第115話 蛇身の巣穴へ

 石蓋の下を覗き込むと、どことなく生臭い風が吹き出す。


 そこには丸い形の不気味な竪坑が口を開けていた。竪穴といっても少し傾斜がある。これは蛇身が出入りしやすい角度になっているに違いない。


アリスが掌に光玉を作って中に落とすと、底まではたいして深くないらしい。のぞくと淡い光に照らされた床が見える。


 どうやら竪穴は横穴になって続いているようだ。

 またもダンジョンか、嫌な予感しかしない。だが、リサたちを助け出すためだ。勇気を振り絞って闇の中に身を投じなければならない。


 「よし今回は俺が先に行く」

 「いえ、いつもどおりここは私が……」


 「アリスやセシリーナに守ってもらうばかりじゃいられない。たまには格好をつけさせてもらう」

 俺はアリスが何か言うよりも早く竪坑を滑り落ちた。背中に当たる岩壁は滑らかで痛くはない。


 底に着地して身構えたが、見張りはいないようだ。

 横穴は人一人が屈んでやっと立てるくらいの大きさ。

 入り口の真下の部分だけ縦横に大きく、人が数人立てるくらいの空間になっている。


 「大丈夫ですか? カインさま!」


 「ああ、なんともない!」


 左右に天井に岩を削った工具跡が残る坑道が続いているが、片方は天井がドーム状に加工されていて少し広い。こっちがメイン通路だろうか。


 俺は袋から魔道具のランタンを取り出して上に向かって合図した。


 「いいぞ、誰もいない。次はアリス、下りてこいよ」


 そしてランタンを灯して上を見上げた途端、不意打ちである。目の前にぶわっとアリスのスカートが花開いていた。


 「むげっ!」

 ランタンに照らし出された生白い太ももが吸い寄せられるように近づき、真正面から俺の顔を挟み込む。


 そのまま滑り落ちてきたアリスの勢いに負け、思わず尻もちをつくと俺は床に押し倒されてしまった。


 アリスの両ひざが俺の顔をぎゅっと挟む。


 「むぐぐぐっ!」

 天国の感触に後頭部の痛みも吹き飛ぶ状況。


 顔面にアリスの柔らかな股間がめり込む。

 「んぐんぐっ!」

 アリスの股間に口と鼻を塞がれてもがいていると、しばらくしてその感触が離れた。


 「大丈夫ーー? 何かあったのーー?」

 上からセシリーナの声が聞こえた。


 「な、なんでもない!」


 「……今のがカイン様の力ですか? 吸い寄せられて私ですら逆らえませんでした、凄い吸引力でした」

 立ち上がったアリスがスカートの汚れを払うが、その顔は少し赤い。


 恐るべし、女運急上昇の呪い! ラッキーすけべの呪いと言った方が良いこの力。まったく必要ない時に脈絡なく発動する。


 「大丈夫だ、セシリーナ、下りてこいよ!」

 叫ぶが早いか、すっと身軽にセシリーナが目の前に着地した。しなやかな体捌きはさすがとしか言いようがない。


 「どっちに進む? 右か、左か?」

 「こっちに最近擦れた痕があります」

 いつもの表情に戻ったアリスが床を指差した。


 「左か? 狭い穴だな。通れるのか?」

 そっちは断面が丸い穴。天井が低くてやけに狭いのが不安になる。


 「蛇身は足で歩くわけじゃないから、これでちょうど良い大きさなのでしょうね。さあ、リサたちを探すわよ」

 セシリーナは短剣を手にする。


 「セシリーナこれを」

 俺は彼女にランタンを渡して、自分用にもう一つ点灯する。


 明かりに照らされた穴は先の方でさらに狭くなっており、ますます心細くなる。


 「これだと背負い袋は邪魔になるな。一旦置いて行くぞ。アリスもランタンが必要だったか?」

 「いいえ、私は暗闇でも目が見えます」

 にっこり笑顔で返された。さすがだ。そもそも基本能力が人とは違うらしい。


 「なんだか奥の方から物凄く生臭い風が吹いてくるわね」

 「そうだな、蛇の巣だしな。あんな蛇身の連中が集まっているんだろ? 臭うのは当たり前じゃないか?」

 「敵は一人じゃないのですね?」

 「ガーロンドたち以外は全員蛇身なんだろ? ほとんどの村人が蛇に変わって、この奥にいるんだろうな」

 「つまり全員がグルだってことね」


 横穴は下に行くほど徐々に狭くなっていく。もはや中腰で歩くことすら困難になり、俺たちは四つん這いで進むことになった。


 しかし、うーーむ、眼福!


 セシリーナの魅力的な美尻が俺の目の前で左右に揺れている。スカートが短いので後ろから丸見え!


 しかも下着が紫色というのがやばい、その布の面積が少なく透けそうなほど薄地なのは別にケチったからではない。夜に男を興奮させるための特殊な仕様だ。それがランタンの明かりで陰影がついて、さらに色っぽくなって見える。


 いつの間にこんな下着を買った? アッケーユ村にこんな服を売っている店があったか? ああ、そういえばバザーの露店か。

思い当たる店が1件あった。俺が魔獣ウンバスケの角を売った店で、一騒動あった店だ。あそこは妙にアダルトな品揃えだったからな。きっとあそこだろう。


 「それにしても食い込んだ布地の微妙な陰影がかなりヤバい」

 「何か言った?」

 「いや、独り言だ、気にするな」

 「そう?」


 うーむ。いつもこれ以上に刺激的な姿を堪能しているはずなのに、シュチエーションが異なるとどうしてこんなに興奮するのか。


 鼻の下を伸ばし、ランタンの光に浮かぶその動きを食い入るように見ながら進んでいると、盛り上がってきた股間のせいで次第に動きがぎこちなくなってくる。


 「なんだか、妙に息が荒いわよ、カイン、大丈夫?」


 「心配ない、大丈夫だ」

 俺は真顔で答えたが体の一部分だけがやけに熱い。


 いくら妻とは言え、こんな時にお前の尻を見ていたからだよ、などと言えるわけがない。これはさっき飲まされたギンギンになるという薬の効果かもしれない。いや間違いない、きっとそうだ。今頃になって薬が効いてきたのだ。


 そう言えばアリスは暗闇でも見えると言っていたが、真後ろからどう見ているのだろうか? クリスだったら興奮して、ぶっきらぼうにいきなりアレを後ろから掴んだりしてきそうだ。


 俺はちょっと後ろを振り返る。

 アリスと目があった。


 口元を押さえて、ぽっと顔を赤くする。

 どうやら十分見えているらしい。


 「気を付けて! 前から何か来る!」

 セシリーナが急に止まって声を上げた。


 「うわっ! あれは、へ、蛇よ! 毒蛇の大群よ! だめだわ、短剣じゃ相手にならない。後ろへ戻って、戻って!」

 セシリーナが慌ててもそもそとバックしてくる。


 さっきから見ていたお尻が迫ってくる。


 「ま、待て、狭いんだ。お尻をそんなに顔に押しつけるな」

 ましてや後ろにはアリスがいる。この狭い穴の中ですぐに後退などできるわけがないのだ。


 「んっぷ!」

 セシリーナのせり出した股間に顔が埋まる。


 セシリーナがさらにバックしようと左右に腰を振ってくるのでますます股間に顔が食い込む。こんな場合でなければ非常に嬉しい体勢だが、今は違う。


 「カイン様こちらへ」

 アリスが不意に俺の両足を掴むと、そのまま後ろにもの凄い力で引っ張られた。


 「ぶえええ!」


 引っ張られ、地面に擦れて服がめくれる。

 腹から胸に砂が、口に中には土埃が容赦なく入ってきた。

 「ぺっ、ぺっ、砂が口に……」

 うつ伏せの状態でアリスの元まで引きずられた。


 アリスがパッと足首を離したので俺は仰向けになって腹の砂を払って荒い息をついた。そこへアリスがのしかかってきた。


 「セシリーナ様、隙間を開けて下さい。私にお任せを」

 とアリスは俺と天井の狭い隙間に体を潜り込ませてきた。


 「早く、早く、もうそこまで来てる!」

 「今、対処します! カイン様、動かないで!」

 「狭い、狭い! アリス、無理だ! ぐえっ!」

 俺の声は無視である。今はそれどころではないのだ。毒蛇がセシリーナの目の前に迫っている。

 俺は仰向けのままアリスにむぎゅうとつぶされている。アリスは真剣な表情で両腕を伸ばし、急いで指先を動かすと何かの印を切った。


 その美しい顔が目の前で息づいている。

 首筋の産毛まで見える。

 ピンクの唇がかわいい。


 アリスが俺の体の上に乗っかっているので、俺の方はかなりヤバい感じになってきた。さっきからスタミナ薬の効果でギンギンなのに、腹から胸まで服がめくれて肌が露出し、そこにアリスの優しい体の温もりをもろに感じる。


 俺は若い、そして男である。

 思いっ切りやましい事を考えてしまうのである。


 ふわふわの乳房がむぎゅうと押しつけられ、目の前にはアリスの鎖骨があるのだ。

 ちょっと視線を下げただけで、そこには青白い美乳の谷間が見える。ふくよかな膨らみが俺を誘っている。

 ごくりと唾を飲みこむ。アリスも実はこんなに良いものを持ってたのだ。イリス以上クリス未満か、ぽにぽにであまりにも柔らかい。でもこの感触、よーく知っている気が……。


 「えい!」

 アリスが何か呪文を唱えた後、可愛い声をあげると、セシリーナの目の前まで迫っていた無数の毒蛇の群れが一斉にくるりと背を向け、岩の隙間に戻って行く。


 「さすがはアリス! 蛇はどこかへ行ったわ。ありがとう!」


 「どういたしまして。あら? カイン様、どうかしましたか?」

 「えっ? あああ、うん」

 俺は密かにアリスの細い腰に腕をまわし、その感触を堪能していたのでぎょっとする。


 この態勢で目の前でにこっと笑われるとは。なんという罠、やはり物凄くかわいい。


 なんとも言えない体の柔らかさ。抱きあっているといって良いこの態勢は男を挑発する。分かっているくせになぜかアリスはすぐに動こうとしない。それどころかそのまま俺の顔をそっと優しく抱きしめる。


 まずい、俺のカチカチのが彼女の腹に当たっている。興奮しているのがバレバレだ。


 「カイン様……熱くて硬い、力強い命の脈動を肌に感じます。ああ、やはりカイン様は素敵な雄々しい獣ですね」

 「ば、ばか、こんな時に、こんな体勢で何を言ってるんだ」


 「お姉さま方には負けません。カイン様の素晴らしく硬いこの一番槍を受けるのは私ですからね」とセシリーナに聞こえないように甘い声でささやく。


 俺の手を掴んで指と指を組み、アリスは少し下がってくると俺を見つめる。

 美しい瞳。魅力的な唇にむしゃぶり付きたくなる。あまりにもかわいい。


 アリスが俺の頬に両手を添え、その愛らしい唇が近づいた。

 「!」

 そして、目の前でいたずらっぽくアリスが微笑んだ。


 「二人ともどうかした? 先に進むわ。ついてきて」


 「あ、ああ今、いく」


 「これは約束、神聖な絆です」


 アリスは唇を指で触れて意味ありげに微笑した。

 


 ーーーーーーーーーー


 やがて俺たちは態勢を整え再び穴を進み出した。


 しかし、セシリーナと一緒にこんな暗闇の穴を進んでいると何だか物凄くデジャブー感がある。


 「そう言えば、神殿に潜り込んだ時もこんな感じだったよな」

 俺は再びセシリーナの色っぽいお尻に見入りながら言った。


 セシリーナの腰つきは最高。過不足なく男の理想形を具現化している。

 さっきまでアリスの感触に惑わされていたくせに、俺の意識はまたしても目の前を行く見事な美尻に吸い寄せられている。


 「あの時はびっくりしたよね。いきなり落ちちゃうんだから」

 振り返ったセシリーナの股間に思わず顔がめり込む。


 「何をしてるの?」

 「いや、急に止まるからぶつかっただけだ」


 俺は取り繕う。まさかお尻に見惚れていて吸い寄せられたなどと言えない。俺はこんな時に一体何を考えているのか。さっきのアリスの影響が残っているのだろうか。


 「そんな事があったのですか?」

 アリスが俺のお尻のすぐ後ろで尋ねる。


 「そうだな、ははは……。あの時は床に穴が開いて、真っさかさまに落ちたんだ。あんな事めったにないよ、あははは……」

 俺は妙なテンションで笑う。


 笑った拍子に膝に変な圧力がかかっていくことに俺は気付かない。


 ピシッ。俺の足元で何か音が。

 ピシピシと亀裂が蜘蛛の巣のように俺の周囲に広がった。

 

 「はは……はぁ? うわああああああ!」


 ーー足元が割れた。

 つまり穴の底が抜けたのだ。


 再びあの浮遊感が俺を襲う。

 「うわあああああ!」


 まただ!

 落ちる、落ちる! 体が岩の破片と一緒に落下する。アホか、俺は! と思うが後の祭りだ。


 「カイン!」

 「カイン様!」

 二人の声が次第に遠ざかった。

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