らせたのでしょうか?」

 うわーー純情! 耳まで真っ赤!


 「そうだ、と言ったら?」

 「さ、策士ですわ、カイン様ったら、意外に策士だったのですね」

 バッ、とミラティリアは眉を寄せて立ち上がった。

 不味い、機嫌を損ねたか? と思ったら。意外にそうでもないようだ。むしろうれしそうだ。


 「では、シャ、シャワーを浴びてまいります」

 おどおどしながらもその美少女は慌てて廊下を走って行った。


 どうやらうまくごまかせたらしい。

 多少邪魔が入ったが、これで一人目を狙える。

 ウサギ耳の獣人の男が護衛一人だけ連れて部屋から出てくるのが見えた。気分転換に外の空気を吸いにでも行くのだろうか。


 ふふふ……これは絶好のチャンスだ。

 マグリアはそっとその後を付けた。

 あの護衛もきっとこの顔を知っているだろう。そこで油断させて倒す。


 「カイン様、どちらへいかれるのです?」

 やはり、ウサギ耳の男の後ろを歩く護衛が声をかけて来た。


 「ちょっとね、気分転換さ」


 「おお、カイン殿、貴方も気分転換ですか、やはり緊張いたしましたなあ。もっとも作戦成功は間違いないでしょうから、私はこのまま部屋で休もうかと思っておりましてな」

 ウサギ耳の獣人はすたすたと廊下を進んでいく。


 こいつは東の海岸一帯を支配していた旧コチョウ国の大臣だった一族の者だな。マグリアは暗殺リストナンバー2の要人を見つけたのだ。


 あの角を曲がったら死角になる。

 あそこでヤルか!

 マグリアはマントの下でナイフを手にした。


 その時だ。

 前方からがやがやとにぎやかな集団がこちらにやって来るのが見えた。


 あの顔! 見覚えがある。

 って、俺だ、今俺が化けている男、カインの奴だ!


 カインが目覚めて戻ってきた。

 マグリアはぎょっとした。術を付与して気絶させたはずだ。あれを解ける者がそう簡単にいるはずはない。奴は一晩は目覚めるはずがなかったのだ。


 マグリアは知らなかったが、カインが気絶させられた一連の行為をニヤニヤしながら黙って見ていた者がいるのである。


 カインにかけられた術を解き、カインを目覚めさせることのできる高次の存在。


 つまり、カインは現場を見ていたたまりんたちに叩き起こされたのである。


 「他の基地に暗殺者が侵入したようです。カイン様を襲ったのも同様でしょう。ご無事で何よりでした。今夜はご警戒を」


 しかもカインと一緒にいるのは護衛騎士たちだ。これでは鉢合わせである。


 ヤバい!

 マグリアはとっさに近くの部屋を開けて中に入った。


 薄明かりの灯った部屋は豪華だった。息を殺して通り過ぎるのを待っていると、気配は扉の向こうで止まった。


 なんだと! 気づかれたのか!


 ガチャリと音がして扉が開き、誰か入ってくる。その一瞬でマグリアはさらに奥の部屋に隠れた。


 「いいですか、我々は警戒を強めますが今夜はもう部屋から出ませんように! ただ今、魔法使いを呼んでおります。彼女がきたら、このあたり一帯を結界で覆ってしまいます」


 結界だと?

 それは不味い、どんな種類の結界か不明だが、簡単に逃げられなくなる可能性が高い。


 「わかったわかった。俺はもう寝るぞ」

 「はっ、カイン様」


 カインが奥の部屋に入ってきた。


 しまった、ここはあいつの部屋だったのか?


 だが、意外にもこいつは要人のようだ。

 せめてこいつだけでも殺すか? そうだな、うん殺そう。女の敵だしな。


 マグリアは棚に置かれた魔視紙を目にした。その中で一番冷たい印象のある美女に顔を変え、密かにベッドに潜り込んだ。変装したのはもちろん油断させるためだ。


 「おや、そこにいるのはルミカーナか?」

 どうやら今変身した女の名前らしい。


 「ええ」

 「なんだよお前、今夜も来たのか? もう3日連続だぞ? 作戦は良いのか? まぁ俺はうれしいんだけどね」

 そう言いながらカインは服を脱いでいる。まったく疑う様子もなく不用心にベッドに近づいてくる気配がした。


 今だ! 殺す!


 「死になっ!!」

 マグリアが突き出した腕を男はたやすく掴んだ。その力に思わず手にしたナイフが落ちた。


 「また、これかよ? ルミカーナも好きだなぁ?」

 はあっ? 

 どうして私の必殺の暗殺剣をかわせる? 読まれていた? まさか、こいつ人の考えを読めるのか!


 「今回は暗殺者バージョン3か? さっき本物の暗殺者に襲われたばかりなんだぞ。でも、そのレザーアーマーはエロいな、本物みたいだ」

 「ひゃっ!」

 俺は妙な声を上げたルミカーナの両手をつかんで、ベッドに押し倒すといつものように頭の上でその手を握った。


 「や、やめろっ!」

 キッとにらむ顔が迫真の演技だ。


 その顔が突然少し赤くなったのは俺が全裸だからだろうか。今さらだが、俺の魔王を初めて見るような顔つきで、そこから目が離せないようだ。その初々しさがまたいい。


 だが、おかしい。

 ルミカーナにしては胸がスリムな気がする。それに今は重要な作戦中のはずだ。こんな時にわざわざルミカーナがくるか?


 もしかして、こいつは例の暗殺者が化けているのでは?

 それが当たっているならかなり危険な状況だが、幸いその両手を封じている。


 俺も簡単には手を離せないがこんな状況でも確かめる方法はある。これがルミカーナなら、とにかくこんな感じの強引さが好きなのだ。


 俺はルミカーナの両手を頭の上で押さえこんだまま、強引にその唇を奪った。


 驚愕に見開かれたルミカーナに隙が出来た。俺はそのふとももに片手を這わせ、素足をその両足の間にねじ込んでみた。


 眉を寄せ、初めての感覚に驚いたようにルミカーナはビクンと無言で反応した。


 「また夜這いをかけて来たのか? 好きだな」と言いつつ、やはり魔族かと目を細める。俺は髪の毛で隠れていた短い角を見つけ、角をべろりと舐めた。


 うぎゃー-! とマグリアは角を押さえ、ついに正体を現した。


 ほう、予想外の銀髪の美女!

 湿地の魔女に似ており、背が高くスタイルが良い。


 「へ、変態! 神聖な、ツ、ツ、ツノを舐めたぁ!!」

 そいつはあまりに気が動転したのか、窓を開け放つと何もせずに闇夜に素早く姿を消した。


 今のは危なかった。

 「やっぱりさっきの暗殺者だったか」

 だが、これでもう二度と俺には手出しできまい。


 「おい、たまりん! あいつを追跡して隠れ家を突き止めといてくれ、後で対処する」


 「まったく、玉使いが荒い人ですねーー、まあ暇だからいいですけどーー」

 ひゅーと金玉は暗殺者の後を追って出ていった。


 「まあやっちまったし、あの暗殺者も俺にはもう何もできないだろうけど……」

 俺は下腹部に現れた新たな愛人紋を見た。


 命の危険があったのでとっさにやってしまった。エロいことをしながらツノを舐めたので、誰かもわからない敵の暗殺者を愛人眷属にしてしまった。


 「だが、これでやっと安心して寝れるなあ」

 俺はベッドに倒れ込んだ。


 そして寝ようとした時、扉をためらいがちにノックする音が聞こえてきたのだった。

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