第178話 <<バーバラッサ会議 ー東の大陸 サティナ姫ー>>
「…………と言う訳です」
サティナは、中央の議長席に座るバドンズ・メーロゼとその左右に座るバーバラッサ商人組合の代表たちの顔を見回した。
伝えるべきことは伝えた、後は彼らがどう判断してくれるかである。
「ーーーー今回の襲撃事件と、砂漠の東で起こっている紛争の関係については理解した」
バドンズが神妙な表情で顔を上げた。
バドンズの正面にいるのはドメナス王国の次期国王サティナ姫とその騎士団の面々である。超大国の姫君である。普通なら遠目に謁見することすら中々かなわぬであろう姫を前に多少の緊張は禁じ得ない。
「聞いての通りだ。みなさん、サティナ姫の話を聞いたからには、我々も腹をくくらねばならないでしょうな。
東の紛争に見える魔族の介入、その魔族の活動拠点が我々の領地の近くにあり、魔族はこの一帯の有力者を暗殺し、その勢力を広げようとしていたらしい。この一月に多くの同胞が殺された。我々は既にこの魔族の陰謀と無関係ではいられない状況にあるようだ。
そこでだが、サティナ姫から出された要望は三つ。我々がサンドラットと協力関係を結び、今後必要な物資を確保してラマンド国への後方支援を行うこと。
二つ目は東マンド国との取引を一時休止するということ。そして三つ目は、万が一事がうまくいかず、サンドラットが危機に陥った場合は、そこに身を潜めている王子と姫を受け入れて欲しいということだ。皆の意見を聞かせてもらいたい」
「ハイ! 議長!」
カバネラ女史が手を上げた。
「カバネラ氏の発言を認める。どうぞ……ああ立たなくて結構ですよ」
バドンズは立ち上がりかけたカバネラを制した。
「議長、既に私たちは巻き込まれております。殺された盟友は一人や二人ではありません! ここで姫の依頼に応えず、敵に復讐しなければ、砂漠に生きる民としての誇りが疑われます!」
「議長!」
難しい顔をしていたネバダヨが発言を求めた。
「ネバダヨ氏の発言を認める」
「ワシは反対じゃ。東マンド国など、遥か遠くの国がどうなろうと知ったことではない。議長殿の御令嬢の活躍で、既にこのあたりの敵は滅んだのじゃ。なにもわざわざ火中の栗を拾いにいくことはないわい」
商人組合のメンバーで最古参である彼の意見は重い。ネバダヨの顔色をうかがって急に落ち着きがなくなった者もいる。
「何だと!! それが砂漠の民の言葉か! 臆病者め!」
ネバダヨの前に座っていた若い議員が急に立ちあがって叫んだ。
「頭を冷やせ! お前は父を奴らに殺されたばかりだから頭に血が上っておるのだ。冷静に損得を考えろ」
ネバダヨが目を怒らせた。
「いや、仲間を殺されて黙っていられるか!」
「何をいう、ネバダヨ様は危険を冒す必要はないとおっしゃられているのだ!」
「貴様が東マンド国との交易で甘い汁を吸っているのは知っているのだぞ!」
「何を根拠にそんな事を言う!」
「おい! 皆の者、静かにするのだ!」
バドンズがバン! と机を叩いて叫んだ。
その迫力はいつもの温厚な彼とは違う。紛糾しかけた議場の空気は一瞬で収まった。
「他に意見のある者はいるか? 勝手な言い合いは許さんぞ。発言したい者は挙手するんだ」
バドンズは物静かな声で一人一人の顔を見回した。
急に思わせぶりに顎を掻き始めた者もいたが、あえて挙手をする者はいない。
「それでは、多数決をとることとする、よいな?」
「異議なし!」
「では、サティナ姫の要望を認めるか否か、反対の者は挙手を求めるものとする」
その言葉に幾つかの手が挙がったが、反対したのはネバダヨとその取りまきの者だけである。他の大多数の者は魔族への怒りや砂漠の民の誇りにかけて正当な王位後継者の窮地を救おうという義憤に燃えているようだ。
「ふむ、反対者は少数か……。どうやら賛成の者が多いようだな。よし決まりだ、これをもってバーバラッサ商人組合はサティナ姫の話に乗るものとする! 決まった以上は異論は一切認めない! 全員ただちに仕事にかかれ! 取り急ぎ西方諸国の小麦を確保し、他の街にもバーバラッサに同調するよう工作活動を開始しろ!」
「おう!」
バドンズの声に議員たちは一斉に立ちあがった。
ネバダヨも会議ではあんな事を言いながらも、一旦決すれば特にこだわりは無いようだ。
むしろ勇敢にも自分に意見した若者の背を叩いて、その意気を褒めているところが砂漠の民らしい。
「姫、これでサンドラットの背後は固まり、西からの物流も我々が押さえましたな」
騎士マッドスが言った。
「そうね、しかも、思いがけずあのニロネリアとか言う魔族の拠点の一つをつぶせた。これは今後大きく響くわ。おそらく中央大陸の魔王国との連絡は西方諸国側から来ている。奴はその中継拠点を失ったのよ。連絡網が切れた影響は徐々に効いてくるはずよ」
騎士を引き連れ、サティナは議場を出た。
「サティナ様!」
駆け寄ってきたのは、外の広場で待っていたミラティリアだ。
「ミラティリア、お供も付けずに不用心じゃないの?」
「大丈夫ですわ。これがありますもの」
そう言って腰に下げた曲剣をサティナに見せた。
これはサティナが使っていた二本の曲剣のうちの一本である。どうしても欲しいというので、ミラティリアに渡したものだ。
「鍛錬して曲剣の扱いでは、サティナ姫よりも上手になってみせますわ」
そう言ってミラティリアはサティナが背負っている黒光丸を見た。美少女の持ち物とは思えない大きさの大剣である。あれが姫の愛剣なのだ。
「ミラティリア、議会でバーバラッサ商人組合はサンドラット側につくことになったわ。これから忙しくなる。私は一旦サンドラットの里に戻るわね」
「そうですか。相手は魔族です、気を付けてくださいませ。ご武運をお祈りしておりますわ。これをどうぞお持ちになって」
そう言って握った両手を開くとそこには小さなバラの花のような石が握り締められていた。
「これは幸運を呼ぶという砂漠の薔薇という石です。ぜひお持ちになってください」
ミラティリアは微笑んだ。
「ありがとう、ミラティリア、大事にするわ」
「またお会いできますわよね?」
「ええ、今回の魔族の暗躍を食い止めたら、私は西方諸国の港町まで行きたいと考えているの。その時は必ずここを通るから、また会えるわ」
「ぜひ、お待ちしておりますわ」
二人が再開を誓って握手をかわしていると、そこにマッドスが馬を引きつれてやってきた。
「姫! そろそろいいですか? 馬の準備ができましたよ」
「じゃあ、行ってくるわ、ミラティリア」
「ご武運を!」
手を振るミラティリアを後に、サティナは馬にまたがった。
「皆の者! 出発だ!」
マッドスが号令をかけると一斉に軍馬が進み始めた。マッドスが先頭で、騎士たちは中央のサティナ姫を守るように周囲を固めた。
「さて、ここからだわ」
ひずめの音が響く中、サティナ姫の瞳は遠く、東の空を見ていた。
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