第114話 蛇身の男

 「それで? もう少し事情を聞かせてもらおうかしら?」

 アリスとオリナの前で小さくなっているガーロンド。何だか気の毒になってきた。


 「我々は、見ての通り変化へんげする魔族なのです。蛇に変身する者がほとんどで、私たちは狼に変化します。我々は基本的に平和に暮らしており、人を襲うことなどまず無いのです」


 「それじゃあ、私たちを襲った訳は?」

 「血を吸う事で、スキルでその者を魅了して従わせる事ができ、その者の記憶を改ざんすることもできます。秘密の儀式を知られないように忘れて頂こうとしたのです」

 ガーロンドは、カインの即席ベッドに寝かせたガーマインの額に手を当てる。


 「犬歯が発達しているけど、血を求めて人を襲うことはないということね?」


 「人を襲ったりなんかしません、吸血鬼連中とは違いますよ。狼だから牙があるだけです。妊娠して子を産む前とかに血を分けてもらう場合がありますけどね。それもどうしても血が足りない場合だけですよ。いや、誤解しないで頂きたい」


 「ふーーん」

 「そういう場合は、きちんと相手に説明して同意の上、血を分けていただくんです。噛まれた相手が同じような体質になる訳でもないですし」


 「まあ、俺たちは明日には出て行くから。これ以上迷惑はかけないよ、秘祭のことだって口外しない、それでいいだろ?」


 「……ですが、他の者がそれで納得するかどうか。各地を放浪してきた経験を買われて今は私が村長とは言え、元々蛇身の村ですから彼らの力が強く、私はお飾りなのですよ」

 ガーロンドが申し訳なさそうに見上げる。その姿、まるで打ちひしがれた犬のようだ。


 その時、ドンドンと扉を叩く音がした。


 「おい、村長! ガーロンド、処理は済んだんだろうな? ここを開けろ」

 「まずい、みなさん、取りあえず私にやられたふりをして布団にもぐってください」

 俺たちが布団にもぐりこんだのを見て、ガーロンドがドアを開けた。


 そこに蛇身の男が立っていた。

 頭は蛇で体は鱗に覆われた人間の姿になっている。太い腕が四本もあり、ちろちろと舌が出入りするのは不気味だ。


 「ここは、もう大丈夫だ。みな、記憶は消した」

 「本当だろうな。お前たち夫婦を住まわせているのはこういう時のためだ。その役目を果たすのが約束だからな。確認のため、中に入らせてもらう」

 蛇男はガーロンドを押しのけて部屋に入ってきた。


 ぷうんと生臭い匂いが漂ってきた。

 ぬるぬると床が滑る音がする。長い尻尾はまだ隠せていない。足はほとんど飾り状態で、まさに蛇のように体をくねらせて進む。


 「ほら、みな、寝ているだろう? 記憶を消したからだ」

 ガーロンドがベッドを除きこむ蛇男の肩を押さえた。


 「この旅人の中にちょうど良いのがいたな。屋敷に入るところを皆で見ていたんだ。蛇身に変えて、我々の新たな仲間として育てるのにちょうどいい年頃の幼い娘が2人いただろう」


 「まて、旅人には危害は加えないという取り決めのはずだぞ」


 「我々には雌が不足しておってな。種族維持のために、そろそろ新たな雌を生み出す必要があるのだ。なあに、お前の術で仲間の記憶を消せばいいだけではないか」

 蛇男はちろちろと舌を出しながら部屋の中を見回した。


 「なんだと、まさか今までもそんな事をしてきたのか?」

 ガーロンドの言葉に蛇身の男はニヤリと笑っただけだ。

つまり、その表情が答えというわけだ。


 「さては俺たちを騙していたな? 俺はそんな事に加担しないぞ。さっさとここから出て行け!」


 「まあいい、旅人が道中でいなくなるのは良くある話だからな」

 蛇男がニタリと笑って背を向け、部屋を出て行こうとする。

「……そう言えば……」

 だが、その足取りは扉の前で止まった。


 「ガーマインの姿が見えないが、この部屋にガーマインの体臭が残っているのはどういう訳だ?」

 振り返ったそいつの目が細まる。

 鼻の穴が大きく開いて息を噴き出した。


 「俺の感覚器官は熱を感じるのだが、知っていたかな?」

 その言葉にガーロンドの顔色が変わった。


 「そこだ! そこのベッド、なぜ2人分の反応を感じるんだ?」

 そいつはオリナのベッドを指差した。

そこにはガーマインを寝せてある。オリナが一緒だ。


 「やめろ」

 ガーロンドの制止を振り切って、蛇男は布団を半分剥いだ。

 当然、そこには気を失ったガーマインと寝た振りをしているオリナがいる。


 「ガーマインか? 貴様、さては失敗したな」

 ガッと大きな口を開き、体が長く伸びて四本腕のまま大蛇へと変化。


 「お前たちにできぬなら、あの2人以外はここで殺すしかない!」


 牙の先端から猛毒が滴り、床に垂れると板が焼けた。

 ガーロンドの脳裏に全身紫色に変色した死体が水路に浮かんでいた時の事が浮かぶ。

 こいつらは蛇の姿になっている時は気が荒くなり凶暴化するのだ。


 「やめろ!」

 「殺す!」

 ガーロンドを押しのけて、牙がオリナに迫った。


 ガキ! とにぶい音がした。

 「やらせるかよ!」

 ガガガと牙が俺の骨棍棒の上を滑る。一瞬早く俺は骨棍棒を奴の口に挟ませた。

 「助かったわ、カイン!」

 オリナも短剣の鞘を両手で抑え、骨棍棒を支えていた。見事なコンビネーションだ。


 奴はバッと後方に跳ね、悔しそうに尻尾を床に叩きつける。


 「やはり、騙そうとしたなガーロンド! こいつらは生かしておけぬのだ!」

 長い尻尾が横なぐりに俺を強襲する。


 俺は吹き飛ばされ……なかった。

 アリスが細身で優美な長剣でその尻尾を一刀両断にしていた。


 「ぐぎゃえあああああ……」

 切断された尻尾が床を跳ねまわり、男は激痛に身をよじる。

 噴き出した青色の血が部屋中を染めた。


 「カイン様への狼藉は許しません」

 アリスが美人すぎてかっこいい!


 「おのれ、おのれええ!」

 バリバリバリと音がして、床が割れた。奴が床板を引き剥がして下へ逃げたのだ。なんという馬鹿力だ。


 「カイン! 大変! リサたちがいない!」

 オリナが叫んだ。


 「何だって!」

 見ると、さっきまでリサとリィルが寝ていたベッドは空である。

 

 「あの男、やり手です。あの一瞬で逃げるだけでなく、2人を連れ去りました。先に行きます」

 アリスが床の穴に飛び込んだ。

 「私も行くわ」

 オリナが短剣を抜いて後に続く。


 「どうしてだ? あいつら、今までもこんな事をしてきたのか」

 呆けているガーロンド。


 「ガーロンド、あいつらはどこに向かった? 仲間を作るとか言っていたよな? リサとリィルを蛇女にする気なのか?」

 俺はガーロンドの肩を揺する。


 「地下に古い鉱山跡があるんだ。迷宮のようなところで、今は蛇の巣と呼ばれている。その奥に蛇身の者にとって命より大切な祭壇があると聞いたことがある。たぶんそこだろう」


 「どこから行ける?」


 「行く? お前たち、行く気なのか? あそこは禍々しくで恐ろしいぞ。お前みたいな奴が行ったところで返り討ちに会うのが関の山だ。むろん、俺も行くのは御免だ」


 「いいから、入口を教えろ」

 「聖なる木の根元に人がくぐれるくらいの穴がある。普段は石蓋がしてある」

 「わかった」

 俺は荷物を背負って外に飛び出した。

 広場にはもう蛇たちの姿はない。


 「カイン様、見失いました」

 「まずいわよ」

 アリスとセシリーナが俺の元に駆け寄ってきた。


 「大丈夫、奴の行く先は聞いてきた。こっちだ」

 俺は聖なる木の根元に駆け寄った。四角く大きな石が置いてある。その石の脇の地面に新しい擦痕がある。


 「ここだ。この石の下に蛇の巣が続いていて、奥に祭壇があるそうだ。そこで人を蛇身に変えるらしい」


 「普通の人間を蛇身に変える祭壇? それは一族に伝わる闇術台かもしれませんわ。まさかこんな所にあったなんて」

 アリスは胸元で拳を握った。


 「それはどういうものなの?」

 「太古の昔、巨大な力を持った闇術師が蛇神の力を己に取り込むために用いたという邪悪な祭壇です。既に失われたものと教えられていました。正しく使う事ができないと呪いにより蛇身になってしまうのです」


 「あいつらは正しく使えずに呪いを受けてしまっていたのか」


 「ええ、たぶん。愚かなことを。でも安心してください。私の知る祭壇なら破壊してしまいますわ」


 「さあこれを開けるわよ、カイン。力を貸して」

 セシリーナが石蓋の前で手招きした。

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